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とんずら8
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リュシアンは、もの思いから醒めるように息をついた。
あれから十年。長い時を公爵家で過ごせば、クラリスが内実ともに冷血麗人になり変わる可能性はある。しかし、もし昔と変わらずにいるのなら、捕縛騒ぎには何か裏があるはずだ。
「──カイサル。この件、詳しく調べてくれ」
「……構わねえけど、どうするつもりだ? 令嬢を差し出して王太子に恩でも売るか?」
「アレクサンドルにか? 冗談じゃない」
吐き捨てるリュシアンに、カイサルが目を丸くする。
リュシアンは努めて冷静に告げた。
「一旦保護するんだ。令嬢一人を寄ってたかって追い詰めるなんて、王国紳士がすることじゃない」
「ふーん。まあ俺は一向に構わねぇけ、ど」
からかおうとした従者の目が、不意に鋭さを帯びた。リュシアンが口を開くのを手で止め、カイサルは壁に飾ってある棍棒をそっと持ち上げた。
そして、一息に棒を天井に突き立てる。
「ぐっ!」
カイサルの一撃は的中した。天井板が外れ、うめき声とともに、腕を押さえた侍女が落ちてきたのだ。
カイサルは、侵入者が床に着いたところを取り押さえるつもりのようだった。そのため、一歩下がって棍棒を構えたが、その隙を突くように、侵入者が予想外の行動に出た。スカートをたくし上げ、目にも止まらぬ速さで鞭を繰り出したのだ。
「あ!?」
カイサルが素っ頓狂な声を上げる。鞭は唸りを上げて、彼の手から棍棒を奪っていた。
続けざまに鞭を繰り出す侍女は、見たところリュシアンとそう変わらない年頃の娘である。殺気立つ目は完全にカイサルに向けられていて、リュシアンには目もくれない。ここで一番の脅威が誰なのか分かっているのだ。
カイサルもまた、目の色を変えていた。お遊びであしらえる相手ではないと判断したのだろう。それなのに口元は笑っていて、カイサルの気分が上がっていることを示していた。
侍女の二撃目を、カイサルは際どいところで避けた。その隙に侍女は地面に着地して、カイサルに肉薄する。
「おっと!」
容赦なく繰り出された蹴りを、カイサルは腕で受け止める。
さすが王国でも名の知れた剣士は、立て直すのが早かった。侍女は息もつかせず蹴りを繰り出すが、彼は避けては受けてと危なげなくいなしていく。スピードはともかく、侍女の攻撃は一つ一つが軽いのだ。
リュシアンは、次第ににやにやし出すカイサルを見て、猫と虎がじゃれ合っているようにしか見えなくなった。侍女には気の毒だが、完全に彼に遊ばれている。侍女もそれを分かって、余計に頭に血が昇っているようだ。
「やれやれ」
リュシアンは戦闘狂を捨て置いて、もう一度天井を見上げた。同じ服装の娘が、戸惑うように部屋の中を覗き込んでいた。
「受け止めるから飛び降りなさい」
リュシアンの声に、天井の娘はびくりとした。そして、頭一つ出してリュシアンを見る。その所作に、リュシアンは何となくひやりとした。高いところが苦手なのか、地面との距離に目を彷徨わせているところも不安を煽る。
そして、天井の穴の縁にかけていた手を握り直そうとするのを見て、リュシアンは咄嗟に駆け出していた。
「あ! お嬢様……!!」
戦いに興じていたはずの侍女が悲鳴を上げる。
やはりというか、娘が手を滑らせて、天井から落ちたのである。
駆けつけようとした侍女は、カイサルが無慈悲に捕まえた。
声すら上げず落ちてくる娘を、リュシアンは危なげなく抱き止めた。
ぱらぱらと銀糸の髪がリュシアンの頬を打つ。極限に身を固めた娘が、恐怖に目を見開いている。その緑青色に、リュシアンの姿が映り込んでいた。
あれから十年。長い時を公爵家で過ごせば、クラリスが内実ともに冷血麗人になり変わる可能性はある。しかし、もし昔と変わらずにいるのなら、捕縛騒ぎには何か裏があるはずだ。
「──カイサル。この件、詳しく調べてくれ」
「……構わねえけど、どうするつもりだ? 令嬢を差し出して王太子に恩でも売るか?」
「アレクサンドルにか? 冗談じゃない」
吐き捨てるリュシアンに、カイサルが目を丸くする。
リュシアンは努めて冷静に告げた。
「一旦保護するんだ。令嬢一人を寄ってたかって追い詰めるなんて、王国紳士がすることじゃない」
「ふーん。まあ俺は一向に構わねぇけ、ど」
からかおうとした従者の目が、不意に鋭さを帯びた。リュシアンが口を開くのを手で止め、カイサルは壁に飾ってある棍棒をそっと持ち上げた。
そして、一息に棒を天井に突き立てる。
「ぐっ!」
カイサルの一撃は的中した。天井板が外れ、うめき声とともに、腕を押さえた侍女が落ちてきたのだ。
カイサルは、侵入者が床に着いたところを取り押さえるつもりのようだった。そのため、一歩下がって棍棒を構えたが、その隙を突くように、侵入者が予想外の行動に出た。スカートをたくし上げ、目にも止まらぬ速さで鞭を繰り出したのだ。
「あ!?」
カイサルが素っ頓狂な声を上げる。鞭は唸りを上げて、彼の手から棍棒を奪っていた。
続けざまに鞭を繰り出す侍女は、見たところリュシアンとそう変わらない年頃の娘である。殺気立つ目は完全にカイサルに向けられていて、リュシアンには目もくれない。ここで一番の脅威が誰なのか分かっているのだ。
カイサルもまた、目の色を変えていた。お遊びであしらえる相手ではないと判断したのだろう。それなのに口元は笑っていて、カイサルの気分が上がっていることを示していた。
侍女の二撃目を、カイサルは際どいところで避けた。その隙に侍女は地面に着地して、カイサルに肉薄する。
「おっと!」
容赦なく繰り出された蹴りを、カイサルは腕で受け止める。
さすが王国でも名の知れた剣士は、立て直すのが早かった。侍女は息もつかせず蹴りを繰り出すが、彼は避けては受けてと危なげなくいなしていく。スピードはともかく、侍女の攻撃は一つ一つが軽いのだ。
リュシアンは、次第ににやにやし出すカイサルを見て、猫と虎がじゃれ合っているようにしか見えなくなった。侍女には気の毒だが、完全に彼に遊ばれている。侍女もそれを分かって、余計に頭に血が昇っているようだ。
「やれやれ」
リュシアンは戦闘狂を捨て置いて、もう一度天井を見上げた。同じ服装の娘が、戸惑うように部屋の中を覗き込んでいた。
「受け止めるから飛び降りなさい」
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そして、天井の穴の縁にかけていた手を握り直そうとするのを見て、リュシアンは咄嗟に駆け出していた。
「あ! お嬢様……!!」
戦いに興じていたはずの侍女が悲鳴を上げる。
やはりというか、娘が手を滑らせて、天井から落ちたのである。
駆けつけようとした侍女は、カイサルが無慈悲に捕まえた。
声すら上げず落ちてくる娘を、リュシアンは危なげなく抱き止めた。
ぱらぱらと銀糸の髪がリュシアンの頬を打つ。極限に身を固めた娘が、恐怖に目を見開いている。その緑青色に、リュシアンの姿が映り込んでいた。
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