【完結】縁起モノの私と王様

ちよのまつこ

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 翌日――――――

「昨日は勝手なことをしてごめんなさい。」

「いいえ、私もユーリ様を驚かせるような言い方を致しまして申し訳ございませんでした。あの……、ユーリ様は、陛下のことがご心配であのようなことを?」

「え…、ええ、そうよ。本当に驚いたわ。でもご無事なお姿を拝見して安心しました。」

嘘は言ってないよっ!『心配』は、したもん。

「左様でございますか。」

 庭がよく見えるダイニングルームで朝食を取っていたが、侍女さんは、昨日私が後宮まで走って行ったことに全く触れず、いつもと変わらない様子なので一応自分から謝っておいた。
 年配の侍女さんはふくよかな体型に合った優しげな微笑みをうかべて頷いた。

 広い庭へ目をやると、三人の護衛さんたちが遠くの方でなにやら話し合いながら確認しあっていた。

「護衛……ひとり変わった?」

「え?」

 侍女さんはびっくりして給仕の手を止めた。

「ほら、あそこで指示を受けている方の人。いつもの人と違うわね。」

「お分かりに、なるのですか?」

 侍女さんが驚きを隠さない顔でたずねてきた。

「ええ。顔はきちんと見たことはないけれど、体つきとか雰囲気とか?何と無くかしら。」

何をそんなに驚いてるんだろう。
三ヶ月毎日見てたら見慣れるよね。私ら以外人いないし。
それにしても、護衛さんたち名前も教えてくれないのよね。なんでか個別認識させてくれない。

「……急遽配置替えになったようでございます。」

 止まっていた手を再び動かし、ワゴンから料理の乗った皿をとると、私の前に皿を置くついでのように早口でそう言った。

え?いま重要なことサラッと言ったよね?

「配置換え……?」

まさか…昨日のことが原因で?

「何故、彼が?」

ちょっとやめてよ、そういうの。
私の失敗の責任を別の人が取らされたってことでしょ?

「ユーリ様がお気にかけるようなことではございません。」

ニッコリ笑ってこの話終わりにしようとしてません?
やっぱり責任取らされてるんでしょ?!
いやいや、でも、こんな所で私の護衛をしていることが華々しい職場とは思えない。むしろ解放されて喜んでいるかも?

「そ、そうよね、私の読書や散歩に付き合うような護衛なんて申し訳なかったし、結果的には他の仕事に異動できてよかったりなんか、したりするかもなのよ…ね!」

 そうだと言って欲しい願いを込めて恐る恐る聞いてみた。

「まあ!とんでもございません!『瑞兆』のユーリ様の護衛の職務は誉れでございます。それに、特別任務以外での配置換えの機会は年に二回ございますが、その時期以外の配置換えは職務の失敗を意味します。異動できて良かったなどと言うことは決してございませんっ!」

 予想外な強い反論。侍女さんは両手を拳にして興奮している。

それにしても……
いま失敗って言った~!
責任取らされて、思いっきり仕事外されてるじゃん!

「そんなの嫌だわ。取り消せないかな……」

 私が何とかならないかと思案げにそう言うと、「あの者が気になるのですか?」と侍女さんが聞いてきた。

気になるって…。何ですか、その窺うような目は!
気になるって、好きとか嫌いとかっていうのじゃないですよ!
第一、顔も満足に見たことないのに。それでどうこうなんてあるわけ無いじゃないですか!
別にやましい気持ちはないんだから堂々としてないと!

「もちろんよ。悪いのは私だから、彼が一人だけ罰を受けるのはおかしいわ。ただそれだけ。誰に言えばいいの?王様?でも王様なんてどうやって会えば……」

私と王様は三ヶ月も会っていない、むしろ、大舞踏会のあれを会ったことにカウントしていいのかも怪しい。昨日は後宮の大廊下まで出て行っただけで、睨まれてこの始末だ。
もし、会えたところでまともに話が出来るのか自分に自信がない。

「……後宮では毎日ほど茶会が開かれておりますが、週末の茶会には陛下も参加されております。多くの姫君たちと公平にお会いになるためにです。その茶会に参加されてはいかがでしょうか。」

 侍女さんからの思いがけない提案にキョトンとしてしまった。

「茶会なんてあったの?」

「申し訳ございません。大舞踏会のご様子からお気が進まないようにお見受け致しましたので、お勧めしておりませんでした。」

確かに。
行かなくていいなら行きたくない。でも、やっぱり知らんぷりなんて出来ないよ。

「一度参加してみるわ。」

「畏まりました。では、そのようにご手配致します。」




 それから数日後の週末に茶会が開かれた。

 近隣諸国から集まった姫君は百人近くはいるため、毎回十数名ずつが交代で王様参加の茶会に出席するらしい。
 こうして振るいにかけられていくのだろう。毎週末に開かれているなら、ここに来てから三ヶ月、もう十回以上開かれているはずだ。後宮に残る姫君たちも当初よりはかなり減っているのだろう。
 
 そして、今日の茶会は後宮の小規模な舞踏会場に円卓が設えられ、私を含め十人が出席した。
 姫君たちが席に着くと、私が最後に侍女さんに案内されて席に着いた。

今日でまた何人か失格になるのだろうか。
ここにいる姫君は一回戦もしくは二回戦を勝ち残っている人たちだ。美しさと高貴な血筋、さらに知識と教養、さらにさらに後宮で生き残る強さも有りってことだ。
私が黒い珍獣ってだけで特別枠なのは反則だって自分でも思う。

  姫君たちは午前中の茶会にもかかわらず、舞踏会張りの着飾り様だ。小規模な会場は姫君たちの香《こう》のかおりが充満し、むせ返りそうだ。
 片や私が着ているドレスは、クリーム色に近い白色で、生地はシフォンのように柔らかい。袖も裾も長く肌の露出が少ないのが嬉しい。頭から薄いベールも被っている。『瑞兆』だから無闇に人目に晒さないためだそうだが、私としては姫君たちと直接顔を合わす自信がないのでむしろ助かった。

「陛下がお越しになりました。」

 後宮警護官の声に全員が起立し、腰を低く礼をする。

 王様が私の隣りの席にスッと着席をする。
 ふわりと香りが鼻孔をくすぐった。

うん?この香り……

 何かに思い当たりそうになったが、すぐに姫君たちの香のかおりでかき消えてしまった。

今の香り……
ま、いっか、王様だもの香くらい使ってるよね。
それにしても、やっぱり大きい。

 間近に王様の存在を感じて、緊張する。

私が一六二か三センチってとこだから、やっぱり二メートル近くはありそうな大きさだよね。姫君たちは王様と並べばちょうどいいぐらいの長身揃いだ。こりゃ、モデルの茶会に一般日本人が紛れている違和感だ。
こんな中で護衛さんの復職の話題なんか出せないよ!ごめんね!顔も知らない護衛さん、もう挫けてます。

 ベールの中でこっそりため息をついていると、後ろにいた侍女さんが「菓子を」と耳打ちしてきた。

そうそう、着席したら王様に菓子を一つ取ってあげるんだった。この国の習慣らしいけど、茶会前にそれを私がやれと言われたんだよね。このメンバーで私がするってことは『瑞兆』ってことだから?

 侍女さんがテーブルの大皿を私の前まで移動させ、目の前に取り分け用の小皿を、「ここへどうぞ。」と置く。

習慣だかお作法だか知らないけど、ここまでするならこのまま王様にあげればいいのに。

 取り敢えず目の前にあった花形をした小ぶりのケーキを皿に入れ、王様の前に置いた。

心なしか他の姫君たちが固唾を飲んで見ているような。
大丈夫ですよ!こんな簡単なこと粗相しませんよ!

 王様はすぐにフォークで切って一口だけ食べた。姫君たちがひゅっと息を飲んだ。

何何何?ひょっとして、これ、なんかすっごい意味があったりするの?

 侍女さんを慌てて振り返るけど、無表情で視線を伏せている。
 王様のこの行動が合図のように、給仕の人たちが動きだし、茶が注がれ茶会が始まった。



茶会が始まって、十分ほどたったかな?
すでに私はぼっちです。
ちょっと実況すると、隣りの王様はお顔に合ったいい声で何やら上機嫌でペラペラと姫君たちの美しさを褒めています。公平に声を掛けて、姫君たちとウィットに富んだ会話で盛り上がっていますよ。こんな会話に入れないし、入る気もないし、入れてくれるつもりもなさそです。
王様って、襲われたときも昼間っから後宮来てたし、気に入った姫君をちょこちょこつまみ食いしているんだろうか?ヤダヤダ爛《ただ》れた大人の世界は十代で知たくないもんだよ。この順番だと次は私だな。王様、昨日のこととか、護衛さんのこととか何か言ってくるのかな。

「今日は機嫌が良い。お前たちに何か取らそう。何がいいか言ってみろ。」

言わへんのかい!
昨日はすっごく怖い顔してたのに何も言わないの?!
護衛さんを左遷することでもう無かったことになってるの?
それか、私を姫君たちの前で無視して嫌がらせしてるつもり?!
小っさ!王様小っさ!!
それにしても褒美か……、っ!これはいけるかも。

 姫君たちは全員が宝飾品をねだった。

「わかった。望みのものをとらせよう。お前は何だ?」

はあ、やっぱりスルーか……
え?

「お前は何が望みのだ?」

 王様が初めて私を見て話しかけている。ベール越しでも、見上げた先にエメラルドのような瞳と視線がしっかり合った。
 王様は昨日の怒りが嘘のように自然に微笑んでいる。

無視してたわけじゃないの?
こんな優しい顔するんだ。
本当に綺麗な顔。女神さまのように何でも願いを叶えてくれそうな優しい微笑みじゃなーい。
望み……いいの?ホントにいいの?言っちゃうよ?

「私は……(復帰して)欲しい護衛がいます。」

言ったー!!

「…………そうか、護衛をな。姫君たちよ、本日は解散だ。『瑞兆』には少々話がある。残れ。」

 王様の顔は能面のように表情を無くし、声色はあたりの空気を凍らせた。
 侍女さんを見ると、両手で口元を抑え驚愕していた。

あれ?













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