追放された天才錬金術師は、冷徹公爵に拾われ、もふもふに溺愛される

YY

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第三話:綻び始めた嘘

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公爵領での日々は、リリアにとって驚きと喜びに満ちていた。公爵は王都へ出発する前に、彼女に領地の運営を任せきりにしていた。特に、彼女の錬金術の成果は目覚ましく、公爵領の景色を劇的に変えていった。

枯れ果てていた土地は、リリアが改良した土壌活性ポーションによって、たった数日で緑を取り戻し始めた。農夫たちは目を輝かせ、これまで誰も成しえなかった光景に歓喜の声を上げた。兵士たちの傷も、リリアが前世の消毒知識と治癒ポーションを組み合わせた新たな治療法を導入したことで、劇的に回復が早まった。

「リリア様のおかげで、私たちの生活は一変しました!」
「あなたは、この公爵領の光です!」

領民たちの心からの感謝の言葉が、リリアの心に温かく響いた。男爵家で「無能」と罵られ、利用されてきた日々とはまるで違う。ここでは、彼女の才能が正しく評価され、心から必要とされている。この純粋な承認が、リリアの心に深く根付いていた「完璧でなければ愛されない」という「嘘」を、ゆっくりと、しかし確実に溶かし始めていた。

公爵は王都へ出発した後も、頻繁に書簡を寄こした。そこには領地の進捗への的確な指示だけでなく、リリアの錬金術に関する専門的な質問や、彼女の体調を気遣う一文が添えられていた。

(公爵様は、本当に私を信頼してくださっているのだわ……)

文面は簡潔だが、その裏に隠された公爵の配慮に、リリアは心を温かくした。公爵の言葉は常に彼女の心を縛る「嘘」を解き放つ力を持っていた。

「君の論理的な思考は、この世界の錬金術に新たな道を開く。それを恐れる必要はない」

そんな言葉を受け取るたびに、リリアは自分が、ありのままの自分でここにいていいのだと、強く確信していった。

ある夜、リリアは書斎で公爵の過去の文献を読んでいた。公爵は出発前、彼女に自由に書斎を使うことを許してくれていた。その本棚の奥で、リリアは一冊の古びた魔術書を見つけた。それは、ゼフィール・ディ・ルクス公爵の幼い頃の日記のような記述が残されたものだった。

その記述には、公爵が幼い頃、信頼していた魔術師に自身の研究成果を奪われ、その責任を負わされた痛ましい経験が記されていた。

『感情は弱さだ。他者に心を許せば、必ず裏切られる。力だけが、この身を守る唯一の盾となる。』

公爵が抱える「力こそが全てであり、感情は弱さである。他人に期待しても裏切られるだけだ」という「嘘」の根源を、リリアはそこで知った。彼が「氷の公爵」と呼ばれるに至った背景には、そんな深い傷があったのだ。

(公爵様も、私と同じ……)

心を閉ざし、孤高に生きてきた公爵。その孤独は、リリア自身の孤独と重なった。彼がアルバスにだけ心を許し、リリアの「魂の光」を求めた理由が、腑に落ちた。公爵は、自分自身の「嘘」を打ち破る「必要性」を、リリアの中に見ていたのだ。

リリアは書斎を後にし、自室に戻る途中で、庭園のベンチに佇むアルバスを見つけた。アルバスは、夜空の月を見上げていた。リリアがそっと近づくと、アルバスは彼女の足元に体をすり寄せ、甘えるように鼻を押し付けてきた。

「アルバス……」

リリアはアルバスの漆黒の毛並みを優しく撫でた。アルバスの温もりが、冷えた心に染み渡る。

その時、リリアは公爵の言葉を思い出した。「君の光は、この闇に埋もれさせておくには惜しい」。公爵が彼女に見出した「光」とは、彼女の錬金術の才能だけでなく、どんな逆境に立たされても、真実を求め、前に進もうとする彼女自身の魂の輝きだったのかもしれない。

アルバスが顔を上げ、リリアの目を見つめる。その瞳は、言葉なくして「君は一人ではない」と語りかけているようだった。

その頃、男爵領は急速に困窮の度を増していた。リリアがいなくなったことで、土壌活性ポーションの生産は完全に途絶え、薬草畑の収穫量は壊滅的な打撃を受けていた。美容ポーションの品質も安定せず、社交界でのアメリアの評判は地に落ち、男爵家は王都での地位を失いつつあった。

「どういうことだ、アメリア!リリアがいなくとも、お前がやればどうにかなると言ったではないか!」

男爵がアメリアを叱責する。アメリアは顔を真っ赤にして反論した。

「だって、あの女、基礎しか教えていなかったのよ!もっと、こう、うまくいく秘訣があるはずなのに!」

彼女はリリアの錬金術が「誰にでも真似できるもの」だと過信していたため、いくら模倣しようとしても上手くいかない。男爵夫妻とユリウスは、リリアの才能が単なる「技術」ではなく、彼女個人の「科学的知識と発想」に裏打ちされた唯一無二のものであることに、未だ気づいていなかった。その無知ゆえに、彼らは破滅へと突き進んでいく。

「こんなことでは、王都での地位も、名誉も、何もかも失ってしまう!何とかせねば……!」

焦燥するユリウスの目に、一つの悪意ある考えが浮かんだ。

その頃、公爵からリリアに新たな書簡が届いた。王都で開催される大舞踏会に、公爵がリリアを同伴したいという内容だった。公爵領の発展を王に報告する席で、リリアの功績を正式に認めさせたい、という公爵の意図が透けて見えた。

王都――そこは、リリアが全てを失った場所。再びあの舞踏会に出向くことへの恐怖が、リリアの心をよぎった。

(また、あの場所で、ユリウス様やアメリア様に見世物にされるのではないか……)

胸の奥で、まだ完全に消え去ってはいない自己否定の「嘘」が囁く。完璧でなければ、また利用されるだけなのではないか。

リリアは震える手で、公爵からの書簡を握りしめた。しかし、その時、書斎の窓から差し込む朝日に、公爵領の豊かな緑が目に飛び込んできた。この土地を再生させたのは、他ならぬ自分だ。そして、公爵は、そんな自分を「至宝」とまで呼んでくれた。アルバスも、いつも傍に寄り添ってくれる。

(もう、あの『嘘』に囚われない)

リリアは書簡をそっと胸に抱きしめた。

(私は、私自身の意志で、この人と共に歩む。たとえ過去が私を捕らえようとしても、私はもう、逃げない)

リリアの瞳に、強い光が宿った。王都への旅は、過去との対峙であり、そして新たな自分への旅立ちとなることを、彼女は心の底から決意していた。
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