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XX Ⅲ
XX Ⅲ-1
しおりを挟む「厭です。ぼくはもう、プレップ・スクールで懲りましたから」
「ヘェ……。僕にそんなことが言える訳だ」
「……」
「君が監督生になれるよう、校長に言っておいてやってもいい」
「結構です。そんなことをしてもらわなくても、僕は自分の力で監督生になれる」
「なら、君を監督生にするな、と校長に言いに行こうか?」
「……。解りました! やればいいんでしょっ! でも、イートンの学寮の中で、プレップ・スクールと同じように行くとは思わないでくださいよ」
「いや、必ずやるんだ。出来なかった時は――解っているだろうな?」
「……そんなに大事なら、寄宿生じゃなく、通学生にすれば――」
「何か言ったか?」
「いえ」
「喧嘩だ!」
夕食後の自由時間、談話室の一角で、見ていた一人が声を上げた。
「おい、だれか監督生を呼んで来い! エリック・リオンを――」
ウインザー――。
テムズ川沿いに佇むこの街は、ビクトリア朝の美しい街並みを見せる小さな町で、かの名門イートン校も、ここにある。二五もの学寮を持ち、第三学年級から第六学年級(上級・下級2年)まで、五歳の年齢差のある者が、それぞれの学寮に暮らしているのだ。一学年につき十人前後として、五・六十人が一緒に暮らしている計算になる。
「やめろよ、フェリー! 監督生が来る!」
アールは、上級生につかみかかる小柄な第四学年級の生徒に、声を放った。薄茶色の髪と瞳をした、ハッとするほどにきれいな顔立ちをした少年である。第四学年級と言っても、イートンは十一歳の第一学年級からではなく、十三歳の第三学年級から始まるので、第四学年級は、まだ二年目の下級生である。
そして、聞こえているのかいないのか、アールの声に反応するでもなく、フェリーと呼ばれた下級生は、また、こぶしを振り上げた。
しかし、その小柄な体格で、上級生相手に敵うはずもなく、すぐに下に組み敷かれ、逆に殴られる羽目になる。それでも今日は、監督生が姿を見せたこともあって、それ以上、上級生に殴られることもなく、解放された。
「またおまえか、フェリックス・グラント・グレヴィル……」
談話室に駆け付けた監督生、エリック・リオン・ソアーは、切れた唇に血を滲ませる下級生を見て、疲れたように肩を落とした。短めの金髪と蒼い瞳は、ふと、誰かを思い起こさせる。その、溜息のような表情も。
だが、監督生としての威厳もあって――。
「もう理由は訊かない。監督生室へ来い、フェリックス・グラント。ラテン語とギリシャ語の書き取りの後、鞭をくれてやる」
その言葉に、下級生たちの間で、不満のようなどよめきが起こった。
「また、フェリックスだけ……」
「フェリックスを侮辱したのは、上級生の方なのに……」
「何で、いつもフェリーばっかり……」
「やっぱり、ソアー家とグレヴィル家の確執が……」
小声で、そんな囁き合いが、飛び交い始める。
「文句がある奴は、こいつと一緒に書き取りと鞭だ。皆の前で打たれて、辱められないだけでも、ありがたく思え」
シン、と談話室が静まり返った。
「フェリー、ぼくも――」
アールが言うと、
「大丈夫だよ」
フェリックスはそう言って、先に歩き出すエリックの後について行った。
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