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一章
閑話 公爵令嬢が死んだ後④―マリア編―
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その日、私は父である男爵に連れられて王宮の舞踏会に来ていた。
(ここが王宮……!何て綺麗な場所なの……!)
私の生家であるヘレイス男爵家は三人家族だ。
母は体が弱く、女児が一人しか生まれなかったそうだが私はそれに不満を感じたことは一度も無い。
父と母はとても優しい人で、私に惜しみない愛情を注いでくれたから。
低位貴族ではあったものの、平凡に、そして幸せに暮らしていた。
「マリア、今日の舞踏会は貴族令嬢が自分を王太子殿下にアピールする場なんだ。だけど私たちはお前に幸せになってほしい。無理に王太子殿下に関わろうとしなくてもいいからね」
「お父様、王太子殿下には既に婚約者の方がいらっしゃるでしょう?それなのに自分をアピールするの?」
「それはそうだが……王妃にはなれずとも、側妃になって王太子殿下の寵愛を受け、王子を産むことが出来れば次期国王の母親になれるかもしれないからな。みんなそれを狙っているんだ」
私は父のその言葉を疑問に思った。
結婚は愛する人とするものではないのか。
実際に私の父と母も心から愛し合っている。
いくら権力を得られるからって、好きでもない人と結婚するだなんて私には到底理解出来ないことだった。
「それと……言いにくいことだが……王太子殿下と婚約者のフルール公爵令嬢は仲が悪いらしい。王太子殿下が公爵令嬢を一方的に嫌っているようで……」
(……王太子殿下が婚約者の公爵令嬢を嫌ってる?)
もしかすると、婚約者の公爵令嬢は性格がとんでもなく悪いのだろうか。
そんな人に挨拶しなければいけないだなんて憂鬱だ。
私はそんなことを思いながらも会場でじっとしていた。
***
――「グレイフォード・オルレリアン王太子殿下とセシリア・フルール公爵令嬢です!!!」
そしてついに、お父様が言っていた二人が入場してきた。
私は王太子ともその婚約者である公爵令嬢とも会ったことはない。
(一体どんな人なんだろう……?)
二人が登場した瞬間、令嬢たちの歓声が聞こえた。
グレイフォード王太子殿下は令嬢たちにかなり人気らしい。
お茶会で彼を褒め称える言葉がいくつも聞こえてきたから、それだけは知っていた。
「王太子殿下よ!」
「何て素敵なの……!」
「……」
そして私も一瞬にして目を奪われた。
王太子殿下ではなく、隣にいる婚約者である公爵令嬢に。
腰まで伸びた金髪は緩やかなウェーブがかかっていて、翡翠色の大きな瞳がとても美しかった。
(こんなに美しい人が存在するんだ……)
初めて公爵令嬢を見たときの感想はそれだった。
しかも容姿だけではない。
彼女は所作も洗練されていて、まさに完璧超人だった。
私は淑女教育だけでも精一杯だったというのに。
(私もあんな人になれたらな……)
この日からだった。
セシリア・フルール公爵令嬢が気になり始めたのは。
***
父と一緒に王太子殿下への挨拶を済ませた後、私はフルール公爵令嬢の元へと向かった。
どうしてもこの美しい人と話をしてみたかった。
本当に生きている人間なのかを確認したかった。
ホールで壁の花となっていた公爵令嬢に、私は思い切って声をかけた。
「あ、あの!」
「……?」
公爵令嬢はくるりとこちらを振り返った。
(あぁ、なんて綺麗な人……)
その美しい瞳に自分が映ることになるだなんて。
感激してしばらくの間固まってしまった。
彼女はそんな私を不思議そうに見つめていた。
「わ、私マリア・ヘレイスと申します!」
私はドキドキしながら公爵令嬢に挨拶をした。
すると、近くにいた人々がヒソヒソと話し始めた。
「あの子ありえないわ……身分の低い者から声をかけてはいけないということすら知らないのかしら……」
「ヘレイスって言ってたよな?ヘレイス男爵家の令嬢か?マナーがなっていないな」
「セシリア様は名門フルール公爵家の令嬢であり、王太子殿下の婚約者。男爵令嬢ごときが話しかけていい人間ではないのよ」
「……!」
やってしまったと思った。
元々私は勉強があまり好きではない。
淑女教育もやっとのことで終わらせたくらいである。
だからか、初歩的なことが頭から抜け落ちていたのだ。
(ま、まずい……)
もしかすると公爵令嬢も彼らのように気分を害したかもしれない。
私は男爵家で彼女は名門公爵家。
身分の差は歴然だった。
(どうしよう……怒られるかしら……?)
私は思わず俯いてしまった。
しかし、そんな私の予想とは裏腹に穏やかで優しい声が耳に入った。
「顔を上げてちょうだい」
「え……?」
私はその声に顔を上げた。
すると、目の前にいる公爵令嬢は私が不敬だったにもかかわらず優しく微笑んでいた。
「気にしないで、私はセシリア・フルールよ」
「……!」
そう言って優しく微笑んでくれる公爵令嬢に、私は憧れを抱いた。
***
その日から私は淑女教育をし直し、勉強を頑張り始めた。
少しでもあの人に近づきたい。
その一心で寝る間も惜しんで頑張り続けた。
それから私は舞踏会に行っては公爵令嬢――セシリア様を遠くから眺め続けた。
恐れ多くて話しかけることは出来なかったが、それだけでも十分だった。
そしてそんなときに出会ったのが、後に深く関わることとなるグレイフォード王太子殿下だった。
(ここが王宮……!何て綺麗な場所なの……!)
私の生家であるヘレイス男爵家は三人家族だ。
母は体が弱く、女児が一人しか生まれなかったそうだが私はそれに不満を感じたことは一度も無い。
父と母はとても優しい人で、私に惜しみない愛情を注いでくれたから。
低位貴族ではあったものの、平凡に、そして幸せに暮らしていた。
「マリア、今日の舞踏会は貴族令嬢が自分を王太子殿下にアピールする場なんだ。だけど私たちはお前に幸せになってほしい。無理に王太子殿下に関わろうとしなくてもいいからね」
「お父様、王太子殿下には既に婚約者の方がいらっしゃるでしょう?それなのに自分をアピールするの?」
「それはそうだが……王妃にはなれずとも、側妃になって王太子殿下の寵愛を受け、王子を産むことが出来れば次期国王の母親になれるかもしれないからな。みんなそれを狙っているんだ」
私は父のその言葉を疑問に思った。
結婚は愛する人とするものではないのか。
実際に私の父と母も心から愛し合っている。
いくら権力を得られるからって、好きでもない人と結婚するだなんて私には到底理解出来ないことだった。
「それと……言いにくいことだが……王太子殿下と婚約者のフルール公爵令嬢は仲が悪いらしい。王太子殿下が公爵令嬢を一方的に嫌っているようで……」
(……王太子殿下が婚約者の公爵令嬢を嫌ってる?)
もしかすると、婚約者の公爵令嬢は性格がとんでもなく悪いのだろうか。
そんな人に挨拶しなければいけないだなんて憂鬱だ。
私はそんなことを思いながらも会場でじっとしていた。
***
――「グレイフォード・オルレリアン王太子殿下とセシリア・フルール公爵令嬢です!!!」
そしてついに、お父様が言っていた二人が入場してきた。
私は王太子ともその婚約者である公爵令嬢とも会ったことはない。
(一体どんな人なんだろう……?)
二人が登場した瞬間、令嬢たちの歓声が聞こえた。
グレイフォード王太子殿下は令嬢たちにかなり人気らしい。
お茶会で彼を褒め称える言葉がいくつも聞こえてきたから、それだけは知っていた。
「王太子殿下よ!」
「何て素敵なの……!」
「……」
そして私も一瞬にして目を奪われた。
王太子殿下ではなく、隣にいる婚約者である公爵令嬢に。
腰まで伸びた金髪は緩やかなウェーブがかかっていて、翡翠色の大きな瞳がとても美しかった。
(こんなに美しい人が存在するんだ……)
初めて公爵令嬢を見たときの感想はそれだった。
しかも容姿だけではない。
彼女は所作も洗練されていて、まさに完璧超人だった。
私は淑女教育だけでも精一杯だったというのに。
(私もあんな人になれたらな……)
この日からだった。
セシリア・フルール公爵令嬢が気になり始めたのは。
***
父と一緒に王太子殿下への挨拶を済ませた後、私はフルール公爵令嬢の元へと向かった。
どうしてもこの美しい人と話をしてみたかった。
本当に生きている人間なのかを確認したかった。
ホールで壁の花となっていた公爵令嬢に、私は思い切って声をかけた。
「あ、あの!」
「……?」
公爵令嬢はくるりとこちらを振り返った。
(あぁ、なんて綺麗な人……)
その美しい瞳に自分が映ることになるだなんて。
感激してしばらくの間固まってしまった。
彼女はそんな私を不思議そうに見つめていた。
「わ、私マリア・ヘレイスと申します!」
私はドキドキしながら公爵令嬢に挨拶をした。
すると、近くにいた人々がヒソヒソと話し始めた。
「あの子ありえないわ……身分の低い者から声をかけてはいけないということすら知らないのかしら……」
「ヘレイスって言ってたよな?ヘレイス男爵家の令嬢か?マナーがなっていないな」
「セシリア様は名門フルール公爵家の令嬢であり、王太子殿下の婚約者。男爵令嬢ごときが話しかけていい人間ではないのよ」
「……!」
やってしまったと思った。
元々私は勉強があまり好きではない。
淑女教育もやっとのことで終わらせたくらいである。
だからか、初歩的なことが頭から抜け落ちていたのだ。
(ま、まずい……)
もしかすると公爵令嬢も彼らのように気分を害したかもしれない。
私は男爵家で彼女は名門公爵家。
身分の差は歴然だった。
(どうしよう……怒られるかしら……?)
私は思わず俯いてしまった。
しかし、そんな私の予想とは裏腹に穏やかで優しい声が耳に入った。
「顔を上げてちょうだい」
「え……?」
私はその声に顔を上げた。
すると、目の前にいる公爵令嬢は私が不敬だったにもかかわらず優しく微笑んでいた。
「気にしないで、私はセシリア・フルールよ」
「……!」
そう言って優しく微笑んでくれる公爵令嬢に、私は憧れを抱いた。
***
その日から私は淑女教育をし直し、勉強を頑張り始めた。
少しでもあの人に近づきたい。
その一心で寝る間も惜しんで頑張り続けた。
それから私は舞踏会に行っては公爵令嬢――セシリア様を遠くから眺め続けた。
恐れ多くて話しかけることは出来なかったが、それだけでも十分だった。
そしてそんなときに出会ったのが、後に深く関わることとなるグレイフォード王太子殿下だった。
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