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第三章 追憶の英国式スコーン
追憶の英国式スコーン①
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私が生まれたのは、長く苦しい生活を強いられた戦争が終わる、その直前のことだ。
空襲で住んでいた家、何より夫と子を亡くした母は、遠縁を頼って身重の体で疎開した。
庭の隅にある小屋を借り、母はそこで私を産んだ。
親戚は善良で親切だった。
何も言わず食料や物資を分けてくれたが、それでも十分な量があるわけではない。
私が立って歩けるようになった頃、母は自活する道を選んだ。
都会に戻り、職を探したのだ。
当時としては珍しいことだが、母は英語が堪能だった。
戦争が始まる前の女学校時代に、教壇に立っていた教師の影響だった。
教師は外国人で、その青い瞳に憧れた母は、放課後も熱心に彼女から英会話を学んだのだ。
そのおかげで進駐軍関連の通訳として職を得た母は、懸命に働いた。
幼子を抱えて働く母の苦難は、想像に難くない。
しかしそれも、長い間のことではなかった。
その働きぶりを認めてくれた取引先の男性が、母に結婚を申し込んだのだ。
連れ子となる私ごと引き受けると約束する誠実さに、母はそれを受けることにした。
その言葉に嘘はなく、義父は私を本当の息子として遇してくれた。
誕生日には本を贈り、勉強に励む私を誇らしげに見守ってくれた。
おかげで私は幼いながらに、「学ぶことは未来へ繋がるのだ」と信じられるようになった。
幼い日の食生活を振り返ると、母と二人で暮らしていた頃は、純和風の食卓だった。
麦飯に味噌汁、目刺や漬物。たまのご馳走といえば、玉子焼きや煮物くらいのものだった。
湯気の立つ味噌汁の匂い、炊き立ての麦飯のほのかな甘み。
決して豪華ではないが、母の愛情が染み込んだその味は、何よりの安心だった。
だが義父と暮らすようになってから、食卓は一変した。
義父は先進的なものを好む人だった。
母は分厚い料理本を開いては、慣れぬ手つきで洋風の献立を試した。
朝はこんがり焼いた食パンにバター、牛乳と果物。
晩にはステーキやポテトサラダといった、それまで口にしたことのない料理が並んだ。
ステーキといっても、当時は牛肉ではなくクジラ肉だ。
そしてポテトサラダのマヨネーズは、母の手作りだった。
フライパンで肉が焼ける音、見るからになめらかなマッシュポテト。
初めてそれを口にしたときの衝撃を、今も鮮やかに覚えている。
幼い日に母が拵えてくれた和の食卓と、義父が喜んだ洋の食卓。
ちゃぶ台に並ぶものの変化は、私にとってみれば世界がひっくり返るような体験だった。
和と洋の両方を経験したからこそ、私は「食べることの文化」を強く心に刻むことができたのだと思う。
そうした食卓とは別に、幼い私には、特別な思い入れを持つものがあった――おやつだ。
義父が土産に買ってきたキャラメルは、口に入れるとほろ苦さと甘さが交互に広がり、体育の授業で転んだ悔しさを慰めてくれた。
彼岸に母が手で丸めたおはぎは、柔らかな粒立ちのもち米が甘いあんこに包まれていて、ひと口食べるごとに写真でしか知らない実の父を思い起こさせた。
そして何より心に残っているのは、小さな台所で母が作っていた蒸しパンだ。
せいろから立ち昇る湯気、ふわりと漂う甘い香り。
まだ熱いうちに割れば、むちっとした断面に小さな気泡が見える。
それを頬張っては舌を火傷して、母を心配させたものだ。
そのままでも美味い蒸しパンだったが、ときにはカボチャやサツマイモが入ることもあった。
干しブドウが混ざったときは、義父も「美味い、美味い」と笑って、子どものように手を伸ばし、笑い合って食べた。
***
思春期を迎えた頃の私は、義父の書斎に並ぶ世界史や地理の図鑑を眺めては、見知らぬ国々の写真に心を奪われていた。
読み始めてしまえば、ちゃぶ台に並ぶ料理の香りや、母が台所で立てる包丁の音さえ遠くなるほど熱中した。
私は次第に「外の世界」を夢想する少年になっていった。
学校では英語に力を入れ、母に文法や発音の添削を頼むこともあった。
発音が少し硬い、と笑う母は私の誇りだった。
母の口から流れる英語の響きは、教科書のどのページよりも生き生きとしていた。
母のようになりたい、そしてもっと広い世界へ飛び出したい――私はそう願った。
ただ、当時の日本で海外に出ることは、容易ではなかった。
留学の話を持ち出すと、教師でさえ「夢のようなことだ」と苦笑したものだ。
だが、義父は違った。
「夢があるなら、掴みに行け。学んだ者には道が拓ける」
そう言ってくれる義父の声は、私にとって何よりの支えになった。
私は必死で勉学に励んだ。
机に向かう夜。薄暗い電灯の下でページを捲ると、紙とインクの匂いに混じって、母が台所で温めてくれる牛乳の香りがした。
差し出されたカップを両手でくるみ、その温かさを感じる度に、「未来は遠くない」と思えた。
やがて私は、海外と直接繋がることができる場――総合商社への就職を希望するようになり、ついにその職に就くことができた。
決して楽な仕事ではない。
時には徹夜続きで資料を作ったし、上司に厳しく叱責されることもあった。
だが私は折れなかった。むしろ闘争心が燃え盛った。
努力すれば、その分だけ結果が目に見えて現れたからだ。
当時の日本は、戦後の焼け跡から立ち上がり、息を切らしながらも未来へ駆け出す、そんな時代だった。
私はその熱気の中に身を投じ、自分自身もまた『走り続ける人間』であることを誇りに感じていた。
そんな生活の中で、私は家庭を持った。
上司が薦めてくれた見合いで出会った女性だった。
彼女は勤勉で貞淑な女性だった。
妻として申し分なかったし、やがて子どもも授かったが、当時の私は仕事に熱中するあまり、家庭を顧みることは少なかった。
娘が熱を出したと出張先で電話をもらっても、己の不手際を悔やみ、娘を心配する妻の小さな声に、何と返せばいいのかわからなかった。
運動会や学芸会の日取りを気にかけることはなく、また、相談されることもない。
家と子どものことは、とにかく全てを妻に任せるばかりだった。
当時の私は、それを当たり前だと思っていた。
男は仕事、女は家庭――誰もがそう信じて疑わなかった時代だったのだ。
だが今になって思えば、私は家庭人として失格だった。
娘がどんな遊びを好み、どんな夢を抱いていたのか。何も知らなかった。
義父や母がそうしてくれたように、私も娘の近くでその成長を見守る道もあったはずなのに。
私はそれを、自ら手放してしまっていた。
歪になってしまった家庭の有様に、私は気付かなかった。
……いや、気付かぬふりをしていたのかもしれない。
娘の冷たい視線を「思春期だから仕方ない」で済ませ、妻の疲れた笑顔を「家のことば任せてあるから大丈夫だ」と都合よく解釈した。
そうして年月は過ぎ、ある年。私はついに、願ってやまない辞令を受け取った。
イギリス支社への赴任が決まったのだ。
子どもの頃に図鑑で眺め、夢想していた国。その地へ自らの足で辿り着いた。
私は胸を高鳴らせ、妻と娘にそれを告げた。
私の努力がついに実を結んだのだ。きっとふたりも祝福してくれる、そう信じて疑わなかった。
だが、返ってきた言葉は予想したものとは違っていた。
「どうぞ独りで行ってらしてください」
なぜ?一緒にイギリスへ行くものだとばかり思っていた私は、可能性を棒に振る妻と子に理由を問うた。
「第一志望の高校に合格したのよ」
だから何だと言うのか?
日本の高校に通うより海外に行くほうが、さまざまな経験を積むことができる。
その昔、願っても叶わなかった海外留学ができる時代に今はなったし、そのチャンスが目の前にある。
そう力説したが、娘はいつもと同じ冷めた目で、ぶっきらぼうに言い放った。
「私には私の夢があるの。お父さんの身勝手な想いを押し付けないで」
それ以上、何を言えただろう。私は言葉を失った。
そうして私は、独りでイギリス行きの飛行機に乗った。
何かを諦めたような娘の冷たい瞳と、いつもと何も変わらない妻の見送りの言葉を胸に抱えながら――。
空襲で住んでいた家、何より夫と子を亡くした母は、遠縁を頼って身重の体で疎開した。
庭の隅にある小屋を借り、母はそこで私を産んだ。
親戚は善良で親切だった。
何も言わず食料や物資を分けてくれたが、それでも十分な量があるわけではない。
私が立って歩けるようになった頃、母は自活する道を選んだ。
都会に戻り、職を探したのだ。
当時としては珍しいことだが、母は英語が堪能だった。
戦争が始まる前の女学校時代に、教壇に立っていた教師の影響だった。
教師は外国人で、その青い瞳に憧れた母は、放課後も熱心に彼女から英会話を学んだのだ。
そのおかげで進駐軍関連の通訳として職を得た母は、懸命に働いた。
幼子を抱えて働く母の苦難は、想像に難くない。
しかしそれも、長い間のことではなかった。
その働きぶりを認めてくれた取引先の男性が、母に結婚を申し込んだのだ。
連れ子となる私ごと引き受けると約束する誠実さに、母はそれを受けることにした。
その言葉に嘘はなく、義父は私を本当の息子として遇してくれた。
誕生日には本を贈り、勉強に励む私を誇らしげに見守ってくれた。
おかげで私は幼いながらに、「学ぶことは未来へ繋がるのだ」と信じられるようになった。
幼い日の食生活を振り返ると、母と二人で暮らしていた頃は、純和風の食卓だった。
麦飯に味噌汁、目刺や漬物。たまのご馳走といえば、玉子焼きや煮物くらいのものだった。
湯気の立つ味噌汁の匂い、炊き立ての麦飯のほのかな甘み。
決して豪華ではないが、母の愛情が染み込んだその味は、何よりの安心だった。
だが義父と暮らすようになってから、食卓は一変した。
義父は先進的なものを好む人だった。
母は分厚い料理本を開いては、慣れぬ手つきで洋風の献立を試した。
朝はこんがり焼いた食パンにバター、牛乳と果物。
晩にはステーキやポテトサラダといった、それまで口にしたことのない料理が並んだ。
ステーキといっても、当時は牛肉ではなくクジラ肉だ。
そしてポテトサラダのマヨネーズは、母の手作りだった。
フライパンで肉が焼ける音、見るからになめらかなマッシュポテト。
初めてそれを口にしたときの衝撃を、今も鮮やかに覚えている。
幼い日に母が拵えてくれた和の食卓と、義父が喜んだ洋の食卓。
ちゃぶ台に並ぶものの変化は、私にとってみれば世界がひっくり返るような体験だった。
和と洋の両方を経験したからこそ、私は「食べることの文化」を強く心に刻むことができたのだと思う。
そうした食卓とは別に、幼い私には、特別な思い入れを持つものがあった――おやつだ。
義父が土産に買ってきたキャラメルは、口に入れるとほろ苦さと甘さが交互に広がり、体育の授業で転んだ悔しさを慰めてくれた。
彼岸に母が手で丸めたおはぎは、柔らかな粒立ちのもち米が甘いあんこに包まれていて、ひと口食べるごとに写真でしか知らない実の父を思い起こさせた。
そして何より心に残っているのは、小さな台所で母が作っていた蒸しパンだ。
せいろから立ち昇る湯気、ふわりと漂う甘い香り。
まだ熱いうちに割れば、むちっとした断面に小さな気泡が見える。
それを頬張っては舌を火傷して、母を心配させたものだ。
そのままでも美味い蒸しパンだったが、ときにはカボチャやサツマイモが入ることもあった。
干しブドウが混ざったときは、義父も「美味い、美味い」と笑って、子どものように手を伸ばし、笑い合って食べた。
***
思春期を迎えた頃の私は、義父の書斎に並ぶ世界史や地理の図鑑を眺めては、見知らぬ国々の写真に心を奪われていた。
読み始めてしまえば、ちゃぶ台に並ぶ料理の香りや、母が台所で立てる包丁の音さえ遠くなるほど熱中した。
私は次第に「外の世界」を夢想する少年になっていった。
学校では英語に力を入れ、母に文法や発音の添削を頼むこともあった。
発音が少し硬い、と笑う母は私の誇りだった。
母の口から流れる英語の響きは、教科書のどのページよりも生き生きとしていた。
母のようになりたい、そしてもっと広い世界へ飛び出したい――私はそう願った。
ただ、当時の日本で海外に出ることは、容易ではなかった。
留学の話を持ち出すと、教師でさえ「夢のようなことだ」と苦笑したものだ。
だが、義父は違った。
「夢があるなら、掴みに行け。学んだ者には道が拓ける」
そう言ってくれる義父の声は、私にとって何よりの支えになった。
私は必死で勉学に励んだ。
机に向かう夜。薄暗い電灯の下でページを捲ると、紙とインクの匂いに混じって、母が台所で温めてくれる牛乳の香りがした。
差し出されたカップを両手でくるみ、その温かさを感じる度に、「未来は遠くない」と思えた。
やがて私は、海外と直接繋がることができる場――総合商社への就職を希望するようになり、ついにその職に就くことができた。
決して楽な仕事ではない。
時には徹夜続きで資料を作ったし、上司に厳しく叱責されることもあった。
だが私は折れなかった。むしろ闘争心が燃え盛った。
努力すれば、その分だけ結果が目に見えて現れたからだ。
当時の日本は、戦後の焼け跡から立ち上がり、息を切らしながらも未来へ駆け出す、そんな時代だった。
私はその熱気の中に身を投じ、自分自身もまた『走り続ける人間』であることを誇りに感じていた。
そんな生活の中で、私は家庭を持った。
上司が薦めてくれた見合いで出会った女性だった。
彼女は勤勉で貞淑な女性だった。
妻として申し分なかったし、やがて子どもも授かったが、当時の私は仕事に熱中するあまり、家庭を顧みることは少なかった。
娘が熱を出したと出張先で電話をもらっても、己の不手際を悔やみ、娘を心配する妻の小さな声に、何と返せばいいのかわからなかった。
運動会や学芸会の日取りを気にかけることはなく、また、相談されることもない。
家と子どものことは、とにかく全てを妻に任せるばかりだった。
当時の私は、それを当たり前だと思っていた。
男は仕事、女は家庭――誰もがそう信じて疑わなかった時代だったのだ。
だが今になって思えば、私は家庭人として失格だった。
娘がどんな遊びを好み、どんな夢を抱いていたのか。何も知らなかった。
義父や母がそうしてくれたように、私も娘の近くでその成長を見守る道もあったはずなのに。
私はそれを、自ら手放してしまっていた。
歪になってしまった家庭の有様に、私は気付かなかった。
……いや、気付かぬふりをしていたのかもしれない。
娘の冷たい視線を「思春期だから仕方ない」で済ませ、妻の疲れた笑顔を「家のことば任せてあるから大丈夫だ」と都合よく解釈した。
そうして年月は過ぎ、ある年。私はついに、願ってやまない辞令を受け取った。
イギリス支社への赴任が決まったのだ。
子どもの頃に図鑑で眺め、夢想していた国。その地へ自らの足で辿り着いた。
私は胸を高鳴らせ、妻と娘にそれを告げた。
私の努力がついに実を結んだのだ。きっとふたりも祝福してくれる、そう信じて疑わなかった。
だが、返ってきた言葉は予想したものとは違っていた。
「どうぞ独りで行ってらしてください」
なぜ?一緒にイギリスへ行くものだとばかり思っていた私は、可能性を棒に振る妻と子に理由を問うた。
「第一志望の高校に合格したのよ」
だから何だと言うのか?
日本の高校に通うより海外に行くほうが、さまざまな経験を積むことができる。
その昔、願っても叶わなかった海外留学ができる時代に今はなったし、そのチャンスが目の前にある。
そう力説したが、娘はいつもと同じ冷めた目で、ぶっきらぼうに言い放った。
「私には私の夢があるの。お父さんの身勝手な想いを押し付けないで」
それ以上、何を言えただろう。私は言葉を失った。
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