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2章 呪われた魔導士
14話 嵐と正体
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しばらくして、学園に嵐がやって来た。
こういう時、学園の敷地全域を取り囲むようにして張られた、特大防御結界が反応することによって、嵐の強風は中に入らないように防がれてはいるのだが、不必要に天候に干渉するべきではないという魔導士連合の方針によって、大雨や雷から、大きな被害が出ないようにとは配慮しつつも、自然のままにやり過ごすのが通例となっている。
とは言いつつも、寮や校舎など、多くの建物には防御結界が別で張られているため、生徒の多くは特に気にすることもなく、今日は休校になったぞ!とお祭り騒ぎである。
ユミルの周りも、カードゲームや毛布、お菓子に飲み物などを持ち出して談話室に集まろうという集団や、嵐が怖いという口実でくっつき出すカップルたちなど、楽しげに騒ぎ出す連中でいっぱいだった。
しかし、ユミルが気になるのは、小屋で寂しく丸まっているかもしれない狐の姿だ。
あの小屋にも、自分が少し結界を強化しておいたので、万が一にも崩れたりする心配はないだろうが、それでもあの狐は照明もつけないし、暗い部屋の中で嵐をやり過ごすのは心細いのではなかろうか。
あの黒狐が殊勝に震えて縮こまっている様子はあまり想像がつかないが、ユミルが顔を出しに来ないのもそれはそれで心配するだろうし…、と何かと理由をつけて、ユミルはあの秘密基地に様子を見に行くことにした。
同じクラスの子たちが一緒にゲームをしないか、と誘ってくれたのだが、「ごめん。ちょっと部屋でやることがあるから、あとで参加するね」と断り、一度自室に戻ってから念のため扉の鍵をかけて、フード付きのローブを羽織ってから窓の外に出る。
もちろん、自身に認識阻害の魔法をかけているので、周囲からは気づかれない。
スタッと着地して、そのまま小走りで秘密基地を目指した。
なぜだか分からないが、妙に胸の辺りが不安にザワつくのだ。こうした勘は、これまでの経験によるものか、結構な確率で当たることが多い。
(何もないといいけど…)
逸る気持ちを抑えて、とりあえず狐の元へと向かう。
学園内の広い敷地をしばらく走って、何事もなく健在な小屋が視界に入ってきたので、ホッと安心して息を吐くが、すぐに、結界からかすかに漏れ出す異質な魔力波長に気がついて、急いで扉に近寄った。
余裕がないので大きな音を鳴らして扉を開け、すぐに違和感の正体を探る。
何かあったのか、と視線を滑らせると、いつものソファーではなく、カーペットが敷かれた床に倒れ込む、黒狐の姿があった。
しかし、この姿をあの黒狐だと言っていいのか、苦しそうに激しく息を荒げて肩を上下させる彼の口からは、金色に黒が混じった濃密な魔力の霧が溢れ出し、乱れた呼吸に呼応するようにして、手足の形が変化しつづけている。
小さかったはずの狐の体躯は、成人男性ほどの大きさへと膨らみ、黒い毛並みが並んでいたはずの場所は、真っ白な皮膚へと作り変わっていく。その姿は紛うことなき人間の姿だった。
しかし、かと思えばまたすぐに体が縮み、頭から耳が生え、尻尾が生え、と狐の姿に変質していくのを、熱に浮かされながら何度も何度も繰り返しているのだ。
状況に追いつけず、呆然とその様子を見ていたユミルは、ハッと狐の元に走り寄ってしゃがみ込み、脂汗を流して震えるその背に手を置く。
「…魔力が不安定になってる。ちょっと力を貸すから、ゾワってすると思うけど、頑張って我慢して」
触れた場所に自分の魔力を流し込み、彼の中の魔力を急ピッチで沈めて、あるべき流れに整えていく。
迅速に処置を行ってはいるが、魔力量が平均よりもかなり多い体質のようで、ビクビクと苦しんでいる彼の震えが落ち着くまで数分かかった。
やがて魔力暴走が落ち着くとともに、肉体の変質が止まって、彼が最終的に形作ったのは人間の姿だ。
つまり、彼の本質は人間であったらしい。
魔導士の間で普及している変化魔法は、どちらかと言えばその性質が幻覚魔法に近く、肉体そのものを作り替えるような先ほどの現象は極めて非現実的だ。むしろ、純血の獣人族の獣化や、精神生命体である魔族に近しいものがあるが、そのどちらも古くに潰えた種族なので、今の時代は既に残ってはいないだろう。
ユミルは魔法で取り出した分厚い毛布で身体を包んでやり、前に小屋に追加した簡易寝台に浮かせてそっと横たえ、冷たい水で濡らした布で汗を拭ってやりながら、熱にほてった彼の顔を覗き込む。
艶やかな絹を思わせる、夜空のような黒髪は、モフモフでふわふわだった黒い毛並みそのもので、苦しげに寄せられた眉も、ふてぶてしい狐の顔立ちにそっくりだ。
そして、不思議そうに見つめていたユミルを、まるで母親に叱られる子供のようにシュンとして、あの狐と同じ、黄金の双眸がせつなげに揺れてユミルを見上げた。
喉が枯れているのか、ハクっと動いただけで声が出なかった彼に、安心させるように微笑みを送る。
「…苦しかったね。来るのが遅れてごめん」
もう大丈夫だよ、と囁いていつものように頭を撫でてやると、驚いて目を見開いた彼の綺麗な瞳がまた揺れた。
原因は不明だが、魔力が不安定になり、高熱を出して狐化と人化を交互に繰り返すような症状だ。体力の消耗は想像以上に激しいだろう。
「ほら、疲れたでしょ?…ここで見てるから、気にせずおやすみ」
こちらも混乱してはいるが、出来うる限りの穏やかな声で、優しく撫でていつものように眠りを誘う。狐と同一人物だとわかっているので、こめかみの辺りを撫でると落ち着くのも変わりはないようだった。
次第に、トロンと瞼の力を抜いて、静かに寝息を立て始めた様子を確認し、今一度、人間としての彼の顔立ちを再観察する。
やはり、人であるその顔にも見覚えがあった。
魔力波長の種類が全然違ったので気づかなかったのだが、あの視線の意味にもやっと理解が及ぶ。
彼は、ゼクトラ=オルロス=ゼルクエイム。
日々の癒し、小さな友人の正体が、学園で有名な美貌の学生だったとは。
こういう時、学園の敷地全域を取り囲むようにして張られた、特大防御結界が反応することによって、嵐の強風は中に入らないように防がれてはいるのだが、不必要に天候に干渉するべきではないという魔導士連合の方針によって、大雨や雷から、大きな被害が出ないようにとは配慮しつつも、自然のままにやり過ごすのが通例となっている。
とは言いつつも、寮や校舎など、多くの建物には防御結界が別で張られているため、生徒の多くは特に気にすることもなく、今日は休校になったぞ!とお祭り騒ぎである。
ユミルの周りも、カードゲームや毛布、お菓子に飲み物などを持ち出して談話室に集まろうという集団や、嵐が怖いという口実でくっつき出すカップルたちなど、楽しげに騒ぎ出す連中でいっぱいだった。
しかし、ユミルが気になるのは、小屋で寂しく丸まっているかもしれない狐の姿だ。
あの小屋にも、自分が少し結界を強化しておいたので、万が一にも崩れたりする心配はないだろうが、それでもあの狐は照明もつけないし、暗い部屋の中で嵐をやり過ごすのは心細いのではなかろうか。
あの黒狐が殊勝に震えて縮こまっている様子はあまり想像がつかないが、ユミルが顔を出しに来ないのもそれはそれで心配するだろうし…、と何かと理由をつけて、ユミルはあの秘密基地に様子を見に行くことにした。
同じクラスの子たちが一緒にゲームをしないか、と誘ってくれたのだが、「ごめん。ちょっと部屋でやることがあるから、あとで参加するね」と断り、一度自室に戻ってから念のため扉の鍵をかけて、フード付きのローブを羽織ってから窓の外に出る。
もちろん、自身に認識阻害の魔法をかけているので、周囲からは気づかれない。
スタッと着地して、そのまま小走りで秘密基地を目指した。
なぜだか分からないが、妙に胸の辺りが不安にザワつくのだ。こうした勘は、これまでの経験によるものか、結構な確率で当たることが多い。
(何もないといいけど…)
逸る気持ちを抑えて、とりあえず狐の元へと向かう。
学園内の広い敷地をしばらく走って、何事もなく健在な小屋が視界に入ってきたので、ホッと安心して息を吐くが、すぐに、結界からかすかに漏れ出す異質な魔力波長に気がついて、急いで扉に近寄った。
余裕がないので大きな音を鳴らして扉を開け、すぐに違和感の正体を探る。
何かあったのか、と視線を滑らせると、いつものソファーではなく、カーペットが敷かれた床に倒れ込む、黒狐の姿があった。
しかし、この姿をあの黒狐だと言っていいのか、苦しそうに激しく息を荒げて肩を上下させる彼の口からは、金色に黒が混じった濃密な魔力の霧が溢れ出し、乱れた呼吸に呼応するようにして、手足の形が変化しつづけている。
小さかったはずの狐の体躯は、成人男性ほどの大きさへと膨らみ、黒い毛並みが並んでいたはずの場所は、真っ白な皮膚へと作り変わっていく。その姿は紛うことなき人間の姿だった。
しかし、かと思えばまたすぐに体が縮み、頭から耳が生え、尻尾が生え、と狐の姿に変質していくのを、熱に浮かされながら何度も何度も繰り返しているのだ。
状況に追いつけず、呆然とその様子を見ていたユミルは、ハッと狐の元に走り寄ってしゃがみ込み、脂汗を流して震えるその背に手を置く。
「…魔力が不安定になってる。ちょっと力を貸すから、ゾワってすると思うけど、頑張って我慢して」
触れた場所に自分の魔力を流し込み、彼の中の魔力を急ピッチで沈めて、あるべき流れに整えていく。
迅速に処置を行ってはいるが、魔力量が平均よりもかなり多い体質のようで、ビクビクと苦しんでいる彼の震えが落ち着くまで数分かかった。
やがて魔力暴走が落ち着くとともに、肉体の変質が止まって、彼が最終的に形作ったのは人間の姿だ。
つまり、彼の本質は人間であったらしい。
魔導士の間で普及している変化魔法は、どちらかと言えばその性質が幻覚魔法に近く、肉体そのものを作り替えるような先ほどの現象は極めて非現実的だ。むしろ、純血の獣人族の獣化や、精神生命体である魔族に近しいものがあるが、そのどちらも古くに潰えた種族なので、今の時代は既に残ってはいないだろう。
ユミルは魔法で取り出した分厚い毛布で身体を包んでやり、前に小屋に追加した簡易寝台に浮かせてそっと横たえ、冷たい水で濡らした布で汗を拭ってやりながら、熱にほてった彼の顔を覗き込む。
艶やかな絹を思わせる、夜空のような黒髪は、モフモフでふわふわだった黒い毛並みそのもので、苦しげに寄せられた眉も、ふてぶてしい狐の顔立ちにそっくりだ。
そして、不思議そうに見つめていたユミルを、まるで母親に叱られる子供のようにシュンとして、あの狐と同じ、黄金の双眸がせつなげに揺れてユミルを見上げた。
喉が枯れているのか、ハクっと動いただけで声が出なかった彼に、安心させるように微笑みを送る。
「…苦しかったね。来るのが遅れてごめん」
もう大丈夫だよ、と囁いていつものように頭を撫でてやると、驚いて目を見開いた彼の綺麗な瞳がまた揺れた。
原因は不明だが、魔力が不安定になり、高熱を出して狐化と人化を交互に繰り返すような症状だ。体力の消耗は想像以上に激しいだろう。
「ほら、疲れたでしょ?…ここで見てるから、気にせずおやすみ」
こちらも混乱してはいるが、出来うる限りの穏やかな声で、優しく撫でていつものように眠りを誘う。狐と同一人物だとわかっているので、こめかみの辺りを撫でると落ち着くのも変わりはないようだった。
次第に、トロンと瞼の力を抜いて、静かに寝息を立て始めた様子を確認し、今一度、人間としての彼の顔立ちを再観察する。
やはり、人であるその顔にも見覚えがあった。
魔力波長の種類が全然違ったので気づかなかったのだが、あの視線の意味にもやっと理解が及ぶ。
彼は、ゼクトラ=オルロス=ゼルクエイム。
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