月の雫と地の底の誓い

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第31話:魔王城の門

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最後の夜が明けた。

夜明け前、司令部天幕にはロウソクの灯りだけが揺らめいている。巨大な地図を前に、将軍たちの間に張り詰めた、しかし迷いのない覚悟に満ちた空気が流れていた。

その中心に立つタイヨウは、もはやあの夜に弱さを見せた青年ではなかった。彼の瞳には、王国の全ての希望を背負う英雄としての強い光が宿っている。

「作戦は最終確認した通りだ。陽動の左右両翼、そして俺が率いる中央本隊。三方に分かれ、同時に城門へ突撃する」

彼の声は静かだが、天幕の隅々にまで響き渡る。「敵の防衛魔法は強力だ。序盤の損害は覚悟しなければならない。だが怯むな。我々の目的はただ一つ、魔王の首、ただそれだけだ」

一通り説明を終えた彼が、末席に座る私へと視線を向けた。

「セレスティア。後方支援の要は君だ。野戦病院の設営地点は、予定通り本陣後方の窪地で間違いないか」
「はい」

私は立ち上がり、冷静に進言した。「ですが勇者様。左右両翼からの負傷兵をスムーズに後送するため、連絡兵を各隊に追加で配置してください。混乱の中では一刻の遅れが命取りになります。前衛には可能な限り補助魔法を集中させ、消耗を防ぐべきです」

タイヨウは私の言葉に真剣に頷いた。「分かった。すぐに手配する」

私たちの間に視線が交錯する。そこにはもはや個人的な感情はなかった。ただ、これから始まる死闘を共に戦い抜くという、強固なパートナーとしての絶対的な信頼だけがあった。

やがて東の空が血のように赤く染まり始める。その光を合図に、野営地に長く深く物悲しい角笛の音が響き渡った。総攻撃の合図だった。

大地を揺るがすほどの雄叫びと共に、王国軍が一斉に動き出す。鋼鉄の奔流が三つの流れに分かれ、眼前にそびえ立つ禍々しい魔王城の城門へと殺到していく。

私は設置された野戦病院でその光景をただ見守っていた。私の戦場はここだ。これから夥しい数の負傷者たちがこの場所へ運び込まれてくる。私の心に恐怖はない。カインの死を乗り越え、タイヨウと誓いを交わした今、この戦いを終わらせるというただ一つの冷徹な決意で満たされていた。感傷はもうない。私はこの軍の精神的な支柱とならなければならないのだから。

王国軍が城門前の広場に到達したその瞬間、魔王城が目を覚ました。

城壁に刻まれた不気味な文様が一斉に禍々しい紫色の光を放つ。次の瞬間、空から無数の闇の矢が雨のように降り注いだ。兵士たちの掲げた盾がいとも容易く貫かれ、至る所で悲鳴が上がる。「怯むな! 進めえええっ!」将軍たちの怒号が響く。しかし、魔王城の防衛魔法はそれだけではなかった。城壁そのものがまるで生きているかのように、兵士たちの足元から鋭い岩の槍を突き出させる。軍の進撃は、序盤から完全に足を止められてしまった。

そして、ついにあの巨大な城門が地響きと共にゆっくりと開かれていく。その開閉すら、こちらの動きを嘲笑うかのように計算された間合いだった。

闇の向こうから溢れ出してきたのは、おびただしい数の異形の魔物たち。先陣を切って現れたのは、人の兵士の亡骸を盾のように掲げ、げらげらと笑い声を上げる醜悪なオーガだった。その上空を、無数の羽虫のような魔物が滑空し、破裂しては緑色の毒の霧を撒き散らす。オーク、ゴブリン、リザードマン。統率の取れた動きで、彼らは王国軍へと牙を剥いた。空からはガーゴイルの群れが急降下し、兵士たちをその鉤爪で上空へと攫っていく。

戦場は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「負傷者だ! 道を開けろ!」

すぐに私のいる野戦病院にも最初の負傷者が運び込まれてきた。そこからはまさに戦いだった。次から次へと血まみれの兵士たちが担架に乗せられてくる。(神よ、どうかこの者の命だけは――いや、もう祈る暇はない)私は機械のように冷静に、的確に治療を続けた。「この者は後回し! 次の者へ!」「止血を! 急いで!」私の月の雫の光が、休む間もなく天幕の中を照らし出す。しかし、増え続ける負傷者の数に、私の治癒の速度も魔力も追いつかない。兵士たちは必死に戦っていた。しかし、無限に湧き出てくるかのような魔物の物量の前に、一人また一人と倒れていく。

戦況は完全に膠着していた。このままでは王国軍は魔王の元へたどり着く前に消耗し尽くされてしまう。誰もが絶望的な予感に囚われた、その時だった。

前線で、ひときわ大きな白銀の輝きが迸った。タイヨウだった。

彼は自らが率いていた本隊の指揮を副官に任せると、たった一人、魔物の群れの中へと突撃したのだ。「勇者様!?」「無謀だ!」将軍たちの制止の声も、彼の耳には届かない。

彼の姿はもはや人間のそれではなかった。白銀の流星。その手に握られた聖剣が太陽のような神々しい光を放ち、光に触れた魔物たちは悲鳴を上げる間もなく塵と化して消えていく。彼は味方の損害を最小限に抑えようと、全ての危険を自ら一身に引き受けようとしていた。その戦い方は英雄的であると同時に、あまりにも危うかった。

彼は夥しい数の魔物の群れをたった一人で切り裂き、血路を開いていく。そしてついに、魔王城の巨大な城門の前へとたどり着いた。

彼は立ち止まると、天へと聖剣を掲げた。全ての光がその剣先へと収束していく。「――開けろ!」彼の雷鳴のような叫びと共に聖剣が振り下ろされる。凝縮された光の奔流が城門へと直撃した。

轟音。世界が揺れた。鉄と魔力で固く閉ざされていたはずの城門が、跡形もなく吹き飛んでいた。「見たか、今の一閃を!」「城門が…砕けたぞ!」「勇者様が道を開いてくださったんだ!」兵士たちの間に、驚愕と歓喜の声が波のように広がる。「俺たちも続けーっ! 勇者様を一人にはできねえ!」その叫びが、全軍の士気を爆発させた。

ぽっかりと口を開ける城内の深い闇。その入り口にタイヨウはただ一人立っていた。(門番の一人もいない……これは、罠か。分かっていても、行くしかない)彼は振り返ると、後方の軍勢に力強く腕を振り下ろした。突撃の合図だった。兵士たちが雄叫びを上げて、その開かれた道へと殺到していく。

王国軍はついに城内への突入路を確保した。しかしそれは、さらなる激戦の始まりを告げているに過ぎなかった。

私は遠く闇の入り口に立つタイヨウの、小さな、しかしあまりにも大きな背中を見つめていた。
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