ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第2章:赤いタスクと二つの正義

第61話:魔王プロセス同期候補

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玉座の間から退出したケンジの足取りはわずかに、しかし確実に軽かった。
当初は不可能とさえ思われた巨大なプロジェクトを、彼は仲間たちと共に完了させたのだ。その達成感が彼の心を温かい光で満たしていた。

ヒナたちが隔離されているという塔の一室へたどり着くと、その扉の前で仲間たちがどこか思い詰めたような表情で彼を待っていた。

「皆さん……どうかしましたか?」

ケンジの問いに最初に答えたのはルリエルだった。彼女の顔にはヒナたちを見守っていた時の慈しむような表情はない。そこにあるのは自らの知識では到底説明のつかない現象に遭遇した魔術師の深い困惑の色だ。

「ケンジさん……ヒナたちの様子が少しおかしいのです」
「おかしい?」

「はいよボス」
シーナが言葉を引き継ぐ。壁に背を預け腕を組んでいた彼女の瞳はいつになく真剣な光を宿している。
「あいつら時々目が赤く光るんだ。ただの光じゃねえ。なんだか見てると背筋が寒くなるような気色の悪い光り方だ」

ゴードンは何も言わなかった。しかし彼が部屋の扉の前にまるで門番のように立ちはだかっている事実が何よりも事態の異常さを物語っていた。

プロジェクト完了後の穏やかだったケンジの心にさざ波のように不安が広がっていく。
彼は仲間たちに頷くと静かに部屋の扉を開けた。

部屋の中は彼らが去った時と何も変わっていなかった。
藁の巣の中では三体のヒナたちが無邪気に身を寄せ合って眠っている。ピーピーという、か細い寝息だけが静かな部屋に響いていた。
ケンジはその平和な光景に一瞬だけ安堵の息を漏らす。
(…皆の見間違いだろうか?)

だが彼の仲間たちは決して勘や思い込みで動く者たちではない。
彼らが「異常だ」と言うのなら、そこには必ず何らかの見えざる「リスク」が潜んでいるはずだ。
ケンジは意を決して巣へと歩み寄った。

そして眠るヒナたちの一羽に意識を集中させる。
自らのユニークスキルを発動させるために。

―――スキル起動、【プロジェクト管理】

ケンジの視界が一瞬ノイズが走ったかのように揺らぐ。
そして彼の目の前の現実が情報という名の無機質なデータへと再構築されていく。

彼の視界に分析結果が表示された。

【オブジェクト名:ワイバーン(幼体)】
【HP:100/100】
【コンディション:良好】

(…やはり問題ない…?)
ケンジがそう結論付けかけた、まさにその瞬間だった。

彼の視界のすべてが警告を告げる深紅の光で完全に塗りつぶされた。

ビィィィィィィィィィッ!!!

脳内に直接けたたましいアラート音が鳴り響く。
それはゴブリンに包囲された時とも狂乱したワイバーンと対峙した時とも比較にならない。
この世界の「システム」そのものが、彼に最大級のそして最も致命的な危険を告げていた。

ケンジのプロジェクトマネージャーとしての冷静な思考が恐怖によって一瞬完全にフリーズする。
彼の視界の中央に震える文字でその絶望的な分析結果が表示された。

【ステータス: ――― 警告:魔王プロセス同期候補】

「―――ッ!?」

ケンジの喉から声にならない悲鳴が漏れた。
血の気がさっと引いていく。心臓を氷の手に直接握り潰されたかのような凄まじい衝撃。

魔王プロセス。同期候補。

その一つ一つの単語が彼の脳内で最悪の意味を結びつけていく。
このか弱きヒナは。
自分たちが命を賭して守り抜いたはずの無垢な命は。
いずれこの世界を破綻させる最大のシステムエラー――「魔王」と同期する、候補(コンテナ)である、と。

「ボス……!?」
「ケンジさん、どうしたのですか!?」

ケンジのあまりの豹変ぶりに仲間たちが驚いて駆け寄ってくる。
だが彼の耳にはもはやその声は届いていなかった。

彼はただ呆然と、目の前で、すやすやと眠るヒナの無邪気な寝顔と。
そしてその裏側に表示され続ける、絶望を告げる赤い警告の文字とを。
交互に見つめることしかできなかった。

仲間たちの心配そうな声が遠くで聞こえる。
だが今のケンジにはそれに答える余裕など微塵もなかった。
彼の意識は現実の世界から完全に乖離していた。その思考のすべてが、ただ一点、脳内に直接悲鳴を上げるようにコンタクトしてきたこの世界の管理者へと向けられていた。

女神様ッ! 応答してください! 緊急事態です! この警告は一体何なのですか!? 【魔王プロセス同期候補】とはどういう意味ですかッ!?

ケンジの声にならない魂の叫び。
それに数秒の、永遠にも感じられる通信の遅延(ラグ)の後。
返ってきたのは神聖な神託などではない。
まるで本番環境のサーバーをうっかりフォーマットしてしまった新人エンジニアのような。
けたたましいパニックに満ちた金切り声だった。

『―――ッ!? なに、なに、なに!? ちょ、どこでそれ見たの!? まさかあなた、ワイバーンのヒナをスキャンしたんじゃ……!? うわあああああ、最悪よ、よりにもよってそれ引いちゃう!?』

女神の声は完全に裏返っていた。
ケンジはその狼狽ぶりに逆に血の気が引いていくのを感じた。

(落ち着いてください! 説明を!)

『落ち着いてられるわけないでしょ! ちょ、それヤバいやつなの! 超ヤバいやつなのよ!』
女神の焦りきった声が彼の脳内にさらに絶望的な情報を叩きつけてくる。

『【魔王プロセス同期候補】! それはその名の通り、いずれ魔王の……あの最悪のシステムエラーの、受け皿(コンテナ)になっちゃう可能性がとんでもなく高い個体ってこと! 今はただの可愛いヒナかもしれないけど、成長する過程で世界のバグをどんどんその身に取り込んで……!』

女神はそこで一度言葉を詰まらせ、震える声で最悪の結論を告げた。

『―――魔王の、分身になっちゃうかも、しれないのよッ!』

分身。
そのおよそプロジェクト管理という概念からはかけ離れた、禍々しい響きを持つ言葉。
ケンジの背筋を氷のように冷たい汗がつ、と流れ落ちた。

彼らが命を賭して守り抜いた、このか弱き命。
仲間たちの心を一つにしてようやく救い出すことのできた、希望の象徴。
それが。
いずれこの世界そのものを破滅へと導く災厄の一部となる……?

『とにかく!』
女神の悲鳴に近い指示が彼の思考を遮る。
『今はそのヒナたちを誰にも渡しちゃダメ! 国王にもあの勇者にも絶対よ! とにかく隔離して! 誰の目にも触れさせないで! いいわね!?』

(理由は!?)

『詳細は後で! 今私の方でも緊急対応プロトコルを探してるから! じゃあねッ!』

ブツリ、と一方的に通信は途絶えた。
後に残されたのは女神が叩きつけていった重くそして絶望的な「事実」だけ。

「…………」

ケンジの意識がゆっくりと現実へと浮上する。
目の前には心配そうに自分の顔を覗き込む仲間たちの顔があった。

「ボス、大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ…!」
「ケンジさん、一体何が…?」

彼らの心からの心配の声。
その温かい信頼に満ちた眼差しが、今のケンジには何よりも痛かった。

彼は仲間たちに何と説明すればいい?
「我々が救ったこのヒナはいずれ世界を滅ぼす魔王になるかもしれません」と?
そんな残酷な真実を告げられるはずがなかった。

ケンジはゆっくりと、藁の巣で眠るヒナたちへ視線を戻した。
ピーピーという、か細い寝息。
その無垢で愛おしい姿。

ケンジは戦慄した。
心の奥底から。

ああ、そうか。
これがこの世界の「バグ」の本当の恐ろしさなのか。
それは決して魔物という分かりやすい悪の姿で現れるのではない。
それはこんなにもか弱く守るべき愛おしいものの姿を借りて。
人々の善意と良心に静かに、そして深く巣食っていくのだ。

彼らが命がけで守ったヒナは希望の象徴などではなかった。
それは世界を滅ぼしかねない、最悪の“時限爆弾”だったのだ。
そしてその爆弾のスイッチを今この手の中に抱えてしまっているのは。
他の誰でもない。
自分たち自身だった。
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