見知らぬ恋人

葉月零

文字の大きさ
11 / 14
遠くの真実

遠くの真実(2)

しおりを挟む
 着歴を見て、反射的に発信ボタンを押しかけて、息をのんだ。ダメ、ちがう。もうかけなくていい。今の私には義人がいるし、もう、彼には会っちゃいけない。
「仕事に集中しないと」
 時間はまだお昼前、朝からとんでもない日ね。田邊修蔵の履歴を見る限り、該当するような相手はいない。問題のある会員ならすぐにわかるけど……古い会員ばかりだし、おかしい。本当に女性に貢いでたのかしら。それよりも、このマニュアルよ。これじゃあ、まるで詐欺グループの犯罪マニュアルだわ。パソコンのデータが消去されてる時点で、なにかあるって気がつくべきだった。
「あー、頭痛い! コーヒーでも飲みにいくか」
 またスマホが震えて、一瞬ドキッとしたけど、相手は義人だった。
「もしもーし、なっちゃん、そろそろお昼かなーと思ったんだけど、電話大丈夫?」
 彼の変わらない声を聞いて、思わず泣きそうになる。
「なっちゃん? どうした、なんかあった?」
 すぐに気づいてくれるから、またね、私、あなたに甘えちゃうの。
「義人、会いたい。会いたいの」
「なっちゃん、俺も会いたい。すぐに会って、なっちゃんのこと抱きしめたい。くそっ、こんなときどこでもドアがあったらな!」
 もう、そんなこと真面目に言うから、笑っちゃうじゃない。
「ううん、ごめん、大丈夫。ちょっと仕事でトラブっちゃって。義人の声聞いたら安心した」
「トラブル? そっか……やばいことなら俺がどうにかしてやるから、なんでも言えよ」
 あなたの『やばいこと』は、ほんとにやばいことだから。
「それより、今どこにいるの? そろそろ鹿児島だっけ?」
「それがさ、昨日まで雨降ってたから、思った取材できなくて、ちょっと帰りのびそうだわ、ほんとごめん。でも、帰った方がよさそうだな、なっちゃんのこと心配だし……」
 そうなんだ……でも、ダメ、義人はみんなの藤岡義人でもあるんだから。義人のこと、頼りにしてる人、いっぱいいるんだよね。
「大丈夫、気にしないで。仕事のトラブルなんて、慣れっこよ。これでも管理職10年やってるんだから」
「そっか……ごめんな。お詫びに、とっておきの写真送るよ」
「とっておき? なに?」
「楽しみにしてて、なっちゃん、絶対好きだと思う。あー、土産、なにがいい? 泡盛か、ソーキか……いや、両方だな、一緒に飲もうぜ」
 また勝手に決めちゃうんだから。それがあなたの好きなところなんだけど。
「義人、私のこと、好き?」
「あたりまえじゃん、インスタにチューしてるとこあげたいくらいだよ」
「私も義人のこと好きよ。ほんとに、好き」
「ありがと。あー、ごめん、呼ばれたわ、一回切るね」
「うん、がんばって」
 好きだー! と大声で言って、電話はきれた。周りの人に恥ずかしくないのかしら。すぐに写真が送られてきて、写っているのは、真っ青な空と海、カラフルなサンゴ礁、それに、プラネタリウムよりきれいな星空。
『次は一緒に見ような、なっちゃん、負けんな、俺がついてるからな!』
 優しい彼。やだ、泣いちゃってる、私ったら。ちょっと息抜きするか、ランチでも食べに行こうかな。
「わぁ、び、びっくりした」
 ドアを開けると、そこには城戸くんが立っていた。いつからいたんだろう、聞かれてたらめっちゃ恥ずかしい。
「すみません、ノックしようとしたんですが、お話し中だったようなので……これ、回収したマニュアルです」
 いつになく神妙な顔つきで、城戸くんは書類を差し出した。
「こんなにあるの? まったく、だから売上上がらないのよ。ありがとう、助かったわ。いつも仕事がはやいわね」
「どこかお出かけですか」
「ううん、ランチに行こうかと思っただけ。ああ、そうだ、悪いんだけど、チーフに電話して、今日これないか聞いてくれない? 休日出勤扱いにするからって」
「わかりました……あの、店長、少しよろしいですか」
 どうしたのかしら、これからのことが不安なのかな。そりゃそうよね、優秀だけど、まだ若いし経験もないんだもん。
「どうしたの、城戸くんらしくないわね、座って」
「これから、どうなるんですか」
「不安なのね。大丈夫、正直、こういうことはよくあることなの。私も何度も経験してるわ。悪いようにはしないから、安心して」
「そうじゃなくて、店長です。処分があるって、仰ってたので」
「まあね、それだけの報酬をもらってるんだもん、こういうときは責任をとらないと。そのためにも、迅速に解決して、お客様には理解してもらわないとね。この際だから、膿は出し切って、新しくやり直すいい機会よ」
「辞めませんよね」
「クビにならない限り、辞めないわ。でも、異動にはなるかも。せっかくみんな頑張ってくれてるのにね。城戸くんみたいな優秀なスタッフに会えて、ほんとに嬉しいのよ」
 私はそう言って、彼に微笑んだ。元気づけのつもりだったけど、彼はうつむいたまま、手を震わせている。
「城戸くん? 大丈夫? ほんとにキミが心配するようなことにはしないから」
「ちがう、そうじゃないんです。店長……すみません、さっき、その、聞いてしまって……」
「あ、ああ、電話? 勤務中なのによくないわよね、気をつけるわ」
「……か、彼氏さんですか」
「ええ、まあ」
 なに、この気まずい雰囲気。やだなあ。
「そうですか……そうですよね、やっぱり、そういう人、いますよね……」
「城戸くん、ごめん、あんまりプライベートなことは……」
「電話の相手は、藤岡義人ですよね」
「ち、ちがうわ、なに言ってるの、そんなわけないでしょ」
「名前、義人って聞こえました。前から気になってたんですよ、インスタにあがってる、恋人の持ち物の写真、店長と同じものがあります」
「そんなの偶然よ。誰でも持ってるもの」
「それに、時々つけてるピアス、あれ、藤岡義人がいつもつけてるやつですよね」
 どうしよう、城戸くん、全部わかってるみたい……でも、彼に迷惑がかかったら……
「城戸くん、これ以上、話す義務はないわ。この話は終わりよ」
 立ち上がろうとした私の手を、彼は強く握った。そして……
「店長、藤岡義人は、結婚してますよ」
 え……嘘……そんなわけ……
「藤岡義人は、社会的には英雄ですが、女癖が悪いことでも有名です。手頃な相手を見つけて、そのまま部屋に転がりこんで生活してるとか。その相手も1人じゃない、何人もいるって噂です。一般人だけじゃなくて、女優とか有名人もいるって、聞いたことがあります」
 吐き気がする、そんなこと、信じられない!
「店長、彼は恋人を演じてるだけです。早く離れたほうがいい、遊ばれて、捨てられる……」
「そんなわけないわ! 義人はそんな人じゃない!」
 私は城戸くんの手を振りほどいて、叫んでいた。
「そんなの嘘よ、義人は……私を愛してくれてる!」
 ……愛して? 愛してるって、なに? けんちゃんも、そうだった。私のこと愛してるって……
 目眩がして、ソファに崩れ落ちる。
「店長、大丈夫ですか!」
「ひとりにして」
「あの、僕……そんなつもりじゃ……」
「出てってって言ってるのよ!」
 城戸くんは無言のまま、部屋を出て行った。嘘よね、義人、そんなの、嘘よね!
 震える指で、彼のインスタを開く。ずっとずっと遡って、何年も何年も……画面にポタポタと涙が落ちて、流れていく画像は、滲んで何も見えない。
 何を見ているの? 私は何を見たいの? 過去を見て何があるの? 知らない彼を知って、どうなるの? 信じられないの? 私……彼に救ってもらったのに、信じられないの?

 涙を拭って、新規投稿のメッセージ。そこには、さらに日焼けした義人が笑っていて、耳にはあのピアスが光ってる。何枚か写真があったけど、私に送ってくれた写真はなかった。私だけ? あの写真は、私にだけ見せてくれたの?
『何回も来てるけど、やっぱり沖縄サイコー! でもひとりは寂しくなったわ。今度はカノジョ連れてきたいなあ。毎日がんばってるカノジョに、この海、みせてやりたい!』
 義人……信じていいよね? 私、信じていいんだよね? ううん、信じる。信じるの、誰が何を言っても、私はあなたを信じてる。だって、私にはあなたしかいないから。
 さあ、何してるの、今は仕事中、集中しなきゃ。涙を拭いて、メイクを直して。パソコンに向かえば何もかも忘れられる、今までもそうだったじゃない。痛みもつらさも、全部忘れたじゃない。
 田邊修蔵のデータを確認していたら、内線が鳴った。
「城戸です、チーフ、今日は来れないそうです」
「そう、仕方ないわね。じゃあ、明日朝イチで店長室へ来るように伝えて」
「わかりました。……店長、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。さっきはごめんなさい、取り乱して」
 さてと、今日は遅くなるわね、こういう問題はできるだけ早くまとめないと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

処理中です...