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2.思い足掻く

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自身を蔑ろにするような…実際より自分を低く見るような…お気楽なミーティの心の奥に潜む暗い部分は、実家…と言うか…その家系に有る…と言うことは長く共に居ることで分かった。
そして、その状況を諾々と受け入れ…色々と決着を付けずに此の場にいることも…。

ミーティは、樹海の集落に自身の根源を持つ語り部の一族の一員である。
樹海に古くからある名もなき部族が存続する集落。

そこには語り部と言われる者達が存在し、部族内外のありとあらゆる情報を管理統制し…過去から未来へ向けて方針を決めている。
語り部達は過去の記憶を引き継いでいくが、語ることで情報を伝えるのではなく…意識を繋ぐことで直接情報を共有する。
大賢者は賢者の石を通して助言者コンシリアトゥールと行う過去の知識の堆積との繋がりを持つが、語り部達は生きた人間の集団として持てる範囲で記憶の記録を保持しているようだ。

基本的には人の領域で自分たちの過去にのみ繋がっているようだが、一部集合知と接触する部分あるためか、大賢者には無い…啓示…と言うようなモノを受け取ることもあるらしい。
大賢者の持つ情報礎石の様なものを、限定的に集団で得ている者たちが存在する。

「モーイ、すまんがミーティを樹海の集落へ向かわせたいんだ…手伝ってくれ!」

搦め手で落とすための手立てとして、まず先にモーイに声を掛けた。

「はぁ? 何でアタシがミーティのため?」

執務室に呼び出し要望を伝えてはみたが、モーイは第一声から不服を前面に押し出す。
ミーティを動かすための手駒になることが納得いかないようだ。
モーイは鋭い輝き持つ青い瞳でニュールを睨みつけた後…執務机に寄りかかり、不満気にそっぽを向いたまま金色の巻き毛をくるくると指でもて遊ぶ。
だが何か思いついたのか、それまでと一転して嬉しそうに微笑みながらニュールの座る椅子の横まで歩み寄ってきた。
そして蠱惑的な表情浮かべ、ニュールに抱き付きながらフワリと膝の上に乗り…耳元で囁くように告げる。

「ニュールのためなら言うこと聞いてあげる…だ・か・ら・勿論アタシの言うことも聞いてくれるんだよね?」

冴えわたる青い瞳と金色に輝き巻き付く髪…そして女神のように整った顔に浮かべる艶めいた表情は、10人居たら10人の心が惑うであろう魅惑的なものである。
若干…厚みが少なめ…と言う残念な部分もあるが、年齢的な余力が将来の展望を期待させる所か。
一級品の美女になりつつある美少女…。
魔物の心を受け入れる前のニュールならば、動揺せずに拒否できなかったであろう…と言った感じの甘い誘惑。
なのに今のニュールは、何の表情変化もなく淡々と対応する。

「これは、お前にとっても有益なことだ」

「ちっ!」

その何十回目の誘惑が失敗に終わったことに、モーイは不満を込めて舌打ち鳴らす。
ニュールは膝の上で抱き着いているモーイを気にもせず話を進めた。

「あそこの集落には独自の魔力回路を調整する技がある…と言う内容が、大賢者が持つ記憶の記録で確認出来た。調査と…付き添いと…ついでに、お前の魔力回路の問題も片付けてこい」

「…それは」

この提案にモーイは異を唱える事は出来なかった。
モーイは自分の…魔力を正常に扱えない状態を把握していたし、ニュールに気付かれていることも分かっていた。


追うものから逃れつつ、目的を遂げるための旅をするニュール達と共にあった時。

至近まで手を伸ばすヴェステ王国との攻防の中、タラッサ連合国に属するコンキーヤ王国・王都カロッサにある神殿にて…モーイはミーティと共に敵の手に落ちてしまった。

戦いに負け…捕らえられ、ヴェステ王国城砦の地下にある幽閉施設に入れられ自由を奪われる。
至らぬ自身の能力の稚拙さに…何度目かの歯噛みをした後、逃げ出すための好機…と思えるような地下牢での魔物魔石の実験に出くわす。
その被験者となり、実験で使用する魔物魔石を利用しようとして…魔力暴走を起こしてしまい巻き込まれた。
仲間の足手まといになることを危惧していたのに、結局…余計な事態を引き起こしてしまい生命の危機にまで陥る。
モーイにとっては、自身の浅慮から引き起こされた当然の帰結である。
情けなさと恥ずかしさが押し寄せる中、苦い思いに満たされた後悔の中で沈んだ。

それなのに2人を救うため敵の要求を聞き入れ、単身敵地へ乗り込んだニュール。
其の上…ニュールは自身の内に巣食う厭わしき魔物魔石の意思を受け入れ知識を引き出し、モーイの命救う可能性のある方法で人形化処置を施す。

人形を作るには自身の魔力回路に繋ぐ処置が必要であるが、魂凍えるような不快な作業である。
回路が焼き切れる手前…瀕死の状態から、身体の機能保ち回復させるための措置。
意思が消えた身体のみの存在として回路を繋げ、モーイを生き長らえさせるために自身の内へと受け入れたのだ。
ほぼ命絶たれた…意思が戻るかは賭けのような状態であるのに、魔物な大賢者の記憶にある症例検討し…可能性に賭け実行してくれた。

本来なら再び意思ある者として復活出来ないような状態からの帰還であり…モーイが今、此処に在るのは…死者が復活したような奇跡に近いものである。
だからこそ…今の状態が決して甘く無いことは、モーイも十分に理解している。
モーイの魔力回路は半分以上潰れたような状態であり、魔石の内包者インクルージョンとして今までの様に魔力扱うのは難しいのでは…と診断する者も居た。

「オレの中にある知識で出来るのは、命を繋ぎ意識を戻す所までだ。大賢者の記憶の中に完全に復活した症例はあるが詳細は不明だし、魔力操作技術や回路の状態を元に戻せるかはお前次第になってしまうと思う。…スマン」

意思を取り戻した後…ニュールに状態確認をしてもらった時、モーイが宣告された内容だ。

モーイは人形である間、自身の意思持たぬ状態で…ニュールの回路と繋がり生き長らえていた。
それは…言葉以上のモノを共有する関係…。
ニュールの意識の中で混ざり合う様に存在し…悠久かと思われる時の無い時の中でモーイが得た、特別に甘美な夢。
負い目の様なモーイに対する後悔をニュールは持ち、亡くしたくない大切な者…と言う思い向けられながら、意識下で抱きしめられる様に存在した。
身も心も最も近くに居る者として…過ごしす。

モーイが心から願うニュールの隣…だが、甘美な夢は残酷さも含む。

内なる繋がりだからこそ感じ取れる…自分以外の者へ向かう…特別に大切な…唯一無二の者へ向ける思い。それがニュールの中でゆっくりと育っていく様を、目の当たりにする。

モーイは友であるモモハルムアが敵の攻撃により死を覚悟すべき傷を負った時、その衝撃的な光景を体感して魂揺さぶられ意識取り戻すことになった。
だが、その時…ニュールの中でモーイ以上の激しい衝撃が意識下に広がるのを感じた。
ニュール本人さえも把握していないだろう思い…深層の回路の繋がりから…モーイは理解してしまった。
それでも…モーイにとって全てを捧げて付いて行きたいモノは1人だけだった。

『特別…でなくとも、大切な者の中の1人であるならば…それで十分。このヒトとの繋がりを諦める方が心が痛い…』

意識戻り…他者の回路を使い生き長らえる意思無き人形状態からは脱却したが、自ら切るべき深層の繋がりを未だ完全に断ち切れず…モーイはニュールの心に一部繋がり…自ら囚われたまま過ごす。


「樹海の民の閉鎖領域…語り部の引き継ぐ記憶の中には、内包魔石と根源との魔力回路を安定させる古来よりもたらされた特殊な技術がある」

ニュールの…大賢者の情報礎石として解析されていない、古い記憶の記録そのものの中に記された情報。
今回2人を動かすために釣り餌のように利用したが、嘘偽りの無い情報である。今回、ミーティを樹海の集落へ赴かせる目的の1つでもあった。

モーイは意思取り戻す前から体力や技術維持するため、ニュールの操作指示で人形のまま通常の体術などの訓練は行っていた。ただし、その状態での魔力操作は回路に負担を掛ける可能性もあり禁止されていた。

そもそも回路切れそうな状態に陥ってから回復したとしても、再び魔力を扱えるかどうかさえ分らなかったのだ。
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