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第一章「最初の一冊」
怪奇図書「山の上の化け物」其ノ参
しおりを挟む町長の屋敷、その二階の窓から大きな庭全体を眺める。
そこには洗濯物を干すメイド達がいた。彼女達は年齢こそまちまちだったが、皆金髪で同じメイド服を着ている。その中に先ほど助けた少女も見えるがとりあえずは元気そうで安心した。
私たちを助けてくれた白髪の幼い女の子が目の前から立ち去った後、私はメイド服の少女を連れ、山の上にある町長の屋敷までやって来ていた。
何故なら、白髪のあの子に蹴り飛ばされた筈の巨大な薔薇の怪奇も、いつの間にかあの場から姿を消していたからだ。また襲われる可能性があるのを放って置くわけにはいかなかった。
そしてメイドの少女と共に歓迎された私は、町長に話が聞きたいからと2階の応接室まで通され、今に至る。
メイドの少女を連れ、ここに来るまで私にはずっと引っ掛かっている事があった。それは白髪の少女と小さなメイドのやり取りだ。
「あれはどういう事ですか?」
「……あれ? あぁ、あれは父の趣味でして……」
庭のメイドを眺めていた私を見て勘違いしたのだろう。求めていた物とは違う返答に、改めて問いをし直す。
「山の中で出会った白髪のあの子の話です」
「白髪? あぁ、なるほど。あの化け物の話ですか」
「私がここまで連れてきたあの小さなメイドも同じ呼び方をしていました」
「何かおかしな所が? 化け物は化け物でしょう?」
紅茶の入ったグラスを傾けながら、心底不思議そうな顔をする彼を見て、ほんの少しの苛立ちを覚える。
「あの子は薔薇の怪奇から私たちを守ってくれた様に見えました」
彼女の真意までは分からないが、そんな呼ばれ方をするような事をしたとは私には到底思えなかった……。
「それは気のせいです」
町長は何を馬鹿な事をと言わんばかりの表情で言葉を続ける。
「薔薇の化け物も元々この辺りではごく稀に遭遇する程度でした。しかし、ここ数日何度もあの薔薇が人間の前に出没しているんですよ。きっとあの白髪の化け物が何かしたからに違いない」
「どうしてそこまであの子を目の敵に? あなたは彼女に何かされたんですか?」
「いえ、何も」
「えっ…………は?」
今、自分の顔を鏡に映したら、間違いなくきょとんとしている事だろう。
「あの化け物がこの山に来たのは、私の祖父が町長を務めている時でした」
町長は腕を組みながら、まるで辛い話をするかのようにうんうんっ……と唸りながら喋り続けている。
「その時はあの化け物だけではなく、あれの父親だという男も一緒にいたのですが、そいつが当時、流行り病に苦しんでいた祖父を助けたとか何とか」
1人で延々と話を続ける町長は、私の顔を少しも見ていない。
「それから今まで、祖父がこの山にお礼として用意した小屋に住んでいたようですが、その話を父から聞いた時から私は気に入らなかったんですよ。あくまで恩があるのは祖父で、今やその祖父を助けたという化け物の父親もいない」
町長は余程鬱憤が溜まっていたのか、せきを切ったように1人で喋り続けている。彼は、まるで演説でもしているかの様に熱く語りながら片手を上げ、こちらを見た。
「そんな中、あんな不気味な存在を自分の土地に置いておきたいと思いますか?」
「………………」
あきれて言葉が出てこない。結局、目の前にいるこの人物はあの子に直接何かをされた訳でもなかった。ただただ自分が気に入らないというだけなのだ。
憤るという言葉は、今この瞬間の為にあるのでは? と錯覚するような激しい感情が心の中で溢れそうになる。
(恐らく小さなメイドの反応も……)
そう町長に教わったからこその、あの対応だったのだろう。きっとこの屋敷に住んでいる全員が……。
石を投げようとしたメイドを止めた時に、あの子が驚いていた理由が分かった気がした。
(まぁ、分かった所で、何一つスッキリしないのが笑えないな)
「ですが……」
「?」
「私は、自分への恩は絶対に忘れません。うちのメイドを助けてくれたお礼はしっかりさせて頂きますよ」
先ほどまでの険しい表情とは打って変わって、満面の笑みを浮かべた町長は続ける。
「見たところ旅行の方ですよね? それなら町で泊まるよりこちらで過ごされては? 豪勢な食事をご馳走しますよ」
正直な所、今すぐにでもこの場を立ち去りたい気持ちだったが、本来ここには人を探すために来たのだ。渋々ではあるが、町長の提案を受け入れる事にした。
(結局殆ど残してしまったな)
どれも美味しそう料理ばかりだったが、先ほどまでの町長とのやり取りが頭の中で何度も思い出されてしまい、料理に手を付ける気にはとてもなれなかった。
(作ってくれた方には本当に申し訳ない)
客室の窓から外を眺める。夕御飯をご馳走になっている間に、外はいつの間にか暗くなっていた。
山の上にあるお屋敷から見える綺麗な月……。普段ならそれだけでも酒の肴になりそうな物だが、今日は違う。
(この屋敷は…………いや、この山全体が歪んで見える)
山に住む強い力を持った白髪の幼い女の子。それを嫌う町長やメイド。そして日の中でも平気で人を襲う怪奇達……。
ついこの間も経験した、人智を越えた何かとはまた違う大きな歪みだ。
(まさか人を探しに来て、別の問題にぶつかるとは)
とりあえず今日は寝て、また明日考えるしかない。出来ることは少ないが、この状況を放置するわけにも……。
チリン……。
「……っ!?」
どうやら寝てる場合ではなくなったらしい。
「君は」
「…………」
怪奇の存在を知らせる鈴が導いた先には、白髪のあの子がいた。
彼女は木々に隠れながら屋敷全体を見ているようだ。
「君はこんな所で何をしているんだい?」
「…………見てる」
「何を?」
質問に答えてくれた事に驚いて、声が若干上擦る。
「…………最近遠くで大きな力消えた」
「大きな力?」
「…………それからここ騒がしくなった」
そう続けながらも、彼女の目線は常に屋敷に向けられている。
「…………だからここでいつも見てる」
たどたどしい所はあるが、女の子は説明してくれた。あの時は逃げたが、どうやら他の人間と関わりたくない訳ではないようだ。
正直、大きな力に関しては思い当たる事があった。要するにそれが消えたせいで、この山の怪奇達が人を襲うようになったと……。じゃあ彼女が今しているのは。
「君は、彼らがまた薔薇の怪奇に襲われないようにここで見張ってるんだね?」
「…………そう」
直ぐにでもこの台詞をあの町長に聞かしてやりたい所だが、今はこの優しい少女の話を聴きたかった。
(まずは……。そうだ! 自己紹介から)
基本的な事を忘れていた。仲良くなる為にも、初歩的な所からだ。
「初めまして……は違うな。こんばんは」
「…………」
「あの時は助けてくれてありがとう。私の名前は真道北斎。改めて、よろしく」
「…………」
「良ければ君の名前も教えてくれないかい?」
「…………カミラ」
「カミ……え? 今何と……」
もう一度彼女に問い掛けようとした――その時だった。
チリン……!
私の質問は、大きな鈴の音と屋敷から聞こえてきた悲鳴によって掻き消された。
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