見知らぬ恋人

葉月零

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秘密

秘密(1)

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 新しい職場は新宿駅の目の前。やっぱり、東京は違うわ、大阪とは比にならない。商業ビルの5階、エレベーターを降りると、目の前に受付のインターホンがあるけど、なんだか汚れてる。全体的に、掃除ができてないわね。これじゃあ、客が離れても仕方ない。
 私の異動は、ただの異動じゃない。この好立地にある本店が、なぜか売上が上がらない。クレーム率も多いし、成婚率も最悪。この最低な店舗の立て直しが、私のミッション。一年で成果が出ないと、Fire? そんなことにはならないけどね、だって、私は大阪の店舗を日本一にしたし、私自身も、トップセールスをとったこともある。大丈夫、絶対できる、私なら、絶対やれる。
 深呼吸をして、ミーティングルームのドアを開けた。大阪から来た新しい管理者を、みんな好奇の目で見てる。スタッフはカウンセラーが5人に、営業が3人、事務が2人。とんでもないオヤジがいるわね、汚らしい。でも若いあの男の子は幾分使えそう。後は……再教育でどうにかなるかしら。
「おはようございます。今日から赴任しました、森宮奈都です。よろしくお願いします」
 何人かが、よろしくお願いしますとボソボソ言って、年配組はふてくされた顔。
「カウンセラーを経て、関西の8店舗でチーフ、直近は心斎橋で店長を3年です。正直、東京のことはわかりません、皆さん、どうぞ教えてください」
 頭を下げた私に、オヤジの声が飛んだ。
「あー、あのー、モリタ店長」
「森宮です。あなた、お名前は?」
「柏田だ。あんた、カウンセラーだったんだろ? その時の成績は?」
「それを聞いて何になるのかしら。それに、私は店長です。言葉遣いには気をつけて」
「俺の方がキャリアは長い! それに歳上だ!」
「そのようだけど、なら、なぜヒラのままなの。悔しかったら店長になりなさい」
「俺は出世には興味ないんだよ!」
「なら、何に興味があるの。あなたの成績見せてもらったけど、もうずっと最低ラインじゃない。皆さんにも、はっきり言っておきます。私はただ、赴任してきたわけではありません。この最高の立地で、こんな最低の成績しかだせないこの店舗の立て直しにきました。1年、1年で日本一にしてみせます。それが私の仕事だから。そのためには、厳しくやります。今までのやり方ではダメってこと。それから、私には年功序列、終身雇用という概念はありません。成績次第では、ポジションもつけます、昇給もさせます。逆に、成績が悪ければ、降格もあり得るから、チーフ、あなたも覚悟しておいて」
 あら、いつもより、ずっと強気な私。彼のピアスのおかげかな?
「かといって、ワンマンでやるというわけではありません。意見があればいつでも店長室へ来てください。いい企画、改善案はどんどん採用します」
 静まり返る中、若い彼が手をあげた。
「営業の城戸です。よろしくお願いします」
「城戸くんね、よろしく」
「今の時点で、具体的な改善策はあるんですか、それと、目標は」
 うん、彼、なかなかいいわね、期待大。
「いい質問ね。具体的な目標は、まずは会員種のグレードアップです。この店舗の会員種率、ウェディングが少ない。この率を80まで持っていけば、成婚率も上がるわ。既存会員はグレードアップ、新規はウェディングのみ。デートやカジュアルの客はとらなくていい。あとは継続ね。退会させないようにマメにフォローして、成婚後もアフターフォローで紹介を掴むのよ。退会率が異常に高いのはなぜ? 城戸くん、原因は?」
「競合店が多いことと、あとは……フォローのクォリティでしょうか」
「ちょっと、フォローが悪いっていうの? 適当な営業で入会させてるから、退会するんじゃないの!」
「チーフ、お言葉ですが、お客様には納得していただけるまで説明して、入会してもらっています。少なくとも、僕は、ですが。正直、カウンセリングが不満というお声もありますよ」
 へえ、城戸くん、なかなか言うじゃない。
「し、新米のくせに、偉そうなのよ、あなた!」
「チーフ、そこまでにして。なるほど、そういう現状があるわけね。退会時のアンケートを見たけど、フォローも営業も、クォリティはいいように思えない。それに、資金の続かない客に不相応な営業をしてるようね。客は選ばなきゃダメ、資金と人脈、このふたつを持ってる客をのがさないで。それのない客は他の店に流すのよ。チーフ、カウンセラーの最終目標は何?」
「え、えーと……成婚です」
「そう、成婚なのよ。結婚させて初めて成功なの。未婚のまま退会させたら、ただの経費の無駄遣い、わかるわね?」
「気に入らないなあ」
 また、このオヤジは。
「あんた、いや、店長、客を差別するっていうのか?」
「柏田さん、あなたのお給料、どこから出てるの? それとも、あなた無給? 慈善事業じゃないのよ、会費と成婚料をいただいて、私たちは生活してる。それに、会費が続かなくて結果のないまま退会したら、客側だってお金の無駄使いでしょう」
 オヤジは舌打ちをして、足を投げ出した。全く、態度悪いわね。
「このグレードアップは三ヶ月を目標にして。それから、もっと基本的なことも。そもそも、この店、汚い」
 ざわざわとスタッフたちが顔を見合わせる。
「表のインターホンも、カウンターもソファも、全体的に清掃が不十分。客はお金に見合った待遇を受けたいのよ。こんな汚い店じゃ、退会したくもなるわね。それに、身だしなみもなってない。そこの2人、パートだからって、そんなラフな格好でウロウロされたら困るわ」
「でも私服でいいって……」
「入社時はそうだったのね、わかりました。明日から制服着用よ。チーフ、やめた人のがあるわよね? 彼女たちにすぐ用意して」
「あの、でも、靴がないんですけど……」
「そう、わかったわ。チーフ、ミーティングが終わったらパンプス買いに行って。1万円までなら経費でいい。それから、柏田さん、あなた営業でしょ? スーツは汚れてるし、タバコ臭い。明日から身だしなみを整えてきて。あと、そうね、チーフ。髪が明るすぎるわ。7トーンくらいまで落として。全体的に、だらしない印象を受けます。各自意識して、お客様の前に出ても恥ずかしくないように」
「あの、店長、私たちは今までこれでやってきたんです。そんな急にいろいろ言われても、すぐには対応できません」
「不可能なことは言ってないわ。対応できないことがあるなら、理由と期限をつけて、報告しにきて。さ、開店よ、今から全員で掃除して。これでミーティングは終わります、今日も一日がんばりましょう」
 みんなぶつぶつ言いながら、持ち場へ散らばっていく。先が思いやられるわね。
「店長、ちょっとよろしいですか」
「城戸くんね、何かしら」
「企画、見ていただけるんですか。前からやってみたいことがあったんですが、前任の店長はとにかく現状維持で……」
「売上につながるなら採用するわ。どんどん持ってきて」
「本当ですか! すぐにまとめます! 掃除終わったら外回りに出ます。外出報告は必要ですか」
「直行直帰の時だけでいいわ。どこにいくの?」
「ケアホームです。ああいうところで働いてる人って出会いがないらしくて。それに利用者さんでも興味もってもらえることあるんですよ」
「シニアは売り手市場ね。がんばって。あ、ちょっと待って」
 こういうの気になるのよね。歪んだネクタイを直して、結び目を少し、大きく。
「身だしなみは大切よ、特に若い時はね」
「は、はい、気をつけます」

 店長室は個室にしてもらった。これが唯一の異動の条件。1人の方が集中できるし、見られたくないデータも落ち着いて見ることができる。
 スマホを見ると、彼からメッセージが来ていた。
『仕事どう? いじめられてない?』
 もう、私のこと、そんなにか弱く思ってるの?
『大丈夫、なかなかいい感じよ、なめられてない』
 すぐに既読がついて、
『よかった。なんかあったらすぐ俺に言えよ、殴りにいってやるから』だって。心配してくれてるのね、ありがとう。
 さて、何から手をつけようかしら。まずは近隣店舗に挨拶に行って、過去のデータも見ないとね。営業計画も、あの調子じゃスムーズに進まないわ、練り直さないと。

 あっという間に時間が過ぎて、閉店の時間。スタッフたちが挨拶に来る。もう11時か、私もそろそろ帰ろっかな。今日はこのくらいで。
 コーヒーでも飲もうと立ち上がると、スマホが鳴った。彼からだった。
「まだ仕事おわんないの?」
「もうそろそろ帰ろうとしてたとこよ。なんか忙しくて」
「今からかえるの? ダメだ、遅すぎるよ。場所どこ、迎えにいくよ」
 え、あの車で? 気乗りはしないけど、今から電車に乗るのもちょっと……
「新宿駅前なの。いいの?」
「新宿ね、30分でいくわ、着いたら電話する」
 もうみんな帰ったし、見られることはないよね。あー、ちょっと疲れたなあ。さすがに緊張してたかも。

 本当に30分経った頃、彼から着いたと電話がかかってきた。外に出ると、ああ、すぐにわかる。どこにいても目立つあの車。ドアの前に彼が立ってるけど、はあ、今日もやっぱり、よろしくないわね、身だしなみ。ハーフパンツにビーチサンダル? ビーチサンダルはビーチで履くものじゃないの?
 彼はスマホを持ってキョロキョロしてる。手を振ろうとした時、同じ出立ちの若い男の子が2人、彼に近づいていく。もしかして絡まれてる? 親父狩りとか? でも彼は笑顔で握手して、3人で写真撮って……なに? なんなの? まるで芸能人じゃない。
 若い2人が離れると、私を見つけて大きく手を振った。
「さっきの人、誰? 若い男の子と、話してたよね?」
「うん? あー、ちょっとね」
 珍しく口籠って、彼は話題を変えた。
「仕事、どうだった?」
「うーん、ちょっと苦戦しそうかな。でも、逆にやる気出たりして」
「さすが、なっちゃん。ああ、なんか食う? 腹減ってない?」
「夕方に食べるのよ、閉店が9時だから、いつもそうなの。義人は? なんか食べた?」
「まあ、適当にね」
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