【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
30 / 37
一章

覚悟

しおりを挟む
 徒歩で行くのが早いと、傲岸不遜な女を引っ張っていた所で、いくつもの馬の蹄が蹴る音が重なって聞こえ、それは段々とフレデリクに近づいていく。

「おいおい、こんな所で堂々と浮気か? 俺たちがせっかくお前の姫を助けに動いてるというのに」

 カツリ、と蹄の音が鳴り、頭上から揶揄する言葉が聞こえて首を仰向ける。やはりというか、叔父で上司のレオンハルト・クヴァンツ大公が不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた。

「私はエミリオ一筋ですよ。あなただってご存知の筈でしょうに」
「まあな。だが、誤解する時は自分が大した状況でなくともされるもんなんだよ」
「経験談ですか?」
「そんなものだ。所でそのエミリオもどきは何だ?」
「『もどき』ですって!」

 金切り声で憤慨する『エミリア』は、大公が放った一言に思い切り噛み付いた。多分彼女は分かっていないのだろう。黒馬に跨り騎士服を着たこの男が王弟で、騎士団団長であるのを。
 普通であれば王城の騎士はモテる代名詞と聞く。あれほど狂っているとはいえ、ルドルフに傾倒している彼女は目尻を吊り上げ威嚇している。一途という点では自分と似ているが、フレデリクは同族嫌悪なのかどうにも好意を全く持てなかった。

 女の話では『エミリア』という名は本名だった。ただし身分は平民の、スーヴェリア領で昔住んでいた娼婦の子という事だった。
 フレデリクはエミリアを口は悪いにしても、学園に入れ込める位なのだ、余程後ろ盾があると感じていた。しかし彼女は平民『だった』。だが現に彼女はレッセン元伯爵子息夫人として戸籍がある。誰かが偽造しない限り、彼女の身分は確保されている筈だ。

「偽造……」
「どうした、フレデリク」

 今はそれどころではない。一刻も早くエミリオの元に行かなくてはいけないと、フレデリクはエミリアを他の騎士に任せ、部下の乗っていた馬を借り受け、レオンハルトを伴いレッセン元伯爵邸に向かって駆けた。

 昔から異常的なまでにルドルフはエミリオに執着していた。
 だから、彼が自分に子供を作れる特殊な体と告白してすぐ、ルドルフはエミリオを酷く犯した。

 当時、護衛の為にブランの部下の影をひとりつけていた。その者からの報告で、エミリオがルドルフから無体を働かれていたと。フレデリクはまさか実の弟にそんな行動をするとは思わず、影には何かあればすぐに報告をとだけ命じ、強制的に介入するなと言ってあった。
 王族の影をひとりの貴族につけている事自体、咎められる行為だったからだ。
 その判断は王族として間違っていなかった。だがフレデリクという一個人としては愚かな選択だった。
 あの頃、自分の判断がエミリオの心に深い傷を作ってしまった。後悔してもしきれない。

 フレデリクはすぐに兄と父をレオンハルトを巻き込み説得をした。エミリオを後宮でしばらく保護して欲しいと。
 最初は難色を示していた父王だったが、期間を決めてあると強く出たおかげで、かろうじてエミリオが学園に入るまでの間の滞在は許可された。
 後宮は王の妻たちが住む隔離された場所だ。ただ現在は王妃のみを傍に置いている為、後宮自体は無駄な長物と成り果てていた。
 王城は色んな思惑が渦巻く伏魔殿だ。疲弊した王の無聊の為に作られた閉鎖空間。でも実は女の方が残酷な部分を持っているのではないか。あの思慕する男に振り向いてもらえないのに、必死に男の思い人の姿を真似、掻き回したエミリアのように……

 きっとエミリアの戸籍を偽装したのは、スーヴェリア親子のどちらかだろう。
 スーヴェリア侯爵は文官副長であり、息子のルドルフは宰相補佐だ。平民の戸籍を弄るのは容易い立場にある。

「クヴァンツ大公。すぐに王城にいるであろうスーヴェリア侯爵を確保いただくように命令を出していただけますか?」

 馬を駆けながら怪訝に眉をひそめる叔父に、フレデリクははっきりと口にする。

「スーヴェリア侯爵も、今回の件に深く関わっている筈です」


 元レッセン伯爵邸に向かう途中、レオンハルトとフレデリクはこれまでの事を話し合い、レオンハルトが部下に幾つかの命令を出した。
 流石に影をも統べる手腕に、フレデリクはレオンハルトを養父に選んで良かったと、自分の選択は間違ってないと安堵した吐息が届いたのだろう。

「いずれお前が立つ場所だ。今から覚悟しておくように」

 元王弟だった彼の言葉が現王太子の弟である自分の胸に深く染み込む。
 王族ではあるが、王になれない――ならない者は、今までと同じ思考でいたらすぐに身を滅ぼす。レオンハルトの言葉はフレデリクにとって、王家の家臣として生きろと忠告しているのだ。
 裏切ったら養子でも甥でも躊躇なく斬る。レオンハルトの短い言葉にそんな重い意味が含まれているような気がした。

 目的地が近づくにつれ、貴族街では見ることが少ない無骨な傭兵らしき男達の姿が増えたように思える。
 これらはルドルフが雇った者達なのだろうか。フレデリクがエミリオを助けに向かうのを予測した上で配置したのなら、ルドルフは本気で自分を害するのだろう。

「抜刀を許可する! だが、彼らも国の者だ! なるべく手加減して捕縛するんだ!」
「「「はっ!」」」

 レオンハルトの大声にフレデリク含め部下達が呼応し、腰の剣を抜く。土煙をあげて複数の騎士が邸になだれ込もうとするのを、傭兵達もナイフや剣を抜いて対峙した。

「フレデリク! お前はスーヴェリア兄弟の確保を!」
「はっ! 後はお願いします!」
「分かった!」

 一気に混乱する中を、フレデリクは馬で蹴散らし、邸へと飛び込む。記憶にあるより随分寂れた玄関ホールには、貴族邸にそぐわない男達がフレデリクの登場に気色ばむ。
 フレデリクは剣で猛者を掻き分けながら、傭兵のひとりを締め上げ、エミリオとルドルフの居場所を問う。男は真っ青な顔でふたりが主寝室にいると言い、いてもたってもいられず聞いた場所へと駆け出していた。

 場所は尋ねなくてもすぐに分かった。傭兵が壁となって立ちはだかっていたからだ。

「王族に手を出したら、不敬罪では済まされないぞ」
「構いませんよ、王子。オレ達はこの国の人間じゃないのでね」
「……なに?」
「それにいい頃合だ。……おい、生き残った奴らは撤退するぞ! 向こうももう出た頃だろう!」

 頭目らしい体の大きな男が銅鑼声を張ると、他の者達が急に端へと下がり道が開ける。

「どういうつもりだ」
「そういう契約だったものでね。オレ達の仕事はここまで、という事だ」

 肩を竦める頭目らしい男のニヤつく顔に立腹したが、今はそれよりもエミリオの無事と保護が大事だ。
 フレデリクは「逃げ切れると思うな」と言い捨て、開けた先にある扉へと走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~

志麻友紀
BL
「婚約破棄の慰謝料だが、三十六回払いでどうだ?」 聖フローラ学園の卒業パーティ。悪徳の黒薔薇様ことアルクガード・ダークローズの言葉にみんな耳を疑った。この黒い悪魔にして守銭奴と名高い男が自ら婚約破棄を宣言したとはいえ、その相手に慰謝料を支払うだと!? しかし、アレクガードは華の神子であるエクター・ラナンキュラスに婚約破棄を宣言した瞬間に思い出したのだ。 この世界が前世、視聴者ひと桁の配信で真夜中にゲラゲラと笑いながらやっていたBLゲーム「FLOWERS~華咲く男達~」の世界であることを。 そして、自分は攻略対象外で必ず破滅処刑ENDを迎える悪役令息であることを……だ。 破滅処刑ENDをなんとしても回避しなければならないと、提示した条件が慰謝料の三六回払いだった。 これは悪徳の黒薔薇と呼ばれた悪役令息が幸せをつかむまでのお話。 絶対ハッピーエンドです! 4万文字弱の中編かな?さくっと読めるはず……と思いたいです。 fujossyさんにも掲載してます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

処理中です...