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第一章 カレーライスの邂逅
カレーライスの邂逅 おまけSS
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「しかし……まさかバナナだったとは。とても興味深いカレーライスだった」
空になったトレーを前に、グラスの水を飲み干した西園寺氏は、満足げに笑った。
「ですよね!おばちゃんに聞いたとき、俺もびっくりしましたから」
入学早々に出会ったこの学食カレー。
どうしても秘密が知りたくて、食券を渡すたびに話しかけ、俺はおばちゃんと顔馴染みになった。
そうして聞き出せた答えが――『隠し味はバナナ』
豪快に笑って「これも覚えておきな!」と冷やしパインをおまけしてくれたときのことは、今も鮮明に覚えている。
「このカレーがあるから、家ではあまり作らなくなったんですよ」
「……ほう?」
西園寺氏の視線が、じっと俺に注がれる。
思わず背筋が伸びた。
「もちろん作るときは、俺なりに工夫しますけど。ルウを二種類混ぜたり、隠し味にラムレーズンを刻んで入れたり」
「……ラムレーズン?」
西園寺氏の虹彩がきらりと輝く。
天井の蛍光灯が反射しただけなのに、それは不思議な熱を帯びて見えた。
「ほう……白飯にレーズンを散らす例は見たことがあるが。カレーに、しかもラムレーズンとは。――ふむ、実に面白い」
西園寺氏は顎に手を当てて、低く唸った。
その姿に、俺は胸の奥で小さな達成感をかみしめた。
あの西園寺氏が、俺の工夫に感心している――それだけで驚くほど心が弾む。
「あと、家でカレーを作ったときの楽しみは、翌日なんですよ!」
もっと話題を提供したい。
俺は思いつくまま口を開いた。
「あぁ……一晩寝かせたカレーは美味い、とよく聞くね」
「それもですけど、アレンジです。ドリアにしたり、食パンでドーナツ風にしたり。でも俺の一番のおすすめは――カレーうどんです!」
「カレーうどん!?」
よほど衝撃だったのか、西園寺氏は背中を椅子に当てるほど、身をのけ反らせた。
その顔が意外と幼く見えて、思わず笑いそうになる。
「めんつゆで薄めて、冷凍うどんを放り込むんです。すごく簡単で、美味しいんですよ!」
「めんつゆ……魔法の調味料とは聞いていたが……なるほど」
その声は、好奇心に満ちていた。
ついさっき、カレーライスについて熱弁していたときとは違い、肩の力が少し抜けているように感じられる。
視線の高さが少し揃ったような、距離の近さを俺は覚えた。
(この人、ちょっとかわいいかも……)
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎった。
別の顔を見たようなうれしさで、気が緩んでしまったのだろう。
「……次の休みあたり、作ろうかな」
つい、心の声が口から漏れてしまった。
その瞬間、ぱちりと視線がぶつかる。
西園寺氏の目は一瞬見開かれ、しかしすぐに逸らされた。
空のグラスを指先で回す仕草。言いかけては言葉を飲み込み、ちらりと俺のほうを窺う目。
――その落ち着かなさに、胸がざわついた。
(もしかして、カレーうどん……食べてみたいのかな?)
誘えば喜んでくれるだろうか?もしそうなら――誘いたい。
そう思う一方で、ついさっき会ったばかりの人に「うちに来ませんか」なんて言えるはずもない。
そんな勇気、俺にはない。
そのとき――。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
目を合わせるも互いに言葉を飲み込み、慌ただしくトレーを片付ける。
食堂の出口で足を止めた西園寺氏は、ふっと微笑んで言った。
「では……放課後に、正門で」
「あっ……」
声にならない息を漏らす間に、西園寺氏の背中は人混みに紛れてしまった。
(そうだ……もう一度、放課後に会えるんだ……)
そのときは、もっといろんな話ができるだろうか。
料理のことだけじゃなくて、俺自身のことにも、少しは興味を持ってもらえるだろうか。
(……この先、カレーうどんを一緒に食べたりなんて、できたら……)
そこまで考えて、慌てて首を振る。
(何を考えているんだ、俺!そんなの、期待することじゃ……)
否定しても、胸のざわめきが止まない。
息苦しいほど熱くて、不安なのに……それ以上に、楽しみで仕方がない。
(……見たこともない世界へ踏み出すとしたら……きっとこんな感じだろうな)
次の授業へ向かうべく歩き出した足取りは、震えるほど落ち着かないのに、なぜか弾んでいた。
空になったトレーを前に、グラスの水を飲み干した西園寺氏は、満足げに笑った。
「ですよね!おばちゃんに聞いたとき、俺もびっくりしましたから」
入学早々に出会ったこの学食カレー。
どうしても秘密が知りたくて、食券を渡すたびに話しかけ、俺はおばちゃんと顔馴染みになった。
そうして聞き出せた答えが――『隠し味はバナナ』
豪快に笑って「これも覚えておきな!」と冷やしパインをおまけしてくれたときのことは、今も鮮明に覚えている。
「このカレーがあるから、家ではあまり作らなくなったんですよ」
「……ほう?」
西園寺氏の視線が、じっと俺に注がれる。
思わず背筋が伸びた。
「もちろん作るときは、俺なりに工夫しますけど。ルウを二種類混ぜたり、隠し味にラムレーズンを刻んで入れたり」
「……ラムレーズン?」
西園寺氏の虹彩がきらりと輝く。
天井の蛍光灯が反射しただけなのに、それは不思議な熱を帯びて見えた。
「ほう……白飯にレーズンを散らす例は見たことがあるが。カレーに、しかもラムレーズンとは。――ふむ、実に面白い」
西園寺氏は顎に手を当てて、低く唸った。
その姿に、俺は胸の奥で小さな達成感をかみしめた。
あの西園寺氏が、俺の工夫に感心している――それだけで驚くほど心が弾む。
「あと、家でカレーを作ったときの楽しみは、翌日なんですよ!」
もっと話題を提供したい。
俺は思いつくまま口を開いた。
「あぁ……一晩寝かせたカレーは美味い、とよく聞くね」
「それもですけど、アレンジです。ドリアにしたり、食パンでドーナツ風にしたり。でも俺の一番のおすすめは――カレーうどんです!」
「カレーうどん!?」
よほど衝撃だったのか、西園寺氏は背中を椅子に当てるほど、身をのけ反らせた。
その顔が意外と幼く見えて、思わず笑いそうになる。
「めんつゆで薄めて、冷凍うどんを放り込むんです。すごく簡単で、美味しいんですよ!」
「めんつゆ……魔法の調味料とは聞いていたが……なるほど」
その声は、好奇心に満ちていた。
ついさっき、カレーライスについて熱弁していたときとは違い、肩の力が少し抜けているように感じられる。
視線の高さが少し揃ったような、距離の近さを俺は覚えた。
(この人、ちょっとかわいいかも……)
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎった。
別の顔を見たようなうれしさで、気が緩んでしまったのだろう。
「……次の休みあたり、作ろうかな」
つい、心の声が口から漏れてしまった。
その瞬間、ぱちりと視線がぶつかる。
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そのとき――。
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目を合わせるも互いに言葉を飲み込み、慌ただしくトレーを片付ける。
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