君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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春の宵闇

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 まだ元気の有り余る紅音と手を繋いで、困ったように笑みを浮かべる峯浦に見送られ園を出る。
 そりゃそうだ、普通、理事が一介の大学職員の子供にここまで関与はしないだろう。とはいえ、彼は紅音を可愛がってるだけで、意識としては彼の弟夫夫の子供たちと扱いは大差ないのではと思うのだ。
 だから慧斗は上司のことを、ただの子供好きと認識するようにした。下手に突っ込まないほうが身の為だ。

「紅音、今日はなにした?」

 横で不思議な鼻歌を歌う息子に問いかければ。

「えーとね、きょうしつでごほんよんでー、それからきゅうしょくはしろいシチューだった!」
「そ、そう」
「あ、あとね、アルファのおじさんがいたよ!」
「え……?」

 明るい笑顔でさらっと不穏な発言をする紅音に、慧斗はぎょっと目を見開く。

「アルファのおじさん? 紅音の知ってる人?」

 慧斗は我が子の手を強く握り、それでも冷静にと自分に言い聞かせて質問を繰り出す。
 秋槻学園はかなりの割合で裕福だったり名家の子息が通っている。外からの出入りについては有人でチェックをしているし、要所要所に身分証のカードがないと入ることすらできない。だからこの場所にいる人間については、学園側が把握しているはず。だが、職員の人間しか利用しない場所にアルファの男性が?

「しらない」
「知らないって……そのこと峯浦先生に話した?」
「うん。でもみねうらせんせーいないよーって」
「そ、そう」

 紅音が嘘を言ってるようには見えない。多分、紅音が見たときにいたアルファの男性は、峯浦が見に行った時には姿を消していた。もしくは誰かを迎えに来て迷った人かもしれない。あの場所は分かりにくい場所にあるのだ。

「ね、紅音。お母さんと約束して? 知らない人とは絶対話さないって」
「……うん、ぼくおかーさんとやくそくする。だって、おかーさんなきむしだもん」

 きゅっと慧斗の手を小さな手が強く握り、見上げる小さな騎士ナイトは、慧斗を安心させるつもりなのか満面の笑顔を向けていた。

「ありがとう、紅音。今日は少し遠回りして、お花見してから帰ろうか」
「いーよ」

 いつもの道を歩いて、慧斗や紅音の行動ルートを知られるのが怖い。しばらく迂回してから家に帰ったほうがいいかもしれない、と慧斗は警戒を強めることにした。
 学園はその広大さから、迂回しても駅まで続くバス停はそれなりにある。それにたまたま紅音が見かけただけで、偶然通りかかっただけかもしれない。だから大丈夫。紅龍が自分を探してたとしても、名前も交わしてない人間を簡単に探せる筈もない。あの頃と自分の姿は随分変わってしまった。
 だから……大丈夫。紅音は俺ひとりの子供だ、と慧斗は何度も自分に言い聞かせた。

 桜の花以外にもさまざまな花が蕾を綻ばせ、慧斗と紅音の目を楽しませる。
 山を切り崩した土地に建つ秋槻学園は、自然が多く残り、珍しい野草などもそこかしこに群生している。時々、外部の植物学者がフィールドワークで徘徊しているのを、慧斗も見かけたことがあった。
 あてどなく歩いていると、ふと紅音が足を止める。

「……紅音?」

 何かあったのかと紅音の視線の先を追っていくと、そこには幼稚部のお迎えなのか、父親に抱かれて楽しそうに笑う子どもと母親の姿があった。
 温かい家族の光景を思わせるその姿に、慧斗は紅音に罪悪感を感じた。
 紅音には父親はいない。その選択をしたのは慧斗自身だが、紅音には関係ない事情だ。

「く……」
「おかーさん、ぼくにもおとーさんっているの?」
「っ」

 いつか聞かれると思っていたが、こんな突然とは思わず、慧斗は思わず息を呑む。心臓がドッドッと脈打つが、自分が不安になれば紅音にも伝わってしまう。
 紅音の目線に合うようしゃがんだ慧斗は紅音の小さな手を取り口を開く。

「紅音と同じ綺麗な黒髪と赤い瞳をした素敵な人だよ」
「ふうん」
「会いたい?」
「ううん。おかーさんだいすきだもん。おとーさんがいなくても、ぼくへいきだよ」

 不便を強いているというのに、紅音は慧斗をとても好いてくれる。そんな息子の体をぎゅっと抱きしめて、心の中で謝罪を繰り返しながら「俺も紅音が大好きだよ」と言うことしかできなかった。


 慧斗は大学部のバス停から紅音を抱っこして乗り、駅までの短い距離なのに窓に張り付く紅音を微笑んで見守る。基本的にこの学園に通う生徒たちは送り迎えがデフォルトのため、バスも混み合うことなくのんびりと座れるのがいい。慧斗の自宅も駅からそこまで遠くないのと、途中にある商店街で買い物をしてから帰るため、このルートが一番楽なのだ。

 今日も変わらない一日だった。そう、なにも変わらない。仕事も忙しいけどやりがいがあり、生活も楽になった。紅音もすくすく成長し、すこしずつ慧斗を助けてくれる。
 このまま変わらない日が続けばいい。紅龍とのこともいつかは時間が忘れさせてくれる……

「おかーさん、えきついたよ?」
「え? あ、ごめん。うたた寝しちゃった」

 軽く揺さぶられ、ふと閉じていた目を開くと、頬をぽんぽんに膨らませた紅音が見上げていた。どうやら心地良い揺れに眠ってしまったらしい。

「もー、おかぜひくからダメだよっ」
「ごめんごめん」
「ごめんはいっかいでしょ?」
「ごめんね」

 苦笑しながら言い直せば「まったくー」と、紅音は頬を食べ物いっぱいに詰め込んだリスのようにして怒っていた。本当に気遣いのできる愛らしい子だ。ちゃんと慧斗が言った以前の言葉を覚えていたらしい。

「じゃあ、風邪をひかないように、あったかいご飯の材料を買おうか」
「うん!」

 しっかり手を繋ぎ直して駅から近い商店街へと入る。
 ここは平日は夜まで通行止めで、夕方になると人で賑わうのだ。
 パン屋、八百屋に魚屋、洋菓子店に和菓子屋店と、色々取り揃えられている。駅を挟んで学園側にも大型のショッピングモールがあるが、大人と子供ひとりずつだとどうしてもパックされた量だと多いのだ。だから商店街での買い物頻度が上がる。それにこちらのほうがお得で帰りも楽なのもあった。

「おや、慧斗君と紅音君。学園の帰りかい?」

 八百屋に立ち寄り瑞々しい野菜を見定めていると、店主が幾分控えめな声量で尋ねてくる。昔、店主の胴間声に紅音がギャンギャン泣いたという出来事があり、子供好きな店主はそれからというもの紅音が現れると叱られた子供のような小さな声で話しかけるようになった。
 後から大きな声を出すのがおじさんのお仕事なんだよ、と説明してからは紅音も普通に店主に接するようになったものの、一度記憶に刻まれた経験は簡単に拭えないようだ。

「おじさんこんにちは! きょうね、あったかいごはんなんだよ」
「お、おう。温かいご飯ね。それじゃあシチューとかかい?」
「んー、くろいシチューをおひるにたべたからねー。なにかおすすめありますか?」

 やけに大人ぶった言い方をする幼児に、慧斗も店主も笑い弾ける。周囲からも会話を聞いたらしい主婦たちがクスクス笑うのを見て、紅音は「んー?」と首を傾げるのだった。

「あれ? 慧斗君と紅音君?」

 人の声の合間から聞き覚えのある声音が。振り返ると、玲司の番の桔梗ききょうがショッピングバッグを肩に掛け、こちらを見ていた。隣には番にぴったり寄り添う玲司の姿が。また店を放り出してついてきたのか。

「ききょーさん!」

 紅音がぴょんと跳ね、桔梗へと弾丸特攻を仕掛ける。

「ちょ、紅音っ」

 慌てて止めようとしたが、その前に玲司の大きな手が紅音を掬い上げてしまった。

「もーっ、れーじさんおろしてー」
「何度言えば分かるのかな、桔梗君は僕の大切な番なんだよ。だから気軽に近づいちゃダメだよ」
「はーなーしーてーっ」

 両脇を抱えられ上げられた紅音は、じたばたと足を泳がせ抵抗している。確かにいくら見知った相手とはいえ、いきなり飛び込んだら危険なのは分かるものの、玲司の行動は毎回大人げないとため息が溢れる。

「もう、玲司さん。紅音君の肩が脱臼しちゃうかもですよ。下ろしてあげてください」
「ですが……」
「紅音君もいきなり飛びついたら危ないでしょ? だからめっ、だよ」
「うー」

 大きな瞳をキッと吊り上げて番と幼児を叱る桔梗は、二年前に玲司と番になったオメガ男性だ。
 彼らがどのような経緯で番契約を結んだか分からないが、仲睦まじいふたりは、このあたりでは有名な夫夫だった。

「いつもごめんなさい、怪我はありませんか?」
「はい。その前に玲司さんが紅音君を止めたので」

 母親である慧斗と同じオメガだからか、紅音は出会って間もなくやたらと桔梗に懐いた。そうなると玲司が不機嫌になり、桔梗がそちらに意識を向けるのが気に入らない紅音が構って攻撃をするというループが展開される。
 頭のいい紅音のことだ。あれはわざと玲司を煽っているに違いない。

「あ、そうだ。慧斗さん、もし良かったら店に来ませんか? 玲司さんが新作を作ったので試食してくれると嬉しいです」

 これはもう、今日の晩ご飯は決まったな、と慧斗は内心で頷いていた。
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