秘密はいつもティーカップの向こう側 ~追憶の英国式スコーン~

天月りん

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第四章 ティーカップの向こう側

ティーカップの向こう側②

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 俺と西園寺氏は、黙ってミルクティーのカップを傾けていた。
 店内に残っているのは、俺たちだけ。
 ついさっき、翠さんが扉に『クローズド』の札をかけたところだ。

「榊原さん……娘さんと一緒にクリームティーを楽しめるといいですね」

 榊原氏の娘さんは大学を卒業した後、そのまま関西で就職し、結婚したという。
 子どもも生まれたが、やりとりは年賀状だけに留まっているらしい。

(美味しいものを、大切な人と分け合えたなら――きっと何かが変わるはずだ)

 そう願って口にした俺の言葉は、しかし、西園寺氏によって一蹴された。

「いや……あの老紳士は、娘さんに何も言えやしないさ」

 瞳を閉じ、眉根を寄せる。
 苦し気な口調で言い切るその姿は、さっきまでの自信満々な西園寺氏とはまるで別人のようだった。

(……疲れさせてしまったのかもしれない……)

 そろそろこのお茶会もお開きだろうか。
 名残惜しさはある。けれど、西園寺氏に無理をさせるわけにはいかない。

「あの……」
「君の……」

 別れの挨拶を言いかけた俺の声と、西園寺氏の言葉が重なった。

「あ、えっと……」
「……ふむ。ここは私に譲ってほしい。君のご両親は……お母上はすでに鬼籍に入られ、お父上は単身赴任中。そうなんだね?」
「え?あ、はい……いや、父さんは単身赴任っていうか、全国をあちこち回ってるっていうか……」

 詳しく説明しようと考えて、思い止まる。どちらでも似たようなものだ。

「だから俺、基本いつも独り飯なんですよ、はは……」

 西園寺氏は、探るような眼差しをこちらに注いだ。
 その沈黙に、少し居心地の悪さを覚える。

「……西園寺さん?」
「君がなぜ、誰かとの食卓を大切にしているのか……少し理解できた気がする。私も……似たようなものだ」

 そう言って黙り込んでしまった西園寺氏に、俺は「帰ります」と告げるきっかけを失った。
 間をもたせようとティーポットを持ち上げるが、中身は空っぽ。
 さて、どうしたものか――。

「ねえ、藤宮くん」

 穏やかな声に振り向くと、銀色の盆を手にした翠さんが立っていた。
 盆には大きめのティーポットと、サンドウィッチを盛った皿が乗っている。

「もうずいぶん遅くなってしまったし、よかったらお夕食はいかがかしら?サンドウィッチくらいしかないんだけれど」

 テーブルに置かれたのは、ローストビーフと野菜のサンドウィッチ。
 全粒粉を使った茶色のパンに、牛肉の赤と新鮮な野菜の緑が映えている。
 見るだけで食欲がそそられる、ボリューム満点の一品だ。

「いいんですか!?」
「もちろんよ。食後に残り物のケーキもお出しできるけど……そちらは亜嵐さんとのアフタヌーンティーまでとっておいたほうがいいかしら?」

 ちらりといたずらな視線を向けられると、西園寺氏は顔を赤らめ、「んんっ!」と咳払いをした。

「いただくとしよう。翠さんのサンドウィッチは絶品だよ、藤宮くん」
「はい!いただきます!」

 ぱちんと手を合わせ、俺はサンドウィッチにかぶりついた。
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