アスケニアサーガ 漆黒の若き暗殺者

茶房庵

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成長《外伝》

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     【出逢い】 

 馬車に揺られ、どれくらい時間が過ぎた事だろう。
 一緒に連れて来られた女の子は泣き疲れて、向かいの席で眠ってしまった。
「カノイ。愛しているわ。立派になって戻って来てね。ノアーサちゃんと仲良くするのよ。この子は、これから先の将来、あなたと人生を伴にしてゆく子なのだから」
 そう言われて、僕たち二人は、母親二人に見送られながら別れた。
 騎士の家系に産まれた子供の中には、寄宿舎きしゅくしゃから騎士養成学舎アカデミーに通う子も少なくない。でも、自分たちは王都で暮らしているから、親元から騎士養成学舎アカデミーに通うのだと思っていた。
 僕たち二人は、王国騎士団を親に持つ子として、特別な教育を受ける生徒に選ばれたらしい。そのためこれから十年間、親元を離れ、国が管理する領地の学校に通わねばならないと父が話してくれた。
 馬車の窓から外を伺うと、夕日が鎮みかけている。暫くして、馬車が止まり、僕たちは降りるように言われた。
「ねぇ、起きて。着いたよ」
 僕は、眠っている女の子を起こした。女の子は眠たげな目をこすって体を起こす。
「お家に帰ってきたの」
「家はあるけど、ここは君の家でも、僕の家でも無い。王都から随分と離れた村の宿のようだね」
「夢じゃ無かったんだ。私、お家に帰れないの。お兄ちゃんや、お父さん、お母さんに逢いたい。帰りたい」
 女の子は再び泣き出した。
 泣きじゃくる女の子を前に、カノイは父の言葉を思い出す。この子は、父の親友で王国騎士団総長そうちょうの娘。これから自分は、この子と共に成長して、支え合い、同胞として暮らしてゆく存在になると。
「僕も家に帰りたいよ。でも、駄目なんだ」
 そう言うと、カノイは女の子の手をとって、馬車から降りるように説得を始めた。
「初めまして。僕はカノイ・フォンミラージュ。君は?」
「ノアーサ・カイレオール」
「じゃあ。ノアーサって呼んでいい?」
 女の子は頷いた。
「ノアーサ。寂しいのは僕も一緒だよ。だけど、君が一緒で良かった。一人じゃないからね。父さんから君の事は聞いているよ。これから君と僕は、互いに助け合って勉強したり、生活してゆく仲間になるんだよ」
「私、あなたのお母さんを知ってるわ。私のお母さんと友達で、よく家に来ていたもの。私と同い年の男の子がいると話していた。あなたなの?」
「そうだよ。僕たちは同士になるんだ。だから、僕たち頑張って、勉強と剣術を、一緒に覚えよう。そしたら、予定よりも早く、家に返して貰えるんじゃないかって、僕は考えている」
 カノイの言葉に、自分はいくら泣いても、もう家には帰して貰えないのだと、ノアーサは覚悟を決めたようだ。
「さぁ、まずは馬車から降りて。僕たちが家に帰るための一歩を踏み出そう」
 カノイはノアーサの手を引いて、馬車を降りた。
 彼らがこれから暮らす村までは、王都から二日がかりだと、僕らを村に送迎する騎手が話してくれた。
 その騎手は、黒いひとみと黒い髪の男性で、王都では見かけない民俗衣装を着ている。
 アスケニア国は他民族国家のため、多くの民族が暮らし、土地を開拓かいたくして、同じ民族同士が身を寄せ合い、農業や職人をしながら生活している集落しゅうらくがいくつか存在する。
 これから二人が十年近く暮らす事になる村も、そんな他民族によって開拓かいたくされた村のひとつであった。 
 



     *

 二日目、二人はロウリェイ山脈のふもとに開けた小さな集落しゅうらくに辿り着いた。
 そこは、山の斜面を利用して棚田たなだが広がり、稲作業いなさくぎょうさかんなようだ。茅葺かやぶきの屋根や木造建築もくぞうけんちくの家が立ち並ぶ、異民族いみんぞくが開拓した村であった。
 タルタハとの国境を隔てた村には、黒い瞳と、黒い髪の人種が村の半数を締めてる。
 二人が村に着くと、集落の隅に建てられた茅葺屋根かやぶきやねの屋敷へと連れて来られた。この屋敷が、二人がこれから暮らす、学び舎まなびやであり、宿舎しゅくしゃであるという。
 そこでは屋敷に入る前に、くつを脱ぐように言われ、二人はそれに従う。
 通された部屋には、椅子もテーブルもなくて、床に置かれた座布団ざぶとんに正座して、待つよう言われた。
 ここは自分たちの生まれ育った国、アスケニアなのだろうか。生まれて初めて見る村の景色と、異国いこく雰囲気ふんいきが詰まった校舎に、二人はだまされて連れて来られたのではないかと不安になってきた。
 暫くして、一人の男性が二人の元に現れた。長髪の黒髪を後ろに束ね、切れ長の黒い瞳。引き締まった体付き。年は四十代くらい。民族衣装をまとった貫禄かんろくのある姿に、幼い二人は少し恐怖を感じた。

 彼は、二人を見据えるように、向かい側の座布団に腰を据える。
「ようこそ、我々の村へ。私はこの村の領主を任されている。君たちに武器の扱いを指導する師匠であり、責任者でもある。まずは、君たちをこの村の住民として、迎え入れよう」
 そう言うと、彼は二人に、正座していた足を楽にするように言った。これまで、椅子での生活に慣れているために、床での正座は初めての事、足がしびれているのに気づいたらしい。
 言われた通りに、二人は足をくずして、横座りや胡座あぐらで座り直す。
「君らは、親元を離れ、今は不安でたまらない事だろう。まずは、お互いの自己紹介とゆこうか」  
 そう言うと、彼は自らの名を名乗った。
「私は、松木 宗次郎まつき そうじろう。我々の民族は性が最初で、名前が後なのだ。この村の住民は私の事を、『村長むらおさ』と呼ぶ。他に『師匠ししょう』と呼ぶ村人は、私の教え子たちだ」
「では、僕たちも『師匠』とお呼びします」 
 カノイは彼にそう告げてから、自身の名前を名乗った。
「僕は、カノイ・フォンミラージュ。両親は、二人とも王国騎士団の団長を勤めております」
 続けて、ノアーサが自己紹介をする。
「私も同じく、父が王国騎士団総長。母は医師。その娘のノアーサ・カイレオールです」
 二人が互いの事を紹介すると、松木は二人を褒めた。
「素晴らしい。君たちは六歳と聞いていたが、二人とも親の職業や、自分の名前をしっかり言えるのだね」 
 彼は、そう言って、二人の不安を和らげようと、幾つか質問をしてゆく。互いの好きな食べ物から始まって、文字の読み書きや、数の数え方など。時々、笑わせながら、王都での二人の日常も聞いてくる。その質問に対して、二人はありのままを答えた。  
「君らは、自分の名前は書けるし、簡単な文章なら読めるようだね。それに、礼儀正しい。さすがは上位騎士パラディンのご子息だ」
 彼の言葉に、二人はこれまでの緊張が解けてゆくのを感じた。 
「これから、君たちはこの村で、学校生活を送る事になる。私は、この村を君たちが好きになってくれたら嬉しいよ」
 そう言うと、二人をこれから学ぶ教室へと案内する。この学舎での生徒は、カノイとノアーサの二人だけだという。各教科ごと二人のためだけに、専門の先生が、勉強や実技を指導してくれると説明した。
「君たち二人は、何処に送り出しても恥じないよう、知性と教養きょうよう武術ぶじゅつ技術ぎじゅつを身につけさせる」  
 彼はそう言って、更に続けた。
「君たちを預かる事で、村は王国からの支援しえんを受けられた。君たちを育てることが、この村の義務なのだよ」
 そう言うと、松木は二人が長旅で疲れていると思い、これから寝起きする宿舎へと案内した。
 朝夕の食事を作ってくれるまかないの女性はいるようだが、掃除、洗濯といった身の周りの事は、自分たちで行わなければならないようだ。
 二人が寝起きする部屋は一人部屋で、木製の机と椅子。ベッドが備えつけられていた。 
 この村の人たちは床で寝るのが普通らしい。二人の為に、村の職人が家具をあつらえたと話してくれた。自分たちの持って来た荷物も、部屋の隅に置いてある。
 親元を離れ、これから自立した生活が待っている。何も解らないまま、連れて来られた辺境へんきょうの村。
 これから待ち受ける村での生活に、幼い二人は戸惑とまどいながらも、今の環境を受け入れてゆくしかないと、感じたようである。
 村での初日はこうして過ぎていった。

    *

 村での生活は、食事以外、身の周りの事はすべて自分で行うようにと、しつけられた。
 早朝に起床し、身支度を済ませた後、村の棚田たなだを走っての体力作り。それが終わると朝食。その後、洗濯や部屋の掃除、学舎へ行くための準備をする。
 学舎での生徒という証に、二人の為に民俗衣装の制服が用意され、二人はそれに着替えて授業を受けた。

 授業は六歳の二人に、退屈しないような時間割が組まれ、野外学習や、実技体験は楽しかった。
 野草摘みや、虫取りに魚釣り。狩猟しゅりょう。農業の手伝い。捕れた食材を、その場で料理する実習。登山や乗馬など。指導する先生は、体験させる事で、二人がどんな環境におかれても、生き残る訓練をさせた。
 二人のために、専門の先生が指導してくれる。疑問を持ち、質問すると、解りやすく説明してくれた。
 先生と呼ばれる人の中には、この村に移り住んで生活している人も多くいるようだ。
 この村、独特の民族衣装を纏い、村人たちに溶け込むように暮らしている。
 この村の住民も、かつては海の向こうにある島国から移り住んで来だのだと聞かされた。
 この土地は、米を作る場所に適した気候と、『温泉』が湧いている。その風土が、故郷と似ているという条件で、開拓を許され、この村で暮らすようになったと師匠が話してくれた。
 二人は、いつでも入れる温泉が気に入ったようだ。 
 村人たちはひと仕事終えると、温泉の湧き出る集団浴場に行き、男女別々に分けられた浴槽よくそうかって、一日の疲れを癒やしている。 
 カノイとノアーサも、授業が終わると、夕飯前に温泉に行くように言われた。温泉に浸かると、訓練で受けた切り傷や、すり傷も治りが早く、体も暖まり、熟睡できるのである。 
 夕飯が終わると、消灯までの間は勉強時間。二人で今日、学んだ事の復習や、明日の授業の準備をする。
 互いに切磋琢磨せっさたくまし合う事で、寂しさを紛らわしているようにも思えた。

    【学舎まなびやでの生活】


 気が付けば、この村で暮らすようになって、早くも三ヶ月が過ぎていた。
 毎日、決まった時間に起床して、体力づくりや、身の周りの家事をこなし、学校に通う。一通りの習慣が、身に付いたと感じた頃、二人の環境にも変化が生じてきた。
 この村の言葉が、少しづつ理解できるようになってきたのである。この村には、三ヶ国の言語が、日常で使われているようだ。黒い髪と瞳を持つ村人が話す「和語わご」。タルタハとの国境をへだてた村である事から、「タルタハ語」を話す人たち。勉強を教えてくれる先生は、二人の母国語である「アスケニア語」で授業を行ってくれていた。 
 二人は、村の言葉を理解しようと、「和語」に使われる文字を、読めるように自ら勉強し始めた。
 そんな二人の為に、「和語」の時間割を設けた。和語の授業を受ける中で、二人はこの村の民俗が、特殊な能力の持ち主である事に気付いてゆく。
 この村の住民は、耳が良い。虫の鳴き声を聞き分け、鳥の鳴き声や、雨、風、嵐などの自然の気候を読み取り、「雨」という言葉ひとつにしても、様々な言葉で表現される。
 文字が三種類も存在し、それを組み合わせて、名前や店などの看板が、村に表記されている。
 言語も丁寧語ていねいご尊敬語そんけいご謙譲語けんじょうごと、身分や年上の人たち、場所などで、言葉を自然と使い分けて、会話が行われているようだ。 
 また、人の心が読めるのかと思う程に、村の住民、誰もが、譲り合い、周りと共有しながら助け合って生活していた。 
 それが不思議だと答えたら、和語の先生も、松木も「我々の民俗ではごく当たり前な事。君たちに言われるまで、気付かなかった」と答えた。
 二人もそれを真似て、彼らの文化に溶け込む努力をし、鳥の種類の鳴き声は、何とか聞き分けられるようになった。しかし、何年経っても、虫の鳴き声だけは、最後まで聞き分ける事は難しかった。 

      *

 そんなある日のこと、一人の若者が、二人の学舎を訪れた。
「師匠。只今ただいま、戻りました」
 彼は村の民俗衣装ではなく、アスケニア王国騎士団の軍服姿で、松木を訪ねて来たのである。
タケル。お帰り」
 二人は丁度、野外で武具の指導を受けている最中であった。
「紹介しょう。君たちの兄弟子となる天野尊アマノタケルだ」
 二人にタケルと呼ばれた若者を紹介し、この子たちが、王国騎士団の子息であると告げた。
「私の弟子は、王国騎士団の第三師団に入隊する者が多くてね。彼もその一人だ」
 王国騎士団の第三師団は、騎士ではあるが、隠者スパイ暗殺者アサシン野伏レインジャー。といった隠密おんみつ剣士が所属している。その大半が、この村の出身だと、松木が話してくれた。
「尊。丁度良かった。この子らに短剣クナイの扱い方を指導してくれないか。君はクナイの扱いが優等生だったからね」
 村に戻って早速、クナイの指導をする事になった。
 タケルは、長髪をひとつに束ね上げ、年は二十代前半くらいであろう。女性のように艶やかな黒髪が印象深い。
「何度か練習するうちに、感覚を掴み、体が自然に動くようになる。まずはお手本を見せるよ」

 彼はそう言いながら、素早く身を交し、二刀流での実技を解りやすく二人に指導してくれた。
「流石だね。タケル。君は兄弟子として、年下にも上手く指導ができているよ」
 松木は、これまでに多くの弟子を育ててきた。
 彼の元を巣立った後、弟子たちは騎士団や、貴族。王族の護衛として遣え、活躍している。尊もその一人で、王国騎士団に籍を置いていた。
 彼は、二人にクナイの持ち方や、扱い方を指導してゆく。クナイはつるぎや短剣より軽く、投げる事も可能だと、実戦を交えての指導は二人にとって、充実した訓練となった。 
 その後、ノアーサはクナイの実戦をきっかけに、短剣の二刀流で戦うようになっていった。

      * 

「王国騎士団から、手紙を預かって来ました。差し出し人は、あの子たちの母親です」
 実技訓練が終わり、松木とタケル学舎まなびやの校長室にいた。
 学問においては、他の先生が二人を指導する事になっている。各科目ごとに専門の先生が、授業を行っていた。
 校長室で、タケルは松木に、二人宛の手紙を二通、差し出した。
「その手紙は私が預かるよ。あの子たちは村に来て、まだ三ヶ月しか経ってない。里心がついて、帰りたいと言われては困る。王国騎士団に戻ったら、総長と団長に伝えておくれ。年に一回の通知表には、成績表の他に日常生活や成長記録も記述しておくと」
「その手紙を破棄はきされるのですか」
「そんな意地悪な事はしないよ。来月、あの子たちは七五三しちごさんをする。手紙は、その時に渡そう」
「解りました」
 そう言って、松木は手紙を受け取ると、机の引き出しにしまった。
「尊。今回も、粛清された人たちの受け入れかい」
 松木は、尊が里帰りした目的を聞いた。
「はい。この村でかくまっては頂けないでしょうか」
 ヘンリー国王が即位してからというもの、国を支える官僚や貴族が多く粛清しゅくせいされてきた。国王は嫉妬しっと深く、自分より信頼の篤い貴族たちを妬み、財産や爵位を剥奪はくだつするだけでは飽き足らず、命まで奪っている。近頃は、国の為に貢献している学者や、芸術家たちも粛清が及んでいた。
「今年に入って、何人目だ」
「この村で受け入れた数は、今回で十五名です」 
 国王が処刑命令を下した人々を、王国騎士団は『処刑した』と偽装報告書を国に提出。その後は、騎士所有の領地で匿っていた。
「村人として受け入れた人たちは、村の子供たちの『手習い』の先生になって貰った。学者や研究者の中には、農作業を手伝いながら、穀物の研究する人もいる。大変、助かっているよ」
 松木は受け入れた村人たちの状況を話す。
「あの子たちは、教育と剣術。生活において、最高の指導者に育てられていると、彼らの両親には報告しておきます」
 二人の両親は、尊が里帰りすると聞いて、手紙を託されたようだ。彼は村での生活を、騎士団に戻ったら、二人の親たちである総長や団長に報告することだろう。
 表向き二人は、王国騎士団を圧制する為の人質となっているが、松木は二人に暗殺者アサシンとしての訓練も少しづつ指導してゆこうと考えていた。
 この二人を、国王簒奪のために十年かけて育てて欲しいと『あの御方』に頼まれた。その為の十年はまだ、始まったばかりである。
 

   【師匠ししょうの松木】

 この村の領主を勤める松木は、過去に王女の護衛として、王宮に遣えていた頃があった。  
 その縁がきっかけで今、王国騎士団の子息を預かる事になろうとは、人生とは何処で繋がっているか解らない。 
 当時二十歳だった松木は、国境警備で村に赴任してきた初老の騎士に剣術を見込まれ、王都で騎士にならないかと誘われた。
 騎士には興味無かったが、父親から『外の世界を知るなら若いうちだ』と、王都に武者修行に出されたのである。
 王都へ出て、初老の騎士から紹介された役所ギルドを訪ね紹介状を渡すと、直ぐ様、配属先を言い渡された。
 定年を前に、国境警備で赴任してきた騎士が松木を推薦した先は、王宮の近衛師団このえしだん。彼は村に来る前に、この師団の団長を勤めていた。彼の紹介ならば信頼できると、王女の護衛に抜擢ばってきされたのである。
 当時のアスケニアは、十六代国王エルスリーデが国を治めていた。国王は、女性の社会進出と独立を尊重し、身分、民俗による差別を無くそうと尽力した国王である。
 エルスリーデ国王の第三王女エスメラルダは、当時十四歳。王女は自由奔放で、松木はそんな王女に振り回される事が多かった。それでも彼は、懸命に王女の護衛を勤めた。

 王女の護衛を勤めるようになり一年が過ぎようとする頃、王女は政略結婚せいりゃくけっこんが決まる。
 王族の女性は生涯の伴侶を、自分で選ぶ事はできない。婚姻こんいんは、自分の為ではなく国のために行うものだと教育を受ける。王女にはそれが不満だった。
 父である国王は、国民に女性の社会進出と独立を推進しているのに、王族は、未だに古いしきたりや伝統を守る事が大切だと、王女を縛りつけている。
 婚約相手にも不満はあった。相手は二十歳も年の離れた隣国タルタハの第三王子で、前妻に先立たれ、王女を後妻として迎え入れたいという。
 不満を嘆く彼女を慰めようと、松木は祖母に教わった折り鶴を、王女の目の前で折って披露する。彼の手先の器用さに、王女は驚いて見入っていた。折り鶴を折り終わると、無言で王女の掌に乗せる。
「ありがとう」
 王女は、喜んでくれた。たが、その翌朝に事件が起こる。王女がいなくなったと、侍女たちが騒いでいる。松木は王女を探して三日間、昼夜問わず王都を探して回った。
 漸く王女を見つけ出した場所は、王都郊外の森の中。王女は、同い年の男女六人と行動を伴にしていた。
 王女と共にいた彼らは、騎士見習いの若者たち。野営訓練で森に数日間、停泊しているという。王女は街の郊外で、騙され連れ去られそうになっている所を、運良くこの子たちが駆けつけて、助けて貰ったと話してくれた。
 王女を無事に保護し、騎士見習いの男女六人の若者たちに御礼を言うと、王女は王宮に戻った。
 その後、輿入れまでの一年の間、王女は『嫁ぐ時の船は、叔父が設計した船がいい』『私を助けてくれた騎士見習いの子たちに、御礼をするべきだ』と国王や王太子に我儘を言っていた。
 国王は王女の最後の我儘と、今は亡き弟のエドワードが、生前に設計した船を図面通りに作らせ、タルタハに輿入れする時の船とした。
 騎士見習いの六人が通う騎士養成学舎アカデミーにも王女と共に赴き、王女を保護してくれた謝礼として表彰し、勲章を授与した。
 この時王女は六人に、『旅立ちの日に港まで見送りに来て欲しい』とお願いしていた。 
 輿入れの日、松木は王女の最後の護衛を勤める。王宮から馬車に乗り、港まで王女を送迎した。港で、騎士見習いの六人が王女を見送りに来ている。
 王女にとって彼らが、同い年の最初で、最後の友達となった事だろう。その六人は後に、三組の夫婦となり、今は王国騎士団に在席していると聞いた。


 あの時の若者六人と、松木は再会することは無かったが、その二十年後に別な形で、この六人のうち二組の夫婦の子供たちを預かる事になる。
 松木は王女が、タルタハヘ輿入れした後、エルベルト王太子から騎士の称号を授与された。同時に自分の住む村は、騎士管轄の領地に昇格する。
 騎士の領地になれば、国境警備に赴任してきた騎士や兵士たちに、赴任手当が支給される。
 領地では収穫した野菜や穀物、捕獲した野生の獣肉などを、商人も高値で買い取るようになるだろう。何より、村人たちの治安が保証される。
 王都で騎士見習いとして勤めた二年間は、多くを学び、先祖が渡って来たという海を見る事ができた。
 松木はその後、故郷の村で領主となった。剣術の師範でもある松木は、村で多くの弟子を育て、妻を娶り、三人の子宝にも恵まれた。 
 あれから、二十年の歳月が流れ、国はその間に、三人の国王が代替わりしている。
 エルスリーデ国王が老衰で崩御ほうぎょ後、王太子のエルベルトが即位して、三年目に突然死。その後、王族たちが次々と不慮の死を遂げ、エルベルト国王の従兄弟にあたるヘンリー王子が国王に即位した。
 ヘンリー国王は、即位して二年の間に多くの国民を粛清へと追い込んでいる。
 そんな矢先、松木の元に一通の手紙が届いた。それは内閣府の封筒に入っていて、内情を偽装してる。まさかと思い、中身を開けると、タルタハに嫁いだ王女エスメラルダからであった。
 彼女の手紙によると、『内閣府の職員として、息子をアスケニアに送り込んだので、我が子に協力して貰えないだろうか』と書かれてあった。
 松木は、二十年ぶりに届いた王女の手紙に、懐かしさ以上に、理由わけがあるのではと感じて、内閣宛に返事を出したのである。

       *

 松木の元にエスメラルダ王女から手紙が届いて数日後、彼の元に一人の若者が訪ねて来た。
 松木はひと目見て、エスメラルダの息子だと確信した。王女と同じ碧眼で、髪の色は赤毛の長髪。年は二十歳前半であろうか。叔父にあたるエルベルト国王の面影が重なって見えた。
「お初に、お目にかかります」 
 彼は、松木にこうべを垂れて挨拶する。
「母から、幼少の頃より、貴方の噂を何度も聞かされ、興味を抱いておりました。この国アスケニアを訪れたら、真っ先に貴方にお逢いしたいと、本日、罷り越した次第です」

 事は急を要するのではないか。そうでなくては、この国境区域の村まで、王侯貴族が一人で来るような事はしないと、松木は彼を屋敷へ招き入れた。
 エスメラルダ王女の息子は、ウィルフォンス・Sサーバス・アスケニアと名乗った。勿論、その名をこの国では名乗れない。内閣府では偽名を使い、国王には親族と気づかれないように、髪の色も変えていると話した。
 二人は互いに、先王のエルベルトの生前の思い出を語り合いながら、彼が奇策で誰からも慕われた国王であり、早すぎる死を悼んだ。
「私は、志半ばこころざしなかで亡くなった叔父の無念を晴らしたい」 
 先王エルベルトの思い出を語り合った後、ウィル卿はそう呟いた。
「今すぐにとはゆかないが、私は簒奪さんだつしてこの国の王になる。そのために今は、信頼できる仲間が欲しい」
 ウィル卿は、タルタハで王族として育ったが、母は後妻のため、自分には王位継承権は無いと語った。
「このままでは、国は確実に崩壊するだろう。その前にヘンリー国王を退位させねばならない」
 ヘンリー国王は、気に入らない事があると腹を立て、侍従や側近に暴力を振るう事も珍しくないという。
「松木殿。貴方の事は調べさせて貰った。貴方の弟子たちは、粛清を言い渡された有能な国の人材を、この村で匿っている。その勇気ある行動に、私は感心しているのだ」
「あれは、私の弟子たちが勝手にしている事だ。私も、殺生は好まない」
 松木は、弟子の行いには無関心だと言いながらも、村人として、粛清を逃れた人たちを受け入れているようだ。
「その粛清びとの死亡届けと、新たな戸籍を作る手助けに、私も協力している。彼らを真似て、領地を持つ騎士たちが、粛清された人々を領地で匿う動きがある。騎士の領地ほど信頼され、領民を保護できる場所は無いからな」
 騎士が持つ領地は、国の食料である農業。畜産。漁業を賄っている。食料の自給率が高く、国の経済も維持できていた。また、騎士の領地での犯罪は刑も重く、出入りも厳しい。貴族や王族でも、通行許可証がなければ領地に許可なく立ち入る事はできない。
「嫉妬深い国王でも、国の治安を守る騎士を、粛清する事は出来ないだろう。領地を圧政すれば、国の経済にも影響する」
 松木は、そう答えた。
「だが国王は、騎士たちが国に忠義を誓う証として、王国騎士団の子を人質に差し出すようにと、要求してきた」
 ウィル卿は、松木にそう告げた。国王は何処まで国民を信用できないのかと、松木は疑いたくなる。
「王国騎士団の総長と団長は、我が子を人質として差し出すと言ってきた。まだ六歳の男女二人の子供が騎士存続のために、親と引き離される。悲惨な行為とは思わないか?」
 国王は王国騎士団の子を人質にする事で、国の各騎士団を圧政し、自分に逆らえないようにと、圧力をかけ支配しょうとしていた。
「私は、王宮で護衛を勤めていた頃に、九つだったヘンリー国王にお会いした事がある。あの頃から、愛想の無い子だったが、そのまま大人になってしまったようだな。」
叔父ヘンリーは両親の顔を知らずに育った。父親であるエドワードが、我が子と認知してくれなかった事をずっと根に持っているようだ。その影響か、人を信じ、愛する事ができない。人質として預かった子供たちも、辺境に送るよう内閣府に命令を出してきたよ」
 ウィル卿は、そう言うと正座して両手をついた。
「松木殿。お願いがある」
「騎士の御子息をこの村で、受け入れて欲しいとの要求かね。確かにここは、辺境には違いないが」
 松木は、ウィル卿が語る前に、彼の要求を見抜いたようだ。
「勿論それもある。この村を選んだ理由のひとつは、松木殿。騎士の御子息を、私の護衛となるよう教育して欲しい」
 ウィル卿は、騎士の子供たちに特別な教育を受けさせる為に、今後、粛清を逃れた学者。研究者。芸術家などをこの村で匿って欲しいと願い出た。
「私の希望は、人質として連れて来られた騎士の子たちをサムライにする事だ。松木殿には剣術指導をお願いしたい」
 国王は、騎士の子供を人質にする事で、王国騎士団を圧政できたと、充分な自己満足を得ているようだ。人質として引き取った子供たちの身柄は、内閣の判断に任せると言ってきたという。
「国王のいい加減さが、むしろありがたい。この子供たちは、私が簒奪の時に利用させて貰おう」
「ウィル卿。言葉を訂正するようで悪いが、私の弟子たちは、サムライではなくシノビだ」
 松木はサムライとは、別名武士ブシ。この国では、騎士階級の人を指し、シノビは隠者や暗殺者のような役目を担っていて、別名は忍者ニンジャだと彼に大まかな説明をした。
 それでも、騎士の称号を持つ松木が育てた弟子たちは、評判が良かった。
「なるほど。貴方の弟子たちが身軽で、様々な武器を使い熟せるのは忍びの技か。実に興味深い。是非、あの子たちにその技を習得させ、私の護衛騎士とさせよう。問題は訓練期間だ。一人前に育つまで何年かかる?」
「約十年。その前に、その子供たちが私の訓練にどれだけ耐えられるかが、重要ではあるが」
上位騎士パラディンの御子息だ。私は、問題無いと信じている」
 松木は、ウィルフォンス卿が時期国王に即位するための基盤を既に、作り初めていると感じた。 
「ところで、松木殿。私はこの村の温泉というものに、興味がある」
 話が一段落着いて、ウィル卿は訪ねる。
「では村の旅籠はたごへ案内しょう。温泉付きで、部屋の中庭に露天風呂ろてんぶろを備えた宿がある。」
「それはまた、興味深い」  
 この村は、国境に開けた村のために、宿場も備えそなられていた。利用するのは許可証を持って、村の穀物や野菜。獣肉などを仕入れに来た商人たちである。
 ウィルフォンス卿は、松木の住む村で数日滞在し、温泉や食文化に触れた。
「素晴らしい。辺境とはいえ、この村はまさに理想郷だ」
 ウィル卿は、村の滞在にご満悦だったようである。
 松木は、騎士の子供たちをこの村で引き取り、ウィル卿の護衛として育てる約束をして、今後の話はまとまった。
「松木殿。私は貴方の村と騎士の子供たちに、立場的な援助えんじょしか出来ないが、『我が子ら』を頼んだよ」
 村を出るとき、ウィル卿はそう告げて王都へと帰って行った。
 彼が『我が子ら』と名付けた騎士の子供たち。まだ、出逢ってはいないが、ウィルきょうの護衛に相応ふさわしい人材となるよう育ててゆかなければならない。
 一ヶ月後、王都に住む村の住民が、男女二人の子供を松木の元に連れて来た。
 男の子はカノイ。女の子はノアーサと名乗った。アスケニア人で王国騎士団の子息。かつての教え子と同じように育てて良いものか、戸惑いながらも松木は二人にしのびの技を伝授してゆくこととなる。

  【訓練の日々】
 
 村に来て、半年が過ぎた。年が明けて二人は七歳になり、本日二人は、晴れ着と呼ばれる着物を着付けて貰っていた。
 この村では、七歳を迎えるとお祝いをするという。数カ月前に、七五三という祝いで、二人は母親たちからの手紙を受け取った。その時、両親が離れていても見守っている事。成長して戻って来る日を待っていると書かれた手紙に、二人は頑張ってゆこうと、子供ながらに決心したようであった。
 七草の祝いは、この村で子供の伝統行事。村に奉らまつれている神社にお参りし、怪我や病気をしないように宮司ぐうじと呼ばれる人にお祓いはらして貰うもらという。本国でいう洗礼せんれいに近い儀式だと、松木が教えてくれた。
 

 二人はこの村で、異民族の文化に触れ、伴に切磋琢磨せっさたくましながら村での暮らしに慣れていった。
 松木も彼らの訓練に、柔軟性じゅうなんせい瞬発力しゅんぱつりょくを取り入れ、日々の指導もきびしくなる。それでも、二人は必死で訓練に励んでいった。
 

     *

 月日の経つのは早いもので、二人がこの村に来て、五年の歳月が流れ、十二歳を迎えた。
 身長も、村に来た頃よりだいぶ伸びて、体や心にも互いの変化が見られるようになる。
 松木も、三人の子供を持つ父親だから解るのだが、思春期で、難しい年頃になって来たようだ。訓練の最中によく二人は、喧嘩するようになってきた。
 そんなある日のこと、二人が居なくなる事件が起こった。 
「すまない。そう、遠くへは行ってないと思う。お前たちの心当たりがありそうな場所を、探してくれ」
 松木は村に住む弟子たちに声をかけ、二人を探すように命じた。辺りも暗くなって来ているので、皆は松明たいまつを手にして、二人の捜索に協力してくれた。
「そういえば、ノアーサちゃん。家に帰りたがっていたわね」

 松木の娘がそう呟く。十六歳になる友江トモエは、くノ一クノイチと呼ばれ、たまに貴族の屋敷で雇われる事もある。垂髪すいはつと呼ばれる髪型で、可愛い感じの娘だ。
「私も、探してくる」
 友江は心当たりがあるのか、忍び装束で村の外れへと走って行った。
 二人を見つけたのは、その数時間後。弟子たちが二人を見つけ出して連れて来る。その中には娘、友江の姿もあった。松木は、二人の元気な姿に安堵する。 
 二人は里心がついて、村である領地から関所をすり抜けて、王都へ向かおうとしていたらしい。関所を抜け出せたまでは良かったが、途中で道に迷い、その場で立ち往生していた所を、松木の弟子に保護されたという。
「怪我や事故に巻き込まれ無くて良かった」
 松木は二人にそう一言伝えた後、この村から歩いて王都まで向かえば、五日以上もかかることを告げた。
「それでも、家に帰りたかった」
 カノイがそう呟く。近頃は声変わりして、声が以前より低くなって来ている。
「師匠。正直、もう限界です。」
 ノアーサがそう答えた。
 確かに今年に入って、二人は勉強において学ぶ量も、訓練の時間も増え、休日には学んだ事の予習やおさらいに費やさなくてはならない程、忙しくしていた。
「君たちは、必死に努力していて、剣術も勉強も良い成績を収めている。それは認めよう。それ以外に不満があれば聞こう」
 松木は、二人に疾走した理由を訪ねた。

「この村に来て、両親の手紙を受け取ったのは、五年前。それでも、タケルさんが帰ってくると、王国騎士団の両親のことが聞けて安心できました。でも、その尊さんも近頃は村に戻って来ません。もう自分たちは、親に捨てられたのではないかと、お互い不安になり、確かめたくて村を出ました」
 カノイがそう答えた。
「私が帰りたいと。カノイは私の後を追いかけて来ただけです」
 ノアーサがそう口添えした。松木は、二人の寂しさを解ってはいた。だからこそ、弟子や自分の子供らと家族のように接してきたが、やはり実の親ほど恋しいものはない。
「我が子を心配しない親などいない。君たちのご両親も、君らと同じく、寂しさに耐えながら、再会する日を待っている筈だ」
 松木が、二人の両親の立場でそう話した。
 今、国内では王様に不満を抱いた民衆が、各地で暴動や内戦を起こしている。そのため、治安も悪化し、王都に向かう道のりは、非常に危険だと松木は二人に説明した。
 松木は、二人がこの村に引き取られている事で、国内の騎士が所有する領地だけは、接収を免れていると語った。
「師匠。僕たちは、家族と暮らしたい。何故、そんな当たり前の事が許され無いのですか」
 カノイが松木に訪ねた。二人が村に来て五年が過ぎ、これまでの暮らしに疑問を感じる年齢になって来たようだ。松木は、二人が村に連れて来られた本当の目的を告げた。
「君たちは、王国騎士団が国王に忠義を尽くすあかしとして、この領地に引き取られた人質だ」
 その言葉に二人は、自分たちが、親元に戻れない本当の理由を知らされた。
「私は君たちを『国の預かり者』として、立派に育て、五年後には国に返す。その目的のために君たちを育ててきた」
 二人が身勝手な行動をとれば、両親のいる王国騎士団を含め、国の各騎士団に悪影響を及ぼすのだと、真実を聞かされた。
「だが、私は君たちを人質と思った事は一度もない。私の弟子として、今後も指導してゆく。不満はあるか」
 その言葉に、二人は戸惑いの表情を浮かべる。この村での日常は大変ではあるが、環境には恵まれている。村人たちや松木の家族。弟子たちが二人を村の住民として受け入れ、今も心配して探しに来てくれていた。
 二人には、高い知識や教養を、指導してくれる村人たちがいる。彼らは過去に、国の政治。経済。法律。化学や医学。薬学などの分野において、国を代表する偉人たちに違いない。
「今の生活に、不満はありません。でも、家族と暮らせないのは正直、辛いです」
 カノイがそう答えた。王国騎士団に所属する松木の弟子たちは、今年に入って誰一人、帰省してない。
 国の各地で、暴動や内戦が起きた。その暴動を阻止するために各地に出兵しているという。
 辺境で、タルタハの国境にあるこの村には、国外へ逃亡しょうとする避難民も増えている。
「君たちの寂しさは解らないでは無い。だが、今は修行に専念してくれ。そうする事で、国の半数の民と、経済は救われる」
 松木は、二人にそう告げた。まだ、ウィル卿の事を話す時ではない。この村を出る時まで、将来二人が遣える主君の事は黙っておこうと決めていた。
「君たちはこの村にいる事で、充分に両親、いや領地を所有する騎士や、その地に住まう領民を救う役目を担っている。その事を忘れないでいて欲しい」
 松木の言葉に、二人は自分たちの立場を理解したようである。その後、二人は村を逃げ出す事は無かった。


  【訃報】

 その後も二人の成長は目覚ましく、体力や勉強に置いて互いに切磋琢磨しながら、成長していった。
 疾走事件から二年が過ぎ、二人は十四歳になった。この年になると、扱いも難しくなる。
 体は大人へと成長し、互いに意識し合うようになって来ていた。かつては、兄妹のように接していた仲も、今は異性として見てしまうようで、接し方に戸惑うのか、カノイがノアーサに対して、怒りっぽい態度をとるようになっていた。
 二人の仲を見兼ねた松木の娘、友江ともえがカノイに問い正した。
「カノイ君。もう少し素直になったら。ノアーサちゃんの事、好きなんでしょ」
 友江は二人よりも四歳上の娘で十八歳。年も近い事から、二人の訓練を担当していた。
 カノイが彼女と目を合わして話そうとしない。図星だと解っているから、不機嫌な態度をとってしまう。いわば反抗期である。
「大切な人の前では素直になっておかないと、後から後悔するわよ」
「僕が大切な人は、ノアーサではなく、三年後に訓練を終えて、自分を迎えてくれる両親です」
 友江の言葉に反発するようにカノイが答えた。
「素直じゃないわね」
 友江が、ため息交じりでそう答えた。好きな程、意地悪したり、傷つく言葉を浴びせてしまうのが男の子。そんな態度を友江は、可愛いと思う。だが、ノアーサはカノイに怒鳴られるのが嫌で、近頃はカノイを避けていた。
 この年になると、ノアーサはたまに体調不良起こして、訓練を休むようになった。友江はそうっとしておいた方が良いとカノイに伝えたが、彼は二人一緒でないと訓練が遅れると、彼女の部屋へと押しかけた。
「ノアーサ。仮病けびょうは止めてくれ」
 ノックもせず、彼女の部屋に怒鳴り込んできたカノイは、ノアーサが着替えているの事にも気づかないまま、勢いで、彼女をベッドへと押し倒していた。
 ノアーサも一瞬の出来事で何が起きたのか解らない。下着姿のままで、カノイに押し倒され、片方の乳房を掴まれている。 
「いやっ!」
 ノアーサの声で、カノイは我に返った。自分は、ノアーサが訓練を休む理由を聞きたくて、部屋を訪れたはずだ。それなのに今の態度は理性を失い、彼女に乱暴を働いたとしか思えない。
「ごめん。そんなつもりじゃ」
 そういって、押さえつけていた彼女から離れた。
「出ていって」
 彼女は、下着から開けた乳房を両腕で隠しながら、今にも泣きそうな声でそう呟く。
「あなたは私をそんな風に見ていたの。酷い」
「ノアーサ。これは事故だ。思い通りにならない事に腹を立てて、ノックもせずに入ってしまった僕が悪かった」
 彼女はベッドの上で膝を抱え込み、顔を埋めている。泣きたいほど、恥ずかしい思いをさせてしまった事をカノイは詫びた。
「ノアーサ・・・つい、カッとなってしまって。君が訓練を休むと、遅れが出てしまう。それが許せなかったんだ」
 彼の言葉に彼女はうずめていた顔を起こした。
「男の貴方に、このつらさは解らないわ」
 月経による、目眩めまいや腹痛で無気力状態。そんな時に怒鳴られたら、悲しくなってしまう。そんな彼女の気持ちを理解してあげようとせずに、自分の事しか考えていなかった事を、カノイは恥じた。
「そうだね。君の気持ちを解ってあげられなくて、ごめん」
 そういってカノイは彼女の部屋を出てゆく。部屋の扉を閉めた後、切なくなる。
 かつての幼馴染みのような感情が抱けない。彼女の体が大人の女に成長していた。ノアーサが好きだ。その気持ちを告白して、否定されるのが怖い。彼女の扱いに戸惑うカノイであった。


     *
  
 今年は国の各地で内戦が頻発ひんぱつしている。国境付近に開けたこの村も、戦地から逃れて多くの難民が押し寄せてきた。
 松木は、村の領主として国境を隔てた平地に、住居用の天幕を用意し、難民の居住地を備えていた。
 この村で暮らしている松木の弟子たちは、自警団じけいだんや、国境警備こっきょうけいびの兵士として村を守っている者が多い。そのため、二人は弟子たちの手伝いをさせられる事もあった。
「ソマリアの内戦に、王国騎士団が出兵したそうだ」
「あの領地は、町を築ける程に、産業も盛んで、領民の生活も良かった筈だが、そんな町が何故!」
「領主様が不正ふせいを働いたとか。きっと、王様に媚びるために他の貴族が嫉妬して、ソマリアの領主様に濡れ衣を被せたのだろう。領主一家はその後、行方不明と聞いている」
 難民たちの会話がカノイの耳に入る。自分の両親もきっとソマリアの内戦で庶民を守るために戦っていることだろう。そう、思うと勇敢な両親を誇らしく思えた。
「カノイくん。薬品を運ぶの手伝ってくれないかな?」
 カノイを呼ぶ声がして、彼はそばにいた医師の元に駆け寄った。
 避難所には、王国騎士団の医師らが、難民救済のために勤めている。医師団の一人で、小児科医のローラッド・グリスケレーは、ノアーサの母、ローズの従兄弟いとこだと語った。長身で、ブラウン系の癖のある髪に、蒼眼。小児科医という事もあり、優しい口調でカノイに語りかけて来る。
「いゃあ、驚いたね。ノアーサちゃんは、ローズにそっくりだ。」
 薬品を運びながら、ローラッドはそう話した。
 彼は、外科医であるノアーサの母が今、戦地のソマリアに派遣はけんされている事も教えてくれた。
 ローラッドには四人の子供がいて、その四番目の子供の出産を見届けてから直ぐに、この難民キャンプに配属されたという。
「カノイ君は、親と引き離されて寂しくはないかい?僕は子供たちに逢えないのが寂しいよ。」
 ローラッドの妻はリランといい、王国騎士団で、助産師を勤めている。今回は、自身が四番目の子供を出産したばかりで、育児休暇中だと語った。
 そんな会話をしていると、カノイの元に、松木が訪れる。カノイとノアーサに直接の面会だと告げた。
 面会と聞いて、普段なら誰だろうと楽しみな筈だが、その言葉に胸騒ぎを覚えた。
 そばにいた、医師のローラッドにも関係する重要な話だと聞かされ、二人が通う学舎へと急いだ。
「カノイ君。ノアーサちゃん。久しぶり」 
 学舎の入口で、松木の弟子であるタケルが王国騎士団の喪服姿で立っている。数年ぶりに逢えた尊に、二人は彼との再会を喜んだが、尊の表情は冴えなかった。
「学舎に入ろうか。君たちに会わせたい人たちがいるんだ」
 そう言われて、カノイとノアーサ。そして医師のローラッドが、学舎の応接室へと案内された。
 部屋に入ると、王国騎士団の喪服を纏った一組の男女が控えている。ノアーサはその男性が、兄のノルマンだと解る。彼女の家計は、髪に特徴があり、癖っ毛である。七年の歳月を得て、兄は青年へと成長していた。
 直ぐ様、兄との再会を喜び合う状況でない事は、黒の軍服で解る。訃報ふほうを伝えに来たに違いない。
「カエサル・フォンミラージュとローズ・カイレオールの御子息で間違いはないか」
 訪ねられて二人は『はい』と答えた。
 兄はその後、騎士として、二人の前に詔書を広げて読みあげた。
「王国騎士団第一師団。団長カエサル・フォンミラージュ。同じく王国女性騎士団。団長ミランダ・フォンミラージュ。王国騎士第二医師団。外科医ローズ・カイレオール。この三名はソマリアの内戦に置いて、勇敢に責務を果たし、ここに戦死したことを報告する・・・以上」
 その知らせに、二人は何かの間違いだと疑い、暫くは声も出せなかった。
「ノルマン。それは事実なのか。カエサル団長夫婦とローズが・・・」
 動揺した叔父ローラッドの声に、ノアーサが泣き崩れた。
「これは嘘よ。医師のお母さんが、死ぬはずは無いじゃない。今直ぐ王都に行く。兄さん、私を王都に連れて行って」
 ノアーサは話しながら、涙が溢れてくる。母の死を受け入れられなかった。
「ノアーサ。俺を覚えていてくれたんだな」 
 そう言うと、ノアーサの頭に軽く手を触れた。七年ぶりに再会を果たせた兄。その手は大きく逞しい。
「カノイ。ノアーサ。親たちの葬儀は、ひと月前に済ませた。お前たちは、あと三年経つまで、王都に戻ることは許されない。解ってくれるか」
「納得ゆきません」
 カノイが、泣きたいのをらえ、そう呟いた。
「僕たちは、ここで十年学べば、両親に逢える。それを目標に、これまで頑張って来たんです。その希望を絶たれ、親の死に目にも逢わせて貰えない。これが現実ですか」
 怒りと悲しみを抑えきれないカノイに、ローラッドが語りかけた。
「カノイ君。君のご両親や、ローズが、命をかけてたみを守ったから、戦争は終結したんだよ」

 騎士は、命をかけて国や民を護る事を使命とする

 カノイの両親は、その使命を果たし、終戦。それは、とても名誉で誇れる事だと、ローラッドはカノイに言い聞かせた。
 両親の死を受け入れられないカノイを、ノルマンは強く抱きしめ語りかけた。
「カノイ。辛いよな。俺は自分の母親と、君の両親が死んでゆくのを目の前にした。カエサル団長は、騎士として立派な最後だったよ。ミランダ団長も。俺は、死ぬ間際に、お前たちの事を託されたんだ」
 そう言ってノルマンは、伴に連れ添ってきた女性を二人に紹介する。
 瑠璃色の髪と、茶色い瞳を持つ清楚な印象の彼女は、アン・ジュエリと名乗った。ノアーサとノルマンの母であるローズが、最も信頼していた看護師で、ノルマンは、アンと婚約している事を三人に告げた。
「おめでとう。ローズもきっと喜んでいるよ」
 ローラッドがお祝いの言葉を述べる。正直、訃報を聞いた後での事。少しだけ周りの空気が和やかになる。ノアーサも兄を祝福した。
「カノイ。今日から俺たちは、お前の家族だ。一緒に、四人で暮らさないか」 
 ノアーサの兄ノルマンは、この村に国境警備隊こっきょうけいびたいとしてこれから三年間、赴任すると二人に告げた。恋人のアンも、兄の赴任先について来たという。
「年頃の男女だから、不安や悩みもあると思う。ノアーサも、相談できる相手が必要だろう。お前達さえ良ければ一緒に暮らしても良いと、松木さんも許可してくれた」
「私、親を早くに亡くしたから、家族のいる生活に憧れていたの。一緒に暮らしてくれたら嬉しいわ。よろしくねカノイ。ノアーサ」
 アンは二人に挨拶した。母、ローズがお気に入りの看護師だったという理由が解る。とても、優しそうな人だとノアーサは思った。
 それから数週間後、カノイとノアーサは兄のノルマンに引き取られ、四人は家族となり、この村の一軒家で暮らすようになった。

     ✽
 
 カノイが両親の訃報を告げられていた頃、松木の元にはタケルが、王都での報告をしている。
タケル潜入捜査せんにゅうそうさ。ご苦労」
 尊は王国騎士団の任務で、刺客スパイとして教会騎士団に潜り込んでいたようだ。
「教会騎士団の団長から、『お前なら、この文字が読めるだろう』と渡されました」
 そう言って、松木の前に年期の入った小さな手帳を差し出した。手帳の文字は、村の住民の間でしか使われていない。その筆跡に松木は、心当たりがあった。
「教会騎士団の団長であったオリディエは、この村の出身で、織部敬三おりべけいぞうという人物に間違いありません」
 尊が松木に報告する。王国騎士団では死後、オリディエの遺体を引き取り司法解剖しほうかいぼうを行っていた。
 仮面の下に現れた姿は、四十代男性で、顔に火傷やけどの跡があり、目の色は黒。髪の色も白髪交じりの黒髪であったと伝えた。
「敬三に間違いないな。彼は数年前から、消息不明になっていたが、教会騎士団にいたのか」
 織部と松木は、共に剣術を競った仲であったが、親しかった訳ではない。彼は、早くに親を亡くし、顔に火傷の痕もあった事から、人と接する事を拒み、刺客の仕事ばかりを請け負っていた。
「敬三は刺客として一流だった。そんな彼と相打ちするとは、王国騎士団の団長もかなりな手練れだな」
 松木はカノイの両親を悼んだ。
「カエサル団長は、皆の憧れでした。そんな団長の死を教会騎士団側で、見届ける事しか出来なくて、辛かったです」
 松木は過去、二人の両親に一度だけ出逢っていた。当時、まだ四人は十代の若者で、騎士養成学舎アカデミーに通う生徒であった。
 松木は当時、アスケニア国、第三王女エスメラルダの護衛として遣えていた。二人の両親は、姫を助け、保護してくれた恩人として記憶している。
「あの子たちも今、親が殉職じゅんしょくした事を聞かされている頃だ。辛いだろうな」
 松木はそう言うと、尊に渡された手帳について訪ねた。
「手帳には、ヘンリー国王の命令で、国民を暗殺したことが記されています」
 そう言われて、松木は手帳の中身に目を通す。国王の側近として遣えた織部おりべことオリディエは、ヘンリー国王の護衛騎士として遣えていたようだ。その後、多くの司祭を粛清。その折に教会騎士団の団長も担うようになる。仮面は顔の火傷を隠す為に付けていたとされるが、表情が伺えない事から周りから恐れられる存在となっていた。
 事実、彼が殺害した民衆は千人を超えていただろう。ヘンリー国王に仕えた織部自身も、そんな国王の粛清に嫌気が差していたようだ。
 ヘンリー国王の暴君ぶりや、国王の命令によって暗殺した人物、処刑の日時等が、細かく手帳に記載してあった。
 手帳を読んでいて、ヘンリー国王の意外な一面も記されている。ヘンリー国王は阿片アヘンむしばまれているようだ。その阿片も、織部が直接与えたと記してあった。
「この事を、王国騎士団には報告したのか」
 松木は尊に訪ねた。
「はい。中身の文章もアスケニア語に翻訳し、状況証拠として提出しました」
 尊はその手帳を、織部の親族に遺品として渡そうと、持ち帰る許可を貰ったという。
「あの子たちの親を殺害したオリディエは許せないが、織部は、国王を簒奪に導く切り札を持って来た。その事には感謝すべきだろうな」
「この村に、織部の親族は」 
 尊が松木に訪ねる。織部が村を出たのは、十年以上も前の事である。この村の出身と判明しても、年若い尊には面識が無い。
「敬三は天涯孤独だった。事故で家族を亡くし、顔の火傷はその時のものだ。尊。この手帳は私が預かって構わないかい?」
 松木は尊に訪ねた。
「はい」 
 尊はそう答えると、松木への報告を終えて帰って行った。その後、松木は織部の残した手帳を読み、それをアスケニア語に翻訳して、ウィルフォンス卿へと送った。
「敬三。お前はいつも人に嫌われる生き方をしていた。だが、私はお前の死は決して無駄にはしない」
 松木はそう呟いた。今日は、あの子たちにとって、辛く悲しい日となった事だろう。
 生きていれば、辛い出来事は必ずやって来る。松木は、二人が両親の死を受け入れて、強くなってゆく事を願った。


  【村を出る日】

 まだ、子供だと思って育ててきた二人も、この村に来て、約束の十年目を迎えた。
 ノアーサの兄は三年前に、この村へ国境警備隊として赴任してきた。この時に、カノイとノアーサを保護者として引き取った。
 そのひと月後に、婚約者のアンと結婚し、村で松木夫妻が仲人を勤め、祝言しゅうげんも挙げた。

 カノイとノア―サは、兄夫婦と共に暮らすようになり、家から学び舎に通う生活を続けている。
 二人は、兄夫婦と暮らす環境の中で、同胞とは別に恋人という間柄になっていた。
「私が教えるべき事は全て伝授した。ウィルフォンス卿にはその事を伝えておいたよ」
 松木は、校長室に来ていたノルマンにそう告げた。二人が巣立つ時が来たようだ。
 ノルマンはこの三年間、松木の領地で、国境警備隊として勤めを果たし、直ぐに村人たちと打ち解けた。
 鷹匠たかじょうを楽しむ仲間ができたりと、村での生活も充実しているようだ。
 妻となったアンも村の診療所で看護師として、村人たちから信頼を得ているようである。家庭に置いては、良き妻であり、義姉あねであった。
 ノアーサはアンとも直ぐに打ち解けて、家事や料理を手伝うようになり、女性としての嗜みを教わったようだ。
「三年という月日は、本当に速かった。村での生活は名残り惜しいが、ウィル卿も成長した二人を待ち侘びていることでしょう。」
 ノルマンは、松木にそう呟いた。
「ノルマン殿。貴方たち夫婦が来てくれた事で、あの子たちは救われた。一方で、予想外のご縁に、私は驚いてもいる」
「私も貴方が、アンの叔母であるエスメラルダ夫人の護衛騎士であった事。我々の両親とのご縁があった事には、驚きです」
 二人は互いの必然を語り合い、そして、カノイとノアーサの最終訓練の計画を練った。
「村は米や作物の収穫を終えたばかりだ。夜に田畑で野焼きを行う。あの子たちには、村で大火災が起きたと思わせよう」
 松木は、村が隣国タルタハからの奇襲を受け、崩壊したと国をあざむかせる。その隙に、ノルマンとアン。粛清を逃れ、二人の教師を勤めた村人たちを、タルタハに亡命させるという計画を練った。
「松木殿。我々の亡命を理由に、領地を犠牲にしてしまうが、申し訳ない」
「その事なら問題ない。ここは忍びの村だ。村の至る所に罠を仕掛けた。二人が村へ引き返す事も計算して、あの子たちが村を出た後に山道を塞ごう。辿り着いても村は、廃墟はいきょという絡繰からくりも用意してある」
 アンの元に、叔母のエスメラルダから『タルタハの国王が危篤となり、王位継承者であるアンに帰国して欲しい』という知らせが、ひと月前に入った。
 一方でウィル卿からは、カノイとノアーサが、約束の十年目を迎え、『護衛ごえいとして迎える準備が整った』という知らせも届いていた。
「我々の国外逃亡を利用して、あの子たちは、村から脱出するという計画です」
 ノルマンは松木にそう提案した。
「それと懸賞金付きの罪人と、死刑囚を六十人程この村に集めておきました。あの子たちには、暗殺者としての実戦経験が必要だ。これを無事に達成できれば、ヘンリー国王の暗殺も叶うでしょう」 
 ノルマンと松木は、二人をウィル卿の元へ送り出すために、様々な試練を与え、二人を王都に送り出す計画である。
「ノルマン殿。あの子たちなら、大丈夫だ。これまで、厳しい訓練にも耐えてきた。ウィル卿も護衛として迎えるには申し分ないだろう」
 松木は、二人を育ててきた十年を振り返り、もうじき二人が巣立ってゆくのだと実感した。
「我々夫婦も、暫くこの村を離れるとしょう。私たちも、タルタハへ同行させて貰えないだろうか」
「歓迎します。エスメラルダ夫人も、きっと再会をお喜びになる事でしょう」

       *

 二人が村を出た頃と同時刻に、ノアーサの兄夫婦や松木夫妻。ヘンリー国王によって粛清され、村で匿われていた村人たちはタルタハに向けて旅立った。
 国境を越えて、隣国のタルタハに亡命した兄夫婦とその一行は、ウィルフォンス卿の母君であるエスメラルダの元に暫く身を寄せる事になる。
 ウィルフォンス卿の母君であるエスメラルダは、三十年ぶりに松木と再会し、彼女は大いに喜んだ。
 当時、二十歳も年の離れた隣国の王族に嫁ぐ事を嫌い、城を抜け出し、松木を困らせていたエスメラルダ王女は、時を経て貴賓ある女性となっていた。
 松木夫妻が、タルタハに滞在している間に、次々と、両国が新しい国王の為に、動き始めているのを、松木は目の当たりにした。
 タルタハでは、アンが次期国王に選ばれ、アスケニアでは、カノイとノアーサが結婚したとの、知らせも入った。
 二人は、ウィルフォンス卿の護衛以外に、秘書としても活躍しているようだ。
 ヘンリー国王を捕縛して、簒奪に成功したとの知らせを受けた時、松木は二人を褒めてやりたいと、妻やエスメラルダに語ったという。
 その後、松木は妻と共に領地へ戻り、領民たちと、村の復旧作業に専念した。
 カノイとノアーサがその後、松木と再会を果たしたのは、ウィルフォンス卿がアスケニア国、十九代国王として即位した戴冠式の日であった。
 各国や、国中から集まった王族。貴族。騎士。領主たちの中に、松木夫妻が出席していたのである。
 この日、王太后となったエスメラルダは、カノイとノアーサに、松木夫妻をと逢う機会を設けてくれた。
 この時に四人は再会を喜び、二人が無事国王に協力して、簒奪に成功した事。結婚して、ノアーサのお腹に子供が宿っている事を聞いて喜んでくれた。
 カノイとノアーサはその後、国王ウィルフォンスの護衛と、領主や、子育てに負われ、松木の村を訪れる機会は無かったようである。だが、村で過ごした十年を決して忘れる事は無かった。
 二人は後に、自分たちが、十年を共にして暮らした村での出来事を、子供たちに語り継ぎ、技も伝授してゆくことであろう。
               【完】
 

 
 




 
 

  

 


 

 


 
 
 
 
 
 
 





 





 

 


 

 
 

 


 
 

 
 
 


 
 
 



 

 





 

 


 
 
 

  

 
 
 
 
 
 


 

 
 

 

 
 




 
 
 

 
 
  
 

 
 
 
 
 



 


 

 

 

 
 


 


 





 

 
 
  




   
 
 
 



 

 

 

 
  


     


     
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