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番外編 司編

司編 23

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 それから、二度、三度と季節が過ぎ、イギリスで過ごす夏休みやクリスマスには、あの日のアレックスの言葉の通り、アーサー・ソアーの長子であるウィリアムの子供たちも、ウォリック伯爵邸に姿を見せるようになっていた。
 それでも階は一番小さい子供で、皆に甘やかされ、可愛がられていたことは言うまでもない。そして、エリックは、アレックスが言っていた通りの優しい子供で、アンドルゥと同じ金髪と碧い瞳を持っていた。
 そのことを、階の口から楽しげに訊かされ、菁は恋人を取られるにも似た気分で、愛らしい幼子を抱きしめた。
「あーあ……階が八つで、他の男の話しをするなんて、そんな子供に育てた覚えはないぞ……」
 と、親バカのように、顔を顰める。
「育ててないだろ」
 司の視線は、冷たかった。
 菁は、階が愛らしくてたまらないらしく、今も頬ずりをするように抱きしめて、猫可愛がりに甘やかしている。
「そんなに子供が好きなら、自分の子供を作れよ。アンディに言えば、射精できなくても精子を取り出してくれるだろ」
 と、司が言うと、
「君の卵子をくれるのなら、考えてもいい」
 菁は言った。
「……。そこまでは希に頼まれていない」
「じゃあ、誰の子供を作るんだ? あいつは、君以外とは許さない、と言ったのに」
「……」
「冗談だよ。君と階だけが大切だ……」
 菁は司を抱き寄せて、その唇にキスを重ねた。もちろん、その片腕には階を抱いたままである。なので、触れるだけの優しいキスだ。
 八つともなれば、もう色々と解る年なのである。
「あとは、夜だ」
 その言葉に、
「夜?」
 と、階が首を傾げる。
「余計なことを言うなよ、菁」
 司は再び、睨みを飛ばした。
 どうも一言、多いのだ。
 司が香港に来るのは久しぶりで、このハッピー・バレーに建つ菁の屋敷も、随分、訪ねていなかった。
 多分、今の階と同じ年の頃、十六夜秀隆に連れられて、この屋敷に来たのが最初だった。あの時の菁は大学生で、まだ幼い司など、恋愛の対象にはなり得なかっただろうが……。
 そして、ドクター・刄――。夜、司が寝てから、刄がどこに行くのか気になって、後を付けてみたのも、この香港だった。
 まるで今も、ここに刄がいるような気がする。――いや、どうしていないのだろうか。
 判らない。どんどん判らなくなって来る。
 ――どうして……。
 早く夜にならないだろうか。そうすれば、その時だけでも、考えずに済むのに……。
「――司?」
 菁の声が聞こえ、司は、ハッと顔を上げた。
「どうした? 疲れたのか?」
 と、心配そうな声が続く。
「いや……。昔のことを思い出していた」
 嘘ではない。
「希のところは、明日でもいいんだ。あいつは今更どこにも行かない」
 菁が気遣ってくれているのは、よく解った。
 アンドルゥに甘えられるのも、菁に甘えるのも、どちらもとても心地良い。だから、耐えていられるのだ。ドクター・刄がいなくても……。
「希に会いに来たのに、後回しになんか出来ないさ。――一緒に行ってくれるんだろう?」
 司は言った。
 若くして死んだ、菁の最愛の人……。その墓に参るために、香港に来たのだ。
「ああ。あいつも喜ぶ……」
 ドクター・刄の墓はどうしただろうか。――いや、そんなものがあるはずはない。刄が死んだのかどうかも、判らなくなっているというのに……。


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