冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

プロローグ「口裂け女と屋敷」

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「…………ねぇ?」

 目の前の女が、ゆっくりと顔のマスクに手を伸ばす。女が外したそのマスクの下には、

「……私……綺麗……?」
「個人の主観によります!!」

 左手に包丁、血走った目に、ボサボサの長い黒髪、赤いワンピースを着た女にそう問われ、自分でも訳の分からない答えを返す。
 俺は、こいつがこれから何をするのか知っている……いや、

「危ないっ!」

 女の左手の包丁が、横一直線に突然閃いた。咄嗟に後ろに飛び退くが、腹部に激痛が走る。見ると、服が切られ、腹から血が滲み出ている。ただの高校生に、あんな速度の攻撃が避けきれる訳がない。
 また包丁が少し動く。今度はさっきより強く後ろに飛んだが、女の手元はそれ以上動かない。

「しまっ……」

 それが、俺に同じ行動を取らせるためのブラフだと気付いた時には遅かった。目にも留まらぬ速さで俺と距離を詰めた女が、空いた右手で首を締め上げてくる。

「がっ………………!」

 片手一本とは思えない、とんでもない力でからだ全体を持ち上げられながら、声にならない呻き声を漏らす。

(……く、苦しい……何て、力だ……)

 何とか体を動かして、女から逃れようともがくが、徐々に、体の酸素がなくなってくる。女は左手の包丁で止めは刺さず、俺の苦痛に歪む顔を見て楽しんでいるようだった。

(……ま……ずい。この……ま……ま)

 意識が遠退いていく。何で俺はこんなに無力なのか……?

(……おれ……が…………じい……ちゃ……んの……いしを…………)


 目の前が真っ暗になる。


 もう終わりだと思った――その瞬間、何故か女の手から力が抜け、俺の体が解放された。

「げほっげほっ……! がっ……はぁはぁはぁはぁ……!」

 地面に転がりながら、肺いっぱいに何度も空気を吸い込む。

 何とか落ち着き女の方を見上げると、そこには、女の右腕を強く握り締め続ける、金髪のメイドが立っていた……。

「……私の……」

 メイドは見たことのない鬼のような形相で、何かを呟いている。

「うん?」

「……私の南ぼっちゃまに何してんだ!!」
「私の!? カミラさん!?」

 いつから俺はカミラさんの所有物になったんだろう? 
 
 突然の衝撃発言に驚きながら思い出す。

 そう……全ての始まりはあの一冊。
 そして、このメイドから告げられた真実から始まった……。

 どうしてこんな状況になったのか? 時は数日前に遡る……。






 夏のチリチリとした直射日光に肌をやかれ、額に汗を滲ませたどり着いたその場所で、俺は混乱していた……。
 ゆっくりとスマホの電話帳から見知った名前を選び、電話を掛ける。

「あー、もしもし母ちゃん?」

 目の前に広がる大きな屋敷を見ながら、聞き慣れた声に確認をとる。

「これ、マジ?」

「えっ? なんのこと~?」

 祖父が亡くなった。数日前に開口一番、出張であまり家にいない父親が、突然の帰宅と同時に放った言葉がそれだ。

 その言葉を聞いた俺が最初に思ったのは……うちにじいちゃんいたの!? だった。

 少なくとも、俺が物心ついた頃から今まで、覚えている限りでは、祖父に関する話は一切家族から聞いた事がなかった。だから、中学生くらいの頃には、子どもながらに勝手に察して、既になくなっているのだろうと思っていたのだが……。

 そこから、感傷に浸る時間も全く与えられず、もましてやすら知らないじいちゃんの葬儀が直ぐに行われ、遺産の相続がどうの、遺書がどうのと、バタバタしていたのが昨日。
 
 そんな状況に、心がついてこないまま日にちは変わり……。

 未だに、どんな気持ちになるのが正しいのか分からずに、混乱している俺を見た母ちゃんは……。

「お父さんには内緒よ~?」

 なんていつものゆったりとした口調で言いながら、大きな鍵束と一通の封筒を渡してきた。
 それが何かを母ちゃんに聞いてみると、これが、じいちゃんが俺に残した遺産らしい。

 そこから母ちゃんに口頭で教えられたじいちゃんの話は、何とも言えない気持ちになるものだった……。

 祖父は他の家族とは暮らさず一人だった事……。連絡のとれた親族が父だけだった事。
 その話を聞いて、思い出す。確かに、葬儀は母ちゃんと俺と父親しかいなかった……。
 
 参加している時は、何も感じる余裕がなかったけど、その話を聞いて思い出した葬儀のその光景に、俺の胸が少しチクリとした。

 残されていた遺言状も簡素だったらしく、葬儀は親族だけで行うことと、遺産の分配について軽く書かれていただけとの事。

 結局、そんな話だけを聞かされても、じいちゃんの事は何も分からない……。
 にも拘わらず、周りの雰囲気が、この話はこれで全て終わりだ! と遠回しに伝えて来ているみたいで、俺はその状況に納得がいかなかった。

 せめて、じいちゃんがどんな人だったか知りたい。
 だから、父親にせめて名前ぐらい教えてくれと尋ねてみたのだが、それを聞いた途端、父は不機嫌そうな顔になり、たった一言……。

「アイツとは関わるな」

 とだけ言って、また出張に戻っていった。

 何なんだその言い方は!

 思えば、父は、俺や母ちゃんを関わらせずに、葬儀関係すら一人で行っていた。父と祖父がどんな関係だったのかは分からない。

 だけど、一人の人間が亡くなっているんだ。俺にとって面識がなかったといっても、じいちゃんは血の繋がった家族だった。
 それだけは変わらない筈だ。だから、その最後がこんなにあっさりと終わらせられるなんておかしい。

 俺はじいちゃんがどんな顔だったか、どんな人だったかちゃんと知って、しっかりと送り出したい。
 そう思うのは、俺がじいちゃんの家族だったからだけじゃない。
 一人の人間として、亡くなったその人が生きてきた――人生というものを大切にしたかったからだ……。

 そんな俺の感情を知ってか知らずか、あっさりと母ちゃんがじいちゃんの遺産を渡してくれたまでは良かったのだが……。

「これ、マジ?」

「だから、なんのこと~!?」

 母ちゃんに教えられたじいちゃんの住所には、周りを堅牢な柵で囲まれた、大きな屋敷が建っていた。

「いや、そりゃ大きな鍵束を渡された時は、老人の一人暮らしにしては鍵多くね? ……って思ってたけど、まさか、こんな大きな屋敷とは……」

 母ちゃんの話を聞いて、勝手にアパートの一室くらいの部屋を想像していたが、目の前に広がる光景は、そんな予想を軽々と越えてきていた。

 うちの家族が住んでる2LDKマンションも、生活するには大きすぎるくらいだと思っていたが……。
 それ全てがすっぽり入ってもお釣りが来る、いや過多というか、大人と子ども、月とすっぽん、天と地くらいの、大きさの差が間違いなくあった。

「あれ~? 言ってなかった~?」
「言ってない!」

 電話越しに、相変わらずのおっとりした調子で返してくる母ちゃんにツッコミを入れつつ、念のために改めて聞いておく。

「他に何か伝え忘れてる事ないよね?」

「忘れてる事~? うーん……。南ちゃん、何かある~?」
「俺に聞くな!」

 俺が超能力者でもない限り、分かるわけがない。

「まぁ、いいよ。後は自分で調べるし」

「うん。分かった、気を付けてね~!」

「ありがとう。夜には帰る」

「あっ!」
「どうしたの!?」

「今日は南ちゃんの大好きなハンバーグだから早く帰ってき……」
 俺は流れるように、通話終了のボタンを押す。そのやり取り、思春期の高校生男子とその母親がする会話じゃないよ!

「いきなり切ったのは後で謝るから、許してくれ母ちゃん……」

 あれ~? と首を傾げる母ちゃんを想像しながら、自分の本来の目的を思い出す。俺はじいちゃんがどんな人だったか知る為に、ここまで来たんだ。
 それに繋がるかは分からないけど、まずは住んでいた屋敷をよく見てみるか……。

 最寄りの駅から屋敷までは、徒歩10分くらいだった。
 その駅は、普段高校に通うために降りている所だったが、今回はいつもの高校に行くためとは真逆の方向にある山を登って、ここまで来ていた。
 まぁ、山とはいっても小さな山で、屋敷があるのも頂上などではなく、登って直ぐの場所だったが……。

 頑丈そうな大きな柵に囲まれた洋風の屋敷。それは、映画とか、漫画とかによく出てくる、大金持ちが住んでる家、その物だった。

 入り口から、庭を挟んだ先にある屋敷までは50メートルくらいはある様に見える。
 辺りの景色を見回すと、緑が多い中、落ち着いた赤色で、屋根や外壁を塗装されたその屋敷は、非常に眼を引いていた。

 じっと外から見てても仕方ない。想像と違ったが、ここがじいちゃんの家であるのは変わらないんだ。じいちゃんがどんな人だったか調べるのに、ここ以上に最適な場所は、今の俺には分からない。とりあえず中に入ろう。

 目の前には、車用の両開きの大きな鉄の門扉。それを挟む様に外灯のついた柱が2本あり、それぞれの柱の外側に人が通るようの小さな扉がある。そこに合う鍵を、鞄から取り出した鍵束から探す。

 鉄の大きな輪に、シンプルな装飾の鍵が何十本とついてるその様は、珍しい武器のようにも見えて、思わず苦笑する。その中には変わった見た目の鍵も交じっているが、何か特別な物なんだろうか?
 これを最初に見た時は金庫や玄関、身近な鍵を全部1つに纏めてるぐらいに思っていたが、きっとこれら全てが屋敷の扉の鍵なんだろう。

 そんな事を考えながら探していると、『門』とだけ刻まれた鍵を見つけた。

「これで開いてくれよ」

 正直この数から、目的の鍵をまた探すだけでも一苦労だ。
 鍵穴に鍵を差し込み、横に回す。

 ――ガチャリ

 と大きな音を立てて扉が開いた。安堵する反面、これを扉毎にしないといけないでは? と気付いてしまい、冷や汗を流す。
 これ、もしかしたら、それぞれの扉の鍵を探してるだけで今日1日が終わるんじゃないか?

 扉から入り、入り口から続く長い庭を抜け、やっと屋敷の前に辿り着く。

 屋敷の門扉も見事な物だったが、玄関の扉も中々の物だった。装飾こそ余りないが、大人6人くらいが横に腕を組んで入ろうとしても、ギリギリ大丈夫そうな程に、大きな両開きの扉だ。
 その片方のドアノブに手を掛け、引いてみるが、やはり開かない。

 はぁ~と溜め息を吐きつつ、また鍵束を見る。早くも先ほどの予想が現実になりそうだ。

 扉を開けた時に気付いたのだが、よく見ると鍵その物に、それぞれ文字が小さく刻まれていた。これを参考にすれば、直ぐに鍵を開けられるかも知れない。

「どれだ? えーっと、これか? いや違うかな? あった!」

 束の中から見付けた鍵には、こう刻まれていた。
 『家』
「じいちゃん大雑把過ぎない!?」

 その鍵を見て、思わずツッコミを入れる。
 他にも『部屋1』『部屋2』とか、シンプルと言えば聞こえはいいが、目的の鍵をこの情報量だけで探すのには、無理があるとしか思えない。
 よく見ると、『武』だの、『隠』だの、よく分からない文字が刻まれているのもある。

 まぁ、広さが段違いとはいえ、家主が何処の鍵か分かれば問題ないのかも知れないけど……。

 そんな大雑把な所を見て、じいちゃんがどんな人かほんの少しでも分かったような気がして、嬉しくなる。

 まだまだここからだ。この屋敷を一通り見終わる頃には、じいちゃんがどんな人かもっと分かるだろう。

 そんな事を考えながら鍵を開け、両開きの片方のドアノブに手を掛け、ゆっくりと外側に開いていく。
 
 扉を開くと、そこには……。

「……えっ?」

 

「あっ……。俺、死んだわ……」

 目の前の奇抜な格好の強盗を見て死を覚悟した俺は、ゆっくりと瞳を閉じた……。
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