愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの

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51 お礼

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私に気が付くと、彼は木の上から私の立っていたバルコニーに着地した。
随分と動きが軽やかだ。


「ちょ、ちょっと!」


何故彼がここにいるのか。
まずはそれから説明してもらわないと理解が追い付かなさそうだ。


(ま、まさか王家の命令で私のことを調べてるの!?)


「ルーク、どうしてここに……」
「――忘れ物だ」


私が言い終わる前に、彼はローブの中から出した白いハンカチを私に手渡した。


「あ……」


それは私が幼い頃から大事にしている伯爵家の紋章の入ったハンカチだった。


(まさか私……あのとき落として……)


どうやらルークはそのハンカチを届けにわざわざここまで来てくれたようだった。


「あ、ありがとう……」


彼からハンカチを受け取った私は、そのことに驚きながらも礼を言った。
ルークは私が受け取るのを確認すると、返事をすることなくすぐにでもここを立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待って……!」
「……何だ?」


私はバルコニーから飛び降りようとしたルークを慌てて止めた。


「ここ、二階だけど……」


私の部屋は二階に位置している。
地面までの距離は六、七メートルはあるだろう。


(そんなところから飛び降りるだなんて、危なくないの……?)


それを不安に思った私は、咄嗟に彼を制止した。
彼の立場を考えると、たしかに正面からの出入りは難しいだろう。
しかしここまでしてもらったのに、怪我を負わせるわけにはいかない。


「問題ない。こういうのは慣れているからな」
「ほ、本当に……?」


それでもまだ不安げな表情をする私に、ルークは言った。


「平気だ。見てろよ」
「……?」


彼はそれだけ言うと、バルコニーから飛び降りた。
そして有言実行、上手に地面に着地してみせた。


「お、おぉ……!」


その光景を見ていた私は、つい感嘆の声を上げてしまった。
それから私は少しの間去って行く彼の後ろ姿を見ていた。


(私、ルークにしてもらってばっかりね……)


助けてもらった上に大事なものまで届けてくれて。
何だか彼に申し訳ない。


そんな思いを抱いていた私は、このときあることを思い付いた。


(そうだわ!)


私はバルコニーの手すりに乗り、傍に生えていた木に足を掛けた。
ドレスを着ていたため、多少は動きづらかったが出来ないほどではない。


そしてするすると木を伝って降り始めた。
私にとってこれくらいは朝飯前だ。
幼い頃からやってきたことだったから。


「ルーク!」
「……!?お前、何でここに」


庭を歩いていたルークは、すぐ後ろに立っていた私を見て目を見開いた。


(……正面の入り口から出て来たのかと思っているようね)


しかしそれは時間的に不可能なことだ。


「あそこの木を伝って下りて来たのよ」
「……」


ルークは驚きすぎて石のように固まっていた。
私は彼に話しかけた。


「ねぇルーク、いや、ルークさんって呼ぶべきかな……?」
「別に何だって良い」
「じゃあ、ルークで!ねぇルーク、私あなたに是非お礼がしたいの!」
「……お礼?」


”お礼”という言葉に彼は眉をひそめた。


「だから、今度一緒に食事にでも行きましょう!」
「……」
「私、美味しいお店を知っているのよ!もちろん私のおごりで」
「……冗談だろ?」


彼は信じられないものを見るかのような目で私を見た。


「もう!冗談なんて言うわけないでしょ!私は本気なんだから!」
「……」


いたって真剣であることを伝えると、彼は固まった。


(……もしかして、不快だったかしら?)


良かれと思って言ったことだったが、こういうのを嫌だと感じる人間も当然いるだろう。
慌てた私はすぐに付け加えた。


「あ、でも嫌なら無理にとは言わないわ!強要するつもりは無いから!私としては来てくれたらそれで嬉しいけど……」
「……」


ルークは黙ったままだった。
じっと何かを考え込んでいるように見える。
悩んでいるのだろうか。


「もし来てくれるなら、一週間後の十一時に王都の広場で落ち合いましょう!」
「お、おい……」


私は彼にそれだけ伝えて、正面の出入り口から伯爵邸へと入って行った。


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