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59 悪夢 ルーク視点
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『お母様……!お母様……!』
薄暗い部屋。
寂れた離宮にある一室で、俺は冷たくなった母の遺体に縋りついていた。
その体には、もう以前のような温もりは感じられない。
骨と皮だけが残った母の遺体。
母上はこんなにも痩せていたのか。
俺はそのときになって、初めてそのことを知った。
普段は体型が分かりづらい服を着ていたから、まるで気付かなかったのだ。
俺を優しい瞳で見つめながらゆっくりと目を閉じた母は、もう二度と動くことは無かった。
体を抱きかかえて必死で揺さぶるも、一向に反応は無い。
目からはとめどなく涙が溢れてくる。
この状況が分からないほど、俺は馬鹿では無かった。
母が亡くなってから数日後。
一時も母親の傍から離れなかった俺の元を、ある人物が訪ねて来た。
『……?』
突然部屋の扉が開き、何日も灯りのついていなかった部屋に光が差し込んだ。
誰だろうと思い、扉の方を見ると一人の男が立っていた。
後ろに数人の騎士たちを引き連れている。
(あれは……)
俺はその人物を知っていた。
知らないはずが無い。
だってその人は――
――俺の、実の父親だったから。
『……』
父親がこの宮に足を踏み入れるのは初めてかもしれない。
俺は宮殿にあった肖像画でしか実の父の姿を見たことが無かった。
父はカツカツと足音を立てて俺の傍まで来ると、母の遺体をじっと見下ろした。
俺のことは目に入っていないようだった。
『……死んだのか』
そして、無感な声と瞳でただそれだけ口にした。
母の死を何とも思っていないかのような言い方だった。
一時は愛し、体の関係を持った女のことなどどうだって良いのだろうか。
泣きじゃくる俺を前に、淡々と騎士たちに命令を下した。
『片付けておけ』
『はい、陛下』
『……!』
父の命で、背後に控えていた騎士たちが動き始めた。
(やめろ……!やめてくれ……!)
――母を連れて行かないでくれ。
そう思って手を伸ばすも、届くはずが無い。
何日も大声で泣き続けていたせいか喉は枯れ果て、声を出すことも出来なかった。
こうしている間にも、母の遺体は物のように処理されていく。
(嫌だ……!お母様……行かないで……!)
それが、俺が最後に見た母親の姿だった。
「……ハッ!」
そこで俺は目を覚ました。
随分と昔の夢を見ていたようだ。
今までに何度も見た悪夢だった。
「ハァ……ハァ……」
額には汗が滲んでいる。
(今は何時だ……?)
上半身だけを起こして辺りを見渡すと、見覚えの無い光景が目に入った。
(何だ……ここはどこだ……?)
俺が今いる場所は明らかに女の部屋だった。
そして、すぐ傍でエミリアがベッドに突っ伏して眠りに就いていた。
「……」
すやすやと吐息を立てて眠る彼女の寝顔を見て、俺は一瞬気が動転しそうになった。
しかし、必死で抑えて状況を整理するために昨夜あったことを思い出した。
(そうだ……昨日衝動的にこの女の家に来て……それで……)
昨夜の出来事を思い浮かべた俺はカァーッと顔が赤くなっていくのを感じた。
俺は何てことをしてしまったのだろう。
彼女には随分と迷惑をかけてしまった。
全てを思い出した俺はすぐにベッドから起き上がった。
そして突っ伏したままのエミリアの体を抱き上げると、そっとベッドに寝かせた。
相当疲れが溜まっているのか、彼女は目覚めなかった。
「……こんなことをして困惑しているだろうな」
昨日エミリアは具合の悪い俺を看病してくれた。
突然部屋に入って来て不快だっただろうに。
(……)
このようなことは別に初めてではない。
母親が亡くなってからの俺はずっと悪夢とそれによる体調不良に悩まされ続けていたから。
ただ、一つだけ違うことがあるとすれば――
(何で……ここに来たんだろうな……)
レビンストン公爵家の秘密を知り、覚束ない足取りで宿まで戻ったあの日。
あの子の姿と昔の自分が重なり、何日も悪夢が続いた。
自分でもよく分からない。
――何故か、とてもエミリアに会いたくなったのだ。
薄暗い部屋。
寂れた離宮にある一室で、俺は冷たくなった母の遺体に縋りついていた。
その体には、もう以前のような温もりは感じられない。
骨と皮だけが残った母の遺体。
母上はこんなにも痩せていたのか。
俺はそのときになって、初めてそのことを知った。
普段は体型が分かりづらい服を着ていたから、まるで気付かなかったのだ。
俺を優しい瞳で見つめながらゆっくりと目を閉じた母は、もう二度と動くことは無かった。
体を抱きかかえて必死で揺さぶるも、一向に反応は無い。
目からはとめどなく涙が溢れてくる。
この状況が分からないほど、俺は馬鹿では無かった。
母が亡くなってから数日後。
一時も母親の傍から離れなかった俺の元を、ある人物が訪ねて来た。
『……?』
突然部屋の扉が開き、何日も灯りのついていなかった部屋に光が差し込んだ。
誰だろうと思い、扉の方を見ると一人の男が立っていた。
後ろに数人の騎士たちを引き連れている。
(あれは……)
俺はその人物を知っていた。
知らないはずが無い。
だってその人は――
――俺の、実の父親だったから。
『……』
父親がこの宮に足を踏み入れるのは初めてかもしれない。
俺は宮殿にあった肖像画でしか実の父の姿を見たことが無かった。
父はカツカツと足音を立てて俺の傍まで来ると、母の遺体をじっと見下ろした。
俺のことは目に入っていないようだった。
『……死んだのか』
そして、無感な声と瞳でただそれだけ口にした。
母の死を何とも思っていないかのような言い方だった。
一時は愛し、体の関係を持った女のことなどどうだって良いのだろうか。
泣きじゃくる俺を前に、淡々と騎士たちに命令を下した。
『片付けておけ』
『はい、陛下』
『……!』
父の命で、背後に控えていた騎士たちが動き始めた。
(やめろ……!やめてくれ……!)
――母を連れて行かないでくれ。
そう思って手を伸ばすも、届くはずが無い。
何日も大声で泣き続けていたせいか喉は枯れ果て、声を出すことも出来なかった。
こうしている間にも、母の遺体は物のように処理されていく。
(嫌だ……!お母様……行かないで……!)
それが、俺が最後に見た母親の姿だった。
「……ハッ!」
そこで俺は目を覚ました。
随分と昔の夢を見ていたようだ。
今までに何度も見た悪夢だった。
「ハァ……ハァ……」
額には汗が滲んでいる。
(今は何時だ……?)
上半身だけを起こして辺りを見渡すと、見覚えの無い光景が目に入った。
(何だ……ここはどこだ……?)
俺が今いる場所は明らかに女の部屋だった。
そして、すぐ傍でエミリアがベッドに突っ伏して眠りに就いていた。
「……」
すやすやと吐息を立てて眠る彼女の寝顔を見て、俺は一瞬気が動転しそうになった。
しかし、必死で抑えて状況を整理するために昨夜あったことを思い出した。
(そうだ……昨日衝動的にこの女の家に来て……それで……)
昨夜の出来事を思い浮かべた俺はカァーッと顔が赤くなっていくのを感じた。
俺は何てことをしてしまったのだろう。
彼女には随分と迷惑をかけてしまった。
全てを思い出した俺はすぐにベッドから起き上がった。
そして突っ伏したままのエミリアの体を抱き上げると、そっとベッドに寝かせた。
相当疲れが溜まっているのか、彼女は目覚めなかった。
「……こんなことをして困惑しているだろうな」
昨日エミリアは具合の悪い俺を看病してくれた。
突然部屋に入って来て不快だっただろうに。
(……)
このようなことは別に初めてではない。
母親が亡くなってからの俺はずっと悪夢とそれによる体調不良に悩まされ続けていたから。
ただ、一つだけ違うことがあるとすれば――
(何で……ここに来たんだろうな……)
レビンストン公爵家の秘密を知り、覚束ない足取りで宿まで戻ったあの日。
あの子の姿と昔の自分が重なり、何日も悪夢が続いた。
自分でもよく分からない。
――何故か、とてもエミリアに会いたくなったのだ。
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