Dusty Eyes

葉月零

文字の大きさ
18 / 29
愛のカタチ

愛のカタチ(2)

しおりを挟む
 別の事件の聞き込みの帰り、八田から電話がかかってきた。また冤罪の話か? めんどくせえなあ。
「個人的に、お話したいのですが」
 個人的に? 事件のことじゃなくてか?
「構いませんが、事件のことではなく、ということですか」
「まあ、そうですね。なので、おひとりでお願いできますか」
「わかりました、今からお伺いしましょうか?」
「病院の近くにカフェがあります。そこでお待ちしております」
 そう言って、電話はきれた。なんだろう、いつもと温度感が違う。

 指定された喫茶店、ではなく、カフェは、これまた小洒落たカフェで、若い女やカップルでいっぱいだ。普通のコーヒーでいいんだけどなあ、どれがなんだかよくわからない。八田は窓際の席に座っていて、違和感はない。けど、俺は違和感しかない。
「お待たせしました」
「ああ、どうも。お忙しいところ、すみません」
 俺は前に座って、同じもの、と注文した。何かわかんねえけど、とりあえず、コーヒーっぽい。
「お話というのは」
 八田はコーヒーを一口飲んで、周りを気にしながら、ええ、と言った。
「聡子ちゃんのことです」
 だろうなあ。それ以外に話すことなんてねえし。
「彼女の過去のことは、ご存知ですよね」
「ええ、まあ。捜査には必要な情報ですので」
「僕は、冤罪だと思っています。風間先生には、前々から、あの事件のことを調べていただいていたんです。それで、今回の事件が起きて、弁護をお願いしました」
「そうでしたか、それで、何かわかりましたか」
「ええ、わかりましたよ、冤罪だったことが」
 えのきは勝ち誇ったように、冷たく言い放った。
「八田先生、申し訳ありませんが、過去の事件については、私にはどうもできない。必要なら、裁判で……」
「わかってますよ。調べてみたもののね、彼女にそのことを話しても、あれは自分がやったと、そればかりだ。裁判をしようと言ったけど、彼女はうんとは言わない。……なぜだと思いますか」
 なぜって……それは……
「僕にはわからない。他人の罪を背負って、あんなに苦労して、挙句にその相手には裏切られて。それでも自分がやったと言うんです、どうしてなんですか」
「裏切られた、というのは?」
「ひどい仕打ちを受けてたんですよ、聡子ちゃんは、あの夫婦から」
「ひどい仕打ち、ですか」
「そんなことより、なぜだと思いますか。刑事のあなたなら、犯罪者の心理はわかるんじゃないんですか?」
「警察官として、お答えしましょう。犯罪を庇い、自分が罪を背負うのは、通常、その相手に対して負い目があるか、守りたいか、しかし、よほどの気持ちがないと無理でしょう。もしくは、自分の非を隠したいか。でも、どの理由にもあてはまらない場合、誰かに強要されたか、何か利益があったか、になるでしょう」
 ややこしい名前のコーヒーは、ただの濃いコーヒーだ。
「ただ、通常、18歳の少女が友達を庇えるかと言うと、不可能に近い」
「どうしてですか」
「未成年とは言えども、殺人事件の取調べというのは、非常に厳しいんです。いくら野江さんが警察慣れしても、ケンカやカツアゲの取調べとは比べものにならない。子供の作った偽の供述など、すぐにわかる」
「じゃあ、なぜ、聡子ちゃんは……」
「真犯人であった、ということでしょう」
 組織の人間として言うなら、こう言うしかない。だけど、そうじゃなかった、真実はそうじゃない。
「ただ……個人的には、そうではないと思います。捜査資料を読む限り、真犯人は誰か、とは言えませんが、野江さんではなかったと、思いますよ」
「なぜ、彼女は自分が犯人だと言ったんですか? 友達のためですか、見返りのためですか?」
「友達のためでしょう」
「でも殺人ですよ、一生背負わないといけない、重い罪ですよ」
「ええ、だから、刑事としては、彼女の意図がわからない。彼女は取調べの間、自分がやったと、それだけしか言わなかったそうです……今回の事件もね」
 これでも20年、刑事をやってきた。それなりに経験だってある。だけど、こんなにわからないことは初めてだ。
「辰巳さん個人としては、わかるんですか」
 そうだな……わからないでもない。俺が現場を捨てた、刑事人生を捨てたのは……
「それでいいと思ったんじゃないかな」
 八田は、驚いた目で俺を見た。
「いいわけないでしょう! そんな、いいわけ……殺人ですよ、そんな理由で、背負える罪じゃない」
「野江さんは、そういう方なんでしょう。理由なんてない、ただ、自分の気持ちに素直なだけだ。友達を守りたかった、というより……友達が捕まるより、自分が捕まった方がいい、それだけだったんだと思いますよ」
 俺は、城田と同じことを言った。聡子のことを知れば知るほど、自然にそうなってしまう。
「なるほどね、そうか……そうなんだなあ」
 えのき茸は、それから、一人で笑い出して、やっとコーヒーを飲んで落ち着いたらしい。
「失礼、すみません、あなたを試しました」
「はあ、それで、合格ですか?」
「僕が用意した模範解答とは違いましたがね、合格です」
「どういうことですか」
「退院してからね、彼女はあなたのことばかりだ。初めてなんですよ、彼女が男性のことを、あんなに楽しそうに話すのは。まるで、恋する少女みたいにね」
 一瞬、あのことかとドキっとしたけど、そうではないらしい。
「あなたが信用できる人かどうか、試しました。申し訳ない」
「私と野江さんは、警察官と被疑者の関係でしかありませんよ」
「あなたはそうでも、彼女はそうじゃない……まあ、バレバレかと思いますが、僕は聡子ちゃんに惹かれています。一度、想いを伝えました。でも、彼女は……自分の過去は、僕の迷惑になるからと。僕も、そこを振り切る勇気がなかった。そんなことは関係ないと、なぜ言えなかったのか、情けない男です」
「あなたを頼っているようですよ」
「ええ、頼ってくれています。あの火事からずっと、彼女は入退院を繰り返して、体もいい状態じゃない。僕は、心身共に、彼女を支えてきたつもりです。でも……頼ってくれていても、心は開いてくれない。一番大切なことは、僕にはわからないままだ」
 八田はせつない顔で、ため息をついた。
「先生、あの……私はそういう話は苦手でして……恋愛相談なら、適任がいますよ、呼び出しましょうか」
「あの、オシャレな刑事さんですか。いっそ、彼に惹かれてくれたほうがまだ勝ち目があったのになあ」
 八田は笑って、二杯目のコーヒーを注文した。
「聡子ちゃんと初めて会ったのは、僕が小学6年生の時だったかな。両親を事故で亡くしましてね、一時的に施設にいました。僕は家族を失ったショックと、もともと偏食でね、施設の食事がどうしても食べられなかった。そしたらね、僕より年下の女の子が、菓子パンをくれるんですよ。お菓子とかね、どこから持ってくるのか、僕だけじゃなくて、小さい子とか、虐められてる子とかにも、みんなに渡すんです。ただ、配るだけで、何か要求するわけじゃない。どうもそれは万引きしてたものらしくて、おまわりさんと一緒に帰ってくることもありました。それでも懲りずに、パンやお菓子を持って帰ってきては、みんなに配るんです」
「それが、野江さんですか」
「ええ、そうです。当時はまだ折檻なんて普通でしたから、随分厳しくやられてました。それでも、彼女、ケロっとしてるんですよ。なんだか申し訳なくてね、お礼に、勉強を教えてあげてました。まあ、勉強はまるっきりダメでね、四年生なのに、九九もろくに言えなかったんですよ。勉強の途中でいつも居眠りして、可愛かったなあ」
 八田は、桐山と同じ目で、過去に浸っていた。
「初恋ってやつですね。家族を失った僕にとって、聡子ちゃんはまるで妹のようでした。でも、すぐに僕は今の両親に引き取られ、まさかこんな形で再会するなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「彼女だといつ気がついたんですか」
「聡子ちゃんが東京に来たころ、雅子さんはあまり状態がよくなくてね、入院を繰り返してました。その付き添いで来るようになって、どこか面影があったんです。目なのかなあ、どっかで会ったことあるなって、ずっと考えてて、雅子さんに彼女のことを聞いたんです。そうしたら、大阪の中学時代の友達だと言うので、もしかしたらと思い、本人に確認しました。僕のことは忘れてたみたいですけど、施設の名前や、出来事なんかは覚えていたので、やっぱりそうかってことになって。でも……彼女、東京に来たものの、いい生活とは言えなかったと思います」
「さっき、ひどい仕打ちを受けてたって仰ってましたが、なにがあったんですか」
「あの頃の梅木製作所は、倒産寸前でした。聡子ちゃんは、工員の経験があったから、作業員として働いてたみたいなんですけど、あの目でしょう、最初はよくケガをしてました。人手も足りなくて、毎晩遅くまで仕事をしてるとも言ってましたね」
「でも、工場長になってましたけど、認めてはもらえてたのでは?」
「工場長と言っても、肩書きだけです。聞いたことありませんか、管理職は、残業代とか出さなくてもいいんですよ。雅子さんがそんなことを言ってました。……雇ってもらえるだけ、幸せだと思えとか……」
「本人にですか」
「雅子さんは、体の調子が悪くなると、聡子ちゃんに当たり散らしてました。前々から、わがままで、病院でも問題をよく起こしてて、ナースたちも手を焼いてたようです。でも聡子ちゃんが来てからは、彼女、甲斐甲斐しく世話をして、周りにも気を使って、頭を下げたり、お菓子を配ったりしてました。どんなに雅子さんに当られても、いつも笑顔でね……見ているこちらの方が辛かったですよ」
 なんだ、梅木の話とは正反対じゃねえか。
「火事の前日もね、ひどい口論をしてたんです。検査入院してたので、病室で話してるのを聞いてしまいました」
「と、いうと」
「雅子さんの薬物使用のことです。聡子ちゃんは、そのことを厳しく咎めてました。めったに怒らないんですが、あの日だけは、かなり厳しかったですね。それで、雅子さんが暴れて……人殺しのくせにとか、東京に呼んだのは、落ちぶれた聡子ちゃんが見たかったからだとか……聞くに耐えませんでしたよ」
「ずっと、そうだったんですか? 彼女が東京に来てから」
「いえ、最初の頃は、雅子さんも嬉しそうにしてたんです。友達が大阪から来てくれた、なんてね。変わり始めたのは、一年くらいしてからかな、聡子ちゃん、垢抜けて、どんどんきれいになって……言い寄る男性も多かったみたいです。前はパーティーに行っても自分の独壇場だったのに、聡子ちゃんのほうが目立ち始めて、嫉妬したんでしょう」
 なるほどなあ、モテ女ってわけか。
「ところで、先生は、その……雅子さんと、噂があったようですが……」
「その話も、雅子さんが当てつけに広めた噂です。僕と彼女は、医者と患者の関係でしかかありません。たぶん、僕が聡子ちゃんに興味があるとわかって……亡くなった人のことを悪く言うのはよくありませんが、彼女には複数の男性がいました。あの通り、美人ですしね。梅木さんは、そのことをご存知だったようですが、見て見ぬふり、という感じでした」
「それは、どうして」
「さあ、夫婦のことですから。ただ、そのせいで、聡子ちゃんが梅木さんからも冷たくされていたのは事実です。要は、聡子ちゃんは、梅木夫婦のはけ口だったんです」
 わかんねえな、じゃあなぜ、梅木夫婦は聡子を東京に呼んだんだ? そんなに疎ましいなら、呼ばなきゃよかったんだ。城田の話じゃ、雅子がわざわざ探してきたっていうし……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...