冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

第2話「夢と真道家」

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 暗く、見慣れない路地裏。

 辺りの景色を見て、直ぐに気付く――――これは夢だ。最近よく見る夢。

 ここからの流れはいつも決まっている。
 
(来た。やっぱりだ!)
 
 路地を誰かが走っている。ただただ必死に……。
 狭い道の脇に置かれたゴミ箱や、段ボールたち、それらに引っ掛かり、躓き、時にぶつかりながらも止まらずに、それでもずっと走っていく。

 だが、何かから逃げるように進んでいたその人物は、突然歩みを止める。

 すると直ぐに、目の前に広がる暗闇の中から、別の誰かが現れた。
 それを見た走っていた人物は、振り返って逃げようとするが、その場で尻餅をついてしまう。

 慌てた様に暗闇の中から現れた誰かに向き直り、何かを叫ぶが、その言葉は相手に届かない。
 そしてその誰かが、何と言っているか聞き取れない言葉を呟いて、この夢は終わる。

「わ………………い?」

 ――コン、コン!

「…………ん?」

 ゆっくりと目蓋をあけた。何だか、頭がぼーっとしている。どうやら俺はいつの間にか寝ていたらしい。

 目を覚ますように立ち上がって伸びをするが、体と違って、頭はまだまだ付いてこない。
 寝ていた事もあるが、見覚えのない景色で目覚めて脳が一瞬混乱したのも理由の1つだと思う。

 ――コン、コン!
「は、はい!」

 再び聞こえたドアのノック音に、慌てて返事をする。

「……失礼します」

 焦る俺とは違って、冷静な口調で返すカミラさんが部屋に入って来た。
 さっきのやり取りもあってか、少し恥ずかしい。

 じいちゃんや彼女を信じると言った後、鍵の束を持ったカミラさんに連れられて、俺はじいちゃんの部屋まで案内されていたのだ。

 肝心の部屋の中はというと……。

 改めて辺りを軽く見る。真ん中に革で作られた一人掛けの椅子や、木製の荘厳な机が置いてあり、その背後に大きな本棚があるぐらいで、とてもシンプルな内装だ。
 だが、本棚をよく見ると、難しそうな本と本の間に、鮭を捕まえる木彫りのクマや、綺麗な貝殻で出来たアクセサリーなど、地域のお土産らしき物が沢山飾られている。

(じいちゃんは旅行が趣味だったりしたのだろうか?)
 
 カミラさんは俺をこの部屋まで案内した後、屋敷の掃除があると急いで出ていってしまったのだが……。
 それから、部屋の中をサッと見て回って手持ち無沙汰になった俺は、机に何冊か置かれていた本を見ている間にいつの間にか寝てしまって、今に至る。

「……大変、お待たせしました」

 未だに少しぼーっとしている俺を見て、カミラさんが頭を下げてくる。

「あっ、気を使わせちゃってすみません!」

「……いえ、私もとても助かりましたので」

「えっ、助かり?」

 何か助けるような事したっけ? 部屋の中見て、本見て、寝てた記憶しかないけど……。

「……コホン! ところで、南様をお連れしたい場所があります」

「俺を? 分かりました」

 じいちゃんの部屋を出ていくカミラさんに付いていく。

「……あっ」

 前を歩いていたカミラさんがピタリと止まって、こちらを振り返る。

「……封筒はお持ちですか?」

 その質問に、咄嗟に胸元のポケット触る。そこにある感触で封筒を無くしていない事を確認して、俺は思わず安堵する。

「あります」

「……なら、大丈夫ですね。こちらへ……」

 カミラさんはそう言って、俺の先をまた歩いていく。その後ろに続きながら、胸元の封筒を軽く触る。

 じいちゃんが俺に残した封筒。その中には一枚の手紙と鍵が入っていた。

「大事な物を守れ」

 手紙にはただこう書かれていただけ……。

 じいちゃんの事を知らない俺からすれば、もっと色んな事を書いていて欲しいと最初は思ったが、そのシンプル過ぎる一言から、何だか言葉以上のとてつもない重みを感じてしまった。

 その真意はこの手紙だけで読み取ることは到底出来ないが、じいちゃんの事を知れば、この言葉の本当の意味を理解出来るかも知れない。

 そして、その手紙と一緒に入っていた鍵。
 金色で重みのあるその鍵は、赤い宝石が瞳の様な装飾として持ち手の部分に施されている。

 この手紙と鍵、その2つだけが入った封筒は、見知らぬじいちゃんと俺の、唯一の接点のように感じられた……。
 だからこそ、一番身近な胸元のポケットに入れていたのだが。

(封筒の事を聞くって事は、この鍵を使う場所に案内してくれるのかな?)

 そんな事を考えてる間に、いつの間にか先程見た玄関まで戻って来ていた。

 慣れた様子で中央の大きな階段を上っていくカミラさんに俺も続いていく。

 半分ほど上った所で、屋敷に入ってきた時から気になっていた大きな鏡と対面する。
 遠くから見てもそうだったが、角に刻まれている五芒星と、見たこともない文字がぎゅうぎゅうに刻まれている額縁を近くで見ると、より一層不気味に感じた。
 額縁こそ気になるデザインではあったが、鏡自体は特に変な所はないみたいだ。

 鏡に映った自分の全身を見てみる。

 靴は、ここの場所を聞いて調べた時に、ほんの少し山を登りそうだったので、動きやすそうな黒のスポーツサンダルを履いて来ていた。
 上は白のTシャツに、黒色で半袖のジャケット、大事な封筒はこれの胸ポケットに入れている。下はカーキ色のゆったりした半ズボン。

 背中には紺色のリュックを背負っている。元々、じいちゃんの事を知る為に、家にある物をこれに入れて持ち帰って調べるつもりだったが、カミラさんがいる以上、持ち帰るより直接聞いた方が早そうだ。

 鏡の中の自分と目が合う。相変わらず目が怖いな。親友の九無からは、締め切り二日前の徹夜明けの社会人の目と言われていたが、俺にはその例えはよく分からなかった。

 母ちゃん曰く……。

「小さい頃は、大きな真珠みたいなパッチリお目目だったのよ~?」

 と言っていたが、その面影は今や何処かに消し飛んだようだ。

 その目が若干隠れるくらいに前髪が伸びている。青色に染めている髪が、今は根元の部分が黒色に戻っていた。また染め直さないと……。

(やっぱり髪を染めても、こっちのがどうしても目立つなぁ……)

 前髪の間からチラチラ見えるそれを気にしていると、いつの間にかそんな俺をカミラさんがじっと見ていた。

(まぁ、屋敷を案内している途中で、急に鏡とにらめっこし始めたら、そうなるよね…………あっ!)

 その目線の位置に気付く。咄嗟に、カミラさんの視線の先にあったを手で隠す。
 見られて困るような物でもないが、見られることを気にしてないと言えば嘘になる。

「…………こちらをご覧下さい」

 そんな俺の反応を知ってか知らずかカミラさんは特に俺に対して何も言うことはなく。
 彼女は鏡を左右に挟むように飾られた2枚の大きな人物画の内、入り口から見て右側の方まで歩いていった。

 それを手で指し示しながら、こちらを見てくる。

「この方は?」

 絵の雰囲気から、その人物画は古くに描かれた物のようだった。
 気になって鏡を挟んだ反対側にある、もう1つの人物画を確認すると、こちらの方が古いのが一目で分かる。

 目の前に視線を戻して、改めて絵を確認してみる。

(年齢は50代くらいか、もっと上くらいか?)

 そこには、顎髭をしっかりと蓄え厳しい目をした、上品なスーツを着る老人の上半身が描かれていた。

「……お祖父様の父上、南様からすると曽お祖父様にあたる方です」

「えっ?」

 まさか、じいちゃんより先に、ひいじいちゃんの顔を知ることになるとは……。

「……私も直接お会いした事はありませんが、お祖父様から聞いた話では、とても厳しい方だったそうです」

 人物画から伝わってくる印象だけでも、この人がいかに怖い人だったかがよく分かる。

「……南様は真道家については、どの程度お父様から聞かされていますか?」

「えっ……? い、いえ、全く何も聞かされていないです」

 真道家について聞かされる? 耳慣れない単語に動揺する。

(単に古くから続く家って話じゃないのか?)

 親族の集まりらしき物も家ではなかったし、じいちゃんが居たことさえ、つい最近知らされたのだ。真道家がどうのなんて知るわけがない。

「……お祖父様が言うには、遥か昔からとても長く続いている家系だそうです」

「そうなんですね」

 自分の家の話ではあるが、何処か他人事に聞こえてしまい淡白な反応しか返せない。

「……その長く続いた真道家の歴史の中で、一部の人間がある力に目覚めました」

「それって、もしかしてさっきの本と関係が?」

 カミラさんに薦められた一冊の本。じいちゃんが直接見て書いたという本と何か関係があるのか。

「……はい」

 俺の問い掛けに軽く頷いた後、カミラさんが話続ける。

「……その力は、時代や人、国によって様々な呼び名が付けられました」

 彼女は淡々と言葉を紡いでいく。

「……予言や予知、デジャヴに未来視、予知夢、霊視、超能力に第六感、サイコメトリー、千里眼、挙げていけば切りがない。虫の知らせなんて呼ばれていた事もあります」

 カミラさんが口に出した単語は、そういった物に詳しくない俺でも、何処かで聞いたことのある物ばかりだった。

「じゃあ、じいちゃんも?」

「……はい」

 彼女が挙げた数々の名称。それらに共通するのは何かをしている事。

 そんな能力をじいちゃんが持っていたのだとしたら、あの本の内容にも説明が付く。
 本当に直接あの光景を、その人たちの心を、それを本に書き残したのだ。

「……実際にどう見えていたのかはお祖父様にしか分かりません。ですが、その能力で見たものを、本にして自ら纏めていらっしゃいました」

「…………」

 急な情報量の多さに、感情が付いてこない。

「……お祖父様も、そして曽お祖父様にもその力があったそうです」

 父さんや、母ちゃんもその事は知っていたのだろうか? カミラさんの最初の問い掛けから考えるに、父が把握しているのは間違いないだろう。

 正直、父親のじいちゃんに対する態度を見て冷たい奴だと憤っていたが、父もカミラさんの語る真道家の一員だったのなら、その事すら知らなかった俺には思い付けない何かが、二人にはあったんじゃないのだろうか?

「じいちゃんは、その力を何て呼んでたんですか?」

 色々な呼び方があったのは分かったが、ふと気になった事を聞いてみる。これもじいちゃんを知る一歩だ。

「……お祖父様は万物を読み解く者アカシックライターと呼んでいました」
「感性が若い!!」

 感想が叫びとなって口から出る。
 今のはどう聞いても並べられたそれぞれ意味を持った漢字などに、ルビが振られている感じの奴だ。
 そういや、じいちゃんの本棚の隅っこの方にライトノベルみたいなのがあったような?

 途中から緊張しながらカミラさんの話を聞いていたが、じいちゃんのお陰で肩の力が抜けた。
 だが、それと同時に胸にチクりとした痛みを感じて、思わず俯く。もっと早く会えていれば、こんな話も出来たのだろうか?

「……南様?」

「あっ、すみません。考え事をしてました」

 カミラさんはいつの間にか、鏡を挟んだもう一枚の人物画の前に移動していた。慌てて俺もそっちに向かう。

 そこに描かれていたのは、白髪に、整えられた綺麗な髭の精悍な顔立ちの老人だった。年齢はひいじいちゃんと同じくらいだろうか?
 スーツの上から名探偵が着るようなコートを羽織ったその人物は、何処か優しげな瞳をしていた。

「……こちらが南様のお祖父様――真道様です」

「なっ?」
 その名前を聞いた瞬間――ズキリと、急な頭痛に襲われて額を押さえる。

?)

 その名前を聞いた覚えがある。ずっと昔、何処かで……。

 思い出そうとしても、それらしい記憶はない。
 授業で習った誰もが知ってる有名な北斎さんがいるから、それを思い出しただけなのかも知れないな。

 そんなあやふやな記憶は、父が絶対に教えても、見せてもくれなかったじいちゃんの名前と顔を知った喜びで、直ぐに上書きされる。

「これがじいちゃんの顔……」

 俺が葬儀をしたにも関わらず、今までじいちゃんの顔を知らなかったのには理由がある。
 何故なら、行われた葬儀の棺の中はからだ。

 父親から聞いた話では、じいちゃんの乗っていた車は事故で海に落ちたらしいのだが、車を引き上げた時には誰も居らず、落ちた周辺や近くを調べた結果、見つからなかったじいちゃんは死亡と見なされたらしい。

 名前すら教えて貰えない、写真や遺体すらない、話だけをただ聞かされた空虚な葬儀は、俺にとっては余りに現実的じゃなかった。だからこそ……。

「カミラさん」

「……はい」

「俺がここに来た理由をまだ話してませんでしたよね?」

「……はい。良ければ教えて頂けますか?」

「俺はじいちゃんの事を知りたい。全く関わりがなかったからとか、亡くなったからとか、そんな理由で全部をなかった事になんてしたくない」

 俺の記憶の中にある、赤い髪の優しかった少女を思い出す。もう二度とあんな想いはしたくない。

「じいちゃんの事を知って、ちゃんと悲しんで、そして向き合いたい」

 深呼吸して、真っ直ぐ彼女を見る。

「だから、カミラさん! 身勝手なお願いだと思いますが、じいちゃんの事を教えて下さい!」

 しっかりと頭を下げて、お願いをする。じいちゃんと関わっていた彼女にとっては、改めてじいちゃんの事を思い出すのは辛いことだと思う。だから、これは酷く身勝手なお願いだ。

 だけど、父に聞くのでも、屋敷を調べて知るのでもなく、カミラさんに聞くことがじいちゃんの事を一番理解する事に繋がる気がしたのだ。

「……勿論です。それに、その為にこちらに南様をお連れしました」

 カミラさんがそう言ったのと同時、静かだった屋敷内にカタカタと歯車と歯車が噛み合って動くような音が聞こえ始める。

「なんだ……?」

 頭を上げると、じいちゃんの人物画が掛けられている壁が絵ごと奥にゆっくりと移動していた。
 カチッと音が鳴り、動きが止まった次の瞬間、絵と壁が右側、正面から見て大きな鏡がある方向にスライドしながら移動していく。やがて、目の前にあった絵と壁は鏡の後ろに消え確認出来なくなった。
 
(カタカタと聞こえたのは、この仕掛けの音だったのか……)

 じいちゃんの人物画があった場所には、人が通れそうな通路がいつの間にか出来ていた。

 その通路をカミラさんが歩いていくのを見て、忍者屋敷のような仕掛けに呆気にとられていた俺も、急いで後を付いていく。

 彼女は途中で足元にあったランタンを拾い上げ、それに明かりを灯して、慣れた手付きで通路を照らす。
 少し進むと、足元は下りの階段になっていた。混乱しながらもカミラさんとその階段を下りていくと、やがて頑丈そうな扉の前に俺たちはたどり着いた。

 ランタンの明かりにぼんやりと照らされるその扉の中央には、赤い大きな宝石が瞳のような装飾として取り付けられている。

(これって……?)

 最近見た同じデザインの鍵を思い出し、胸ポケットの封筒を触る。

「ここは?」

 そう聞いた俺に、カミラさんはゆっくりと返す。

「……この先は――です」

 そう答える彼女の透き通った白い肌は、ランタンの朧気な明かりでひどく妖艶に見えた……。
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