ひよこクスマ

プロトン

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第51話 金の卵を産むガチョウを殺す

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またいつもの朝練が終わり、クレイは翼の汗を振り払い、一人、活気に満ちた練武場から寮へと戻っていた。

道すがら、クレイは偶然にも、同じく訓練を終えたばかりの新入生たちが、大きな木の下に集まり、どこか安堵しつつも恐怖の残る口調で、何やら激しく議論しているのを耳にした。

「おい、聞いたか? 昨日の午後、また一組のパーティが、『ぷるぷるスライムゼリーの森』でやられたらしいぞ!」

「マジかよ? 嘘だろ?」

と、別の新入生が信じられないといった口調で言った。

「あの秘境、かなり安全じゃなかったか? 中のスライムなんて、自分から攻撃してくることすら稀だって聞いたぜ」

「それは昔の話さ!」

最初の情報をリークした新入生が、まるで世紀の大秘密でも掴んだかのような、ミステリアスな口調で言った。

「数日前から、中のスライムが突然、異常に凶暴化したらしい! 昨日の午後、そこから命からがら逃げ帰ってきた奴が言うには、中に入った途端、地面一面がスライムゲルだらけで、そしたらスライムどもが狂ったみたいに、目を真っ赤にして、見境なく襲いかかってきたんだったと! 多くの新入生パーティがやられて、任務失敗どころか秘毒まで浴びちまったらしい!」

「地面一面がゲルだらけ?」

と、別の新入生が、困惑したように口を挟んだ。

「それっておかしくないか? 『スライムゲル』って、あいつらの……その……排泄物だろ? うんこした後って、超スッキリするだろ?なんでそんなに凶暴になるんだ? 俺なんか、うんこした後は、いつもすごく気分がいいぜ!」

この「哲理」に満ちた問いかけに、残りの二人の新入生はしばし沈黙し、どうやらこの問題が非常に理に適っていると感じ始めたようだった。

クレイはここまで聞いて、それまで気にも留めていなかった足を、無意識に緩めていた。

(ぷるぷるスライムゼリーの森? あそこは、もやし野郎とふゆこが一番よく行く場所じゃないか?)

その時、その新入生たちも、少し離れた場所に立つクレイの存在に気づいた。

「あっ! クレイ君!」

「クレイ君も聞いたかい?ぷるぷるスライムゼリーの森のこと!」

クレイは彼らの大袈裟な様子を見て、すぐさま彼特有の、傲慢さに満ちた表情を浮かべると、鼻で「フン」と笑い、軽蔑するように言った。

「ひよっこしか行かねえような低級秘境ごときで、何をそんなに大騒ぎしてるんだ? 中のスライムが全部束になってかかってきたって、俺の矢一発で十分だぜ」

言い終わると、彼はもう何か言いたげな新入生たちを無視し、背を向け、振り返りもせずに寮へと歩き去った。

しかし、彼が背を向けたその瞬間、その傲慢さと軽蔑は、まるで潮が引くかのように、急速に彼の顔から消え去った。取って代わったのは、彼自身も気づいていない、深刻さと憂いが入り混じった表情だった。

彼はすぐに歩を速め、寮へと戻り、この危険な「噂」を、他の仲間たちに知らせる準備をした。

─ (•ө•) ─

「……というわけだ」

きのこ寮のリビングで、クレイは聞きかじった情報をみぞれに話し終えると、腕を組み、壁にもたれかかった。

リーダーとして、みぞれの、いつもは穏やかなその瞳にも、避けがたい深刻な色がよぎった。彼女は手を上げ、指先でテーブルを二度軽く叩き、思考を整理しているようだった。そして彼女が真っ先に思い浮かべたのは、クスマとふゆこのことだった――あの二人、最近よく連れ立ってあの場所へ訓練に行っているではないか?

その考えが、彼女の心中の憂いを、さらに深くした。

「とにかく」

と、彼女はついに口を開いた。その声からは、普段の優しさが消え、代わりに有無を言わせぬ断固とした響きがあった。

「事情がはっきりするまで、『ぷるぷるスライムゼリーの森』は暫定的に『禁止区域』とするわ。それとクレイ、あなた、後でクスマ君とふゆこに会ったら、絶対に、当分は入らないようにと、すぐに彼ら二人に注意してちょうだい」

言い終わると、みぞれはまた何かを思い出したかのように、あたりを見回し、付け加えた。

「おかしいわね。クスマ君とふゆこはまだ起きていないのかしら? いつもならこの時間には、もう起きているはずなのに」

クレイはその言葉を聞き、肩をすくめ、だるそうに答えた。

「どうりで今日はやけに静かだと思ったぜ。いつもはギャーギャーうるさいのにな」

その時、クスマとふゆこの部屋のドアが、ほとんど同時に二つの「ギィ」という音を立てて、ゆっくりと開いた。

しかし、ドアの前に現れた二人は、まるで精気を吸い取られたかのように、ぐったりとした様子だった。彼らの羽根の艶が失われ、顔色は青白く、まっすぐに立つことさえおぼつかない。

さらに悪いことに、彼らの頭の上の伴生植物も、主人と同様、完全に元気を失っていた。

クスマの頭の上にある、いつもは元気いっぱいの豆もやしは、今や力なく垂れ下がり、まるで完全に水分を失ったかのようだった。そしてふゆこの頭の上にある、彼女の気持ちのバロメーターであるヤナギマツタケも、同じくしおれてしまい、彼女全体が、まるで意気消沈した、点の抜けた感嘆符のように見えた。

「あなたたち……」

みぞれの瞳は憂いに満ちていた。

「病気なの?」

クスマとふゆこは顔を見合わせ、お互いの瞳の中には絶望が満ちていた。そして、彼らは力なく、声を揃えて答えた。

「……俺たち、秘毒にやられた……」

─ (•ө•) ─

クスマの絶望に満ちた返答の後、部屋はしんと静まり返った。最終的に、その沈黙を破ったのは、やはりみぞれの、優しくも有無を言わせぬ声だった。

「……一体、何があったの?」

クスマはどこか気まずそうに、事の顛末を、ぽつりぽつりと語り始めた。

事の起こりはこうだ。前回のぷるぷるスライムゼリーの森の攻略成功以来、クスマとふゆこは、いつものように、あの場所を最も安全な「訓練場」として利用していた。

「だがな……」

クスマの声は、話すにつれて自信なさげになっていった。

「普通のやり方でゼリーを集めても、効率が悪すぎることに気づいたんだ。俺たち、午後いっぱい必死に頑張って、任務を提出した後には、ほとんど何も残ってなくてな……」

「それで……」

クレイは眉をひそめ、両腕をさらに固く組んだ。彼の心中には、非常に不吉な予感が渦巻いていた。

「それで、お前、この馬鹿、また何か変なこと思いついたんだろ?」

クスマの口元には、意外にも、ばつの悪そうな、それでいて誇らしげな笑みが浮かんでいた。まるで自分の「天才的アイデア」が認められるのを待ちきれないかのようだった。彼は深呼吸をし、顎を上げ、少し間を置くと、まるでこれからする発言のために舞台を整えるかのように言った。

「それで――俺は、根源から『生産量』を上げる、良い方法を思いついたんだ!」

クスマは空間の指輪から、半分ほど空になった、目立たない茶色い瓶を取り出した。その上には、彼の、みみずが這ったような字で、『超・腸蠕動剤(試作品)』と書かれていた。

「これを、あのゼリーの木の幹に塗ったんだ」

クレイとみぞれは、二人とも、まるで化け物でも見るかのような、嫌悪と不信が入り混じった眼差しでクスマを見ていた。

「そしたらその日は、めちゃくちゃ順調でな!」

クスマの瞳には、「計画通り」と名付けられた、場違いな興奮がきらめいていた。

「スライムどもが、樹液を吸った後、腹がグルグル鳴り出して、そしたら、まるで栓を抜いた水道みたいに、『ブシャッ』と、体内のゲルを全部出しちまって、そのまま脱水症状でへろへろになるんだ! 中にはそのまま気絶しちまう奴もいてな! 俺たち二人で、一日で、実に80個ものゼリーを集めたんだぜ!」 

隣にいたふゆこは、ここまで聞くと、自分が病気であることも忘れ、小さな頭でこくこくと頷き、まるで師匠の「英断」を証明しているかのようだった。

「俺たちは、それを、何日も続けてな……」

「……そしたら」

クスマの声は、再び恐怖の色を帯びていった。

「どうやらスライムどもに気づかれたらしくてな……昨日の午後、俺たちが中に入った途端、森中のスライムが、狂ったみたいに、目を真っ赤にして、見境なく、俺たちに向かって自殺攻撃を仕掛けてきたんだ……」

クスマは心底怯えた様子で、最終的な結論を口にした。

「それで――」

クスマの声は震え、恐怖を滲ませながら最終結論を吐き出した。

「俺たち二人、どうやらスライム族全体から『指名手配』にされちまったみたいだ……!」

しかし、それでもなお、彼の顔には、場違いな遺憾と残念さが、かすかに浮かんでいた。彼は目を伏せ、口元に微かな笑みを浮かべながら呟いた。

「ああ……残念だ。あそこ、ゼリーを稼ぐには、本当に効率が良かったんだがな……」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、クスマは、二つの、まるで実体を持つかのような殺意に満ちた視線が、全身に突き刺さるのを感じた。

みぞれの、いつもは穏やかな瞳は、今や氷のように冷たく、彼をその場に凍りつかせるかのようだった。一方クレイは、鋭い眼光で、彼を壁に磔にするかのようだった。

クスマは全身に震えが走り、寒気が首筋を駆け上がった。彼は硬直して首をすくめ、両翼を不安げに体に寄せると、もう一言も余計なことは言えなかった……。
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