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番外33.さっちゃん、何かを検証中?!
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定時後のまったりした空気が流れる第一営業部で、残業中の冬夜の肩をトントン、と叩くものがいた。
振り返ってみるとそこには、お隣の第一グループ主任である佐塚修二の姿が。
「なあなあ瀬川、ちょっとコレ、貸してくんね?」
冬夜の後ろに立った佐塚は、首をこてんと横に傾け、おねだりするような表情でこちらを見ている。
そして、その佐塚の手には、ドット柄のグレーのネクタイが手綱のように握られていた。
握っているネクタイの、その先にくっついているのは……
もしかしなくても、冬夜の恋人である第一営業部のプリンス、藤堂隆一ではないだろうか。
「こいつをちょっと貸して欲しいんだけど。いい?」
藤堂のネクタイをぎゅっと握ったままそう尋ねる佐塚は、鬼主任はどこへ行った?!と叫びたくなる程、日頃見かけることのない頼りない雰囲気を漂わせている。
藤堂を貸して欲しいなどと佐塚が言い出すなんて、珍しいこともあるものだ。
他グループの手を借りなければいけないほどの厄介な案件を抱えているのだろうか。
それとも、書類棚の上の方にあるファイルを長身の藤堂に取って欲しいという、物理的な貸し出し要求?
どういった理由にしろ定時後であるのだし、藤堂自身の了解を得ているのならばなんの問題もない。
わざわざ冬夜の許可を取ることもなかろうに、と思い「もちろん、いいですよ」と頷いてやると、佐塚は「サンキュ」と笑って、藤堂と向き合うように立ち位置を変えた。
「藤堂、こうやって、腕ひらいてみ?」
「え?こうですか?」
佐塚は、身振りつきで「腕を開け」と藤堂に指図している。
藤堂がその通りにするのを見て、なんだかハグ待ちのポーズみたいだと思っていると、その直後、佐塚が勢いよく藤堂の胸に飛び込み、ぎゅっと抱き着いた。
「えっ?!佐塚さん?!」
「さ、佐塚さん、どうしたんです?!」
突然のことに慌てふためく藤堂と冬夜を横目に見ながら、佐塚は顔半分を藤堂の肩にうずめ、「んー」と何か考えこんでいる。
藤堂はといえば、佐塚を抱き返すわけにもいかず、かといって隣のグループの上司を突き離すわけにもいかずで、珍しく戸惑う様子を見せていた。
「ありがと。もういいや」
なにか納得がいったのだろう。
しばらくすると佐塚は体を離し、ぽん、と藤堂の胸に手をそえて冬夜の方へ押しやった。
「なんだったんだ……」
「なんだったんだろうね……」
手を振りながら去っていく後姿を見送りながら藤堂と二人で首を傾げていたのだが、そのままなんとなく見守っていると、佐塚は今度は二課の米津を手招きで呼び寄せて、先程と同じようにぎゅっと抱き着いていた。
しばらくするとするりと離れて、何かに納得したような顔をして去っていく。
「どうしたの?二人でこんなところで突っ立って」
再びトントンと肩を叩かれて振り向いてみると、そこにいたのは今度は佐塚ではなく、藤堂の同期の掛橋だった。
定時後のこの時間に現れたということは、飲みのお誘いだろう。
藤堂と二人で「なんでもない」首を振ると、「うわ、首振るタイミングまで一緒なの?仲良しすぎでしょ!」と笑われた。
「何しに来たんだ」「遊びにきちゃ悪いかよ」と、同期二人がたわいのないやりとりを交わしているのが耳に届いたのだろう。
佐塚がこちらを見てパッと顔を輝かせ、獲物をみつけたような顔をしてダッシュで駆けてきた。
あ、もしかして今度は掛橋がターゲット?と冬夜が思う間もなく、佐塚はいきなり掛橋のネクタイを掴んでひっぱると、その胸に突撃して抱き着いていく。
「あのー、佐塚さん?」
「んーーー」
「佐塚さんって、ハグ魔?どうしたの急に」
「好きこのんで野郎にハグしてるわけねーだろ。ちょっと検証したいことがあんの」
戸惑う掛橋にぶっきらぼうな返事をすると、佐塚はむぎゅっと音がするほど掛橋にしがみつき、広い肩に顔をうずめる。
掛橋と藤堂の身長は同じぐらいなので、先程とほぼ同じ位置に佐塚の頭が乗っている。
掛橋はいきなり胸に抱き着いた佐塚にさほど慌てる様子もなく、「よしよし」と佐塚の頭を撫でたり背中を撫でたりして「さみしくなっちゃったんですか?」とぎゅっと佐塚を抱き返した。
さすが、第二営業部のエース。対応力が半端ない。
「あああああ!!!掛橋っ!!!おまえっ」
突然響いた怒声に、部内に残っていたメンバー全員の体がびくりと跳ねあがる。
開いたドアから猛牛のごとく突進してくるのは、佐塚の懐刀であり元ラグビー部員の、筋肉社員井上優一だった。
「掛橋、佐塚さんに何してんだよっ!」
井上は怒りの形相で近づいてくると、持っていたビジネスバッグを床に投げ捨て、掛橋と佐塚の間に太い腕をつっこんで二人の体をべりっと剥がした。
なおかつ、その勢いのまま、掛橋からかばうように佐塚の体を己の胸元に強く抱き込む。
「誤解だよー、井上ー」
佐塚さんから飛び込んできたんだよ?と降参のポーズでひらひらと手を振る掛橋には見向きもせず、井上は抱き込んだ佐塚の顔を覗き込み「何されたんですか?」「大丈夫?」と心配そうに尋ねている。
そして、冬夜は見てしまった。
井上の肩に埋もれた佐塚の顔が、ほんのり赤く染まっているのを。
その口元が、幸せそうに弧を描いていることも。
「なるほど、検証、ね」
藤堂も同じことに気付いたのか、やれやれとため息をつきながら、笑って二人を見ている。
藤堂と掛橋、そして先程佐塚に抱き着かれた米津は、営業部でもトップクラスの長身を誇り、個人差はあれどそれぞれ恵まれた体躯の持ち主だ。
今、佐塚を抱え込んであれこれと世話を焼いている、井上も、ね。
「佐塚さんって、時々ものすごくかわいいよね」
掛橋が、抱き合う二人を見て微笑んでいる。
「ああ。あれで納得できたんだろうな」
あそこが一番しっくりくる場所だって。
とは誰も口にしなかったけれど、佐塚がいつになくおとなしく井上に抱かれたまま、ぐりぐりと肩に顔をこすりつけているのを見れば一目瞭然だ。
なんだか俺も藤堂に抱きしめられたくなっちゃった!と冬夜がちらりと隣の藤堂を見上げると、察したらしい藤堂が腕を開いて「おいで」とお誘いしてくれる。
しません。ここ、会社ですから。
と、ぷいとそっぽを向くと、「姫主任、わかりやすすぎ!」と掛橋が笑う。
いまだ井上に抱きしめられ、頭をなでなでされている佐塚の向こうでは、米津が「一体、何だったの?!」と巨体にのった首を、不思議そうに傾げていた。
振り返ってみるとそこには、お隣の第一グループ主任である佐塚修二の姿が。
「なあなあ瀬川、ちょっとコレ、貸してくんね?」
冬夜の後ろに立った佐塚は、首をこてんと横に傾け、おねだりするような表情でこちらを見ている。
そして、その佐塚の手には、ドット柄のグレーのネクタイが手綱のように握られていた。
握っているネクタイの、その先にくっついているのは……
もしかしなくても、冬夜の恋人である第一営業部のプリンス、藤堂隆一ではないだろうか。
「こいつをちょっと貸して欲しいんだけど。いい?」
藤堂のネクタイをぎゅっと握ったままそう尋ねる佐塚は、鬼主任はどこへ行った?!と叫びたくなる程、日頃見かけることのない頼りない雰囲気を漂わせている。
藤堂を貸して欲しいなどと佐塚が言い出すなんて、珍しいこともあるものだ。
他グループの手を借りなければいけないほどの厄介な案件を抱えているのだろうか。
それとも、書類棚の上の方にあるファイルを長身の藤堂に取って欲しいという、物理的な貸し出し要求?
どういった理由にしろ定時後であるのだし、藤堂自身の了解を得ているのならばなんの問題もない。
わざわざ冬夜の許可を取ることもなかろうに、と思い「もちろん、いいですよ」と頷いてやると、佐塚は「サンキュ」と笑って、藤堂と向き合うように立ち位置を変えた。
「藤堂、こうやって、腕ひらいてみ?」
「え?こうですか?」
佐塚は、身振りつきで「腕を開け」と藤堂に指図している。
藤堂がその通りにするのを見て、なんだかハグ待ちのポーズみたいだと思っていると、その直後、佐塚が勢いよく藤堂の胸に飛び込み、ぎゅっと抱き着いた。
「えっ?!佐塚さん?!」
「さ、佐塚さん、どうしたんです?!」
突然のことに慌てふためく藤堂と冬夜を横目に見ながら、佐塚は顔半分を藤堂の肩にうずめ、「んー」と何か考えこんでいる。
藤堂はといえば、佐塚を抱き返すわけにもいかず、かといって隣のグループの上司を突き離すわけにもいかずで、珍しく戸惑う様子を見せていた。
「ありがと。もういいや」
なにか納得がいったのだろう。
しばらくすると佐塚は体を離し、ぽん、と藤堂の胸に手をそえて冬夜の方へ押しやった。
「なんだったんだ……」
「なんだったんだろうね……」
手を振りながら去っていく後姿を見送りながら藤堂と二人で首を傾げていたのだが、そのままなんとなく見守っていると、佐塚は今度は二課の米津を手招きで呼び寄せて、先程と同じようにぎゅっと抱き着いていた。
しばらくするとするりと離れて、何かに納得したような顔をして去っていく。
「どうしたの?二人でこんなところで突っ立って」
再びトントンと肩を叩かれて振り向いてみると、そこにいたのは今度は佐塚ではなく、藤堂の同期の掛橋だった。
定時後のこの時間に現れたということは、飲みのお誘いだろう。
藤堂と二人で「なんでもない」首を振ると、「うわ、首振るタイミングまで一緒なの?仲良しすぎでしょ!」と笑われた。
「何しに来たんだ」「遊びにきちゃ悪いかよ」と、同期二人がたわいのないやりとりを交わしているのが耳に届いたのだろう。
佐塚がこちらを見てパッと顔を輝かせ、獲物をみつけたような顔をしてダッシュで駆けてきた。
あ、もしかして今度は掛橋がターゲット?と冬夜が思う間もなく、佐塚はいきなり掛橋のネクタイを掴んでひっぱると、その胸に突撃して抱き着いていく。
「あのー、佐塚さん?」
「んーーー」
「佐塚さんって、ハグ魔?どうしたの急に」
「好きこのんで野郎にハグしてるわけねーだろ。ちょっと検証したいことがあんの」
戸惑う掛橋にぶっきらぼうな返事をすると、佐塚はむぎゅっと音がするほど掛橋にしがみつき、広い肩に顔をうずめる。
掛橋と藤堂の身長は同じぐらいなので、先程とほぼ同じ位置に佐塚の頭が乗っている。
掛橋はいきなり胸に抱き着いた佐塚にさほど慌てる様子もなく、「よしよし」と佐塚の頭を撫でたり背中を撫でたりして「さみしくなっちゃったんですか?」とぎゅっと佐塚を抱き返した。
さすが、第二営業部のエース。対応力が半端ない。
「あああああ!!!掛橋っ!!!おまえっ」
突然響いた怒声に、部内に残っていたメンバー全員の体がびくりと跳ねあがる。
開いたドアから猛牛のごとく突進してくるのは、佐塚の懐刀であり元ラグビー部員の、筋肉社員井上優一だった。
「掛橋、佐塚さんに何してんだよっ!」
井上は怒りの形相で近づいてくると、持っていたビジネスバッグを床に投げ捨て、掛橋と佐塚の間に太い腕をつっこんで二人の体をべりっと剥がした。
なおかつ、その勢いのまま、掛橋からかばうように佐塚の体を己の胸元に強く抱き込む。
「誤解だよー、井上ー」
佐塚さんから飛び込んできたんだよ?と降参のポーズでひらひらと手を振る掛橋には見向きもせず、井上は抱き込んだ佐塚の顔を覗き込み「何されたんですか?」「大丈夫?」と心配そうに尋ねている。
そして、冬夜は見てしまった。
井上の肩に埋もれた佐塚の顔が、ほんのり赤く染まっているのを。
その口元が、幸せそうに弧を描いていることも。
「なるほど、検証、ね」
藤堂も同じことに気付いたのか、やれやれとため息をつきながら、笑って二人を見ている。
藤堂と掛橋、そして先程佐塚に抱き着かれた米津は、営業部でもトップクラスの長身を誇り、個人差はあれどそれぞれ恵まれた体躯の持ち主だ。
今、佐塚を抱え込んであれこれと世話を焼いている、井上も、ね。
「佐塚さんって、時々ものすごくかわいいよね」
掛橋が、抱き合う二人を見て微笑んでいる。
「ああ。あれで納得できたんだろうな」
あそこが一番しっくりくる場所だって。
とは誰も口にしなかったけれど、佐塚がいつになくおとなしく井上に抱かれたまま、ぐりぐりと肩に顔をこすりつけているのを見れば一目瞭然だ。
なんだか俺も藤堂に抱きしめられたくなっちゃった!と冬夜がちらりと隣の藤堂を見上げると、察したらしい藤堂が腕を開いて「おいで」とお誘いしてくれる。
しません。ここ、会社ですから。
と、ぷいとそっぽを向くと、「姫主任、わかりやすすぎ!」と掛橋が笑う。
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