陛下、あなたが寵愛しているその女はどうやら敵国のスパイのようです。

ましゅぺちーの

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愚か者たちの末路

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「陛下……」
「……カテリーナ」


断罪劇から一週間が経った。
私は今、目を覚ました夫――ウィルフレッド陛下に会いに来ていた。
隣にはグレンお兄様と王弟殿下もいる。


ベッドに座る陛下の胸には痛々しく包帯が巻かれている。
そして彼は、虚ろな目をしていた。
以前のような私に対する敵意は感じられないが、まるで全てを失った人間のように呆然としていた。


「体調はいかがですか」
「……良くはないな」


陛下はぷいっと顔を背けた。
それはまるで、今自分が置かれている現実から目を背けたいと言っているようだった。


「陛下、クリスティーナ様は地下牢に入れてあります」
「そうか」
「随分平然としていらっしゃるのですね。あれほど愛していらっしゃいましたのに」


私の言葉に、陛下は悔しそうにグッと唇を噛んだ。


「……あの女は、私を騙し、最後には私を殺そうとした」


どうやら刺される直前の記憶はあったようだ。
スパイを王宮に招き入れた陛下に同情の余地はないが、刺されたことに関しては少し可哀相だなと思う。


そこで王弟殿下が前に出た。


「兄上、あの女は処刑しますがよろしいですか?」
「……好きにすればいい」
「それと、王位を私に譲ってもらいます」
「……何だと?」


陛下はその言葉に不愉快だとでも言わんばかりに顔をしかめた。
愛する人も周囲からの信頼も全てを失った彼だったが、王位まで失うことになるとは思っていなかったようだ。


「あれほど愚かな姿を曝しておいてまだその座に座り続けるおつもりですか?」
「……」
「ハッキリ言いますが兄上、今貴族たちの貴方に対する評判は最悪です」
「……」


陛下はしばらくの間黙り込んでいたが、諦めたかのように俯いて言った。


「……分かった。王位をお前に譲ろう」
「賢明な判断です」


(これが正しいんだわ)


本当ならばウィルフレッド陛下ではなくアルバート殿下が王になるはずだった。


「貴方には離宮に移ってもらいます、兄上。二度と社交界には出られないと思ってください」
「……」
「それと、二度と女遊びも出来なくなるでしょう」
「……別にかまわない。女はもうこりごりだ」


陛下はクリスティーナ様の件がかなりトラウマになっているらしい。
あれほど愛していたのに、裏切られた上に刺されたのだから無理はない。


「それでは私たちは失礼します。カテリーナ、行こうか」
「はい、殿下」


それから私と殿下、お兄様は陛下の部屋を後にした。


「私は一体……どこで間違えてしまったんだ……」


部屋から出る途中で、陛下のそんな呟きが耳に入ったが無視した。







次に私たちが向かったのは王宮にある地下牢だった。
ここには罪人が投獄されている。


私がここに来た目的はただ一つ。


「……クリスティーナ」
「……」


私の声で、彼女は顔を上げた。


(少しやつれたかしら?)


私は牢の中にいるクリスティーナにハッキリと告げた。


「貴方は死刑になるでしょう」
「……かまわないわ」
「死を覚悟していたのね」
「ええ、あの王に近付いたときからいつだって死ぬ覚悟は出来ていた。王を殺し、国を滅茶苦茶にした後は私も死ぬつもりだったもの」


自分の命を失ってでも、この国を滅ぼしたかったのか。
それほどまでに、復讐したかったのか。


彼女の物凄い執念を感じた。
しかし私が今聞きたいのはそれではない。


「一つ聞きたいことがあったの」
「何よ」
「どうして貴方は、私を標的にしなかったの?」
「……」


そう、私はずっとそのことが気に掛かっていた。
クリスティーナは最初に私に言っていた。
「私の邪魔はするな」と。
側妃や愛妾たちはことごとく酷い目に遭わせたのに、何故私にだけはそのようなことを言ったのか。
何故、私だけは攻撃しなかったのか。


私がアンナ様の前に立ちはだかったときも、彼女は何故か私を殺すことをためらっているようだった。
私の問いに、彼女は俯いてフッと笑った。


「……どうしても、出来なかったのよ」
「……え?」


そこでクリスティーナは顔を上げた。


「最初はもちろんあの男の正妃である貴方も殺すつもりだったわよ。だけど、出来なかった」
「どういうことかしら?」
「貴方が……ヒルデガルド様と同じ立場だったから……」
「……!」


そこで私は全てを理解した。
もしかすると、彼女は私の姿を先代の王妃陛下と重ねていたのかもしれない。
夫に相手にされない、惨めな王妃。
私と彼女の共通点だった。


(だから私を……攻撃出来なかったというの?)


「だから貴方だけは……罪を犯させて殺すんじゃなくて、あの男と離婚させるだけにするつもりだった」
「……」


クリスティーナなりの気遣いなのだろうか。
彼女にそのような優しさが残っていたとは意外だ。


(根っからの悪ではないのかもね……)


しかし、そうだったところでクリスティーナの死刑は変わらない。
彼女はそれほどの罪を犯したから。


「貴方のことを忘れないでおくわ」
「ハッ……何のつもりかしら」


クリスティーナは私のその言葉を理解不能だとでも言わんばかりに嘲笑してみせた。
私はそんな彼女に不敵な笑みを返して地下牢を後にした。


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