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第二章 紅茶館ローズメリー
紅茶館ローズメリー⑦
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「そ、それにしても、クリームティーってすてきな習慣ですね!こんな美味しいものを毎日楽しめるなんて、イギリスの人が羨ましいなー!」
赤くなった顔をぱたぱた扇ぎながら、話題転換を試みる。
するとすかさず「そんなわけがないだろう」と突っ込まれた。
「毎日これだけのものを食べていたら、生活習慣病まっしぐらだ。イギリスは肥満大国としても有名だからね」
「……うっ、確かに……」
プレーンと紅茶、それぞれのスコーンを半分残した状態で、添えられた器のクリームとジャムは残りわずか。
美味しい美味しいと夢中になったけれど、今さらながらカロリーが気になり出す。
「日常的に紅茶と一緒に楽しむのは、もっと軽いものだ。たとえば、ビスケット。スーパーや専門店に行けば、市販品が山ほど並んでいる。誰もが自分の『お気に入りの一枚』を持っているといってもいいだろう」
「そ、そっかー……そうですよね、はは……」
「クリームティーは、毎日のように口にするものではない。だからこそ特別感がある。まあ近頃は、在宅勤務の影響もあって、家でクリームティーを用意する人も増えているらしいがね」
「なるほど……」
家で紅茶とスコーンを楽しむのか。
(……それ、いいな……)
自分でスコーンを焼けば、あとはミルクティーとクリームとジャムを用意するだけだ。
そこでふと、俺はものすごく重要なことに気が付いた。
(クロテッドクリームって、そもそも何だ……?)
あまりにも今さらな疑問に気後れしつつ、西園寺氏に尋ねる。
「あの……クロテッドクリームって、どういうものなんですか?」
「おや、知らなかったか」
意外そうに目を開いた西園寺氏は、ティーカップに伸ばした手を戻し、すっと背筋を伸ばした。
「クロテッドクリームとは、イギリス南西部のデヴォンやコーンウォールで伝統的に作られてきた乳製品だ。生乳をゆっくりと温め、表面に浮かび上がった脂肪分をすくい取って冷やすことでできる。脂肪分は六割近くにもなるが、ただ濃厚なだけではなく、驚くほど滑らかで、ミルキーな甘みがあるのが特徴だ」
そう語る声は、自信に満ちている。
さっきクロテッドクリームのことを「イギリスが誇る」と言っていたし、彼らにとってこのクリームは特別なものなんだろう。
「そのままでも甘やかだが、ジャムや紅茶と合わせると、さらにその真価を発揮する。伝統あるクリームティーだが、ただのパンやスコーンの食事から一段階引き上げられたのは、このクリームの力が大きい」
確かに……俺が夢中になっているのも、このクリームがあるからだ。
素朴で、それでいて濃厚な乳の甘みがぎゅっと凝縮された味は、他に代え難いものに違いない。
となると――家でクリームティーを再現するにも、クロテッドクリームはマストアイテムとなる。
「あの、クロテッドクリームって、どこで手に入るんですか?」
売っている店も値段も、まるっきり想像がつかない。
すると西園寺氏は、少し考えるように眉を寄せた。
「一般的なスーパーマーケットで見かけることはまずないな。購入できるとすれば、輸入食品を扱う店、または製菓材料店やインターネットだ。まあ、少々お値段は張ってしまうがね」
「……なるほど」
製菓材料店か……。実は前々から気になっているスポットだ。
専門的な道具や材料が並ぶ様子を雑誌で見て、一度覗いてみたいと思っていたのだ。
女性客が多そうで、二の足を踏んでいたが――。
(そっか……クロテッドクリームを買うためなら、堂々と行けるじゃないか)
わくわくと胸が高鳴る。
自分でスコーンを焼いて、紅茶と一緒にクロテッドクリームを添えてみる。
そんな光景を思い描いたところで――。
(でも自分で焼けても、ひとりで食べるんじゃ、きっとつまらない……)
胸の奥に、ぽつんと小さな影が差す。
今こうして楽しいのは、目の前に西園寺氏がいて、一緒にこの体験を分かち合っているからだ。
「……藤宮くん?」
沈んだ気配を察したのか、西園寺氏が心配そうにこちらを見る。
「い、いえ!何でもないです!ただ……イギリスのお茶文化って、本当にすごいなぁって!」
慌てて笑顔を作ると、西園寺氏はわずかに目を細め、安心したように息を吐いた。
「すごいと表現するなら、本物はフルセットのアフタヌーンティーだな」
「フルセット……?」
胸を張る西園寺氏の姿に、思わず息を呑む。
「サンドウィッチにスコーン、ケーキやタルトといった菓子が、三段の銀製ケーキスタンドに盛り付けられる。最下段はサンドウィッチ――伝統に倣えば具はキュウリ。二段目にスコーン。そして最上段には、宝石のように彩り豊かなケーキやタルトが置かれる。それこそが『豪華なお茶の時間』の正体だ」
「うわぁ……!写真でしか見たことないやつだ!」
頬が緩むのを抑えられない。
そんな俺の様子を、西園寺氏は穏やかな眼差しで見守ってくれた。
「実は、この店でもフルアフタヌーンティーを楽しめる。ただし、準備に手間がかかるため、前日までの予約制だが。君さえ良ければ……一緒にどうだ?」
「えっ?」
一瞬、頭が真っ白になる。
(聞き間違いじゃないよな……?)
「い、いいんですか……?」
驚きすぎて、情けないほど声が震える。
「もちろんだ。そのような機会でもなければ、私も滅多に味わえないからな」
にこやかに告げられたそのひと言が、胸の奥にずしんと響く。
ただの『お茶』の約束にすぎないのに、次があると示されたことが、どうしようもなくうれしい。
尊敬する相手に認められたような気がして、胸の奥がじわじわと満たされていく。
「……うわぁ、本当に……楽しみです!」
声に出した途端、気持ちが溢れて笑みが止まらなくなる。
「ふふ。だがその前に、まずは目の前のクリームティーを楽しもうじゃないか」
「はい!」
高鳴る心臓を抑えきれないまま、俺は再び目の前のスコーンに手を伸ばした。
赤くなった顔をぱたぱた扇ぎながら、話題転換を試みる。
するとすかさず「そんなわけがないだろう」と突っ込まれた。
「毎日これだけのものを食べていたら、生活習慣病まっしぐらだ。イギリスは肥満大国としても有名だからね」
「……うっ、確かに……」
プレーンと紅茶、それぞれのスコーンを半分残した状態で、添えられた器のクリームとジャムは残りわずか。
美味しい美味しいと夢中になったけれど、今さらながらカロリーが気になり出す。
「日常的に紅茶と一緒に楽しむのは、もっと軽いものだ。たとえば、ビスケット。スーパーや専門店に行けば、市販品が山ほど並んでいる。誰もが自分の『お気に入りの一枚』を持っているといってもいいだろう」
「そ、そっかー……そうですよね、はは……」
「クリームティーは、毎日のように口にするものではない。だからこそ特別感がある。まあ近頃は、在宅勤務の影響もあって、家でクリームティーを用意する人も増えているらしいがね」
「なるほど……」
家で紅茶とスコーンを楽しむのか。
(……それ、いいな……)
自分でスコーンを焼けば、あとはミルクティーとクリームとジャムを用意するだけだ。
そこでふと、俺はものすごく重要なことに気が付いた。
(クロテッドクリームって、そもそも何だ……?)
あまりにも今さらな疑問に気後れしつつ、西園寺氏に尋ねる。
「あの……クロテッドクリームって、どういうものなんですか?」
「おや、知らなかったか」
意外そうに目を開いた西園寺氏は、ティーカップに伸ばした手を戻し、すっと背筋を伸ばした。
「クロテッドクリームとは、イギリス南西部のデヴォンやコーンウォールで伝統的に作られてきた乳製品だ。生乳をゆっくりと温め、表面に浮かび上がった脂肪分をすくい取って冷やすことでできる。脂肪分は六割近くにもなるが、ただ濃厚なだけではなく、驚くほど滑らかで、ミルキーな甘みがあるのが特徴だ」
そう語る声は、自信に満ちている。
さっきクロテッドクリームのことを「イギリスが誇る」と言っていたし、彼らにとってこのクリームは特別なものなんだろう。
「そのままでも甘やかだが、ジャムや紅茶と合わせると、さらにその真価を発揮する。伝統あるクリームティーだが、ただのパンやスコーンの食事から一段階引き上げられたのは、このクリームの力が大きい」
確かに……俺が夢中になっているのも、このクリームがあるからだ。
素朴で、それでいて濃厚な乳の甘みがぎゅっと凝縮された味は、他に代え難いものに違いない。
となると――家でクリームティーを再現するにも、クロテッドクリームはマストアイテムとなる。
「あの、クロテッドクリームって、どこで手に入るんですか?」
売っている店も値段も、まるっきり想像がつかない。
すると西園寺氏は、少し考えるように眉を寄せた。
「一般的なスーパーマーケットで見かけることはまずないな。購入できるとすれば、輸入食品を扱う店、または製菓材料店やインターネットだ。まあ、少々お値段は張ってしまうがね」
「……なるほど」
製菓材料店か……。実は前々から気になっているスポットだ。
専門的な道具や材料が並ぶ様子を雑誌で見て、一度覗いてみたいと思っていたのだ。
女性客が多そうで、二の足を踏んでいたが――。
(そっか……クロテッドクリームを買うためなら、堂々と行けるじゃないか)
わくわくと胸が高鳴る。
自分でスコーンを焼いて、紅茶と一緒にクロテッドクリームを添えてみる。
そんな光景を思い描いたところで――。
(でも自分で焼けても、ひとりで食べるんじゃ、きっとつまらない……)
胸の奥に、ぽつんと小さな影が差す。
今こうして楽しいのは、目の前に西園寺氏がいて、一緒にこの体験を分かち合っているからだ。
「……藤宮くん?」
沈んだ気配を察したのか、西園寺氏が心配そうにこちらを見る。
「い、いえ!何でもないです!ただ……イギリスのお茶文化って、本当にすごいなぁって!」
慌てて笑顔を作ると、西園寺氏はわずかに目を細め、安心したように息を吐いた。
「すごいと表現するなら、本物はフルセットのアフタヌーンティーだな」
「フルセット……?」
胸を張る西園寺氏の姿に、思わず息を呑む。
「サンドウィッチにスコーン、ケーキやタルトといった菓子が、三段の銀製ケーキスタンドに盛り付けられる。最下段はサンドウィッチ――伝統に倣えば具はキュウリ。二段目にスコーン。そして最上段には、宝石のように彩り豊かなケーキやタルトが置かれる。それこそが『豪華なお茶の時間』の正体だ」
「うわぁ……!写真でしか見たことないやつだ!」
頬が緩むのを抑えられない。
そんな俺の様子を、西園寺氏は穏やかな眼差しで見守ってくれた。
「実は、この店でもフルアフタヌーンティーを楽しめる。ただし、準備に手間がかかるため、前日までの予約制だが。君さえ良ければ……一緒にどうだ?」
「えっ?」
一瞬、頭が真っ白になる。
(聞き間違いじゃないよな……?)
「い、いいんですか……?」
驚きすぎて、情けないほど声が震える。
「もちろんだ。そのような機会でもなければ、私も滅多に味わえないからな」
にこやかに告げられたそのひと言が、胸の奥にずしんと響く。
ただの『お茶』の約束にすぎないのに、次があると示されたことが、どうしようもなくうれしい。
尊敬する相手に認められたような気がして、胸の奥がじわじわと満たされていく。
「……うわぁ、本当に……楽しみです!」
声に出した途端、気持ちが溢れて笑みが止まらなくなる。
「ふふ。だがその前に、まずは目の前のクリームティーを楽しもうじゃないか」
「はい!」
高鳴る心臓を抑えきれないまま、俺は再び目の前のスコーンに手を伸ばした。
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