ダメ忍者に恋なんてしない

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4デート忍者

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「買い物、ですか?」
 ひなかは休日、鼓を買い物に誘った。先日、雷サージ付きのタップを必要と感じたので買いに行きたかったが、加えて必要なものも増えた。
「では拙はいつも通り留守番を……」
「今日は付いてきて」
「はっ、では影ながら……」
「いや普通に」
 必要な買い物、というのは鼓が着る服だ。どうも着物も一張羅らしく、本当に私物を持っていない。今後、どこに引き取られるかは分からないが衣服くらい必要だろう。
「そのままだと目立つから、これに着替えて」
「こちらは……?」
「麓の服よ」
 下着はどうしても父から借りる必要があったが、服はサイズ的にひなかのお下がりしか合わない。
「これを穿いてこれを来たら、こっち穿いてオレンジの奴着てね」
「承知」
 乾燥機能があるので必要ないのだが、服を畳んでくれるので彼も一応、洋服の構成はある程度理解出来ていた。忍者としてはダメなんだろうが、人間単位で見ると若いおかげかそれなりに適応力は高い。
「さてと、あといるのは……」
 ひなかは他に買うものが無いか確かめた。焚火に掛けて煤まみれに鍋はどういうことかしっかり磨かれていた。
(金たわしも洗剤もなしでようやるわ……)
 そういう時用のたわしもあるのだが、使用の痕跡が無かったので水だけで頑張ったのだろう。給湯器の使い方も知らなかったので、本当に冬の冷たい水だ。
「主殿、完了いたしました」
「……」
 オレンジのトレーナーにジーパンを着込んだ姿で鼓が現れる。普段の怪しさはどこへやら、服がダボっとしておりそこはかとない愛らしささえあった。
「主……殿? どこか変……ですか?」
 困惑して小首を傾げる仕草も街中で見かける同い年の男の子とは一線を画す可愛げに溢れていた。ひなかは一つ安心した。彼なら愛嬌と誠実さで食っていけると。
「いいじゃない。んじゃ、行くわよ」
 男連れでクラスメイトに見つかったら冷やかされそうだな、という心配はなく、これならよくて弟、上手く行けば同性の友達に見えるだろうと確信した。
「では、お供いたします」
「おっと、その前に」
 その前にひなかは、当世風の衣装を着こんで不審さが薄れたことで気づいた点を修正する。髪が伸びており、少し邪魔そうであった。前髪をピンで留め、後ろ髪を一つに縛っておく。
「これで完璧」
 こうして出陣準備が整った。早速目的の場所へ向かうことになった。
「で、そのマフラーはしていくのね」
「まふらー? この首巻きのことですか?」
 着替えはしたが、柿色のほつれたマフラーはしていくというこだわり。そういえば出会った頃から、手ぬぐいの材質に近い防寒性の少なそうなこれをずっと着用していた。
「万が一の時に主殿を守らねばならないので」
「それで止血する様な怪我はしないと思うけど……」
 ひなかは直接圧迫や間接圧迫を行う止血帯として持ち歩いているのかと思っていたが、真相は違った。
「いえ、怪我などさせません。これ武器ですので」
「武器?」
 鼓がマフラーを撫でると、中に針金が仕込まれているわけではないのにピンと立って硬くなる。本当に忍者なのだろうかますますわけわからなくなるのであった。

 店舗が集うエリアへは、電車に乗っていくことになる。通学が徒歩なのでICカードを持たないひなかは普段から切符を買うのだが、ここで無駄にテクノロジーへ乗っからないことが役に立つとは思わなかった。
「この券売機で、目的の駅までの切符買うの。上の路線図にどこの駅なら何円って書いてあるから」
「なるほど……」
 実際にやらせてみるのが一番だろう。この先、電車一つ乗れないと苦労する。鼓はおっかなびっくりで券売機に小銭を入れると、タッチパネルを触っていく。
「このからくり……貨幣を判別できるのですか? おお、この鏡、触ると絵が変わる……」
 あまり人のいない時間でよかった、と彼の反応を見てひなかは思うのであった。完全に反応が原始人のそれである。今時、お年寄りでもこんな反応はしない。
「その切符をここに入れてね」
「はい」
 自動改札も潜るのは初めて。吸い込まれる切符におっかなびっくりしながら、彼は改札を抜けた。
「出て来た切符を取ってね」
「はい。このからくりも不思議です……」
 私鉄によってはまだICに対応していないどころか人が切符を切っている場所もあるという話はひなかも聞いた。だが、実際に使ったことが無いのと話としても知らないのは別の話だ。
(本当に『山』の子なのかな?)
 山はまだ町と地続きな分、街へ出てくることが多い。テレビで離島出身の芸能人が冗談みたいだがと前置きして信号機のことを学校で習ったと話す様に、物理的な隔絶の大きい離島出身と言った方が鼓の反応としては納得できるかもしれない。
 それでも、世界中にネットが張り巡らされ、情報をどこでも得られるこの現代にアルミホイルやコンロさえ知らないのは異常なのだが。
「もうすぐ電車来るかな?」
「でんしゃですか?」
 ホームに行くと、丁度電車がやってくる。世の中に疎い鼓には停車寸前の徐行電車でもよほど恐ろしいものに見えたのか、身構えて固まってしまう。
「な、なんですこれ?」
「電車よ。これに乗って町までいくの」
 ひなかは鼓の手を引いて電車に乗る。携帯の無い彼とはぐれてしまったら、合流出来る気がしないのでここは是が非でも乗ってもらう必要がある。
「ま、また妙な籠ですね……拙の様な物が乗っていいんでしょうか……」
「お金払えば誰でも乗っていいのよ」
 鼓には妙な身分制度が根付いており、座る時も絶対カーペットすら避ける有様。ただの田舎者、という考えはひなかから消えつつあった。
「う、動いた……こんな大きな籠を動かせる人がいるのですか……?」
「まぁ特殊な訓練とか勉強はいるけどさ」
 電車が動き出す。席に余裕があるのだが、今回は座らない。自分が座っても鼓が座らないだろうし、それでまた座る座らないのやり取りをするのは正直もう面倒くさいのだ。
「あんた意外と体幹はあるのね」
「忍ですので」
 つり革に掴まるひなかに対し、鼓は何にも掴まらず電車の揺れに対応していた。その辺は腐っても忍者ということである。鼓は外の景色を見て、息を飲んでいた。
「なんて早い籠……大蛇の様に長くて大きい鉄の籠を飛脚の様に動かせるなんてどんな人がいるんだろう……」
 ここまで来ると新鮮なリアクションであった。もしかすると現代人は色々と便利なことが当たり前になってしまう、彼の様な気持ちを忘れていたのかもしれないとひなかは思った。
「あ、でも籠の先頭に人がいない……本当にどうなって……」
 そんな気持ちも勝手に核心へ触れて震える鼓の様子を見ていると失せていく。程度問題というものがある。
「はー……この調子で一日持つのかな……」
 電車に乗るだけでこの騒ぎよう。これでお出かけなど出来るのかひなかが不安に思っていると匂いのキツイ中年オヤジが近くに来る。
(おいおい……これ痴漢予備軍だよ……)
 満員でもないのにこんなに接近してくるというのは、痴漢の可能性が高い。流石に『触らない痴漢』などとは言わないが、匂いだけでも不快で明らかに痴漢の予兆があるので黙って離れるのが一番だ。
「鼓」
 もちろん鼓を連れて、と思ったその瞬間、中年男が宙へ浮いた。そして、大きな音と共に電車の床へ叩きつけられる。
「え?」
「邪な気を感じました。主殿、お気を付けを」
 なんと、鼓が片腕で中年男を捻り倒していた。ぶくぶくに太っていて筋肉はないが重そうなのに、軽く一ひねりである。
「ま、まだ何もしてなくない?」
 疑わしきは死刑、と言わんばかりの始末にひなかはつい中年の方を庇った発言をしてしまう。
「何かあってからでは遅いので」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
 とはいえ、鼓の言うことにも一理ある。何事も未然に防ぐに越したことはない。
「ひっくり返しただけなので、まだ警戒を」
「いや、その……」
 鼓は男の反撃を警戒していたが、ひなかはすでに男がのびていることに気づいていた。
「もう倒してるわ」
「え? 成人した男子が受け身一つ取れなかったんですか?」
 投げ技というのは、受ける側の技術が無いと危険なのだ。みんなもプロレスごっことかで迂闊にお友達を投げないようにね。あれは投げる側はもちろん、投げられる側もめっちゃ特殊な訓練を受けているのだ。
「まぁいいわ。よく考えればこんな迷惑な奴の為に私が手間取るもの理不尽だったし、助かった」
「いえ、拙は忍として当然のことをしたまでです」
 とはいえ、こういう迷惑な奴の為に普通の人が余計な気遣いをしなければいけないのは不条理に感じていたので、ひなかはスッキリしたのであった。テレビでよくスカッととか称して迷惑な人に言い返す程度で済ませる番組があるのだが、このくらいの制裁でないとやはりスカッとはしない。
「それはそうとちょっと騒ぎになったし丁度目的地なので降りるわね」
「はい」
 ひなかは倒された中年を放置し、鼓と電車を降りた。あとは車掌なりが処理してくれるだろう。

 最初の目的地は家電量販店である。雷サージ付きのタップを買わねば、以前の様に落雷で肝を冷やすことになる。
「……」
「さすがに慣れた?」
 最初はテレビにも驚いていた鼓だが、毎日見ていればもう驚かなくなっていた。『箱に人が入っている!』というその手のテンプレを通り越し、今のテレビは板もいいところだ。
「はい、相変わらず板一枚で色々出来ることには驚きですが……」
「だよねー。私も改めて言われると確かにびっくりだわ」
 鼓はスマホの方がまだ信じ切れていなかった。よくご老人が偉そうに『最近の若者は電車でもスマホばかり見ていてけしからん!』などというが、あれ一つに新聞、文庫本、ゲーム機、参考書、オーディオ、時刻表が詰まっているのだから集約すればみんなスマホを見ている図にもなろう。
 そういう常識の無い人間が否定的にならず素で驚いている様子を見ると、確かにこの板一枚で色々出来るのはかなり未来だ、とひなかも自覚する。
「これこれっと……」
「太い縄が目的だったのですか?」
 ひなかは目的のタップを見つける。鼓には縄にしか見えないようだが、縄が電気を通すと聞いたら驚くだろうか、それとも電気の概念から説明する必要があるのか。
「でしたら拙に申してくれれば……、手持ちのものは縄とまではいきませぬが、紐もより合わせると縄になります」
 彼が取り出したのは黒い紐。残念だがそれでは雷を防ぐどころか通電もままならない。
「ほら、重要なのはこのからくりだから」
「縄にまでからくりが……」
 得意げにかなり複雑なあやとりを披露している鼓であったが、本命がからくりであると気づき、即座に解く。ふと、ひなかは彼の義手に目が行った。
「その義手って感覚あるの?」
「いえ。さすがにございませんので、片腕だけです」
 口ぶりからして、何かで腕を喪失したのではなくこの義手を付けるためにわざと腕を落としているかの様な言い方であった。
「そんだけ凄い義手があっても炊飯器が無いなんて不思議ね……」
「そうですか? 我が里では当たり前の義手忍具ですが」
「どうやってそんな生身みたいに動かせてるのよ」
 最近の筋電義手でもこう滑らかには動かないのに、木製と思しきこの義手がスムーズに動くのは不可思議であった。
「動かせると思えば動かせるんです」
「凄いふわっとしてるのね……」
 しかしその技術は不明。もしかすると、イヌイットに『服を着ないとヤバい』と言った瞬間に彼らが凍傷になったという事例の様に、解明すると動かせなくなってしまうのかもしれないので詳しいことは触れない様にした。
(あー、でもタッチパネルとか大変ね……)
 ふと、そんなことをひなかは考えた。義手に触覚が無いせいか右利きなので今のところ困っていないが、スマホとかには反応しなさそうである。
「ところでなんか必要なものある?」
「え? 特にないですが……」
 そういえば誕生日の時もプレゼントを用意出来なかった上、家事をやってもらった礼も出来ていないので彼の要望を聞いてみる。
「じゃあ欲しいもの」
「いえ、拙は主殿に仕えられるだけで身に余る幸せです」
「……」
 歳不相応に物欲が無いのも気になるところであった。何となくおもちゃ売り場に足を運んでみたが、鼓の興味を引くものは無さそうだ。
「社交辞令ではございません、本心からそう思うのです」
「それは分かるけど……」
 鼓が心の底からそう思っているのは何となく伝わってくる。些細な礼にも大喜びな様子を見せ、自分に出来ることを一生懸命やってくれる。ただ、見た目相応の子供としてはどうにも不自然なのだ。
「子供の頃、どんな玩具で遊んでたの?」
「どれも見たことのないものですね。拙は修行も兼ねてこの紐をよく弄っていました」
 鼓はあやとりの紐が唯一の玩具であったらしい。それなら、あの技術にも納得である。
「外で遊ぶタイプなの? 鬼ごっことか」
「いえ、拙は恥ずかしながら修行を終えるのが遅かったので、一緒に遊ぶ時間は少なかったんです」
 話を聞く限り、山奥に一人で住んでいたわけではなさそうだ。全くの野生児というわけでもなければ、かといって文明人とも言い難い微妙なバランスなのはそこが影響しているのだろう。
「あんた山じゃどんな暮らしをしてたの?」
「里では日の出と共に起きて、忍としての修行を積んでいたんです。油は高価なので、拙の様な下忍未満の者は日暮れと共に眠るものでしたが……麓は夜でも明るいのですね」
 一応人里で暮らしていた様だが、それでも最低限文化的で文明的とも言い難い。色々な考えがあるので彼の里を一概に否定は出来ないだろうが、学校には行かせる義務というものが日本国民にはあるのでそこだけ気になる。
「学校は?」
「がっこう……主殿の行く寺子屋的なものですか? あれは忍の行くところではないですよ」
 日本は識字率が昔から桁外れに高い国だが、まだ重箱の隅を突っつけば彼の様な者がいるものだとひなかは驚いた。親の考えはどうあれ、子供をそれに巻き込んでいいのだろうか。どちらにせよ、彼が然るべき保護を受ければ芋づる式に何とかなるだろう。
「でも読み書きと計算は出来るみたいじゃない」
「修行の一環で習うんです。あまり拙は得意ではないですが……」
 ともあれ、用事であった雷サージのタップを買って量販店を出る。今度の目的地は服屋。ファストファッションはファッションではない云々という人、主にカリンだが、がいるが、汎用性が高くなにより鼓の様に今すぐ服がいる人には安くてうってつけ。
「服必要でしょ?」
「いえ、拙はあの一枚で……。それに服など高価なもの……」
「忍者って町人に紛れるのも任務じゃない。必要経費必要経費」
 鼓の手綱を取れる様に、ひなかは忍者について多少調べていた。創作の様に黒装束を着て城に忍び込んだり、不意打ちからのアイサツでイクサしたり、唐突に表れて経験値とフラグを奪ったり、二刀流に魔法剣で雷を纏わせて乱れうちをするということはない。基本、町人の服装をして情報収集に励み、時折デマを流して混乱を誘ったりするのが忍の基本らしい。
「それに麓じゃ服はそんなに高くないのよ。ほら」
 ひなかは鼓にTシャツを宛がう。価格は七百円程度。
「私みたいな高校生でも一時間働けばこれ買えるんだから」
「え、一刻の労働でこれが?」
「うん。法律で一時間にこれだけ支払ってって決まってるのよ。だから実際にはお釣りが返ってくるわね」
 あまりの文化ギャップに鼓は頭がくらくらしてきた様だ。そうこうしているうちに、ひなかは必要な服を籠に入れていく。貸した服の様子からサイズは大雑把であるが、成長を鑑みて目測で選んでおいた。
「んじゃ、試着へレッツゴー」
「これですか?」
 ひなかは鼓を試着室に押し込む。カーテンを閉めて指示を出す。自分が命じれば素直に従う、という点においては鼓の扱いに慣れてきた。
「着方は今朝のと同じだから。着終えるまでカーテン……この布の仕切りは開けないでね」
「承知、ではしちゃく、をさせていただきます」
 そつなく試着を熟す鼓。トップスはともかく、ボトムスは小柄さが災いして選択に手間取った。キッズ向けでも男児用は少し大きめに感じられた。体格からして麓の男子とは違うということか。
「腰回りがぶかいな……」
「主殿?」
 自然とズボンの隙間に指を突っ込んでサイズを確かめてしまうひなかだったが、鼓に問いかけられて我に返る。
「おっと、ごめん」
「いえ、何をなされているのかと……」
 彼はああいう和服しか着た事がないのか、この行動の意味を測りかねていた。しかし無意識にやってしまったとはいえひなかは少し恥ずかしかった。
「うーん、次の取ってくるね」
 照れ隠しついでに他の服を取りにいく。
「あ、それなら拙が……」
「試着室抑えといて」
「承知」
 もう段々と彼を操るコツが掴めてきたひなかなのであった。男児が合わないなら女児を着せればいいではないか。こういう場所なら、長ズボンを選べばそんなに女の子女の子したデザインのものはない。言わなければ誰も気づかないだろう。
「思い切って女児向けから取って来ちゃったけど……」
 それを渡して試着させると、裾が長い以外は完璧であった。
「すみません店員さーん、裾上げお願いします」
 よさげだったので店員を呼んで裾上げしてもらう。長ズボンはこれだけだったのでそこまで時間は掛からない。
「まぁこんなものでしょ」
 選んだ服をレジに持っていき、会計を済ませる。数が数だけにそれなりの値段となったが、鼓が数字を把握できないのが幸いであった。
「ちょっと待ってね、裾上げしてもらってるから」
「はい」
 そんな彼にも裾上げの概念はある様だ。和服にも袴というズボンめいたものはあるので不思議ではない。レシートと一緒に渡された紙にだいたいの作業終了時間が書いてある。休日ということもあってやはり時間が掛かるのか、どこかで暇を潰す必要が出て来た。
「どこかで休憩しましょう」
「はい」
 その辺でジュースでも買って休もうか、そう思い辺りをうろつく。ここは複数の店舗が固まっており、車で休日に出かけるにはうってつけの場所だ。
「ん?」
「どうされました?」
 そんな中、ある喫茶店の販促物が目に留まる。最近ネットで配信されているドラマを見ているのだが、系列店が絡んでいる為コラボキャンペーンをやっていた。劇中で登場人物が頼んだドリンクを飲むと、クリアファイルが貰えるというもの。
(絶対一人じゃ飲みきれないだろうしなぁ……)
 チラッと鼓を見て思う。件のドリンクは一般的な腹のひなかには少々厳しいものがあり、協力プレイが求められる。友達を呼べばいいんだろうが、昨今は娯楽の多様化からかドラマ一つ取っても同じものを見ていることが少なくなり、中々誘う相手がいなかった。
「ちょっと協力して」
「主殿の為なら何なりと」
 そこに現れた鼓は、渡りに船と言えるだろう。ひなかは店に入り、席に着くと目的のドリンクを注文する。本来なら彼にも注文を聞くだろうが、鼓が喫茶店を知らないことをいいことにとんとん拍子で話を進めていく。
「こう……ですか?」
 鼓は見よう見真似でおしぼりを使い、手を拭く。そういえば飲食店にも入ったことが無いのだろうか、とひなかは考えた。
「んん? これは氷……ですか?」
「氷だけど?」
 彼はお冷に入った氷に目を丸くする。氷くらい自然現象なのでまさか見たことないと言わないだろうな、と少し怖くなってきた。
「こんな大きな氷がたくさん……」
「あ、大きさ……」
 彼が注目したのはその大きさ。冷凍庫のある今や氷を作るのは簡単だが、それがないと冬場に水溜まりが凍っているのを見る程度だろう。
「おまたせしました。カップルドリンクでございます」
 飲み物だけなので提供は早かった。ハート型に加工された二本のストローが刺さった、大きなグラスが机に置かれる。ワイングラスの親玉みたいな容器にオレンジジュースが並々と注がれ、申し訳程度に淵へフルーツが刺さっている。
「これ一人じゃ飲みきれないだろうからさ、一緒に飲んで」
「は、はい……よろしいのですか?」
「これを協力してほしかったの」
 というわけで早速ミッションスタート。なんだか細い支柱が不安に思えたので、ひなかはグラスの足を固定する。鼓も同じ考えだったらしく、二人の手が触れ合う。
「あ」
 一瞬手を引きかけたひなかであったが、ここで引くとカップルドリンクも相まって意識している様な気がしたのでそのまま彼の手を包む。鼓だけだと不安だから、と自分に言い聞かせて。
 彼の手は小さく細い。しかし肌や爪はボロボロで、とても頼りないものであった。普通、こういう質感の手は太くて安心感のあるものなのだが、彼からはそんな気配が全くしない。
「……」
 初めて飲むものにおっかなびっくりで挑む鼓。思わず一度ストローから口を離して大きく目を見開くが、主であるひなかに協力すべく頑張ってストローでドリンクを吸う。しかし、本人の必死さに反して吸う力が弱いのかそんなに減っていない。
(以外と恥ずかしいね、これ……)
 相手が鼓だから大丈夫だろうと思っていたが、ストローの仕組みから顔が近くなりひなかは少し恥ずかしかった。近くで見ると彼の顔立ちの良さが際立つ。鼓はそんなことよりも飲むのに必死で気づいていないだろうが、これは恋人同士でもかなりハードルが高い飲み物だ。
(う……これまだ残ってる理由が分かった気がする……)
 こういうキャンペーン物は速攻で景品が消えるのだが、これはまだ景品がある。その理由がこのドリンクに隠されていたことに今更ひなかは気づくこととなった。ただでさえ顔が近いと冷たい飲み物で中和出来ないほど顔から火が吹き出そうになるのに、鼓の誠実さも相まって微笑む様な優しい表情で注視されているので照れくささが加速する。
(ほんと、顔と性格はいいのよねこいつ……)
 それだけに普段報われていない様子が気がかりになるひなか。ちゃんと保護されて幸せになってくれればいいのだが……。

 どうにかドリンクを飲み終え、特典のクリアファイルを入手したひなかと鼓。二人用メニューが前提なので二枚貰えるのだ。
これがランダムで複数種類あり、地獄ぶりに拍車を掛けている。この手の特典は中身が見える様になっているものだが、包装で完全に柄が隠されており店員も気遣いで別の種類を渡せないという鬼畜ぶり。
「まるで生き写しの様な版画ですね……」
 今回はなんとかダブらずに済んだ。役者の写真を用いたクリアファイルというありがちな特典ながら、やはり鼓には新鮮なものであった。
「主殿、お納めください」
「え? くれるの?」
 さすがに鼓を協力させて特典まで毟ろうとは思っていなかったひなかは、彼の提案に驚く。
「元よりこの為に拙を遣わしたのでは?」
「まぁ、そうだけど……これあんたの分じゃない?」
「拙はこれがよく分からないので、主殿が持っていた方がいいかと。それにお代は主殿が出されましたので……」
 たしかに鼓はこのドラマを知らないので一理ある。ちょうど時間も潰れたので、裾上げしたズボンを取りに行くことになった。複合施設はこういう感じであっちいったりこっちいったりできるのが強い。
「こちらですね」
 服屋でズボンを受け取る。流石にチェーン店とはいえプロ、綺麗に裾が調整されていた。
「こちらはどうしますか?」
 マニュアル通りの対応なのか、裾上げで余った端切れの処分を聞かれる。
「なな……?」
 が、突如鼓が青ざめる。一体どうしたのか。
「ど、どうされましたか?」
「いえ、気にしないでください」
 店員に心配されてしまったので、一応受け流しておくが理由も聞く。
「どうしたの?」
「い、いえ、き……切って……?」
「もしかして裾上げって、捲って縫い止める感じ想像してた?」
「は、はい」
 彼のこれまでの発言から予想するに、衣服は高価なので丈が合わなくて調整する時も後でほどいて戻せる様にするのが普通なのだろう。たしかにこれは大量消費社会の闇だとひなかも感じるのであった。
「麓ではこんな調子よ。すぐ慣れるわ」
「そ、そうなんですか……」
 彼がこれから一般社会に馴染むには、思いの外高いハードルがあると思い知らされるのであった。
「こ、こちらはどうされますか?」
「い、いただいておきます……」
 多くの人が処分するであろう端切れを鼓は受け取る。
「使い道なんて……ないとも言い切れないか……」
 一見いらないものに見えるが、鼓の奇妙な術が布を軸にしていることを考えると案外活用できるのかもしれない。そんなことを思う一日なのであった。
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