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35 2度目の来訪
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「王太子殿下、本日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」
「気にしないでくれ、ちょうどもう一度侯爵邸を訪問してみたいと思っていたところだしな」
そしてついに殿下が侯爵邸へ訪れる日がやってきた。
私は父親、弟のラウル、そして使用人たちと共にエントランスで彼を出迎えた。
(ドキドキするわね……)
相手は隣国の王太子。
絶対に粗相がないようにしなければならない。
そのため、私も使用人たちも緊張で今にも倒れそうである。
終始浮かれているお父様と何故か不貞腐れているラウルは置いといて。
「アリス嬢……」
「はい、殿下」
お父様との挨拶を終えた殿下が私の前で立ち止まった。
彼は私の姿を頭からつま先までじっくりと眺めると、呟くように言った。
「――とても綺麗だな」
「……!?」
少し熱のこもった眼差しに、目が離せなくなる。
(今……綺麗って……)
ドレスを選んでいたときから密かに期待していたことだったが、いざ本当に口に出して言われると胸の高鳴りを抑えきれない。
それを聞いたお父様が、嬉しそうな顔で私たちの会話に割って入った。
「その通りです、殿下。私の娘はとても美しいでしょう?王太子殿下の婚約者に相応しいかと思います」
「……それはアリス嬢が決めることだ。貴方は口出ししないでほしい」
殿下の冷たい声と瞳に、お父様の顔から表情が消えた。
しかしすぐにいつも通りの貼り付けたような笑みを浮かべると、私には一度もかけたことの無い優しい声で言った。
「アリス、晩餐会まではまだ時間があるからそれまで王太子殿下と一緒に過ごしたらどうだ」
「あ、はい……」
横にいた殿下にチラリと目をやると、彼は私を見てコクリと頷いた。
お父様に向けていたのとは真逆な優しい顔だ。
「それでは殿下、庭園を散歩でもしましょうか」
「ああ、案内を頼む」
「もちろんです」
私は殿下と共に侯爵邸の庭へと向かった。
ふと後ろを振り返ると、ギラついた目をした父親と目が合った。
何が何でも王太子殿下の心を射止めろと言われているようで、何だか気分が悪くなってしまった。
***
「アリス嬢、この間のことだが……大丈夫か?」
「はい、もう平気ですよ。殿下が助けてくれたおかげです」
不安げに私を見つめる彼に、私はニコリと笑いかけた。
「レイナから聞きました。殿下が侯爵邸へ来てお母様の罪を明らかにしてくださったと……本当に、何とお礼を言えばいいか……」
「……知ってたのか」
殿下は恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いた。
「悪いことをした人間は罰を受けるべきだ。君があれほど怖い思いをしたというのに、犯人が何のお咎めも無しでは後味が悪いだろう」
「ふふふ、ありがとうございます、殿下……」
そんなことを話しながら、私たちは横並びで歩き続けた。
会話が途切れることもあったが、不思議と居心地は悪くなかった。
しばらくして、庭園に到着した。
侯爵邸の庭園を見た殿下がポツリと呟いた。
「……これはすごいな。前に来たときは荒れ果てていたように見えたが、今は花が美しく咲き誇っている」
「ア、アハハ……気のせいでは……?」
(殿下が来ることに焦ったお父様が慌てて魔法使いを呼んだのよね……)
そんなこと口が裂けても言えない。
殿下は庭園に咲いた花にそっと手を伸ばした後、こちらを振り返った。
「――アリス嬢、そろそろあのときの答えを聞いてもいいだろうか」
「あ……」
真剣な顔でそう尋ねられて、ハッとなった。
私は殿下からの求婚の返事をまだしていないことに今気付いたのである。
「すみません……まだ出せなくて……」
「そうか……ゆっくりでいいと言ったのは私だからな。気にする必要は無い」
いつまでも保留にし続けるだなんて不敬極まりない行為だが、彼は私を咎めなかった。
(早く決めないと……彼に申し訳無いわ……)
少し前の私なら迷わず断りを入れていただろう。
王妃なんて私には相応しくないと、平民になることを選んでいたはずだ。
しかし、今は違った。
何故だか申し出を断ることに乗り気では無かった。
(私は……一体どうしたいのかしら……)
自分でもよく分からなくなっていたのだ、心の内が。
「気にしないでくれ、ちょうどもう一度侯爵邸を訪問してみたいと思っていたところだしな」
そしてついに殿下が侯爵邸へ訪れる日がやってきた。
私は父親、弟のラウル、そして使用人たちと共にエントランスで彼を出迎えた。
(ドキドキするわね……)
相手は隣国の王太子。
絶対に粗相がないようにしなければならない。
そのため、私も使用人たちも緊張で今にも倒れそうである。
終始浮かれているお父様と何故か不貞腐れているラウルは置いといて。
「アリス嬢……」
「はい、殿下」
お父様との挨拶を終えた殿下が私の前で立ち止まった。
彼は私の姿を頭からつま先までじっくりと眺めると、呟くように言った。
「――とても綺麗だな」
「……!?」
少し熱のこもった眼差しに、目が離せなくなる。
(今……綺麗って……)
ドレスを選んでいたときから密かに期待していたことだったが、いざ本当に口に出して言われると胸の高鳴りを抑えきれない。
それを聞いたお父様が、嬉しそうな顔で私たちの会話に割って入った。
「その通りです、殿下。私の娘はとても美しいでしょう?王太子殿下の婚約者に相応しいかと思います」
「……それはアリス嬢が決めることだ。貴方は口出ししないでほしい」
殿下の冷たい声と瞳に、お父様の顔から表情が消えた。
しかしすぐにいつも通りの貼り付けたような笑みを浮かべると、私には一度もかけたことの無い優しい声で言った。
「アリス、晩餐会まではまだ時間があるからそれまで王太子殿下と一緒に過ごしたらどうだ」
「あ、はい……」
横にいた殿下にチラリと目をやると、彼は私を見てコクリと頷いた。
お父様に向けていたのとは真逆な優しい顔だ。
「それでは殿下、庭園を散歩でもしましょうか」
「ああ、案内を頼む」
「もちろんです」
私は殿下と共に侯爵邸の庭へと向かった。
ふと後ろを振り返ると、ギラついた目をした父親と目が合った。
何が何でも王太子殿下の心を射止めろと言われているようで、何だか気分が悪くなってしまった。
***
「アリス嬢、この間のことだが……大丈夫か?」
「はい、もう平気ですよ。殿下が助けてくれたおかげです」
不安げに私を見つめる彼に、私はニコリと笑いかけた。
「レイナから聞きました。殿下が侯爵邸へ来てお母様の罪を明らかにしてくださったと……本当に、何とお礼を言えばいいか……」
「……知ってたのか」
殿下は恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いた。
「悪いことをした人間は罰を受けるべきだ。君があれほど怖い思いをしたというのに、犯人が何のお咎めも無しでは後味が悪いだろう」
「ふふふ、ありがとうございます、殿下……」
そんなことを話しながら、私たちは横並びで歩き続けた。
会話が途切れることもあったが、不思議と居心地は悪くなかった。
しばらくして、庭園に到着した。
侯爵邸の庭園を見た殿下がポツリと呟いた。
「……これはすごいな。前に来たときは荒れ果てていたように見えたが、今は花が美しく咲き誇っている」
「ア、アハハ……気のせいでは……?」
(殿下が来ることに焦ったお父様が慌てて魔法使いを呼んだのよね……)
そんなこと口が裂けても言えない。
殿下は庭園に咲いた花にそっと手を伸ばした後、こちらを振り返った。
「――アリス嬢、そろそろあのときの答えを聞いてもいいだろうか」
「あ……」
真剣な顔でそう尋ねられて、ハッとなった。
私は殿下からの求婚の返事をまだしていないことに今気付いたのである。
「すみません……まだ出せなくて……」
「そうか……ゆっくりでいいと言ったのは私だからな。気にする必要は無い」
いつまでも保留にし続けるだなんて不敬極まりない行為だが、彼は私を咎めなかった。
(早く決めないと……彼に申し訳無いわ……)
少し前の私なら迷わず断りを入れていただろう。
王妃なんて私には相応しくないと、平民になることを選んでいたはずだ。
しかし、今は違った。
何故だか申し出を断ることに乗り気では無かった。
(私は……一体どうしたいのかしら……)
自分でもよく分からなくなっていたのだ、心の内が。
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