貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの

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エイドリアン殿下①

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私とクリスがエイドリアン殿下の部屋へと足を踏み入れた。


部屋の中は驚くほど静かだった。


ベッドの上でうずくまっている一人の人物を発見した。


「エイドリアン殿下・・・!」


一瞬誰だか分からなかった。


艶があり、サラサラした金髪はボサボサになっていて、かつて美貌の王子様と呼ばれた姿は見る影もなかった。


まるで廃人のようだ。


私の声に気づいたのか、エイドリアン殿下は顔を上げた。


目の下のクマがひどく、顔色も悪い。


いつぶりだろう、こんな彼を見るのは。


幼少期、虐げられ全てに絶望していた彼と同じ目をしている。


「・・・笑いに来たのか。」


エイドリアン殿下が力なく言った。


「殿下・・・」


「ざまぁみろとでも思っているんだろう?王太子の地位も失い、最愛の人にも振られたんだ。」


エイドリアン殿下は自分を嘲笑うかのようにそう言った。


全てを諦めているかのようだ。






「僕は―生まれてきてはいけない子だった。」


エイドリアン殿下が俯いて弱々しい声で言った。


「・・・父上と母上の間に愛は一切なかった。いや、今思えば母上は父上を憎んでいたのかもしれないな。母上は生きている間僕を見てくれなかったから。昔は父上と母上は何故自分を愛してはくれないのだろうと思っていたが、母上が僕をどうしても愛せなかったのも、父上が僕に無関心だったのも、今では痛いほど理解できる。」


エイドリアン殿下の言葉に胸がズキズキと痛んだ。


「僕は何故自分が生まれてきたのかが分からなかった。弟のシャルルはいかにも王になるために生まれてきたかのような人間だった。優秀で、優れた血筋を持ち合わせ、僕では敵わない。シャルルも今回の件で僕にかなり失望しただろう。兄弟の縁を切られてしまうかもしれないな。」


「殿下・・・そんなこと・・・」


私が否定の言葉をエイドリアン殿下は遮った。


「エレン、君には分からないだろうな。そうだ、君は仲の良い両親から生まれ、愛されて育ったのだから。誰にも愛されることなく育った僕の気持ちなど分からなくて当然だろう。」


エイドリアン殿下はハッキリとそう言い、少しだけ顔を上げた。


その瞳はどこか悲しそうで、私まで泣きそうな気分になった。


たしかに私にはエイドリアン殿下の気持ちは分からない。


だけど一か所、エイドリアン殿下の発言で私にはどうしても許せないところがあった。


「・・・エイドリアン殿下。今の発言は撤回していただきたいですわ。」


私はエイドリアン殿下をじっと見据えて言った。


「・・・?今の発言?」


エイドリアン殿下は何を言っているのか分からないと言ったような顔をする。


「誰にも愛されることなく育った、というところです!!!」


私は声を荒げた。


「!?」


エイドリアン殿下は私の怒った姿は初めて見たのか怯んだ。


「な、なにをそんなに怒っているんだ?本当のことだろう!」


エイドリアン殿下も負けじと言い返す。


「その言い方はなんですの?まるで殿下が誰にも愛されていなかったみたいな言い方ですね!」


「だから、そうだと言っているだろう!」


私とエイドリアン殿下の口論は続く。


「少なくとも、私は婚約者候補だった時、殿下を愛していました!」


突然の愛の告白にエイドリアン殿下は固まった。


隣にいるクリスはしかめっ面をしている。


「殿下。あなたは私を大切にしてくれたけれど決して愛してはくれなかった。あなたにとって私は恋人ではなく信頼している仕事仲間のようだった。それでも良かった。あなたのそばにいられるのなら。それだけが私の願いだったから。だけどあなたは別の女性を選んだ。全てを捧げてあなたを愛した私ではなく。一方通行の恋がどれだけ辛くて苦しいかあなたは知らないでしょう。自分だけが不幸だったなんて思わないでください!!!」


私は気づけば涙を流していた。


エイドリアン殿下は先ほどからずっと目を見開いて固まったまま私を見つめている。


「殿下、あなたは確かに両親から愛を受け取れずに育ったかもしれません。ですがそれを《誰からも》と言うのは間違っていると思います。私は長い間あなたを愛していました。」


「エレン・・・。」


エイドリアン殿下が私の名前をそっと呟いた。


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