秘密はいつもティーカップの向こう側 ―BONUS TRACK―

天月りん

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それぞれの聖夜

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「うぅ……どうしてこうなるのよ……! 神様、私、そんなに悪い子ですか!?」

 スマートフォンを脇に置いて、美緒はテーブルに突っ伏した。
 翠からの電話は、ローズメリーのクリスマス・パーティーへのお誘いだった。
 けれど――。

「なんで今年に限って、お父さんもお母さんも家にいるのよぉ……!」

 美緒の両親は看護師をしている。
 いつも忙しく働いていて、家族の休みが揃うことなど滅多にない。
 特にクリスマスとなれば、幼い子どもがいる同僚に休みを譲ることが多いのに――今年はなぜか、両親ともに在宅なのだ。

「美緒、今年はみんなでクリスマスができるわよ!」

 大学生になった身としては、今さら感がないわけでもない。
 かといって、カレンダーの日にちを数える父と母を、「今年はちょっと……」と裏切ることもできない。

「う~~、ローズメリーのパーティー……行きたかったぁ!」

 心からの叫びは、冬の空にあっけなく吸い込まれていった。

 ***

 日本の家庭では、クリスマスといえばイブの夜と相場は決まっている。
 だから家族団らんの昼食が簡単なうどんでも、仕方がないことだ。

 美緒の母は、特別に料理が得意というわけではない。
 このうどんの汁も、手ずから出汁を取ったわけではなく、めんつゆで作られている。
 それを非難するつもりは毛頭ない。自分が調理を任されても、めんつゆを使う以外の選択肢はない。

 温かな汁を飲み干し、ふぅと息をついたところで、食卓の脇に置いたスマートフォンが震えた。

「あら、お友だち?」
「そうみたい……えっ!?」

 画面をタップし、表示されたメールを見て――うどんが逆流しそうになった。

『美味』

 ひと言のみの、簡素な文面。
 しかし添えられた写真は、簡素とは真逆のものだった。

 きつね色に焼けたチキン、付け合わせのジャガイモやニンジン。そしてクリームをまとったブロッコリー。
 賑やかに飾り付けられた食卓は、眩く光り輝いている。

(あぁ~~~~、師匠! きっついわ、これは!!)

 今ほどあの男――自称クォーターのフードライターを、心底憎いと思ったことがあっただろうか。

(……あ。あるわね、普通に)

 西園寺亜嵐という男は、顔とスタイルが良くて知識も豊富なのに、それを鼻にかけることはない。
 けれど、美緒をいじりたおすことには、常に全力を注いでいる。
 それはなかなかの確率で、美緒の虎の尾を踏んでいるのだが――。

(なんか憎めないのよね、師匠って)

 言葉の応酬を楽しむ自分を自覚して、美緒はいつも苦笑してしまうのだ。

(……みんな、楽しくやってるんだろうな)

 温かなローズメリーの食卓を想像する。
 すると自分だけが置いていかれたようで、つきんと胸が痛んだ。

「……ごちそうさま」

 そう言いおいて、美緒は足取り重く自室に戻った。

 後ろ手でドアを閉めて、ぐるりと部屋を見る。
 窓から射しこむ冬の光が、レースのカーテンに踊っている。

(……今日は、お天気もいいんだなぁ)

 美緒やローズメリーの面々だけではない。
 今日は楽しいクリスマス・イヴだ。みんなが幸せに笑っている。

(……でも……)

 寒々しい部屋を眺めて、美緒はちょっとだけ泣いた。

 ***

「美緒ー、ご飯よー!」

 その声に飛び起きる。
 いつの間にか、眠っていたようだ。

 美緒は鏡で顔を確認した。

(……よかった。目、腫れてない)

 今日を楽しみにしていた両親に、泣いていたなんて知られたくない。

「はーい! 今行く!」

 気持ちを切り替えて、美緒はダイニングへ向かった。

「……おぉ~!」

 テーブルに並べられた料理を見て、思わず歓声がもれる。

 ハンバーグ、クリームシチュー、それからポテトサラダ。
 どれも美緒の好物だ。

「さあ、食べましょう!」
「美緒、お母さん、メリー・クリスマス!」

 炭酸飲料が入ったグラスを父が掲げると、母も美緒もそれに倣う。

「メリー・クリスマス!」

 料理はどれも美味しかった。
 それは、美緒の記憶を揺さぶった。

(……あ、これ。昔も食べた味だ……)

 幼かった頃。学童保育で、美緒はいつも最後の一人だった。
 空が暗くなってから迎えに来た母は、「遅くなってごめんね」と言って美緒を抱きしめた。

 クリスマスのご馳走はいつも、ハンバーグとクリームシチューだった。
 クリームシチューはルウを使うものの、それ以外は母の手作りだ。
 それは、幼い娘を喜ばせたい母の精一杯の愛情だったと、今ならわかる。

 そして、クリスマスケーキを買ってくるのは、父の役目だった。

「美緒はチョコレートが好きだろう?」

 そう言って、いつもチョコクリームにイチゴがたくさん載ったものを選んでくれた。
 サンタクロースを模したかわいらしい砂糖菓子と、チョコレートの家。
 それらはいつだって、美緒の分のケーキに乗せられた。

(……ああ、私、大切にされていたんだな……)

 成長するにつれて、行われなくなったクリスマスの食卓。
 忘れていた味。
 たとえ覚えていなくても、それは愛された記憶として、美緒の中に息づいていた。

「お父さん、お母さん。今日はありがとう」
「美緒、熱でもあるのか?」
「もうっ、違うよ! ……最近ね、食べることの大切さを教えてもらってるんだ」

 両親は顔を見合わせて、ふっと笑った。

「そうか。それはいいことだ」
「いいお友達ができたのね」

 その言葉に、美緒は大きく頷いた。

 ローズメリーの仲間たちと出会えたのは、美緒にとって、今年最大のプレゼントだ。
 たとえ同じ場所にいられなくても――彼らがいてくれるから、彼らが教えてくれたから。
 美緒は思いの丈を素直に口にできた。

「今日は家族でクリスマスができて良かった!」

 娘の笑みに、父も母も目を細める。
 その表情は慈愛に満ちていた。

(……初めはちょっと悔しかったけれど、今日は家で過ごせてよかったな)

 食後、テーブルに出されたチョコレートケーキを切り分けて、銘々皿に盛る。
 美緒のピースには、幼かった日と同じように、砂糖のサンタとチョコの家が乗せられた。

 丸っこいサンタクロースを指でつついて、美緒はにんまりと笑った。

(師匠、こっちも『美味』ですよ! でも……来年は、絶対にローズメリーに行くんだから!)

 サンタクロースが一足早く、美緒の心に温かな想いを届けてくれたのだろうか。
 ほわほわとした気分で、美緒は亜嵐にメッセージを送った。

『こっちも負けないくらい美味です! メリー・クリスマス!』

 その瞳には、悲しみの色は微塵もなかった。
 美緒の笑顔を包むように、冬の星が瞬く。
 聖なる夜に――メリー・クリスマス!



 秘密はいつもティーカップの向こう側 BONUS TRACK
 それぞれの聖夜 / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 本編もアルファポリスで連載中です☕
 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
  シリーズ本編番外編
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  シリーズSS番外編
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  シリーズのおやつ小話
 よろしければ覗いてみてください♪

 

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