冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

怪奇図書「山の上の化け物」其ノ壱

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 最初にこれだけは記載しておこうと思う。まず、これを怪奇図書として扱うつもりはあるが、私が能力を使って見たものではない。
 これより先に書かれている事は、私が現地に赴き、自分の目で直接見て、体験した事を綴ったものだ。
 従って、能力を使用し、見たものや感じたものを出来る限り率直に書く怪奇図書と違い、個人の主観が多分に含まれることをご留意頂きたい。
 どうしてこの話を怪奇図書として遺そうと思ったのか…………それは最後に纏めるとして、まずは物語の始まりから……。

 そう。あれは、怪奇図書館で、ある2冊の怪奇図書を見つけた事から始まった……。




「ここか……。いや、本当にここなのか?」
 8月、私はロンドンのある場所に来ていた。山の麓にある小さな町だ。目的はこの素敵な町……ではなく、山の方だった。
 怪奇図書を開き、内容を確認する。記載されている内容と、町の名前が書かれた看板を見比べる。うん……。やはり、ここで間違いないだろう。
「しかし、私も思い切った事をしたな」
 町からでも望める山頂を眺めながら、思い出す。始まりは2冊……いや、実際は3冊と言うべきか……。とにかく、その3冊の怪奇図書を見つけた所から始まった。
 1冊目は、ここから近くの大きな街で起きた、怪奇絡みのある事件が書かれた物だった。それを解決する為に、私はロンドンまでやって来たのだが、日本を出国する際に、過去に見つけていた残り2冊の内容を思い出し、一緒に持ってくる事にしたのだ。
 事件の方は、町の警察や、たまたまそこを訪れていた吸血鬼の力を借りて、何とか解決する事は出来た。なので、せっかくなら日本に戻る前に、残り2冊の怪奇図書の内容を確かめに、ここまでやって来る事にしたのだった。

「おや? こんな所に旅行客とは珍しいねぇ」

 町の看板前で立ち止まる私を見て、カゴを持ったご婦人が声を掛けてくる。
「初めまして、ご婦人。少しお聞きしたい事があるのですが、構わないですか?」
「あらあら、ご婦人だなんて、恥ずかしい。でも、ここの名産品といったらお酒ぐらいしかないよ?」
 彼女の表情を見る限り、自分が変なことを言っていないようで安心する。まぁ、前の町でしっかりと話せていたのだから、問題ない筈だが、以前に英語で喋ったのは何年も昔の話だ。ちゃんと、通じているのか、改めて不安になってもおかしくはないだろう……。
「おぉ、それは大変嬉しい知らせだ。しかし、観光名所や名物を知りたい訳ではないのです。聞きたいのはあそこの山の話で……」
 山を指で直接差しながら、聞いてみる。
「えっ!? あそこは、ここ以上に何もないよ。あるのは、この町の町長のお屋敷くらいで……。あっ! もしかして町長の知り合いの方?」
「いえ、そういう訳では。ただ綺麗な山なので、少し登ってみようかと」
 勿論、目的は別にあった。
「一応、屋敷までの道はかなり整備されてたはずだけど、それ以外は、殆ど手付かずらしいから、あまりお勧めは出来ないねぇ……」
「わざわざ教えて頂いて感謝します。少しの間ですが、こんなに素敵なご婦人と会話出来ただけでも、ここに来た甲斐がありました」
「あら~、ほんとにあなたお上手ね! あっ、そうだ! これ、持ってきなさい」
 私の肩をバンバン叩きながら、彼女は持っていたカゴの中から、クッキーの入った袋をいくつか取り出して、手渡してくれる。焼き立てなのだろうか、ほんのりと温かく、甘く優しい匂いが漂って来た。
「これは……。ありがとうございます。でも、こんなに貰ってもいいんですか?」
「いいんだよ。全部うちの売り物だしね。ほら、もし気に入ったら帰りにでも、またここに寄っとくれ」
 店の名前と場所が書かれた紙を受け取り、胸ポケットにしまっていると、ご婦人が私の耳元に近付いて、囁いてきた。
「ここだけの話ね。悪い噂が立つかもしれないから、外から来た人には、普段は内緒にしてるんだけど……」
「はい」
「あの山、らしいのよ」
「化け物?」
「ええ。私は見たことないんだけどね。この町で見たって人が、昔から……それこそ何十人もいるのよ。だから、この町では、夜間はあの山に近付くのも、昔から禁止されてるのよ」
「それは……」
「だから、あなたもあの山に行くつもりなら気を付けなさいね? それじゃ、私は仕事があるから」
「はい。楽しい時間をありがとうございました」
 彼女はそう言った後、私に手を振りながら去っていった。
 あぁ~、これは凄くいい匂いだ。手に持った袋から甘い匂いが漂ってくる。せっかく焼き立てなんだ、1個くらい食べよう……。早速貰ったクッキーの袋を開け、1つ食べてみる。うん。これは、芳ばしくて甘い。何も入っていないシンプルな物だが、手が止まらなくなる。
 気付けば余りの美味しさに、昼食前にも関わらず一袋を食べきっていた。貰った残りの2つはまた食べよう。地面に下ろした鞄にクッキーを仕舞いながら、思案する。
 最初は本当にここかと疑っていたが、ご婦人の話を聞いた限り、どうやらここで間違いないようだ。鞄を背負い直して立ち上がる。
 目標はあの山………………の前にご飯食べるか! 多分、クッキー一袋だけじゃ、これから身が持たないだろう。



「いや~食べた、食べた!」
 お腹を手でさすりながら、舗装された山道をどんどん進んでいく。
 前の街でも食べたが、あのフィッシュアンドチップスってのは美味しすぎる。サクサクの衣をかじると、ホクホクの白身フライが口一杯に広がって…………あーーーっ、思い出すだけで最高! ポテトも良かった。
 食べてる内にフライ、ポテト、フライ、ポテトの終わらないループに囚われるかと、本気で思ったぐらいだ。
「だが……」
 夏とは思えない過ごしやすい暑さを肌で感じながら、辺りを見回す。真っ直ぐに続く舗装された山道と、それを挟むように続く、青々と茂る木や草花たち……。
 ここにいるのは確かだとしても、問題は何処にいるかだ。闇雲に探しても見付かるとは到底思えない。となると、向かう場所は1つしかない……。
 舗装された道の先を見据える。山にあるという町長の屋敷。町の住人に、夜間にここへ近付くのを禁止している以上、町長は何かを知っているに違いない。
 こちらに余り長く滞在している訳にもいかない。日本で、解決されていない沢山の怪奇図書が私を待っている。そう思った――――瞬間だった。

 チリン……。

 と大きな鈴の音が辺りに響く。
 ! 懐から、大きな音が鳴った鈴を取り出す。急いで、赤い紐に繋がれたそれを、前方に真っ直ぐ伸ばした左手の小指に結び付けて、ぶら下げる。
「どこだ?」
 左手の小指から、赤い紐で結ばれ、ぶら下がっている鈴は綺麗な銀色だった。それを右の手のひらで包み、その場でぐるりと体ごと色々な方向に向き直る。すると、ある一方向で手のひらの鈴が熱を持った。舗装された道から大きく外れた、鬱蒼とした森の中だ。
「こっちか!」
 そちらに向けて全力で走る。森に入った瞬間、辺りにあった草や、木、土の匂いが一層濃くなる。
 方向さえ分かれば、後は問題ない。木々を避けて進みながら、左手の小指に鈴を結び付けた状態のまま、右の手のひらから、左の手のひらに鈴を握り締め直す。その間も走るのは止めずに、右手だけでポケットの中にある破魔の指輪を右手の人差し指に付けた。気付けば、手元の鈴は、冬に持ち歩く使い捨てのカイロよりも熱くなっている。この温度なら、もう視認出来る距離の筈だ。
「…………あれか!」
 左手から鈴を外し、ポケットからもう1つの破魔の指輪を取り出して、左手の人差し指に付け、目の前に見えたそれへと、一気に距離を詰める。
 木と木の間、そこにルージュの薔薇が咲いていた。その花の全長は、私の足から腹くらいまでの高さがある。
 それだけなら、手入れされず、自然に生えてる薔薇としておかしくはないが、その茎はペットボトルくらいの太さがあり、その表面に大きな針のような棘が、そこかしこから生えていた。
 地面に見える根は纏まって足のように蠢き、葉っぱは、まるで人が拳を握ったり開いたりするように動いている。
 花びらも、普通の薔薇より何倍も大きく、ただの花に見えたそれの中心は口のようになっていて、その中にギザギザの鋭い無数の歯が煌めいていた。
「違ったか……」
 その場で足を止め、薔薇の様子を見守る。私が探していた目的の人物ではなかったが、見付けた以上はどうするか考えなくては……。
「普通の花に憑いたのか……もしくは元々共存してこういう形で今まで生きてきたか、一目で判断はつかないな……」
 辺りを見回すと、その薔薇は1匹だけではなかった。同じような見た目の物が、目に入るだけでも合わせて3匹はいる。
「見境なく襲って来る訳でもないなら、元来た道まで戻るか」

 そう言って踵を返そうとした――その時だった……。

「……ギギギ!」
「鳴いた!?」
 正面から、鳴き声を上げた薔薇の1匹が、花の中心にある鋭い歯で襲ってくる。
「遅い!!」
 一歩後ろに下がり、下からその花を蹴り上げる。靴に刻まれた破魔の術が発動して、襲ってきた1匹は、その場で形も残さず霧散した。
「例え共存していても、こうやって人を襲うなら……」
 残り2匹に視線を移す。ちょうど1匹は森の中に逃げ、もう1匹は先ほどの薔薇のように飛び掛かってきていた。私はその場で動かず、ギザギザの歯が生えた口を目掛けて、拳を勢いよく突っ込む。その鋭い歯で痛みを感じる前に、花は内側から爆散した。
「もう1匹も急いで追わないと」
 左手の小指に鈴をまた結び付ける。破魔の指輪で簡単に祓える以上、そこまで強くはないが、それでも、人を直ぐに襲う存在を野放しには出来ない。
 左手で握った鈴は、使い捨てカイロくらい熱さだった。まだ近くにいるのは間違いない。1匹が逃げたであろう、茂みの中に入っていく。すると……。
「きゃあ!!」
「悲鳴?」
 進行方向から、小さい女の子のような声が聞こえてくる。これは、まずい! 早く見付けないと……。
 走る速度を上げて、森の中を突き進む。手元の鈴は、直ぐに先ほどと同じ熱さになっていた。
 間もなくして、開けた場所に辿り着く。そこには、が尻餅をついていた。悲鳴の主はあの子か? いや、それよりも……。
 女の子を見下ろすように、先ほどの見た目と似た薔薇が佇んでいた。だが、
「さっき逃げたのとは別の個体か……」
「来ないで化け物!!」
 女の子は薔薇に向かって叫んでいる。そうなるのも無理はない。私ですら、あそこまで大きな怪奇は中々見ない。ましてや、あんな小さな子からすれば、尚更あれは怖いだろう。
「いや、考えてる場合じゃない、早く助けないと!」
 急いで薔薇の化け物と、女の子の間に割って入ろうとした所で、ある事に気付く。
「えっ……?」
 彼女は自分を見下ろす化け物に叫んでいた訳じゃなかった。
「来ないでよ! この化け物!」
 叫ぶ女の子の目線は薔薇にではなく、そこから少しずれた別の方向に向いている。その視線の先には……。

 
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