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41.王子様は詐欺師に転職を強いられる

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 不愉快な人間というものは、どこにでも存在する。
 そんな輩は無視するようにしているけれど、不愉快で無神経な相手というのは、いくら無視しても遠慮なく視界に入り、目の前で理沙の神経を逆なでるような事をしでかす。

 あの男、本当に不愉快だ。
 男のくせにまわりに媚びを売り、理沙が好意を抱いている藤堂にもしなだれかかるように甘える。
 理沙が藤堂と話していると、必ずといっていい程邪魔をする。
 あの男の率いるグループのメンバーも同様だ。
 なぜあそこまで底意地の悪いメンバーが揃っているのか、理沙には理解することができない。
 理沙の邪魔ばかりして、あげくに悪者に仕立てられたこともある。

 藤堂はさぞや迷惑していることと思う。
 グループのリーダーであるあの男は、体が弱のだかなんだか知らないが、頻繁に気絶を繰り返しては藤堂に迷惑をかけていると聞いた。
 もしかしたら、気を失ったというのも演技なのではないかと思う。彼の気を引くための。
 だから、これ以上藤堂に迷惑をかけられないように、あの男には会社からいなくなってもらうことにする。

 あの男が率いるグループの主要取引先の重役である父には、「瀬川というとんでもない男が、ろくに仕事もせずに周りに迷惑をかけている」と、それとなく伝えてある。
 それから、ゆくゆくは藤堂と付き合い、結婚したいということも。
 父は会社で藤堂の評判を聞いて回ったらしく、「大変な好青年らしいじゃないか」と理沙とのことを喜んでくれた。
 あの男がいなくなったあとは、藤堂がリーダーになってチームを率ればいい。
 父にも口添えを頼んで、藤堂は主任に大抜擢される。そのことを知ったら、藤堂も理沙に感謝してくれるに違いない。
 
 それにしてもあの男。
 あれだけいやがらせをしているのに、一向にいなくならない。
 案外神経が図太いのだろうか。
 加奈はちゃんとやっているのだろうか。直接の嫌がらせは最後にして欲しいと泣いて頼むから許可してやったのに。
 その代わり、無言電話だけは欠かさず続けるように言ってあるのだが。
 ちゃとやっているのかどうか、一度確認しなくては。
 スマートフォンを取り出し、加奈あてにメッセージを送る。

「石丸さん」

 後ろから声をかけられ、慌ててスマートフォンを隠す。
 業務時間中にスマートフォンを触っているのはあまり感じ良く見えないだろう。
 笑顔で振り向くと、思った通りの男が後ろに立っていた。
 相変わらず背が高い。
 整った男らしい顔、広い肩幅、低い声。
 理沙の理想がつまったような、完璧な王子様だ。
 普段あまり笑う事のない彼だが、今日はうっすら微笑みを浮かべているように見える。
 いくら王子様の彼だって、理沙ほどの美人を前にすれば微笑まずにはいられないのだろう。
 自分がもっとも魅力的に見えるように、理沙は小首をかしげて「なんでしょう?」と微笑んだ。

「今週の金曜は、何か予定がありますか?」
 週末の予定を聞かれ、ドキリとする。
 確か、友人たちと久しぶりに食事をする約束をしていたはずだが、そのことは一瞬で忘れ去る。
「ありませんが、どうかしましたか?」
 どうかしましたか、なんて、自分でも良く言う……とあきれてしまう。
 彼が理沙を誘っていることなんて、一目瞭然ではないか。
 でも、この手のタイプの男はすこし焦らした方が効果的だ。
 本当はあなたの事なんて興味はないのよ。でも、つきあってあげてもいいけれど?
 そういう態度を取って焦らし、向こうからガツガツ追われないと、理沙が楽しめない。

「お父様に、先日お会いしました。Y重工さんにお邪魔していた際に声をかけて頂いて」
「まぁ、父が?何か言っておりましたでしょうか?」
 きっと藤堂は、理沙に感謝しているに違いない。
 取引先の会社の重役から声をかけられたのだ。出世を望む男なら、嬉しくないはずがない。
「石丸さんが俺を褒めて下さったので、おかげで商談もスムーズに進みそうです。ありがとうございました」
 いえ、そんな、と理沙は頬を染める。
 ほら、やっぱり。
 藤堂は理沙を好ましく思っている。
 取引先の重役に好印象を持たれることは、営業にとってかなりのプラスになる。
 そのきっかけを作った理沙に感謝し、好意を持ったに違いない。
 たとえ親の威光を借りて藤堂の気を引いたのだと言われても、理沙は一向に気にならない。
 使えるものはなんだって利用すればいい。
 何をしたにしろ、いずれ藤堂は、理沙に夢中になるに違いないのだから。

「それで、石丸本部長にお話ししたいこともあるので、石丸さんも交えて食事でもどうかと思ったのですが、いかがですか?」
 その瞬間、理沙の目には純白のタキシードを着た藤堂の姿が見え、耳にはウエディングベルの音が聞こえた気がした。
 勝ったわ、と思う。
 誰に?
 この営業フロアにいる、大してとりえもなさそうな、冴えない女たちに。
 そして、何より不愉快な、あの男に。
「もちろんです。喜んで」
 答える自分の声が、必要以上にはずまないように気をつけながら、理沙はうっとりと藤堂を見つめた。



「かかったか?」
 第三会議室のドアを開けて現れた藤堂に、山口が飛び掛かる様に尋ねる。
「ええ、いとも簡単に。ちょっと複雑な気分です。まるで詐欺師になったような……」
 藤堂がげんなりと項垂れると、鎌田が持っていたファイルで藤堂の背中を叩く。
「何甘い事言ってんの?!詐欺師にぐらいなんなさいよ!藤堂くんの大事な大事な瀬川主任がどんだけひどい事されたと思ってるの!フェミニストもいい加減にしなさいよ!」
「ちょ……鎌田さん……」
 大事な大事なって……と冬夜がしどろもどろになると、伊藤が「まぁまぁ」と冬夜をなだめに入る。
「ひどい事されたのは本当でしょぉ?ちょっとぐらい藤堂さんが詐欺師になっても、バチは当たりませんよぅ」
「っていうか藤堂くんなんて、存在自体が詐欺師みたいなもんじゃないの。今さら何言ってるの?」
 鎌田はなんだかご機嫌斜めのようだ。意地悪く藤堂を野次り続ける。
「誰が存在が詐欺師だ!訂正しろ!」
 唸る藤堂に、今度は冬夜が「まぁまぁ」となだめに入った。

「とにかく、うまく釣れましたので、あとは石丸本部長がどう出るか、ですが……」
 うーむ、と藤堂が難しい顔で腕を組む。
「冷静沈着で、話の分かる人だって聞いてるぞ。でもまぁ、実の娘の不祥事聞かされて冷静でいられる親がどんぐらいいるのか、俺はわかんねぇけどな」
「そこんところは、藤堂くんの話術次第でしょ?」
「まかせたわよ、営業成績ナンバー1の藤堂くん!」と鎌田がにやりと笑うと、「今のナンバー1は瀬川さんだろ」と藤堂があっさり訂正する。
 藤堂がやってた案件をそっくりそのまま引き継いだだけなんだけどな……と思ったが、あえて口に出してせっかく褒めてくれたことを潰すこともないと思ったので、黙っておいた。
 
「で、その会合に出席するのは誰だ?」
 山口が言うのに、全員顔を見合わせる。
「山口さんは止めておいた方がいいです。何かあって石丸本部長に睨まれたらまずいので」
 藤堂がそう言うと、山口が豪快に笑う。
「別に、かまわんぞ。妻子がいるわけじゃねーし、居づらくなったら会社なんぞいつでも辞められる」
「な?」と、隣にいた小沢の肩を抱きながら同意を得ようとしたが、「僕は嫌ですよ。せっかくいい会社に入ったのに」と、ぺいっと腕を振り払われていた。
 相変わらず小沢は、自分に正直だ。
 
「俺と瀬川さんでしょ。それから櫛田さん。彼女一人だけだと石丸が怖くて発言を翻す可能性があるから……」
「私、行くわ」
 鎌田が手をあげる。
「私もいきますぅ。石丸さんには一泡吹かせたいですぅ」
 財布の件で石丸にすっかり腹を立てている伊藤が、意気込んで立ち上がる。
「ちぇ、いいなぁおまえら。女装するから、山口花子さんとかでアタシにも参加させてよぉ」
 山口が、くねんと腰をしならせるのを見て、藤堂と鎌田が「げっ」と顔を引き攣らせる。
「誰ですか、それ」
「気持ち悪い。絶対来ないで下さい」

 話がまとまったところで、じゃあ真面目に仕事をしよう!と会議用の資料を並べる。
 石丸の件はついでで、今日は月一の予算会議で集まっていてもらっていたのだ。
 しかし一体どうなることかと不安に思いながら、ちらりと藤堂を盗み見ると、藤堂も丁度こちらを見ている所だった。
 会社でなかったら、きっとキスされていただろうな、という程の距離だ。
 今にも微笑む藤堂の顔が近づいて来そうで、冬夜はぱっと顔を背ける。

「瀬川主任、何赤くなってるんですかぁ?」
「聞いてやるなよ、伊藤。おまえ時々、無粋だぞ」
「みのり、あんただって、会社で西島くんとキスしたいなぁって思ったことぐらい、あるでしょ?」

 ああ!とポン、と伊藤が手を打つのに、「なんでそうなるんだよっ!」と冬夜は叫ぶ。
 今度は藤堂が「まぁまぁ」と冬夜をなだめる番だった。

 
 
 
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