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第1話:【序章】死神への嫁入り
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「余命は一年です」
医師の言葉は静かな診察室にあまりにも無慈悲に響き渡った。
水晶の涙病。体内の魔力が生命力と共に結晶化していく不治の病。私の左手の甲にはその兆候として一粒のダイヤモンドのように美しくそして残酷な結晶が浮かび上がっていた。
屋敷に戻っても父と母には本当のことを言えなかった。
ただでさえ私のこれまでの治療費で伯爵家の財政は傾いている。叔父一家に唆され手を出した事業も失敗し莫大な借金だけが残った。私が後一年しか生きられないと知れば両親はなけなしの財産をすべて私のために使い果たしてしまうだろう。そして私の死後彼らには絶望と破産だけが残る。
(そんな結末は許されない)
夜私は自室で震える手で一枚の紙に向かっていた。
私の命にはもう価値はない。だがその「死にゆく命」に最後の価値を与える方法が一つだけあった。
それは自らを帝国で最も危険な男に売り渡すこと。
カイエン・アークブラッド公爵。
彼が通った道は草木が枯れ果て近づく者は原因不明の病に倒れるという。その身に宿したあまりにも強大な死の瘴気ゆえに人々は彼をこう呼んだ。
「死神公爵」と。
彼はその呪われた力のためにどんな縁談も破談となり世継ぎがいないことを王家や他の貴族たちから問題視されていた。そしてその孤独と恐怖を紛らわすためか彼は金に困った者たちを相手に一つの奇妙な賭けを行っているという噂だった。
「彼の城まで辿り着き一時間彼の前に立てた者には望むだけの褒賞を与える」と。
だがその賭けに勝った者はこれまで一人もいない。
(私ならできる)
どうせ一年後には死ぬ命だ。死神の瘴気に当てられてそれが数ヶ月早まったところで何の違いがあるというのか。
私は家族に残す手紙を書き上げると夜の闇に紛れて屋敷を抜け出した。
たった一人北の果て死神が棲むというアークブラッド公爵領を目指して。
彼の領地は噂以上に絶望的な場所だった。
境界を越えた瞬間から空は鉛色に淀み大地は生命の色を失う。枯れ木がまるで亡霊のように天に向かって助けを求めるように枝を伸ばしていた。
その中心に黒々とそびえ立つ死神の城。
城門には誰の姿もなかった。まるでこの世のすべてを拒絶するかのように固く閉ざされている。
私は力の限りにその重い扉を叩いた。
やがて扉が軋みながらわずかに開く。現れた老執事は私を見ると驚愕に目を見開いた。
「……公爵様に、お目通りを」
通された玉座の間はひどく寒々しかった。
巨大な黒曜石の玉座に一人の男が影のように座っている。
カイエン・アークブラッド公爵。
闇色の髪に血のように赤い瞳。その美しさは人ならざるもののように現実感がなかった。そして彼の全身から放たれる濃密な死の瘴気が肌を刺すように私の生命力を削っていくのが分かった。
「……何の用だ小娘」
彼の声は冬の夜のように冷たく静かだった。
「金か。命が惜しくないらしいな。一時間そこに立っていられたら望みのものをくれてやる」
「いいえ」
私は震える足を叱咤し彼の前にまっすぐに立った。
「私が望むのは金銭ではありません。契約です」
「契約だと?」
「私の名はリディア・ハミルトン。不治の病により余命は一年です」
私のあまりにも率直な自己紹介に彼の赤い瞳が初めてわずかに揺らいだ。
「私はあなたに一年間の契約結婚を申し込みます。私があなたの期間限定の妻となる。あなたの『呪い除けの盾』となり世継ぎ問題に悩む王家や貴族たちを黙らせるための飾り物の妻に」
「……その対価は?」
「私の実家であるハミルトン伯爵家の全ての負債をあなたの名で完済していただきたいのです」
死を恐れぬ私の言葉に彼は初めてその表情を変えた。驚きそして興味。
彼は試すようにその身から放つ瘴気をわずかに強めた。普通の人間ならそれだけで気を失って倒れるだろう。
だが私は倒れない。どうせ尽きる命だ。その覚悟が私を彼の瘴気の中で立たせ続けていた。
「……面白い」
彼は玉座からゆっくりと立ち上がった。
「余命一年の花嫁か。なるほど死を恐れぬわけだ。良いだろう。その狂った提案受け入れてやる」
彼は私に近づくとその冷たい指先で私の顎をそっと持ち上げた。
血のように赤い瞳が至近距離で私を見つめている。
「ようこそリディア・ハミルトン。俺の城へ。そしてお前の墓場へ」
それは絶望から始まった奇妙な偽りの結婚生活の始まりだった。
医師の言葉は静かな診察室にあまりにも無慈悲に響き渡った。
水晶の涙病。体内の魔力が生命力と共に結晶化していく不治の病。私の左手の甲にはその兆候として一粒のダイヤモンドのように美しくそして残酷な結晶が浮かび上がっていた。
屋敷に戻っても父と母には本当のことを言えなかった。
ただでさえ私のこれまでの治療費で伯爵家の財政は傾いている。叔父一家に唆され手を出した事業も失敗し莫大な借金だけが残った。私が後一年しか生きられないと知れば両親はなけなしの財産をすべて私のために使い果たしてしまうだろう。そして私の死後彼らには絶望と破産だけが残る。
(そんな結末は許されない)
夜私は自室で震える手で一枚の紙に向かっていた。
私の命にはもう価値はない。だがその「死にゆく命」に最後の価値を与える方法が一つだけあった。
それは自らを帝国で最も危険な男に売り渡すこと。
カイエン・アークブラッド公爵。
彼が通った道は草木が枯れ果て近づく者は原因不明の病に倒れるという。その身に宿したあまりにも強大な死の瘴気ゆえに人々は彼をこう呼んだ。
「死神公爵」と。
彼はその呪われた力のためにどんな縁談も破談となり世継ぎがいないことを王家や他の貴族たちから問題視されていた。そしてその孤独と恐怖を紛らわすためか彼は金に困った者たちを相手に一つの奇妙な賭けを行っているという噂だった。
「彼の城まで辿り着き一時間彼の前に立てた者には望むだけの褒賞を与える」と。
だがその賭けに勝った者はこれまで一人もいない。
(私ならできる)
どうせ一年後には死ぬ命だ。死神の瘴気に当てられてそれが数ヶ月早まったところで何の違いがあるというのか。
私は家族に残す手紙を書き上げると夜の闇に紛れて屋敷を抜け出した。
たった一人北の果て死神が棲むというアークブラッド公爵領を目指して。
彼の領地は噂以上に絶望的な場所だった。
境界を越えた瞬間から空は鉛色に淀み大地は生命の色を失う。枯れ木がまるで亡霊のように天に向かって助けを求めるように枝を伸ばしていた。
その中心に黒々とそびえ立つ死神の城。
城門には誰の姿もなかった。まるでこの世のすべてを拒絶するかのように固く閉ざされている。
私は力の限りにその重い扉を叩いた。
やがて扉が軋みながらわずかに開く。現れた老執事は私を見ると驚愕に目を見開いた。
「……公爵様に、お目通りを」
通された玉座の間はひどく寒々しかった。
巨大な黒曜石の玉座に一人の男が影のように座っている。
カイエン・アークブラッド公爵。
闇色の髪に血のように赤い瞳。その美しさは人ならざるもののように現実感がなかった。そして彼の全身から放たれる濃密な死の瘴気が肌を刺すように私の生命力を削っていくのが分かった。
「……何の用だ小娘」
彼の声は冬の夜のように冷たく静かだった。
「金か。命が惜しくないらしいな。一時間そこに立っていられたら望みのものをくれてやる」
「いいえ」
私は震える足を叱咤し彼の前にまっすぐに立った。
「私が望むのは金銭ではありません。契約です」
「契約だと?」
「私の名はリディア・ハミルトン。不治の病により余命は一年です」
私のあまりにも率直な自己紹介に彼の赤い瞳が初めてわずかに揺らいだ。
「私はあなたに一年間の契約結婚を申し込みます。私があなたの期間限定の妻となる。あなたの『呪い除けの盾』となり世継ぎ問題に悩む王家や貴族たちを黙らせるための飾り物の妻に」
「……その対価は?」
「私の実家であるハミルトン伯爵家の全ての負債をあなたの名で完済していただきたいのです」
死を恐れぬ私の言葉に彼は初めてその表情を変えた。驚きそして興味。
彼は試すようにその身から放つ瘴気をわずかに強めた。普通の人間ならそれだけで気を失って倒れるだろう。
だが私は倒れない。どうせ尽きる命だ。その覚悟が私を彼の瘴気の中で立たせ続けていた。
「……面白い」
彼は玉座からゆっくりと立ち上がった。
「余命一年の花嫁か。なるほど死を恐れぬわけだ。良いだろう。その狂った提案受け入れてやる」
彼は私に近づくとその冷たい指先で私の顎をそっと持ち上げた。
血のように赤い瞳が至近距離で私を見つめている。
「ようこそリディア・ハミルトン。俺の城へ。そしてお前の墓場へ」
それは絶望から始まった奇妙な偽りの結婚生活の始まりだった。
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