冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

第13話「正体と赤」

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「ほむんくるすぅ……?」
 初めて聞いた単語なのか、鷹見警部は頭の中で疑問符がついている様だ。かくいう俺も、漫画などで名前は知っているくらいで、人造人間ホムンクルスがどういった存在か、説明出来る程に詳しいわけではない。そして、それを言った本人はと言うと……。
 自分の正体を明かしたカミラさんは、まるで、判決を待つ被告の様に、その場で目を瞑ったまま、俺たちがどんな反応を示すのか、様子を伺っていた。
「カミラさん」
「……はい」
 俺が名前を呼ぶと、カミラさんはゆっくりと目を開けた。
「カミラさんが自分の事をどう思っているのか、俺には分からないですけど……」
「…………」
「昨日あの女に襲われていた所を、カミラさんが助けてくれた時、その姿を見て感じたのは、恐れたり、怖いといった感情ではないです」
「……南様」
「あの時俺は、自分ではどうしようもない状況に、死を覚悟していました。でも、そうはならなかった。カミラさんが来てくれて、カミラさんが戦っているのを見て、もう大丈夫なんだ。助かったんだっていう安心感が胸に湧いてきました」
 カミラさんの前に立ち、彼女の目をしっかりと見ながら、話をする。
「あなたが例え、人造人間ホムンクルスだろうが、それ以外の何かだろうが……。俺にとってカミラさんはカミラさんです。だから、俺はあなたを信じます」
 そこまで伝えると、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。そして、再び開かれたその目からは、涙が零れて……。
「カミラさん!?」
 俺が瞬きをしている間に、彼女の瞳からは、まるで、決壊したダムの如く涙が溢れていた。
「泣ーかしたー、泣ーかしたー! せーんせーに言ってやろー」
「あなたは小学生ですか!」
 わんわんと泣くカミラさんを見て、よほど警察官の発言とは思えない野次が、背後から聞こえてきたのでツッコミを入れる。
「いや、あのーカミラさん? とりあえず、俺が言いたかったのは、助けてくれてありがとうって事であって、泣かすつもりは、その……」
「うーん……。とりあえず、警察呼んどくか?」
「警察沙汰!? というか、そもそも警察はあなたでしょ!」
 俺は、スマホを取り出して番号を押そうとする鷹見警部を制止しつつ、カミラさんが落ち着くのを待つ。



「あのー、カミラさん。何かすみません」
 それから少し時間が経って……泣き止んだカミラさんに謝る。カミラさんにとって、俺の発言がどれ程の物だったかは、想像するくらいしか出来ないが、泣かせるつもりはなかった。
「……いや、違うんです! ただ、と分かったら涙が止まらなくなりました」
「うん……?」
 俺にはカミラさんの発言が、どういう意味か分からなかったが、彼女は、とりあえず落ち着いたみたいだったので、今は触れないでおこう。
「……大変失礼しました」
 カミラさんとはまだ出会って数日だが、普段はずっと冷静な対応なのに、驚いたり、焦ったりと、最初に会った時の印象より、感情豊かに見えた。
 何より、今だって目を赤く泣き腫らして恥ずかしそうにしているその姿が、人間以外の何だと言うのか……。
 例え、カミラさんが人造人間ホムンクルスだろうが、超人的な力を持っていようが、彼女は彼女だ。俺の中で、それだけはきっと変わらない。
「君がほむんくるす? ってのは分かったが、わたしが気になっているのは、昨日、少年を襲おうとしていた女や、やたら腕のデカイ男とかの事なんだが……。あいつらも、そのほむんくるすって奴なのか?」
 鷹見警部が、カミラさんに対して質問する。俺もあいつらは何なのか気になっていた。
「……いえ、違うと思います。私は専門家ではないので確証は持てないのですが、あれは幽霊かと……」
「ゆ、幽霊!? マジかよ……」
 鷹見警部の顔が真っ青になっている。あれ? 気のせいか、昨日、双腕の男と直接対峙してた時より怖がってない?
「……戦った上での予想ですが、女の方は地縛霊じゃないかと……。男の方は生き霊だった可能性があります」
「そんな事まで分かるんですか?」
「……はい。女の方は死んだ事に怒っているのか、目に入った全てを襲っている様子でしたが、近隣の住民が被害に遭った……という話を聞いたことがなかったのと……」
 確かに、女の方は、俺を見つけた途端に襲ってきていた。地縛霊は前に見た心霊番組では、土地や建物から離れられなくなった幽霊と紹介されていたが、カミラさんが言っているのが、それと同じ物なら、理解は出来る。
 あんなに狂暴な存在だ。もし、建物に囚われていなければ、周辺にもっと被害者が出ていてもおかしくなかっただろう。
「……男の方は時折、本人と繋がっているのか、動きが極端に変わっていたので、可能性は高いと思います」
 繋がるという表現が少し分からないが、スマホの電波みたいな物だろうか? 電波が良ければ、通信は速いが、悪ければ繋がりにくくなるような?
 襲ってきた女と違って、何をしたいのか、何を考えてるのかよく分からなかったのも、何の脈絡もなく動きを変えたりも、生き霊の持ち主と意志疎通が出来ていなかったからと考えれば、納得出来る気はする。
「……私にはああいった者の気配を、ある程度は感じ取れる力があるのですが、定期的に屋敷周辺の安全を確かめているにも関わらず……」
 カミラさんが、考えるような仕草をした後に続ける。
「……工事現場の気配を前回確認した時に、あの2人は感じ取れませんでした。その時も直接あそこに行って見た訳ではなかったので、証拠がある訳ではないですが、もしかするとあそこで……」
「成る程。事件が起きていた可能性があるって事か?」
 未だに青ざめていた鷹見警部の顔に色が戻る。
「……はい」
「マジかよ。昨日の工事現場の事は、まだ報告がちゃんと出来てねぇんだよなぁ……。詳しく調べる以上、うまい言い訳を考えねぇと……」
 確かに、あの工事現場の惨状を他人に理解して貰うのは骨が折れそうだ。かといって馬鹿正直に、幽霊がやりました!! なんて言ったら鷹見警部の立場が悪くなりかねない。
「……これまでの話で、お分かりかも知れませんが、世の中には、昨日の幽霊や、私のような者が、沢山存在しています」
「おいおい、嘘だろ? わたしはそういった物がいる事を、ずっと信じて調べてきてはいたが……。実際に、君や、あの2人みたいな存在を見たのは、昨日が初めてだったぞ?」
「確かに、俺も初め……て…………」
 何かを言おうとした瞬間、突然頭痛に襲われる。今、俺は
「……南様?」
「どうした、少年?」
 話の途中で急に止まった俺を、カミラさんと、鷹見警部が心配そうにこちらを見ている。
「あっ、大丈夫です。話を止めてすみません」
 2人を安心させる為にそう言ったが、自分がついさっき、何を口にするつもりだったのかが思い出せなかった。
「なら、良かったが……。とにかく、ああいうのが沢山いるなら、もっと早く、直接出会う事があっても、おかしくないんじゃないか?」
「……それは、大きく分けて2つの理由で、簡単に説明出来ると思います。まず、その殆どが、私みたいに人間社会に溶け込んでいる者だということ……」
 なるほど。その話が本当なら、普段から仲良くしている隣人や友達だって、そういった者の可能性があるって事か……。全員がカミラさんのような、人に対して優しく接する存在とは限らないので、少し怖くもある。
「……そして、もう1つは、幽霊などの存在に対策を練り、何かあった時に対応や、対処をする組織が世界中に幾つもあるからです」
「じゃあ、何だ? もしかして、わたしが今までああいう存在に出会わなかったのは全て……?」
「……はい、恐らく。誰かが裏で何とかしてくれているから、会わずに済んでいたのかと……というか」
「うん、何だ……?」
「……これは、北斎から聞いた話ですが、警察の中にも、そういった事に対応する、大きな組織があるらしいです」
「はぁ!? マジかよ……。わたしは今までずっと、この事は誰にも頼れないと思って、1人で調べてきたのに、これじゃ、灯台もと暗しもいいところじゃねーか……」
 鷹見警部はその話を聞いて、頭を抱えている。昨日の話から予想する限り、朱鷺田さんの事を言っているのだろう。
「じゃあ、何か? 昨日の工事現場であれだけどんちゃん騒ぎしてたのに、近隣の住民が1人もあの場所を見に来なかったのも、その警察内の組織が対応してたからだってのか?」
「……真実は私には分かりませんが、可能性はあります。ですが、……」
「あぁー、やってらんねぇ! わたしの今までの苦労は何だったんだ。こんな近くに手掛かりがあったなんてよぉ」
 カミラさんが何かを言おうとした所で、鷹見警部がそう叫びながら突然立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「もういい時間だしな。今日は一旦戻る」
 スマホで確認すると、長く話していたせいか、いつの間にか時間は、昼をとうに過ぎていた。
「おやっさんの事件に協力して貰うにしても、まずは、この怪奇図書……だったか? にも書かれていた連続殺人事件を解決してからじゃないとな。それに……」
 カミラさんを見ながら、鷹見警部は話しを続ける。
「昨日の、工事現場で起きていた可能性がある事件も、調べなくちゃいけなくなったからな。あっ、そうだ」
「はい?」
「君たち2人とも、個人的な連絡先を教えてくれ」
 スマホを片手に持ちながらそう言う鷹見警部に、今、手元にスマホがないというカミラさんに代わって、俺が連絡先を交換する。
「じゃあ、わたしはこれから仕事に戻るが、その前に一番大事な事を……」
 カミラさんの前に立った鷹見警部が、握手を求めるように手を伸ばす。
「……は、はい」
 それに戸惑いながらも、カミラさんはその手を取る。
「昨日は最初から君たちを疑って悪かった。あまつさえ君に拳銃を向けた事、その上、発砲までした事、心の底から謝罪する。本当にすまなかった!」
 カミラさんの手を握ったまま、鷹見警部は深々と頭を下げた。
「……お気になさらないで下さい。発砲に関しても咄嗟の判断だったとはいえ、私が疑われるような行動をしてしまったのが原因ですから……」
「その優しさに感謝する。そして何より、昨日わたしを助けてくれて本当にありがとう。わたしが無事なのは、間違いなく君のお陰だ」
「……いえ、私は……」
 言葉に詰まるカミラさんは、気のせいか喜んで見えた。もしかして照れてる?
「そうだ……。よく考えたら、こんな当たり前で、大事な事、俺も言えてなかった! カミラさん、昨日は二度も助けてくれて、本当にありがとうございました!」
「……南様まで!? わ、私は出来る事をしただけで……」
 真っ赤になるカミラさんを見ていると、何故だが俺も嬉しい気持ちになった。
「少年……わたしは君にも感謝しているぞ」
「えっ? 俺ですか?」
 昨日はカミラさんや、鷹見警部の足を引っ張る以外の事はしていなかった気がするが……。
「分からないならそれでもいいが……。私も、恐らく彼女も、精神的な部分で助けて貰ったのは間違いない」
「そ、それなら良かったです」
「じゃあ2人ともまたな」
「はい! また」
「……お気を付けて」
「あっ、そうだ。もしこの連続殺人事件が、怪奇絡みなら、こっちも協力して貰うつもりだから、忘れないでくれよ?」
 その言葉を最後に残して、鷹見警部は仕事に戻っていった。

 その後は、実はスマホを持ってはいるものの、使い方を全く分かっていないカミラさんに簡単な連絡の仕方を教えたりと、色々と大変だったのだが、問題が起きたのは、その夜……。



 暗く、見慣れない裏路地。あぁ……またこの夢か。今日も昨日みたいに色々あったから、ゆっくり寝たかったのになぁ……。
 目の前で、何度も見たいつもの流れが始まる。路地を必死に走る誰か。ゴミ箱や、段ボール箱に引っ掛かりながらも、それらを気にせず、走るのは止めない。
 やがて、何かから逃げようとしていたその人物は、突然歩みを止める。
 すると、目の前に広がる暗闇の中から、誰かが現れた。これも何度見た光景だろうか?
 それに驚いたのか、急いで振り返って走ろうとするが、その場で尻餅をつく。ここから先も全く同じだ。
 慌てた様子で、背後の暗闇の中から現れた誰かに向き直って、何かを叫ぶが、その言葉は相手に届かない。
 もう今日は疲れた……。こんな馬鹿げた夢さっさと終わってくれ。
 どうせこの後も、その誰かが、ちゃんと聞き取れない何かを呟いていつものように終わるのだ。

「……私……綺麗……?」

(えっ……?)

「……ねぇ? 私……綺麗……?」

(何だこれ? いつも見てるのと何か違う! どうなってるんだ? それに何だか、視界がいつもよりハッキリしているような?)

「……ねぇ?」

(ぐっ! 首が……)

 気付くと、暗闇の中から現れた誰か……いや、今ならハッキリ見える。女だ! その女が俺の……違う! さっきまで走って逃げていた

(どんどん苦しくなってくる。何なんだよこれ……それに、視界もおかしい)

 いつの間にか、俺は女を見下ろすような位置にいた。視界には、首元に伸びる女の左腕が見えている。これじゃ……これじゃ、まるで……。みたいじゃないか……。
 そんな事を考えている間にも、どんどん息が苦しくなってくる。首にはとんでもない力が掛けられている。それなのに意識を失う事もない。
 何故? そう思った瞬間、俺は感覚的に理解した。首を絞められていた誰かは、
 俺はその人の視点で、その後の景色を見ているだけだ。やがて女は、俺を持ち上げたまま、右手に持っていた包丁で、俺の顔を軽く切った。

(痛い! それに、苦しい……)

 一度、二度、軽くだったものが、徐々に強さを増していく。三度、四度、五度……。

(痛い! やめろ!)

 俺には、まるで自分の顔を傷付けられたような痛みが走っている。それでも、女の手はまだ止まらない。

(やめろ! やめてくれ!)

 顔をズタズタにされる感覚。六度、七度、八度……。

(もうやめろ……)

 九……。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」

 ベッドから飛び起きる。汗だくになりながら、辺りを確認するが、そこにはあの暗い路地裏も、恐ろしい女も見当たらなかった。

「……はぁ……はぁ…………はぁ……」

 呼吸を整えようとするが、中々上手くいかない。あんな強烈な痛みは初めてだった。首と顔に手で触れてみるが、異常はないようだ。やっぱり夢…………いや、違う。きっと、あれは……。
「南ちゃん大丈夫!!」
 考えを纏める前に母ちゃんが勢いよく扉を開け、いや、開けたというか蹴破ってたような? まぁ、とりあえず部屋に入ってくる。その手には、よく見るとバッドらしき物が握られていた。
「怖い夢でも見た?」
「俺は幼児かっ!! いや、近い状況ではあるけど……」
 母ちゃんの言うことも、あながち間違いとは言えないが、俺はその時、既に確信していた。
 今、見ていたのは……。
「南ちゃん、目! 目!」
「えっ? 何だ?」
 母ちゃんの手には、いつの間にかバッドの代わりに小さな手鏡が握られていた。そこに映る自分の顔を見る。そこには……。

 、俺が映っていた。
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