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愛のカタチ
愛のカタチ(2)
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別の事件の聞き込みの帰り、八田から電話がかかってきた。また冤罪の話か? めんどくせえなあ。
「個人的に、お話したいのですが」
個人的に? 事件のことじゃなくてか?
「構いませんが、事件のことではなく、ということですか」
「まあ、そうですね。なので、おひとりでお願いできますか」
「わかりました、今からお伺いしましょうか?」
「病院の近くにカフェがあります。そこでお待ちしております」
そう言って、電話はきれた。なんだろう、いつもと温度感が違う。
指定された喫茶店、ではなく、カフェは、これまた小洒落たカフェで、若い女やカップルでいっぱいだ。普通のコーヒーでいいんだけどなあ、どれがなんだかよくわからない。八田は窓際の席に座っていて、違和感はない。けど、俺は違和感しかない。
「お待たせしました」
「ああ、どうも。お忙しいところ、すみません」
俺は前に座って、同じもの、と注文した。何かわかんねえけど、とりあえず、コーヒーっぽい。
「お話というのは」
八田はコーヒーを一口飲んで、周りを気にしながら、ええ、と言った。
「聡子ちゃんのことです」
だろうなあ。それ以外に話すことなんてねえし。
「彼女の過去のことは、ご存知ですよね」
「ええ、まあ。捜査には必要な情報ですので」
「僕は、冤罪だと思っています。風間先生には、前々から、あの事件のことを調べていただいていたんです。それで、今回の事件が起きて、弁護をお願いしました」
「そうでしたか、それで、何かわかりましたか」
「ええ、わかりましたよ、冤罪だったことが」
えのきは勝ち誇ったように、冷たく言い放った。
「八田先生、申し訳ありませんが、過去の事件については、私にはどうもできない。必要なら、裁判で……」
「わかってますよ。調べてみたもののね、彼女にそのことを話しても、あれは自分がやったと、そればかりだ。裁判をしようと言ったけど、彼女はうんとは言わない。……なぜだと思いますか」
なぜって……それは……
「僕にはわからない。他人の罪を背負って、あんなに苦労して、挙句にその相手には裏切られて。それでも自分がやったと言うんです、どうしてなんですか」
「裏切られた、というのは?」
「ひどい仕打ちを受けてたんですよ、聡子ちゃんは、あの夫婦から」
「ひどい仕打ち、ですか」
「そんなことより、なぜだと思いますか。刑事のあなたなら、犯罪者の心理はわかるんじゃないんですか?」
「警察官として、お答えしましょう。犯罪を庇い、自分が罪を背負うのは、通常、その相手に対して負い目があるか、守りたいか、しかし、よほどの気持ちがないと無理でしょう。もしくは、自分の非を隠したいか。でも、どの理由にもあてはまらない場合、誰かに強要されたか、何か利益があったか、になるでしょう」
ややこしい名前のコーヒーは、ただの濃いコーヒーだ。
「ただ、通常、18歳の少女が友達を庇えるかと言うと、不可能に近い」
「どうしてですか」
「未成年とは言えども、殺人事件の取調べというのは、非常に厳しいんです。いくら野江さんが警察慣れしても、ケンカやカツアゲの取調べとは比べものにならない。子供の作った偽の供述など、すぐにわかる」
「じゃあ、なぜ、聡子ちゃんは……」
「真犯人であった、ということでしょう」
組織の人間として言うなら、こう言うしかない。だけど、そうじゃなかった、真実はそうじゃない。
「ただ……個人的には、そうではないと思います。捜査資料を読む限り、真犯人は誰か、とは言えませんが、野江さんではなかったと、思いますよ」
「なぜ、彼女は自分が犯人だと言ったんですか? 友達のためですか、見返りのためですか?」
「友達のためでしょう」
「でも殺人ですよ、一生背負わないといけない、重い罪ですよ」
「ええ、だから、刑事としては、彼女の意図がわからない。彼女は取調べの間、自分がやったと、それだけしか言わなかったそうです……今回の事件もね」
これでも20年、刑事をやってきた。それなりに経験だってある。だけど、こんなにわからないことは初めてだ。
「辰巳さん個人としては、わかるんですか」
そうだな……わからないでもない。俺が現場を捨てた、刑事人生を捨てたのは……
「それでいいと思ったんじゃないかな」
八田は、驚いた目で俺を見た。
「いいわけないでしょう! そんな、いいわけ……殺人ですよ、そんな理由で、背負える罪じゃない」
「野江さんは、そういう方なんでしょう。理由なんてない、ただ、自分の気持ちに素直なだけだ。友達を守りたかった、というより……友達が捕まるより、自分が捕まった方がいい、それだけだったんだと思いますよ」
俺は、城田と同じことを言った。聡子のことを知れば知るほど、自然にそうなってしまう。
「なるほどね、そうか……そうなんだなあ」
えのき茸は、それから、一人で笑い出して、やっとコーヒーを飲んで落ち着いたらしい。
「失礼、すみません、あなたを試しました」
「はあ、それで、合格ですか?」
「僕が用意した模範解答とは違いましたがね、合格です」
「どういうことですか」
「退院してからね、彼女はあなたのことばかりだ。初めてなんですよ、彼女が男性のことを、あんなに楽しそうに話すのは。まるで、恋する少女みたいにね」
一瞬、あのことかとドキっとしたけど、そうではないらしい。
「あなたが信用できる人かどうか、試しました。申し訳ない」
「私と野江さんは、警察官と被疑者の関係でしかありませんよ」
「あなたはそうでも、彼女はそうじゃない……まあ、バレバレかと思いますが、僕は聡子ちゃんに惹かれています。一度、想いを伝えました。でも、彼女は……自分の過去は、僕の迷惑になるからと。僕も、そこを振り切る勇気がなかった。そんなことは関係ないと、なぜ言えなかったのか、情けない男です」
「あなたを頼っているようですよ」
「ええ、頼ってくれています。あの火事からずっと、彼女は入退院を繰り返して、体もいい状態じゃない。僕は、心身共に、彼女を支えてきたつもりです。でも……頼ってくれていても、心は開いてくれない。一番大切なことは、僕にはわからないままだ」
八田はせつない顔で、ため息をついた。
「先生、あの……私はそういう話は苦手でして……恋愛相談なら、適任がいますよ、呼び出しましょうか」
「あの、オシャレな刑事さんですか。いっそ、彼に惹かれてくれたほうがまだ勝ち目があったのになあ」
八田は笑って、二杯目のコーヒーを注文した。
「聡子ちゃんと初めて会ったのは、僕が小学6年生の時だったかな。両親を事故で亡くしましてね、一時的に施設にいました。僕は家族を失ったショックと、もともと偏食でね、施設の食事がどうしても食べられなかった。そしたらね、僕より年下の女の子が、菓子パンをくれるんですよ。お菓子とかね、どこから持ってくるのか、僕だけじゃなくて、小さい子とか、虐められてる子とかにも、みんなに渡すんです。ただ、配るだけで、何か要求するわけじゃない。どうもそれは万引きしてたものらしくて、おまわりさんと一緒に帰ってくることもありました。それでも懲りずに、パンやお菓子を持って帰ってきては、みんなに配るんです」
「それが、野江さんですか」
「ええ、そうです。当時はまだ折檻なんて普通でしたから、随分厳しくやられてました。それでも、彼女、ケロっとしてるんですよ。なんだか申し訳なくてね、お礼に、勉強を教えてあげてました。まあ、勉強はまるっきりダメでね、四年生なのに、九九もろくに言えなかったんですよ。勉強の途中でいつも居眠りして、可愛かったなあ」
八田は、桐山と同じ目で、過去に浸っていた。
「初恋ってやつですね。家族を失った僕にとって、聡子ちゃんはまるで妹のようでした。でも、すぐに僕は今の両親に引き取られ、まさかこんな形で再会するなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「彼女だといつ気がついたんですか」
「聡子ちゃんが東京に来たころ、雅子さんはあまり状態がよくなくてね、入院を繰り返してました。その付き添いで来るようになって、どこか面影があったんです。目なのかなあ、どっかで会ったことあるなって、ずっと考えてて、雅子さんに彼女のことを聞いたんです。そうしたら、大阪の中学時代の友達だと言うので、もしかしたらと思い、本人に確認しました。僕のことは忘れてたみたいですけど、施設の名前や、出来事なんかは覚えていたので、やっぱりそうかってことになって。でも……彼女、東京に来たものの、いい生活とは言えなかったと思います」
「さっき、ひどい仕打ちを受けてたって仰ってましたが、なにがあったんですか」
「あの頃の梅木製作所は、倒産寸前でした。聡子ちゃんは、工員の経験があったから、作業員として働いてたみたいなんですけど、あの目でしょう、最初はよくケガをしてました。人手も足りなくて、毎晩遅くまで仕事をしてるとも言ってましたね」
「でも、工場長になってましたけど、認めてはもらえてたのでは?」
「工場長と言っても、肩書きだけです。聞いたことありませんか、管理職は、残業代とか出さなくてもいいんですよ。雅子さんがそんなことを言ってました。……雇ってもらえるだけ、幸せだと思えとか……」
「本人にですか」
「雅子さんは、体の調子が悪くなると、聡子ちゃんに当たり散らしてました。前々から、わがままで、病院でも問題をよく起こしてて、ナースたちも手を焼いてたようです。でも聡子ちゃんが来てからは、彼女、甲斐甲斐しく世話をして、周りにも気を使って、頭を下げたり、お菓子を配ったりしてました。どんなに雅子さんに当られても、いつも笑顔でね……見ているこちらの方が辛かったですよ」
なんだ、梅木の話とは正反対じゃねえか。
「火事の前日もね、ひどい口論をしてたんです。検査入院してたので、病室で話してるのを聞いてしまいました」
「と、いうと」
「雅子さんの薬物使用のことです。聡子ちゃんは、そのことを厳しく咎めてました。めったに怒らないんですが、あの日だけは、かなり厳しかったですね。それで、雅子さんが暴れて……人殺しのくせにとか、東京に呼んだのは、落ちぶれた聡子ちゃんが見たかったからだとか……聞くに耐えませんでしたよ」
「ずっと、そうだったんですか? 彼女が東京に来てから」
「いえ、最初の頃は、雅子さんも嬉しそうにしてたんです。友達が大阪から来てくれた、なんてね。変わり始めたのは、一年くらいしてからかな、聡子ちゃん、垢抜けて、どんどんきれいになって……言い寄る男性も多かったみたいです。前はパーティーに行っても自分の独壇場だったのに、聡子ちゃんのほうが目立ち始めて、嫉妬したんでしょう」
なるほどなあ、モテ女ってわけか。
「ところで、先生は、その……雅子さんと、噂があったようですが……」
「その話も、雅子さんが当てつけに広めた噂です。僕と彼女は、医者と患者の関係でしかかありません。たぶん、僕が聡子ちゃんに興味があるとわかって……亡くなった人のことを悪く言うのはよくありませんが、彼女には複数の男性がいました。あの通り、美人ですしね。梅木さんは、そのことをご存知だったようですが、見て見ぬふり、という感じでした」
「それは、どうして」
「さあ、夫婦のことですから。ただ、そのせいで、聡子ちゃんが梅木さんからも冷たくされていたのは事実です。要は、聡子ちゃんは、梅木夫婦のはけ口だったんです」
わかんねえな、じゃあなぜ、梅木夫婦は聡子を東京に呼んだんだ? そんなに疎ましいなら、呼ばなきゃよかったんだ。城田の話じゃ、雅子がわざわざ探してきたっていうし……
「個人的に、お話したいのですが」
個人的に? 事件のことじゃなくてか?
「構いませんが、事件のことではなく、ということですか」
「まあ、そうですね。なので、おひとりでお願いできますか」
「わかりました、今からお伺いしましょうか?」
「病院の近くにカフェがあります。そこでお待ちしております」
そう言って、電話はきれた。なんだろう、いつもと温度感が違う。
指定された喫茶店、ではなく、カフェは、これまた小洒落たカフェで、若い女やカップルでいっぱいだ。普通のコーヒーでいいんだけどなあ、どれがなんだかよくわからない。八田は窓際の席に座っていて、違和感はない。けど、俺は違和感しかない。
「お待たせしました」
「ああ、どうも。お忙しいところ、すみません」
俺は前に座って、同じもの、と注文した。何かわかんねえけど、とりあえず、コーヒーっぽい。
「お話というのは」
八田はコーヒーを一口飲んで、周りを気にしながら、ええ、と言った。
「聡子ちゃんのことです」
だろうなあ。それ以外に話すことなんてねえし。
「彼女の過去のことは、ご存知ですよね」
「ええ、まあ。捜査には必要な情報ですので」
「僕は、冤罪だと思っています。風間先生には、前々から、あの事件のことを調べていただいていたんです。それで、今回の事件が起きて、弁護をお願いしました」
「そうでしたか、それで、何かわかりましたか」
「ええ、わかりましたよ、冤罪だったことが」
えのきは勝ち誇ったように、冷たく言い放った。
「八田先生、申し訳ありませんが、過去の事件については、私にはどうもできない。必要なら、裁判で……」
「わかってますよ。調べてみたもののね、彼女にそのことを話しても、あれは自分がやったと、そればかりだ。裁判をしようと言ったけど、彼女はうんとは言わない。……なぜだと思いますか」
なぜって……それは……
「僕にはわからない。他人の罪を背負って、あんなに苦労して、挙句にその相手には裏切られて。それでも自分がやったと言うんです、どうしてなんですか」
「裏切られた、というのは?」
「ひどい仕打ちを受けてたんですよ、聡子ちゃんは、あの夫婦から」
「ひどい仕打ち、ですか」
「そんなことより、なぜだと思いますか。刑事のあなたなら、犯罪者の心理はわかるんじゃないんですか?」
「警察官として、お答えしましょう。犯罪を庇い、自分が罪を背負うのは、通常、その相手に対して負い目があるか、守りたいか、しかし、よほどの気持ちがないと無理でしょう。もしくは、自分の非を隠したいか。でも、どの理由にもあてはまらない場合、誰かに強要されたか、何か利益があったか、になるでしょう」
ややこしい名前のコーヒーは、ただの濃いコーヒーだ。
「ただ、通常、18歳の少女が友達を庇えるかと言うと、不可能に近い」
「どうしてですか」
「未成年とは言えども、殺人事件の取調べというのは、非常に厳しいんです。いくら野江さんが警察慣れしても、ケンカやカツアゲの取調べとは比べものにならない。子供の作った偽の供述など、すぐにわかる」
「じゃあ、なぜ、聡子ちゃんは……」
「真犯人であった、ということでしょう」
組織の人間として言うなら、こう言うしかない。だけど、そうじゃなかった、真実はそうじゃない。
「ただ……個人的には、そうではないと思います。捜査資料を読む限り、真犯人は誰か、とは言えませんが、野江さんではなかったと、思いますよ」
「なぜ、彼女は自分が犯人だと言ったんですか? 友達のためですか、見返りのためですか?」
「友達のためでしょう」
「でも殺人ですよ、一生背負わないといけない、重い罪ですよ」
「ええ、だから、刑事としては、彼女の意図がわからない。彼女は取調べの間、自分がやったと、それだけしか言わなかったそうです……今回の事件もね」
これでも20年、刑事をやってきた。それなりに経験だってある。だけど、こんなにわからないことは初めてだ。
「辰巳さん個人としては、わかるんですか」
そうだな……わからないでもない。俺が現場を捨てた、刑事人生を捨てたのは……
「それでいいと思ったんじゃないかな」
八田は、驚いた目で俺を見た。
「いいわけないでしょう! そんな、いいわけ……殺人ですよ、そんな理由で、背負える罪じゃない」
「野江さんは、そういう方なんでしょう。理由なんてない、ただ、自分の気持ちに素直なだけだ。友達を守りたかった、というより……友達が捕まるより、自分が捕まった方がいい、それだけだったんだと思いますよ」
俺は、城田と同じことを言った。聡子のことを知れば知るほど、自然にそうなってしまう。
「なるほどね、そうか……そうなんだなあ」
えのき茸は、それから、一人で笑い出して、やっとコーヒーを飲んで落ち着いたらしい。
「失礼、すみません、あなたを試しました」
「はあ、それで、合格ですか?」
「僕が用意した模範解答とは違いましたがね、合格です」
「どういうことですか」
「退院してからね、彼女はあなたのことばかりだ。初めてなんですよ、彼女が男性のことを、あんなに楽しそうに話すのは。まるで、恋する少女みたいにね」
一瞬、あのことかとドキっとしたけど、そうではないらしい。
「あなたが信用できる人かどうか、試しました。申し訳ない」
「私と野江さんは、警察官と被疑者の関係でしかありませんよ」
「あなたはそうでも、彼女はそうじゃない……まあ、バレバレかと思いますが、僕は聡子ちゃんに惹かれています。一度、想いを伝えました。でも、彼女は……自分の過去は、僕の迷惑になるからと。僕も、そこを振り切る勇気がなかった。そんなことは関係ないと、なぜ言えなかったのか、情けない男です」
「あなたを頼っているようですよ」
「ええ、頼ってくれています。あの火事からずっと、彼女は入退院を繰り返して、体もいい状態じゃない。僕は、心身共に、彼女を支えてきたつもりです。でも……頼ってくれていても、心は開いてくれない。一番大切なことは、僕にはわからないままだ」
八田はせつない顔で、ため息をついた。
「先生、あの……私はそういう話は苦手でして……恋愛相談なら、適任がいますよ、呼び出しましょうか」
「あの、オシャレな刑事さんですか。いっそ、彼に惹かれてくれたほうがまだ勝ち目があったのになあ」
八田は笑って、二杯目のコーヒーを注文した。
「聡子ちゃんと初めて会ったのは、僕が小学6年生の時だったかな。両親を事故で亡くしましてね、一時的に施設にいました。僕は家族を失ったショックと、もともと偏食でね、施設の食事がどうしても食べられなかった。そしたらね、僕より年下の女の子が、菓子パンをくれるんですよ。お菓子とかね、どこから持ってくるのか、僕だけじゃなくて、小さい子とか、虐められてる子とかにも、みんなに渡すんです。ただ、配るだけで、何か要求するわけじゃない。どうもそれは万引きしてたものらしくて、おまわりさんと一緒に帰ってくることもありました。それでも懲りずに、パンやお菓子を持って帰ってきては、みんなに配るんです」
「それが、野江さんですか」
「ええ、そうです。当時はまだ折檻なんて普通でしたから、随分厳しくやられてました。それでも、彼女、ケロっとしてるんですよ。なんだか申し訳なくてね、お礼に、勉強を教えてあげてました。まあ、勉強はまるっきりダメでね、四年生なのに、九九もろくに言えなかったんですよ。勉強の途中でいつも居眠りして、可愛かったなあ」
八田は、桐山と同じ目で、過去に浸っていた。
「初恋ってやつですね。家族を失った僕にとって、聡子ちゃんはまるで妹のようでした。でも、すぐに僕は今の両親に引き取られ、まさかこんな形で再会するなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「彼女だといつ気がついたんですか」
「聡子ちゃんが東京に来たころ、雅子さんはあまり状態がよくなくてね、入院を繰り返してました。その付き添いで来るようになって、どこか面影があったんです。目なのかなあ、どっかで会ったことあるなって、ずっと考えてて、雅子さんに彼女のことを聞いたんです。そうしたら、大阪の中学時代の友達だと言うので、もしかしたらと思い、本人に確認しました。僕のことは忘れてたみたいですけど、施設の名前や、出来事なんかは覚えていたので、やっぱりそうかってことになって。でも……彼女、東京に来たものの、いい生活とは言えなかったと思います」
「さっき、ひどい仕打ちを受けてたって仰ってましたが、なにがあったんですか」
「あの頃の梅木製作所は、倒産寸前でした。聡子ちゃんは、工員の経験があったから、作業員として働いてたみたいなんですけど、あの目でしょう、最初はよくケガをしてました。人手も足りなくて、毎晩遅くまで仕事をしてるとも言ってましたね」
「でも、工場長になってましたけど、認めてはもらえてたのでは?」
「工場長と言っても、肩書きだけです。聞いたことありませんか、管理職は、残業代とか出さなくてもいいんですよ。雅子さんがそんなことを言ってました。……雇ってもらえるだけ、幸せだと思えとか……」
「本人にですか」
「雅子さんは、体の調子が悪くなると、聡子ちゃんに当たり散らしてました。前々から、わがままで、病院でも問題をよく起こしてて、ナースたちも手を焼いてたようです。でも聡子ちゃんが来てからは、彼女、甲斐甲斐しく世話をして、周りにも気を使って、頭を下げたり、お菓子を配ったりしてました。どんなに雅子さんに当られても、いつも笑顔でね……見ているこちらの方が辛かったですよ」
なんだ、梅木の話とは正反対じゃねえか。
「火事の前日もね、ひどい口論をしてたんです。検査入院してたので、病室で話してるのを聞いてしまいました」
「と、いうと」
「雅子さんの薬物使用のことです。聡子ちゃんは、そのことを厳しく咎めてました。めったに怒らないんですが、あの日だけは、かなり厳しかったですね。それで、雅子さんが暴れて……人殺しのくせにとか、東京に呼んだのは、落ちぶれた聡子ちゃんが見たかったからだとか……聞くに耐えませんでしたよ」
「ずっと、そうだったんですか? 彼女が東京に来てから」
「いえ、最初の頃は、雅子さんも嬉しそうにしてたんです。友達が大阪から来てくれた、なんてね。変わり始めたのは、一年くらいしてからかな、聡子ちゃん、垢抜けて、どんどんきれいになって……言い寄る男性も多かったみたいです。前はパーティーに行っても自分の独壇場だったのに、聡子ちゃんのほうが目立ち始めて、嫉妬したんでしょう」
なるほどなあ、モテ女ってわけか。
「ところで、先生は、その……雅子さんと、噂があったようですが……」
「その話も、雅子さんが当てつけに広めた噂です。僕と彼女は、医者と患者の関係でしかかありません。たぶん、僕が聡子ちゃんに興味があるとわかって……亡くなった人のことを悪く言うのはよくありませんが、彼女には複数の男性がいました。あの通り、美人ですしね。梅木さんは、そのことをご存知だったようですが、見て見ぬふり、という感じでした」
「それは、どうして」
「さあ、夫婦のことですから。ただ、そのせいで、聡子ちゃんが梅木さんからも冷たくされていたのは事実です。要は、聡子ちゃんは、梅木夫婦のはけ口だったんです」
わかんねえな、じゃあなぜ、梅木夫婦は聡子を東京に呼んだんだ? そんなに疎ましいなら、呼ばなきゃよかったんだ。城田の話じゃ、雅子がわざわざ探してきたっていうし……
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