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夜道とサンドウィッチ
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(今夜はサーモンとクリームチーズ、売り切れだったか……)
手にぶら下げたビーフサンドウィッチの袋を見遣り、榊原はふっと息を吐いた。
梅雨時の湿り気が、喉に重たくまとわりつく。
ふらりと立ち寄ったいつものティールーム。
そこで彼は、色褪せた過去を遠眼鏡で覗き込むような時を過ごした。
(世の中とは儘ならんものだ。だが――新しい出会いもあった。差し引きゼロ……いや、プラスか)
己の内に巣くった澱を、榊原は今夜、やっと吐き出すことができた。
しかし、何かが劇的に変わることはない。
亡くなった友にかける言葉も、失った家族との絆も、手が届かぬ場所に行ってしまった。
ただ――。
(藤宮くん、といったか……)
人懐っこい笑顔を思い出すだけで、心の奥底にあった無明がほんわりと解けていく。
(春の陽だまりのような若者だったな)
希望に満ちた若さ――かつて自分にもあったもの、そして失ってしまったものを、榊原は彼の瞳に見た。
弾むような生命力は人を惹きつけ、そばにいる者を癒していくだろう。
そんな彼の隣にいたのは、その光に憧れる小さな――闇。
(……ふむ。厄介な男に気に入られたものだな)
榊原は、西園寺亜嵐という男のことを、深く知っているわけではない。
ないが――彼はきっと、自分と同じ『悔い』を抱いている。
(だからこそ、か)
自分はもう、日向の匂いがする食卓の味など忘れてしまった。
老い先短い身だ、それはそれで構わない。
だが闇を内包したあの男には、まだまだ歩まねばならない時間がある。
(憧れ、欲するのもやむなしか。それならば――)
寂しさを宿す彼の道程が、どうか温かなものでありますように。
もし彼がこの先も温もりを求め続け、最後まで手放さずにいられたなら――老爺の悔悟にも意味はあったと思える。
榊原は立ち止まり、空を見上げた。
街灯に照らされた天の闇は濃紺で、ぽつり、ぽつりと小さく星が瞬いている。
(幼い日に見上げた夜空は、もっと黒くて、もっと星が輝いていたな)
光は闇を薄くする。そして――光そのものも、少しずつ、薄れていく。
あの若者も、いつかそうなってしまうのだろうか。
(……いや。あの若者ならば)
榊原はもう一度ほっと息を吐き、サンドウィッチの袋に視線を移した。
(しかし……食べたかったな。サーモンとチーズ)
見つめたところで、ローストビーフがサーモンに変わることはない。
それでも。
知らず鼻歌を歌うその足取りは、ここ数年になく弾んでいる。
軽い靴音は、人通りのない夜道に静かに溶けていった。
秘密はいつもティーカップの向こう側 SNACK SNAP
夜道とサンドウィッチ / 完
◆・◆・◆
秘密はいつもティーカップの向こう側
本編もアルファポリスで連載中です☕
ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。
秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
シリーズ本編番外編
・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
シリーズSS番外編
・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
シリーズのおやつ小話
よろしければ覗いてみてください♪
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