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1章 救世のユミル
9話 秘密基地
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トテトテと歩いて狐が案内したのは、中庭の狭い通路を奥へ奥へと進んだ先にあった、少し広さのある簡易休憩小屋だった。
見る限り、かなり昔に庭師の休憩場所として使用されていた場所のようで、小さなキッチンとテーブル、古びた大きめのソファーがひとつある。
人の気配はないものの、ほこりが酷く溜まっているということもなく、定期的にここを愛する使用者がいたことが窺えた。
「…良いところだね。君の秘密基地?」
こちらを振り返った黒狐が、同意するように鼻を鳴らして中へと案内する。
「お邪魔しまぁす」
少し脆い扉をそっと閉めて、しかし、狐も出入りがしやすいように開けていたほうがいいのか、と思い直して少しだけ開いておく。
狐は勝手知ったる様子でソファーを駆け上がり、縁に立って、首で差し示して座れと促した。
「座っていいの?」
一応そう訊ねて、少し古くなってギシッと軋みながらも、柔らかく包んでくれる汚れもないソファーに腰掛けた。
狐はユミルが座ったのを見計らって、ソファーの縁からするりと降りてきてユミルの横で丸くなる。
どうやら客を招いたというより、単に自分が愛用する秘密基地を、ユミルも使っていい場所として案内してくれたらしい。
以前魔物から助けた時の借りでも返したいのか、と予想する。少なくともあの頃よりは、向けられる警戒心も格段に少なくなっているし、おそらく正解なのではなかろうか。
狐は喋りはしないため推測でしかないが、なんとなくこの黒狐は人間のように思考しているのか、表情や行動から意図が分かりやすい性質であった。
「ここ、…とても良いところだね」
ゆったりと座ってから再度この小屋を観察すると、窓から見える豊かな木々の間から透けてくる光や、窓辺に並べられた薬草や小花、少し異国風の薄青色のキッチンタイルなど、安らぐ空間が広がっていた。
昼時なので時間帯的にも暖かく、ポカポカとした太陽の陽気が心地いい眠気を誘ってくる。
(うーん、午後の授業はだめだなぁ)
正直に言って、もう立ち上がる気力はない。今から授業に行くのはかなり至難の業だった。
初回から欠席するのはなんとなく気が引けるし、サボり癖がついてしまう気配がするのだが、こんなにも心地のいい空間で、せっかくの狐殿からのご厚意なのだ。脳内会議を開く間もなく結論は決まっている。
背もたれに深く腰掛けたユミルは、すぐ右にいる黒狐を撫でた。
片目だけを開いてこちらを見た狐が、再び目を閉じてそのまま手を受け入れる。
「ここは君以外誰も来ないのかな?…あ、そうだ、果物食べる?」
ユミルは美味しいものを食べてもらえばもっと仲良くなれるかと、亜空間から例のネプールをふた房ほど取り出した。
眉根を寄せてこちらを見上げる狐にも無理はない。精霊の森にしかない果物なのだから、ほとんどの者は見たこともないものだ。
取りあえず、ユミルはひとつだけ実を千切って自分の口に放り込む。
「ほら、美味しいよ」
咀嚼しながら笑って見せると、狐もくんくんと匂いを嗅いで興味を示した。
もう一度実を千切って今度は狐の方に差し出してみると、迷いつつもカプッと口にする。
食べた瞬間、前足を開き、目も見開いて固まりながらモグモグと口だけを動かす狐に、ユミルも笑いながら次へ次へと千切って与えていった。
「これ美味しいでしょ?まだまだあるよ」
どうやら気に入ってくれたようだ、と止まらず食べる様子に微笑んで、亜空間から皿を一枚取り出してそこに並べる。
「こっちからのが食べやすいかな」
その皿は昔、どこかの街の剣闘大会でオストロが優勝した際の賞品だったものだ。どうやら相当良い品であるらしいが、俺はいらないからと押し付けられて、ユミルも使わないしとずっと亜空間に眠っていたままだった。けっこうな時間忘れていたが、役に立つ日が来てよかった。
美味しそうに平らげていく狐殿を風景に、ユミルもポットとマグカップを取り出してお気に入りの紅茶を楽しむ。
「んー、君の好物はなんだろうな。干し肉とかは好きかな?次に来るときもちゃんと土産を持ってくるよ」
ちゃっかり次からも来る宣言をしつつ、頻繁に来ることになるだろうな、と笑いかけた。
狐は、ユミルの言葉がわかっているのかわかっていないのか、土産という言葉に反応してこちらを見上げる。もしかして、普段はあまり食事にありつけていないのだろうか、と少し心配になった。
「…そうだ。自己紹介が遅れたけど、俺はユミル=オズリーンっていうんだ。これからよろしくね」
にこっと満面の笑みを送る。
狐はちょっと、頷いた気がした。
見る限り、かなり昔に庭師の休憩場所として使用されていた場所のようで、小さなキッチンとテーブル、古びた大きめのソファーがひとつある。
人の気配はないものの、ほこりが酷く溜まっているということもなく、定期的にここを愛する使用者がいたことが窺えた。
「…良いところだね。君の秘密基地?」
こちらを振り返った黒狐が、同意するように鼻を鳴らして中へと案内する。
「お邪魔しまぁす」
少し脆い扉をそっと閉めて、しかし、狐も出入りがしやすいように開けていたほうがいいのか、と思い直して少しだけ開いておく。
狐は勝手知ったる様子でソファーを駆け上がり、縁に立って、首で差し示して座れと促した。
「座っていいの?」
一応そう訊ねて、少し古くなってギシッと軋みながらも、柔らかく包んでくれる汚れもないソファーに腰掛けた。
狐はユミルが座ったのを見計らって、ソファーの縁からするりと降りてきてユミルの横で丸くなる。
どうやら客を招いたというより、単に自分が愛用する秘密基地を、ユミルも使っていい場所として案内してくれたらしい。
以前魔物から助けた時の借りでも返したいのか、と予想する。少なくともあの頃よりは、向けられる警戒心も格段に少なくなっているし、おそらく正解なのではなかろうか。
狐は喋りはしないため推測でしかないが、なんとなくこの黒狐は人間のように思考しているのか、表情や行動から意図が分かりやすい性質であった。
「ここ、…とても良いところだね」
ゆったりと座ってから再度この小屋を観察すると、窓から見える豊かな木々の間から透けてくる光や、窓辺に並べられた薬草や小花、少し異国風の薄青色のキッチンタイルなど、安らぐ空間が広がっていた。
昼時なので時間帯的にも暖かく、ポカポカとした太陽の陽気が心地いい眠気を誘ってくる。
(うーん、午後の授業はだめだなぁ)
正直に言って、もう立ち上がる気力はない。今から授業に行くのはかなり至難の業だった。
初回から欠席するのはなんとなく気が引けるし、サボり癖がついてしまう気配がするのだが、こんなにも心地のいい空間で、せっかくの狐殿からのご厚意なのだ。脳内会議を開く間もなく結論は決まっている。
背もたれに深く腰掛けたユミルは、すぐ右にいる黒狐を撫でた。
片目だけを開いてこちらを見た狐が、再び目を閉じてそのまま手を受け入れる。
「ここは君以外誰も来ないのかな?…あ、そうだ、果物食べる?」
ユミルは美味しいものを食べてもらえばもっと仲良くなれるかと、亜空間から例のネプールをふた房ほど取り出した。
眉根を寄せてこちらを見上げる狐にも無理はない。精霊の森にしかない果物なのだから、ほとんどの者は見たこともないものだ。
取りあえず、ユミルはひとつだけ実を千切って自分の口に放り込む。
「ほら、美味しいよ」
咀嚼しながら笑って見せると、狐もくんくんと匂いを嗅いで興味を示した。
もう一度実を千切って今度は狐の方に差し出してみると、迷いつつもカプッと口にする。
食べた瞬間、前足を開き、目も見開いて固まりながらモグモグと口だけを動かす狐に、ユミルも笑いながら次へ次へと千切って与えていった。
「これ美味しいでしょ?まだまだあるよ」
どうやら気に入ってくれたようだ、と止まらず食べる様子に微笑んで、亜空間から皿を一枚取り出してそこに並べる。
「こっちからのが食べやすいかな」
その皿は昔、どこかの街の剣闘大会でオストロが優勝した際の賞品だったものだ。どうやら相当良い品であるらしいが、俺はいらないからと押し付けられて、ユミルも使わないしとずっと亜空間に眠っていたままだった。けっこうな時間忘れていたが、役に立つ日が来てよかった。
美味しそうに平らげていく狐殿を風景に、ユミルもポットとマグカップを取り出してお気に入りの紅茶を楽しむ。
「んー、君の好物はなんだろうな。干し肉とかは好きかな?次に来るときもちゃんと土産を持ってくるよ」
ちゃっかり次からも来る宣言をしつつ、頻繁に来ることになるだろうな、と笑いかけた。
狐は、ユミルの言葉がわかっているのかわかっていないのか、土産という言葉に反応してこちらを見上げる。もしかして、普段はあまり食事にありつけていないのだろうか、と少し心配になった。
「…そうだ。自己紹介が遅れたけど、俺はユミル=オズリーンっていうんだ。これからよろしくね」
にこっと満面の笑みを送る。
狐はちょっと、頷いた気がした。
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