黒羽の約束

猫目オテテ

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第32章《繋がれた朝、変わる空気》

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ふたりの朝

 朝。
 キッチンには、かすかな湯気と香ばしい匂いが立ちのぼっていた。

 宗一はフライパンを手に、珍しく真剣な顔で目玉焼きを焼いている。
 その傍らには――ソファにちょこんと座り、頬を染めながら彼を見つめるアルマの姿。

 「……宗一、いつもこんなに料理、丁寧だったっけ」

 「ん?いや、今日はなんとなくな」

 宗一は、背を向けたまま小さく笑った。

 目の前の卵に、少しだけ塩を振る音がする。
 なんてことのない朝の風景――のはずなのに、アルマは胸の奥が不思議とくすぐったかった。

 体に残る微かな熱。
 宗一の手の温もり。
 あの夜の記憶は、まるで夢のように甘くて、少しだけ恥ずかしい。

 「……なんか、変だな」

 「ん?」

 「お前の顔、直視できないっていうか……」

 アルマはぼそりと呟くように言い、指先でカップの縁をなぞった。
 その頬は淡く赤らんでいる。

 宗一はくすっと笑いながら、その背中に近づいて、ぽん、と頭を撫でた。

 「……かわいいな、お前」

 「な……っ、やめろ、宗一!」

 「いや、もう知ってるだろ。俺、手加減できないって」

 ――こほん。

 突然の咳払いが、空気を切り裂いた。




 「……なあ、朝からいちゃいちゃしすぎじゃない?」

 いつの間にか台所の入り口に立っていた律が、呆れた顔で腕を組んでいた。
 けれど、その表情はどこか嬉しそうでもある。

 「兄貴、珍しく料理までしてるし……っていうか、アルマまで照れてんじゃん。何があったの?昨日の夜」

 「っ……!」

 アルマは湯気の中で咳き込み、宗一は目玉焼きをひっくり返す勢いでフライパンを振った。

 「律、お前……朝から空気読め」

 「いやいや、空気を読むにも限度があるって! なんか、家の中がバラの香り漂ってるレベルで甘いんだけど!? お前ら、俺に配慮ってものを――」

 「……律」

 「はいはい。わかったって。うるさくは言わないよ」

 そう言いながら、律はニヤニヤと笑ってアルマに視線を向けた。

 「でも……よかったな、アルマ。兄貴の隣、似合ってるよ」

 その言葉に、アルマは一瞬きょとんとして、それから目を逸らした。

 「……律、お前……」

 「祝福くらいはするって。俺だって、大事な兄貴と、大事なアルマのこと、応援してるし」

 少しだけ照れ臭そうに言ってから、律は自分のコップを手にキッチンを出ていった。

 その背中を見送りながら、アルマはそっと宗一の手を握った。



心の距離、ぬくもりの距離

 「……本当に、変わったな。俺たち」

 「そうだな。でも、悪くないだろ?」

 「……うん。悪くない」

 宗一の肩にもたれかかるアルマ。
 繋がった手のひらから、ぬくもりがゆっくりと伝わる。

 こうして始まった、ふたりの“新しい日常”。
 それはまだ始まったばかりだけれど、確かに、今までとは違う一歩を踏み出していた。
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