ダメ忍者に恋なんてしない

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5命令!

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「朝餉ですよー」
「はいはい」
 いつもの様に鼓が朝食を作っている朝が来た。相変わらず用意してあるのはひなかの分だけだ。
「鼓は食べないの?」
「兵糧丸が……」
「ここんとこ見ないけど?」
 いつもの様に兵糧丸で済ませようとするのだが、材料の確保がやはり難しいのか食べている様子を見ない。
「……」
「よし、命令!」
 言葉に詰まった鼓に、ひなかはびしっと指を差して命令を出す。命令なら聞く、という性質が理解出来たので利用しない手はない。
「ご飯を食べて万全の状態を整えなさい!」
「は、はい!」
 まずは食事を命じる。一応、仕えるためのコンディション維持という建前も用意しておく。茶碗や箸は先日買っており、生活に困ることはないだろう。どのくらい食べるか分からないのでよそうところは本人に任せるしかない。
(少ないけど……まずはこんなところか)
 白米も味噌汁も控えめな量であったが、殆ど食べないところから進歩はした。が、どうしたことか鼓は涙をボロボロと流し始めた。
「だ、大丈夫?」
「はい……ただ、拙が正月でもないのにこんな贅沢を……」
「贅沢……かなぁ?」
 たしかに昔は白米が贅沢の象徴であったが、今は現代。むしろ混ぜ物をしている方が贅沢な時代だ。まさか大昔の農民みたく玄米でも食べていたのだろうか。
「いつもは玄米とかに穀物混ぜてんの?」
 ひなかは冗談めかして言ったが、予想の斜め下から答えが飛んで来る。
「いえ……お米なんて高価な……。芋の根をよく食べています」
「え?」
 まさかの芋ですらないという状態。芋も一応根……と思ったがあれは地下茎という別物だ。昔は蕎麦の自慢はお里が知れるという言葉があるくらい、米の価値が高く救荒食物は土地の痩せ具合を示すものであったが、それの本体ではなく根とはとんでもない食生活だ。
「さ、さすがに他になんか食べてたでしょ……」
「拙の様な半人前はそんなものです。食事を命令したのは主殿が初めてです」
 結構食料事情がひっ迫している様子。この分では彼の様なのはまだマシな方で、早く救助しないと死ぬ子供もいるのではないだろうか。
「元服を迎えたら一人前になってちゃんと食べれるの?」
「それとこれとはまた違うのです」
 しかも大人になれば認められるとかそういう話ではない様だ。これはなるべく彼の地元を突き止めて何とかせねばならない。別に今の様な社会が正しく、それ以外が遅れていて劣っているとはひなかも思わないが、命に別状があるのならば話は別。
「そういえばどの山から来たの?」
「……」
 山の位置を聞き出そうとすると、鼓は言葉に詰まる。とはいえ、これも仕方ないことだろう。山から生まれて初めて下りてきたのでは、目印もなく海に飛び出す様なものだ。多分ひなかに会えたのも奇跡で、元の山へなど帰り方が分からないに違いない。
「あー、わかんなくなっちゃったのね……」
「申し訳ございません」
「無理もないよ。手がかりもなく私を見つけただけ凄いじゃない」
 鼓はひなかから視線を反らす。何か話しづらそうな表情をしているが、彼の語る様な環境では里をすっぽかして逃げても責められはしない。鼓は小さな茶碗半分程度の白米で満腹を感じたのか、瞼が重くなって首を揺らす。
「ちゃんと寝てる?」
 ソファを使っていいと言っているが、よほど綺麗に畳んだのか毛布に使用の痕跡がなく睡眠も怪しいのであった。彼のことなので警らと称して寝ていない可能性も捨てきれない。
「いえ、主殿の危機がいつあってもいい様に、眠りこけるなど……」
「やっぱり。よし、命令!」
 ビシィ! とひなかは第二の命令を下す。
「万全を期すため睡眠を取りなさい。ていうか忍者みんなそんな調子で一斉に倒れたりしないの?」
 夜も昼もなく働いているのでは、肝心な時に忍者が動けない、という笑えないオチが待っている予感がした。
「いえ、普通は交代で眠るのですが……何せ今は拙一人なので」
「この国、世界でもトップで治安いいから何もないって」
 彼の手を引いてソファに案内すると、抵抗もなく誘導できた。口ではどうのと言いつつ、本心では眠くて仕方ないのだ。鼓を横たえて毛布をかけると、忽ち眠ってしまう。
「あ……るじどの……」
「おやすみ。学校行ってくるから」
 鼓を眠らせたので、ひなかはさっさと登校する。これでまずは一安心。

   @

 学校に着くと、普段はあまり会話を交わさない人物が声を掛けてきた。とはいえ、顔と名前は知っている。スーツをびしっと着こなした、同じ女であるひなかから見てもドキッとするくらいの美女。
「やあ、君が望月ひなかくんだね?」
「そうですけど……教頭先生?」
 この学校の教頭、波川じゅん。美人であるしよい先生なのは確かなのだが、うさん臭さが抜けない。
「お話は養護教諭の先生から伺っているよ」
「とすると、鼓のことですか……。もしかして伝言?」
 初対面の相手を遣わせるとなると、何かの連絡だろうか。だがそんなことをしなくても職員室に呼び出せば済む話であるはず。
「いや、鼓くんの件で個人的に介入したいと思ってね。私が出る幕ではなないだろうが、彼の存在は興味を引く」
「へぇ……」
 どうも鼓の関係で協力したいとのこと。興味本位で物事に介入はするが、物事を悪い方向に持ってはいかないとクラスでも評判であった。クラスメイトにも彼女に助けられた人は多いという。
「彼……鼓くんを保護する上で彼の素性を洗った方がいいと思ってね。あの様な現代から逸脱した生活様式を維持するのは彼一人に不可能……そうなれば、何等かの共同体に属している可能性が高く、その中で危機的状況にいる人間が少なからず存在しているのではないか、と私は思う」
 奇遇にも、似たようなことを今朝ひなかも思ったのだ。それをかなり具体的に言語化している。
「そう思うよね。でも本人も初めて山降りるからなんのこっちゃって」
「やはりね……」
 そう行きたいところだが、肝心の鼓が故郷へ帰れない程度に土地勘がなく、その共同体の居場所を突き止めるのも難しい状態だ。
「日本は国土の多くを山林に囲まれている……そもそも狭い国なので離島でもない限りその様な共同体が現代に至るまで発見されていない、というのは不思議だ。ところで先日、担任の先生から不審者の情報は聞いたかな?」
 波川先生が提示してきたのは、前に聞いたどう見ても鼓ではないかという不審者の情報だ。
「はい。あれ鼓じゃないかなって」
「君がそう思うなら、そうなのだろう」
 やはりあの情報は鼓であった。そして、畳み掛ける様に波川先生は情報を流す。
「それはそうと、その情報があった前後に落雷があったのは覚えているかい? この辺りに落ちたものだから、印象に残っただろう」
「そういえば停電もしましたね」
 そんなこと、言われなければ忘れていた様なことだ。その直後に鼓と遭遇し、そっちに印象や記憶も塗りつぶされてしまった。
「ところで通常の落雷は大体200万から10億ボルトの電圧になり、電圧は一千から20万アンペアになるとされている」
「急に理科始まった……」
 中学以降の教師は担当科目があるのだが、波川先生はどの教科だったか。そんなことをひなかに思い出させる間もなく、彼女は畳み掛けた。
「今まで落雷を電力に換算する試みは失敗に終わっているが、大体瞬間的とはいえ一千兆ワット……一千万メガワット、九万ギガくらいかな? そのくらいになる」
「なんかゼロが多い……」
「だいたい十四個くらいだからね」
 一瞬とはいえそんな電力が発生しているとはひなかも知らなかった。よく落雷は危ないというが、実際に数値化するとよく分かるというものだ。
「しかしその時の電力は特殊な条件が重なっていて、3ジゴワットに達していたらしいね」
「それって……どういうことなんです?」
 一方的に情報を与えると、波川先生はひなかから情報を聞き出そうとする。
「と……ではこちらのターンだ。鼓くん、家ではどうしている?」
「え? えーっと……」
 聞かれたので、彼女は素直に鼓の様子を話す。命令しないと食事も睡眠も取らないこと、彼の食生活や常識に疎い面など諸々。それだけ聞くと、波川先生は勝手に納得する。
「なるほど、やはり……」
「何か知っているんです?」
 答えを得たっぽい彼女にひなかは問いただす。が、教えてはもらえなかった。
「まだ仮説の段階だからね。迂闊なことを言って君らに不和を生じさせたり、混乱を招いたりはしたくない。有り体に言えば、『今はまだその時ではない』ということだ」
「ええー?」
 もの凄く勿体ぶった返答である。無責任なことはしたくない裏返しなのだろうが、当事者からすればもどかしいだけ。
「それに、問題というものは自分で解くものだよ。その為のアドバイスは惜しまないが……。そうだね、鼓くんの体調には気を使ってあげてほしいな。保険証がないから病院に掛かるのが難しいかもしれないが……領収書を持ってくれば私が立て替えよう」
「どういうことです?」
 意味深な言葉だけを残し続ける波川先生。ひなかは不審に思いつつも、鼓のことを心配しているのは伝わった。
「社会に出ると領収書を持って行ってどうのこうのという手続きも増えるから、まぁ練習だと思って少しでも様子がおかしいなら病院に迷いなく連れていってあげてくれ」
「それはそうですが……」
「では、私はこれで」
 本当に一方的に話して終わってしまった。混乱を招きたくないと言っていたが、これでは混乱するなというのが無理である。とはいえ、一つ協力を取り付けられたのは大きい。

「なんだったのよ全く……」
 とはいえ釈然としないまま教室に戻ると、カリンが取り巻きと共に待ち構えていた。
「あ、左右先に倒さないと蘇生する感じ?」
「誰がよくあるタイプのラスボスですか」
 いつものやり取りを経て、カリンが口を開く。
「教頭先生も釘を刺したようですね。そろそろあなたの立場も危ういのでは?」
「ふ……私が倒れても人間の中に悪がある限り、第二第三の私が……」
「あなたは魔王かなんかですか」
 ひなかもカリンの嫌味はまともに取り合っていなかった。というかノリがいいのでボケると非常に楽しい。
「まぁいいですわ。いずれ、あなたの行動が御父上の出世に響くことでしょう。その時が楽しみですわ! それはそうと……」
 一通り勝ち誇った後、急に冷静になったカリンはある話を持ち掛ける。
「教頭先生との話聞きましたわよ。実はワタクシ、あなたが連れていた部外者の正体に辿り着いたのです」
「マジ? 教えて!」
 なんとカリンは全てを知った模様。これは聞くしかない。が、そうは簡単に済ませてくれないのが彼女である。
「いいのですか? この情報が知られればさぞあなたの家に不利益でしょう」
「ん? やっぱうちと関係あるのかな?」
「そこで、今度の期末試験、勝負といきましょう! この情報を公開されたくなければ私に試験で勝ってみせなさい!」
「いいけど、私が勝ったらどうなるの? その情報は私も知りたいところだし」
 勝負とはいえ、結局ひなかも彼女の辿り着いた真相は気になっている。
「どこまでもとぼけるのですね……。いいでしょう、あなたが勝てば情報を黙っていることに加え、何でも言うことを聞きましょう」
「ん? 今何でもって……? やるやる!」
 正直、多分お願いは真相の解明になるだろうが、ひなかは勝負を受けることにした。
「では楽しみにしていますわ!」
 カリンは高笑いしながらいなくなった。よく考えたら勝っても負けてもひなかに有利なので一体何がしたかったのか、波川先生ばりに分からないのであった。
「ふーん、ジゴワット、ねぇ……」
 嵐が去ってひなかは先ほど聞いた話から聞きなれない言葉を拾い、スマホで検索する。ワットは聞いたこともあり、メガやギガも大体分かる。だがジゴのワットとは何だろうか。
「ジゴワット……通常の電力と異なる計算式で求められる『別次元の電力』……世界初の安定稼働できるタイムマシンは起動に1.12ジゴワット程度必要だった……」
 タイムマシンに必要な電力、ということらしいのは分かった。ただ計算式は複雑怪奇で全く理解が追い付かない。落雷のジゴワット数も調べたところで出てこないほど特殊な存在であった。
「うーん? つまり?」
 結局手がかりにはなりそうにならなかった。あの落雷と鼓が関係しているはずも無し。タイムマシンを使って来ました、なんて常識的にはまずありえないことだ。
「よし、とにかく勝負に備えるか」
 正直、負けても話が進むイベント戦闘みたいなものだが、勝った時のリアクションが面白そうなのでこの勝負は貰うことにしたひなか。真相を目指し、彼女は進む。
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