陛下、あなたが寵愛しているその女はどうやら敵国のスパイのようです。

ましゅぺちーの

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自覚

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それから数日後。
王弟殿下に突然会えないかと言われた。


(本当はダメだけれど……)


王弟殿下がわざわざこんな風に言ってくるということは、何か私にしか言えない重要な話があるという意味なのだろう。
そのため、私に断るという選択肢は無かった。
それを除いても、長らく顔を見ていない王弟殿下に会いたいと思っていた自分がいた。
このときはまだ、その気持ちに気付くことは無かったが。


「――外出の準備をしてちょうだい」
「は、はい……王妃陛下……」


陛下に知られるとまずいので、彼とは王宮の外で会うことになっている。
孤児院の視察と嘘をついて外に出た私は、殿下に指定された場所へと向かった。


ローブを深くかぶっている今の私は、とてもじゃないが王妃には見えなかった。


しばらくして、待ち合わせの場所に到着した。
彼が指定したのは王都の隅にあるカフェテリアの一室だった。


(あれ、ここって……)


忘れられるはずが無い。
ここは彼と私がまだ幼かった頃に二人で訪れた場所だった。


第二王子と公爵令嬢。
お互いに気軽に外出など出来る立場では無い私たちが、初めて二人で行った場所。


もしかして、彼はそれを覚えていてここを指定したのだろうか。


「失礼します……アルバート様?」
「……カテリーナ、よく来たね」


中に入ると、王弟殿下がいた。
身分を隠して来ているので、殿下という敬称は禁句だった。


彼はいつものように優しい笑みを携えて座っている。
それを見ただけで心臓が破裂しそうなほどにドキドキした。


しかし、今の私たちには久々に会えたという喜びに浸っている時間など無い。
片付けなければならない問題が山積みだった。


「座ってくれ、カテリーナ」
「はい、アルバート様」


王弟殿下の向かいに座った私は、用意されていたお茶を一口飲んだ。


「ここは私の行きつけでね、今日は貸し切りにしてもらっているから好きに話していい」
「あ……はい……」


まさかこの場所が王弟殿下の行きつけだったとは知らなかった。


(その理由は……まさか……)


くだらないことを考えそうになって慌てて首を横に振った。


「カテリーナ、君が言ってた件についてだが……」
「はい……」
「グレンから聞いたよ、よく真相に辿り着いたね」
「ただの勘です……確証はありませんでした」
「そんな風に自分を卑下しなくていいんだ、君は優秀な人材なんだから」


(優秀な人材……か)


そんなの言われたことが無い。
夫である陛下は私を褒めてくれたことなど一度も無かったから。
むしろ「地味で陰気臭い女だ」といつも言われていた。
事実だと思っていたので、別に否定もしなかったが。


「ありがとうございます、アルバート様」
「いや、ただ本当のことを言っているだけだ」


王弟殿下はそう言いながら少しだけ悲しそうな顔をした。
私が陛下に王宮でどのような扱いを受けているのか、もしかしたら彼も知っているのかもしれない。


「……アルバート様は今回の件を聞いてどのような判断を下したのですか?」


私が尋ねると、彼はハッとなって口を開いた。


「カテリーナ、三日後に王宮で舞踏会が開かれるのは知っているね?」
「はい、もちろんです」
「私はそこで、兄上と愛妾の罪を全て明らかにするつもりだ」
「舞踏会で……」


たしかに、舞踏会という貴族たちの目がある場ならいくら陛下でも言い逃れは出来ない。
今回のことを出されたら彼は確実に廃位になるだろう。
そして、彼を断罪した王弟殿下は誰もが認める次期国王となるわけだ。


(なるほど、たしかに良い案だわ)


「死人が出ている以上、これ以上はダメだ」
「はい……」
「あの愛妾はもしかすると、残っている二人にも……そして君にも手を出すかもしれない」
「そうですね、断罪するのは早い方が良いでしょう」
「ああ、そうだ」
「……」


彼の真剣な表情を見た私は、ふとあることが引っ掛かった。
殿下は何故私をここへ呼んだのか。


今の話が目的ならいつものようにグレンお兄様に言えばいいだけのことだ。
そのことがどうしても気になった私は、殿下に尋ねた。


「アルバート様……どうして私をここへ呼んだのですか?」
「……」


それを聞いた王弟殿下は椅子から立ち上がって、私の傍まで歩いてきた。


「カテリーナ、よく聞いてくれ」
「殿下……?」
「私は今からすぐに行かなければならない場所がある」
「えっ……」


(行かなきゃいけない場所……?ということは舞踏会には参加できないのかしら……?)


その言葉に、途端に不安感が押し寄せてきた。


しかしそんな私の気持ちを読んだのか、王弟殿下がギュッと手を握った。


「カテリーナ、心配しないでくれ」
「……」


そう言いながら殿下はゆっくりと私の前で跪いた。
私に求婚をした、あのときと同じ揺るぎない眼差し。


「――必ず、帰ってくるから」
「……!」


その瞬間、一度は静かだった胸が再びトクンと高鳴った。


「無事に戻ったら、もう一度君にプロポーズをさせてくれ」
「殿下……」


真摯な彼の言葉に、思わず涙が出そうになった。
そして、そのときになって私はようやく自分の気持ちに気が付いた。


あぁ、私――


――彼のことが、好きなんだわ。


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