なんだかんだで妖怪相談所はじめました(仮)

杵島玄明

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10雲外鏡

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 善とルドの期待値100%の視線を背中に浴びて、俺は震える手で、しかししっかりとその小箱を手に持ち、慎重に事務所のテーブルに置いた。
 横にはルド、向かいには善がいる。

「なぁ、志童。 この箱がなんだっての?」
「気軽に言うな」
「はぁ?だから、意味わかねぇっての」
「今にわかるっ!」

否が応でも俺の鼓動は早鐘をうち、生唾を飲み込むとゆっくりと俺の喉を通っていった。
そんな俺の緊張が伝わったのか、何故か隣でルドもゴクリと喉をならしている。

「これはだな、泣き女が持ってきた、通信手段だ」
「通信手段?」
「そうだ。妖怪は多分、スマホとか持ってねぇからこうなったんだと・・・思う」
「ふーん。で? なんで箱のまま?」
「それはっ、こわ・・・・  いや、危ないからだよっ」

軽く咳払いをして、姿勢を正した。

「なにそれ、危ない?って、爆発でもすんの?」
「いや、そうじゃねぇよ。こいつの前で名前を呼ぶと、そいつが来ちまうんだよ。だから、うっかり変な奴の名前とか言っておかしなのが来ると困るだろ?」

 善はいまいち良くわからない・・・といった様子で顔を顰めている。
 正直、喋る猫、ルドを見て、俺がここまで説明しているのになぜ理解しねぇのかと、鈍い善に腹が立つ。

「変な奴って・・・・だれよ?」
「だぁかぁらぁさぁっ!なんでわかんねぇかなぁっ!やばい妖怪とか、楓とかっ」

俺が言い終わらないうちに、善が吹き出した。

「お前っ、っくくっ、やばい妖怪と楓姉ちゃんが同列って、志童の中の楓さんってっ」

 つぶれたカエルのように笑い続ける善。

――一生そうやってろっ!
 
本当に笑い事ではないのだ。

「善、お前ならわかるだろうが!善や尊だって楓には痛い目にあってんだろっ、あいつのやばさは妖怪並みなんだよっ」

笑いすぎて出た涙を指で拭いながら、善が顔を上げた。

「まぁな、わからなくもねぇけどさ」
「なぁ、楓ってなんだ? 怖いやつなのか?」

 俺と善のやり取りをローテーブルに前足をかけてきょとんとして見ていたルドが聞いてきた。俺はそんなルドに顔を近づけると、声を潜めて言う。
 
「あぁ、お前なんか楓に会ったらあっという間にこの毛を剥がれて帽子にされるかもな」

それを聞いたルドは、「ひぃ~っ」と小さく悲鳴をあげて物凄いスピードで善にしがみついた。

「善、本当か?楓ってのはそんなに怖い化け物なのか?」
「まぁ、毛皮の帽子は言い過ぎだけど・・・確かに楓姉ちゃんならやりそう・・・って、思えちゃうところがそもそも・・・だよなぁ」

流石の善も否定しない。
そう、楓はそのくらいやべぇ奴だ。けど、今はいい。もっとやべぇ事態が目の前にある。

「なぁ・・・・志童・・・」

善の膝の上で、すっかり楓に怯えてシュンとしてしまったルドが上目遣いで俺を呼ぶ。

「おいら、思うけど・・・・その楓って化け物より、雲外婆ちゃんはずっとずっと優しいぞ」

それを聞いた俺と善は、顔を見合わせた。

「確かに・・・志童、それは一理あるぞ。その雲外婆さんがどれほどのものか知らねぇけど、ガキの頃から楓姉ちゃんと一緒にいるんだ。大抵のもんはいけるってもんだ」
「なんだよそれ・・・全然励まされてる気がしねぇんだけど」

善の言っていることは支離滅裂だが、確かに一理ある・・・・ような気がする。俺は意を決して、小箱に手をかけた。

「いいか、呼ぶぞ?」
「おっおう」
「おいらもいいぞ、琉斗」

 二人と一匹の視線が小箱へと集まる。
 一応、善もそれなりには緊張しているようだ。
 俺はゆっくりと箱の蓋へと手をかけて、ごくりと喉を鳴らした。

「行くぞ・・・・行くからな・・・・」

 蓋を両手で5センチほど、開くとその隙間に顔を寄せた。

「雲外鏡っ、雲外鏡っ・・・」

 出来る限りの早口で言うと俺は慌てて箱の蓋を閉じ、ふぅ~と息を吐いた。

「は・・・・?」

 向かい側に座る善とルドの目が、点になっている。

「今の・・・なに? はー?意味わかんねぇんだけど、やるならちゃんとやれよなぁーっ!」
「はぁ~。まぁ、おいらは想像してたよ。志童って、本当ヘタレだよね」

蔑みの視線を向ける二人に俺は開き直ることにした。

「ふざけんなよな、お前らっ!」立派に召喚の儀式を終えた勇者に対してその態度はなんだよ!」

「なにが勇者だよ。おいらは情けないよ」
「あぁ、こいつ昔からそういうとこあんだよ。肝心なとこで、こう今ひとつかっこつかないってかさぁ~」
「ほんとに、情けないよねぇ~」

 善とルドは頷きあって、意気投合。言いたい放題だ。

「なんだよっ、お前らはあの人形見てないから言えるんだよ!あれは、呪具だ!そうでなければあんなに怖いわけがねぇんだ!」
「はいはい。志童。お前はよくやったよ」
「そうだね、志童にしては上出来だよね。おいらもそう思う」

――こいつら・・・・・2対1だからって調子にのるなよぉー。こうなりゃ俺も黙ってられない。

「ルド!大体てめぇは泣き女にビビってただろうが!善も!あの人形をお前たちが見ずにすんでいるのは、俺のおかげなんだぞ!」

そう言い切った俺を、善とルドはぽかんと口を開けて見ている。

――どうやら少しは俺に感謝する気になったようなだな。

俺が満足げに口角を上げたその時だ。

「なんじゃ、小僧。随分と久しぶりじゃないかぁ」

背後からしわがれた声がした。違うと知りつつも善を見ると、善は「俺じゃない」とばかりに首をブンブンと振っている。そうして俺に向かって指を指した。

「ん?俺?」そう言って俺が自らを指指すと、善は「違う、違う」とさらに指を指す。どうやら俺の後ろを指さしているようだ。

まさか・・・・そう俺が察した時だ。

「雲外鏡のばぁちゃんっ」

ルドが勢いよく善の膝から飛び上がった。そして俺の背後の何かに向かって飛びついた。

「なぁ、志童、ばぁちゃんをテーブルの上にあげてくれよ」
「ばぁちゃん・・・・って・・・・なっ、なんだよ、それ・・・」

俺は恐る恐る振り返った。
そこには直径が30センチほどのいかにも古そうな青銅の鏡があった。

「鏡・・・か?」
「まじで、志童に呼ばれてきたってわけか?じゃぁ、これが・・・雲外鏡?」

俺は恐る恐る鏡を持つと、それをテーブルの上に置いた。
表面が鏡で、裏は青銅で作られたらしきそれは、複雑な模様がかたどられている。
かなりの年代物だ。
 小さなの銅鑼のようでもあるし、高級な鍋の蓋のようでもある。
肝心の鏡部分は靄がかかりあちこち黒く変色していて、鏡としての役割など当然はたしてはいない。
 それでもルドはおかまいなしに鏡の淵に座り、上から鏡を覗き込み呼びかけた。

「お~い、ばぁちゃん~っ」

 ルドの呼びかけに答えるように鏡が波打ったように見えて次の瞬間、そこに顔が現れた。

「ばあちゃんと呼ぶな~っ」

 突然鏡に怒鳴られ、ルドは慌てて両手で自らの耳を塞いだ。
 俺と善は、そぉ~と鏡を覗き込んだ。

「おまいら、揃いも揃って、無礼じゃの。早くあたしを起こさんかいっ」
「すっすみませんっ」

 しわがれた迫力のある声に、思わず俺が謝ると、善が雑誌を何冊か重ねてそこに雲外鏡を立てかけた。
俺はタオルを鏡の下に敷いて、滑らないように安定させた。
 再び鏡面が大きく揺れてそこに顔が現れた。
 目が大きく鼻立ちの通った、若い女の顔だった。

――ばぁちゃん・・・?

雲外鏡はその目をキョロリと動かした。どうやら俺を見ているようだ。

「おまいかい? あたしを呼んだのは?」
「え? あぁ、そう・・・・です・・・」

鏡に映った顔は若い女であるのに、しわがれた声がなんともミスマッチだ。まつ毛の長い綺麗な二重の鏡の中の双眸はじっと俺を凝視している。
 
「えっと・・・・・なん・・・でしょうか?」

 妖怪にじっとりと視線を向けられて、平然としていられる奴がいるだろうか。少なくとも俺は無理だっ! 全身からじっとりと変な汗が噴き出す。いくらそれが奇麗な女の顔であっても、とてもじゃないが目など合わせられない。いや、その美貌がかえって怪しさをましているのだ。

「安野雲志童」
「はいっ!・・・・・って、へ?なんで?」
――どうして初めて会ったはずの雲外鏡が、俺の名前をしってるんだ?
「はぁ~ん」

 訳がわからない俺をよそに、雲外鏡は含みのある笑みを漏らす。

「せっかく恵まれた環境に生まれ育ったっていうのに、弱くて、情けなくて、ヘタレな自分を守るために今までありとあらゆることから、逃げ続けてきたわけだねぇ~」
「うぅっ・・・」
「あぁ~だめだめ、あたしに嘘はつけないよぉ。全ぇ~部、お見通しなんだからね」
「雲外鏡のばぁちゃんは、鏡に映した者の本質を見抜くことができるんだよ。すっごいだろ!」
「こら小僧っ!婆ちゃんはおやめって何度言ったらわかるんだいっ」

ルドは慣れたもので、雲外鏡から怒鳴られてもどこ吹く風だ。

「すげー。マジかよ・・・完全に志童を見抜いてる・・・」

――って、善っ、そっちかよ!
「だから言っただろ、変な妖怪が次々やってくるんだよ。ここは・・・」
「いや・・・そうだけど・・・別にいいんじゃね?なんか楽しそうだし」
「はぁ?これのどこが楽しそうだ!お前の目は、随分と節穴だなぁっ」

俺たちが言い合っている間にも、雲外鏡は今度は善に視線を向けると、にやりと笑った。

「おや、こっちは随分とまぁ、色男じゃないかぁ~」

声があからさまに高くなっている。俺の時とは随分ちがうじゃないか・・・・。

「婆ちゃん、善はいい男だけど、女にだらしがないぞ。」

 付け加えるようにルドが言った。

――そうだ、その通りだ!さぁ、雲外鏡!さっき俺にしたように、善にもズバっと、ぐさっと言ってやってくれ!
「おや、そうかい。まぁ、これだけ色男ならねぇ~ふふふ」
――え?・・・ふふふって、それだけ?
「いやいやいやいや、違うだろっ、雲外鏡っ!俺のことは散々言っておいて、なんで善にはいわねぇんだよ!」
「仕方ないよぉ、志童。婆ちゃん、はイケメンが好きなんだからさ」
「イケメン?小僧、なんだい、それは」
「あ、えっとね。今の時代は色男の事をイケメンっていうんだぞ、婆ちゃん」
「なるほどねぇ。封印から解かれて早々イケメンに巡り合うなんざ、あたしゃ運がいいねぇ」

雲外鏡は善に流し目を送っている。一体この状況はなんなんだ・・・。

「でも、善は女たらしって病気らしいぞ?」
「こら、にゃんこっ!そんな病気があるわけねぇだろが!」
「え?ないのか?でも志童が言ってたぞ?」
「いいの、あいつの言うことは気にするな。聞くな。信じるな!」
「ぉおーっ!そうかぁ!わかった!」

――なんなんだ・・・善の奴、俺より馴染んでるじゃやねぇか・・・。今日いきなり妖怪と会いまくってるってのに、どうしてこいつはこうも環境適応の力が高いんだぁ!

「はぁ・・・」
 
 俺はへなへなとソファーに凭れこんだ。
最早、突っ込む気力もなくし、楽し気に雑談する妖怪二匹と人間一人を見ているうちに、いちいち騒いでいる俺自身がばかばかしく思えてきた。

「しっかし、すねこすり。おまいとも随分久しぶりだねぇ。今はこの家にいるのかい?」
「うん、そうだよ。おいら、ルドって名前を志童からもらったんだ」

嬉しそうに報告するルドは、さながら母親に近況を報告している息子のようにも見えた。

「あの、雲外鏡・・・・」
「おまい、どの面さげて、そう偉そうにあたしを呼ぶんだいっ」
「え?・・・あぁ、雲外おばぁ」

 そこまで言いかけた時、雲外鏡の鋭い視線に俺は硬直した。

「おまい、今なんて言おうとしたんだい?」
「えっえっと・・・・雲外・・・・姉さん・・・と・・・」

息をするのさえ躊躇われるような、鋭い眼光で俺を睨みつけていた雲外鏡だったが、やがて小さなため息をついた。

「ふん、まぁ一応あたしを封印を解いてくれた恩人だ。今回だけは、多めに見るよ。それにその、『雲外姉さん』っての、気に入ったわっ。この先はあたしを雲外姉さんとお呼びっ!
で?このあたしを呼んだわけ、聞こうじゃないか」
「え?呼んだわけ?・・・・あぁっ!そうだ、そうっ!実は・・・・」

 あまりの衝撃に、すっかり忘れていたが、今日は泣き女が葬儀にいっているのだ。
俺は泣き女の一件から今日までの事の顛末を、雲外姉さんに話して聞かせた。

「なるほどねぇ・・・・まぁ、見せてやらないこともないが・・・・条件がある」

――やっぱりだ・・・妖怪に頼み事するのにただで聞いてくれるはずがないと思ったんだ。どうしよう・・・目玉を差し出せとか言われたら・・・・それとも心臓か?俺・・・死ぬのか?死にたくないなぁ・・・・

俺があれこれ考えていると雲外姉さんが、ひと際大きな声で叫んだ。

「なんだい、聞くのかい?聞かないのかいっ」
「はい、聞きますっ」

迫力のある雲外鏡の声に、思わず即答していた。ついでに姿勢も伸びた。

「なぁに、簡単なことさ。あたしをこの家に置き、毎日磨くこと、それだけさ」
「え、それだけ?」

 心底ほっとした。
 思ったより簡単な条件だ。

「あぁ、わかった。取引成立だな。じゃぁ、こっちの頼みもよろしくな」
「やったぁ!おいらまた、婆ちゃんと一緒にいられるんだなぁ」
「だから、婆ちゃんはおやめって。志童、いいだろう。たしかー、泣き女だったねぇ・・・・」

そう言って雲外鏡はしばらく目を閉じていたが、やがて鏡面を大きく波打たせ、その波が徐々に治まるとそこにはどこかの葬式の風景が現れた。

「おぉーっ」
「おぉーっ」
「さすが、ばぁちゃんっ」

 俺たち三人は一斉に声を上げた。
 と、同時に俺はルドの頭をピンと指で弾いた。

「ばかっ、雲外姉さんって言っとけよ」

 やっと見せてもらえることになったのに、機嫌を損ねられたらたまらない。
 ルドは小突かれた頭をなでながら、不満そうに口を尖らせる。

「だって、千年以上生きてたら絶対、ばぁちゃんじゃないか・・・」
「せっ千年!」

 俺とルドが言いあっている間、鏡の中の映像をじっと見ていた善が言った。

「葬式・・・これ、もぉ終わりも近いな・・・」
「え?まじで?」

 善に言われて俺は時計を見た。
 すでに時計の針は夕方の4時を過ぎている。

「まじかよっ!もう追い出されてたりしないだろうなぁ~」
「ここは・・・火葬場か?」

善に言われて鏡・・・もとい雲外姉さんを覗き見ると、故人は既に骨になり遺族に抱えられて車で移動しようとしていた。
その時だった。出発した車を泣きながら追いかける女がいた。

「え・・・・・これって・・・・」
「う・・・うん。たぶん・・・そうだ・・・」
「これ、絶対あの人だよっ。おいらこの顔は忘れられないもん。泣き女だ!」

 女は大声で泣き叫び、走りさった車を追いかけた挙句、途中で転びそれでもなお、車に向かって手を伸ばし、泣いていた。

――なんなんだ・・・これ・・・一体俺は今・・・何を見せられているんだ・・・

「いいのか・・・?これで?志童、お前へんなドラマとか見せたんじゃねぇよな?」

呆気にとられる善を見て、俺は思わず噴き出した。

「まぁ、いいんじゃねぇの。なぁ、ルド・・・、俺ら・・・泣き女の仕事風景とか・・・見ないほうがいいかもな・・・」
「おいらも・・・そう思う」

 後日、依頼者からのメールには感謝の言葉がつづられていた。

――雲外姉さんに見せてもらったあの映像を見る限りでは、本当に心苦しいばかりで正直クレームにどう返そうかとそればかり考えていた俺だけど・・・・依頼者が満足しているのであれば、まぁいいか・・・。
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