秘密はいつもティーカップの向こう側 ―SNACK SNAP―

天月りん

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とかく恋というものは

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 西園寺亜嵐というライターは、編集部の誰もが担当を嫌がる。

 記事は面白い。知識が豊富で、語り口も巧妙。読者からの反響も良い。
 だが――。

『気難しい』
『口調がムカつく』
『睨まれた』

 エトセトラ――。
 ハラスメントまではいかないが、その言動に腹を立てる者が後を絶たない。
 とにもかくにも、編集者泣かせのライターなのだ。

(まあ俺は今のところ、そんな酷い態度は取られていないけどな)

 周囲を見回し優越感を抱いた俺も――結局その日、『アンチ・西園寺』になり果てた。

(来週もまだ打ち合わせがあるってのに……)

 デスク周りを乱暴に片付け、足早にオフィスを出る。

 ビルを出ると、四角く切り取られた夏空は、淡い茜に染まり始めていた。
 まだ時刻は早いけれど――俺は駅前を迂回して、その裏にある飲み屋街へ向かった。
 
(ああ、忌々しい。誰か担当変わってくれ……)

 注文を取りに来たバイトの女の子に、とりあえずビールと言おうとして、言葉を飲み込む。
 こんな日は、日本酒で手っ取り早く酔うのもいい。

「くそーっ!西園寺なんて、✕✕✕✕、✕✕✕✕ー!」(※自主規制)

 クソ外道に届けとばかりに叫んだ声は、居酒屋のコップ酒にするすると溶けていった。

 ***

 翌週。

「……西園寺、さん?」
「何だ?おかしな部分でもあったか?」

 あらかじめ送られてきた草稿は、文句の付けようがない上々の内容だった。
 今回の特集『大学の学食におけるカレーライスの在り方』は蘊蓄も深く、隠し味や裏メニューなども大変興味をそそられた。

 しかし――それよりもっと興味深いのは、目の前のライターがまとう『気』が、先週とはまるで違っていることだ。
 
 具体的には――目元。
 いつもは相手を震え上がらせるそこに、今日は皺がない。
 その上、『お前には温かさってものがないのか!』と言いたくなる冷たい瞳は、熱を孕み潤んでいる。

(……月とスッポン、雲泥万里、提灯に釣り鐘?)

 そんな語句が頭の中をぐるぐると回り、俺の口は無駄に開閉をくり返すばかり。
 気難しいはずの男はこちらを一瞥すると、無言でカップに残った紅茶をぐいっと飲み干した。
 そして――これだけはいつもだが、丁寧な仕草でカップをソーサに戻すと、颯爽と立ち上がった。

「問題がないなら、今日はこれで失礼する。このあと――コホン。約束があるのでね」

 その様子に、俺はピンときた。

(……あー、なるほど。女か)

 ステップを踏むような足取りで去っていく男の背中を見送る。
 難物とはいえ色恋もあるし、恋慕の情はあの曲者をも変えるのか――そう考えつつ、俺はテーブルに残された伝票を取った。

(……いや。あれだけのハンサムが、浮いた噂のひとつもなかった事がおかしいのか。それにしても――編集部の奴らへの、いい土産話ができたな)

 レジにスマートフォンをかざす。もちろん経費だ。
 けれど――。

(今日の分は、俺のおごりでもいいくらいだ)

 無機質な電子決済の音。
 それすら、今の俺にとっては、どこか幸福なリズムを刻んでいるような気がした。 



 秘密はいつもティーカップの向こう側 SNACK SNAP
 とかく恋というものは / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
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 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
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