他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます

ましゅぺちーの

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「ああ……セレシア……」
「……」


病床に伏している彼が、必死で女性の名前を呼んでいる。
その瞳には相変わらず、彼女は映っていない。


やっぱり、私は最後まで彼の目には映らないのか。
彼女はすべてを諦めたかのように呟いた。


彼が愛しているのは今も昔もただ一人。
昔からわかりきっていたことではないか。
何を今さら落ち込んでいるんだ。


「セレシア……君に会いたいよ……」
「旦那様……」


ベッドの傍にある机には彼女の肖像画が飾られている。
消えそうなほど小さい声で彼女の名を呼びながら、彼はその肖像画に手を伸ばした。


しかし届かない。
彼の身体はもうすでに限界だった。
数日前、医者からはもってあと三日と言われたばかりだった。


彼女はその日から一時も彼の傍を離れなかった。
一人では寂しいだろうし、もしかすると最後に一度だけでも自分を見てくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いてのことだった。


彼女は空中に浮いた弱々しい彼の手にそっと触れた。
腕を掴んでみて初めて、こんなにも細かっただろうかと、彼女は思った。


昔はあれほど体格が良かったのに、病気になってからはやせ細っていくばかりだった。


「気をたしかに、旦那様……」
「セレシア……」


彼の瞼が少しずつ閉じていく。
彼は最後の最後まで彼女のことしか頭にないようだ。


「セレシア、やっと君の元へ行ける……」
「おやすみなさい、旦那様……」


彼が彼女の名を呼びながら瞼を閉じた。
その瞬間、帝国の偉大なる公爵閣下が崩御したことを知らせる一報が国中に轟いた。


***



「……」


彼の葬儀の日、公爵令嬢フィオナ・セレナイトは喪服を身にまとい、葬儀場に立ち尽くしていた。


「令嬢、この度はお悔やみ申し上げます」
「……伯爵様」


フィオナは夫人と呼ばれるのが普通の年代だった。
しかし、彼女は未だに結婚していなかった。
彼女は二十年前にすでに女としての幸せを諦めていたからだ。


「令嬢がどれだけ閣下を想っていたかは知っています、それなのに閣下は……」
「そのようなことを言わないでください、こればっかりは仕方のないことですよ」
「令嬢……」
「少し風にあたってきます。閣下がお亡くなりになられた今、私はこれからのことを考えなければなりませんから」


フィオナは伯爵の前から立ち去り、バルコニーに出た。


(気付けば二十年が経っていたのね……)


二十年前から旦那様――アロイスと常に行動を共にしていたが、決して彼の妻という地位にいたわけではなかった。
彼は彼女以外は愛していなかったし、フィオナはただ彼の幼馴染だったというだけ。


実家の公爵家とは絶縁しているため、帰る場所もない。
四十過ぎたワケありの女に嫁げる貴族家など無いだろう。


(そうね、彼がいなくなった今、私が公爵家にいる理由もない。公爵位は彼の甥夫婦が継ぐだろうし)


フィオナはバルコニーから立ち去り、これからの生活の準備を始めた。



***



その後、僅かに残った資金で郊外に小さな家を買ったフィオナは、そこで一人暮らしを始めた。
いつもと違って彼がいないのは寂しかったけれど、そのおかげで彼女の心は楽になった。
もう二度と、彼と彼女のことで辛い思いをせずにすんだから。


彼が亡くなってから十年近くが経過した頃、フィオナは流行り病にかかって寝込むようになった。
身寄りもなく、看病してくれる人は誰もいない。
最後の最後まで誰からも顧みられることなく、彼女の生涯は静かに幕を閉じた。


満足のいく人生だっただろうか。


――分からない。
たとえ彼が自分を愛していなくとも、彼の傍にいられればそれでいいと思っていた。
しかし、本当は気持ちを返してもらえることを期待していたのではないだろうか。


今更後悔したところで既に遅すぎた。
二十年という歳月はもう戻ってはこない。


――そう思っていたのに。




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