ダメ忍者に恋なんてしない

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7攻め来る不審者

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 忍者が消えた、その情報を聞き、ある侍が捜索を行っていた。
「まさか落雷で砕け散ったとは思わんが……」
 件の忍者が消えた日は大雨で暗く、消えた時の状況が分からなかった。翌朝、確かめてみると忍者のいた痕跡が草鞋片方だけという状態だったので再度捜索してその行方を確かめねばならなくなった。
「あやつは我が家の秘密を父上から聞きながら、自害の命令に背いた! なんとしても捕まえねば……」
 お家を揺るがす秘密を抱えた忍者を追い、侍は走る。しかし何も見つからない。空はあの時の様に暗く厚い雲に覆われ初め、怪しい空気が漂う。
「ええい! あの忍者め! 見つけたら斬って捨ててやる!」
 侍があまりの手がかりの無さに苛立って刀を抜くと、そこへ雷が空気を裂く音と共に向かっていく。

「若! 若!」
 侍の家臣がいつまでも戻らない主を探して同じ場所を探す羽目になったのは、それから数時間後のことであった。あの忍者の様に、侍も手がかり一つ残さず消えてしまった。
 これは芦名というかつて日本にあった小さな国で起きた、歴史書にも残らない些細で奇妙な事件であった。

   @

 入院生活を送ることになった鼓。しかし彼には大きな問題が立ちはだかった。
「暇です……」
 膨大な暇であった。いつもは家事や修行で時間を使っているが、休むだけという過ごし方はしたことがない。ひなかが暇だといけないから、といくつか本を置いていってくれた。のだが、一つここにも問題があった。
「これは……なんと読むのですか?」
 この問いに答える者はいなかった。そう、彼は読み書き計算が一切出来ないのである。学校に行っていないので当たり前であるが。
「ん? いや、何となくわかる……」
 だが、何とか読める字を探す。実は家電を使える様になる為に説明を受けた際、ひなかの言葉と家電のボタンに書かれた文字を繋げてある程度理解できるようになっていたのだ。彼女が置いていった本も簡単な言葉遊びが出来るクロスワード、計算で成り立つナンプレなどであったため、まさにうってつけという話であった。
「これはひらがなを並べて埋めるのですか……」
 少しずつ解読していき、パズルを完成させる。それに疲れたらテレビを見て時勢を学ぶ。真面目な性格の彼は空いた時間を麓のことを学習することに当てていた。
「たまには小説とやらも読みます」
 どちらも飽きた時は小説に手を付ける。テレビはチャンネルを回しても同じ内容ばかりなので、薄い板に人が映っている様子は目新しいもののすぐ飽きがきてしまう。そんなサイクルを回し続ける鼓であったが、肉体は徐々に回復しつつあった。

   @

「ねぇ聞いた? 不審者の話」
「それって鼓じゃないの?」
 久々に学校へ来たひなかは体育の時間、クラスメイトからある噂を聞くこととなった。今日の体育は外で持久走。冬にはうってつけというが、正直凄く怠い。この学校のグラウンドは陸上競技用にタータンという特殊な素材でコースが作られている。これはしっかりグリップ出来る床材の一種で、転ぶと擦り傷がとても痛い。
「ううん、実は最近また変なの出たんだって」
「またって、まだ春には早いわよ?」
 春ならばそれなりに不審者が出る時期なので納得できるが、まだそれには早いと言い切れる程度には寒い。走る前はジャージを着ていないといけないほどである。
「なんか、今度は時代劇の侍みたいなのが……」
「忍者の次は侍? みんな役作りでおかしくなったのが映画村から出て来たんじゃないの?」
 今度は侍ときた。一体何の冗談か。時空がだいぶ歪んでいる、というレベルではない。
「それが今回はマジで危なくて、本物の刀持ってるっぽいのよ。それで斬れた人もいて警察も追っているとか。うちの学校も授業短くしようかって話に……」
「私がいない間にとんでもないことなってるわね」
 鼓も本物の手裏剣を持ってはいたが、積極的に他人を傷つけることはしなかった。それどころか、痴漢くらいなら投げ飛ばす程度で済ませている。
「本当に危ない奴ね……鼓とは比べるまでもないわ」
 最初に出て来た彼が本当に善良でよかったとひなかは思うのであった。話をしていると、何の気合を入れたのか既に体操服とハーフパンツ姿になったカリンが現れる。
「さて、勝負ですわよ!」
「元気ねーあんた」
 相変わらず謎の対抗心を燃やすカリン。冷え性になりやすい女性でありながらこの寒空の下、元気にもほどがある。
「これは試験前の前哨戦といたしましょう!」
「悪いけどこっちはそんな気分じゃないのよ」
 元気になった、とはいえひなかは鼓のことが心配で乗り気になれなかった。
「でしたらやる気になる様にワタクシ最初にタイムを計っておきますわー!」
「テンションたけーな朝っぱらから」
 一時間目の体育からこのテンション。付き合う人は大変なのではないだろうか。取り巻きも一緒に走っているが、よくある『いっしょに走ろうねー』というものではなくカリンが本気なので普通においてかれている。
「うおおおおお!」
 叫びながら開幕猛ダッシュ。短距離走と見紛う速さであった。これで1500メートル持つのかという疑問があったが、春の体力測定でシャトルランをした時は序盤からかなり時間的余裕が出るくらいの全力ダッシュをした挙句へとへとになりながら最後まで生き残った猛者である。
「変な根性は認めるわ……」
 カリンは特別運動神経がいいわけではないので最早根性とか気合の領域である。負けず嫌いなのか何なのか。ひなかに勝っても足を緩めなかったので彼女への対抗心だけで燃えているわけではないのだろう。
「待て、待てい!」
「ん?」
 その時、カリンの後を追う存在にひなかは気づく。鼓のそれより仕立てのいい着物と羽織りを着込んだ侍が帯刀しながら彼女を追いかけていた。
「な、なんですのこれ? ひなかさんの知り合い?」
「んな知り合いいてたまるか!」
 こんなちょんまげが知り合いであってたまるか、とひなかは否定する。鼓でさえ散切り頭だったというのにこの時代錯誤なちょんまげ。カツラには見えないが、一体なんなのか。それよりも草鞋と和服でカリンに追いつくのは最早脅威である。
「それ不審者! 先生! せんせーい!」
 この侍が噂の不審者と気づき、いやそうでなくても呼ぶだろうが、クラスメイトは教師を呼ぶ。女子校でも男性教諭はおり、不審者を牽制する為にゴリラの様な教師を一人は配置するのが基本であった。そしてこの学校での担当はこの体育教師だ。
「なんじゃあこりゃあああ!」
「しまった、ゴリラは繊細なんだ!」
 だが、ゴリラ先生は見た目に反してかなり繊細。虫一匹殺せないタイプであり、この突然現れた侍に驚愕するしかなかった。
「氏旗! こっちだ!」
「こんな変な侍に捕まるワタクシではございません!」
 それでも生徒を守る気持ちは強い。侍へ向かって走り出し、カリンの保護へ向かう。
「女だてらが武士に変なとは無礼な! あと肌を出し過ぎだ!」
「いつの時代の人ですか!」
「元禄だ!」
 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、彼らは逃走劇を繰り広げる。無事カリンの前にゴリラ先生が立ちはだかり、取り押さえにかかる。ただ、このガタイと顔を見ても迫って来る相手となるとよほどの自信家か、危機感の分からないイカレポンチか。
「切り捨て、ごめん!」
 が、侍は刀を抜いてゴリラ先生を斬った。それは誇張も比喩もなく、である。
「ご、ゴリラ先生!」
 生徒の悲鳴がグラウンドに響き渡る。時を超えて、本物の侍が学校を襲ったのだ。手にしているのは、真剣だったのだ。
「ここにいるのか、あの忍は!」
「鼓を狙っている?」
 忍者のことを知っている。つまり鼓を追ってこの侍は来たのだろうか。彼の故郷である山とは江戸辺りで時間が止まっている、そんな魔境だったのか。
「この女を斬られたくなければ、鼓とかいう忍の小僧を呼べ!」
「くっ……」
 侍はカリンを捕まえ、刀を突き付ける。
「カリン!」
「ワタクシよりも先生を!」
 彼女は取り巻きに命じて負傷したゴリラ先生を保護させる。
(ここで鼓を呼ぶわけにはいかない……)
 鼓を狙っているのなら、彼を呼んではいお終いとはいかない。明らかな害意がある以上、警察を呼んで捕まえてもらう方がいいだろう。そうすれば、この侍経由で鼓の故郷も分かる可能性さえある。
「さぁ呼べ! 貴様ら下郎が匿っているのであろう! 我が家門の命運を握る秘密を!」
(秘密?)
 鼓はこの侍にとって不利益な情報を知っている様だ。それが何かは分からないが、あんなのに握られている様では遅かれ早かれ流出していただろう。
「あんた何者よ! 武士ってんなら正々堂々名乗りを上げなさい!」
「下郎に名乗る必要はない!」
 ひなかは武士道精神に準じて名前を明かすことを期待したが無駄だった。武士が名乗りを上げるのは礼儀でなく誰が誰を打ち取ったのかを明確にして手柄を管理するため。武士道という概念が生まれたのも明治とかその辺りという話である。実際は綱吉くらい極端な命令をしないと手の付けられない蛮族が武士の実態だ。
(逃げた誰かが警察を呼んでいるだろうし……時間稼ぎを兼ねて鼓のことを聞き出せるか?)
 この侍が鼓の情報を持っていると見込み、ひなかは探りを入れる。ともかく自分に意識が向けばカリンやその他生徒へ危害を加える可能性も減るはずだ。ひなかは震える足に力を入れて侍と向き合う。
(あのダメ忍者な鼓だって、不良の集団に立ち向かったんだ……私だって!)
 あれだけ自己評価の低い鼓が不良から自分を助ける時も、やはり怖かったのだろうか。それでも、自分が仕えるべき主と気づく前に、ただ絡まれている女の子を助ける為だけに飛び出した鼓の勇気、そのひとかけらでもあれば誰かを守れるかもしれない。
「ひなかさんも逃げなさい!」
「あんたに言われると逃げたら負けな気するのよね!」
 なによりカリンに貸しの作りっぱなしでは格好がつかない。戯言と聞き流していた内容を思い出すのには苦労したが、何とか一つ捻りだす。
「芦名……だっけ? そこの武士は無礼なのが売りなの? それとも、家名を名乗れないってことは偽侍?」
「無礼な! この地の民草がこの家紋を見て分からぬか! 芦名領主のこの家紋を!」
 侍は着物の家紋を示してきたが、全くひなかには分からない。
「令和の世に何の冗談だっての……?」
「れいわだと? そっちこそなんの冗談だ!」
 しかも侍は元号を理解していなかった。加えて、ここを芦名とかいう国だと思っている様だ。
「どうやらあなたは気づいていないようですね……その点では鼓さんの方が優秀ですわ」
「何ぃ?」
 カリンは侍にことの事情を説明する。そういえば、彼女は鼓の正体に気づいていたらしいことを言っていた。
「知っているんだったねカリン!」
「ええ、不本意ですがここはあなたの意図を組んでお話いたしますわ」
 ひなかの時間稼ぎ作戦を理解したのか、カリンもそれに乗って侍への誘導を協力してくれた。
「あなた方はタイムスリップしてきたのですわ!」
「は?」
「え?」
 が、満を持して明かした情報は突拍子もないものであった。確かにそう言われても納得できるレベルの時代錯誤っぷりではあったが、まさか本気で信じているわけではあるまい。
「鼓さんとあなたが不審者として目撃される直前、大きな雷がありました。それはもうデロリアンな雷が! これこそタイムスリップの証!」
「いやそれ多分偶然……」
 たしかに言ってしまえば関係ありそうだが、雷の直後に目撃された不審者など探せば腐るほどいそうだ。
「あなたと鼓さんが口を揃えて元禄と江戸時代の年号を口にしていたのもその証拠! それに、一緒に暮らしているひなかさんならもうお気づきでしょう、彼が江戸時代の生まれである数々の証拠を!」
「いやそんなこと言っても家電知らないことくらいしか……」
 そう言いかけて、ひなかは何よりも重要な情報を思い出す。それは以前、鼓が言っていた大の月、小の月という言葉だ。あれは江戸時代の大小暦を示していたと、後で調べたら発覚した。言い方が曖昧なのも、一年ごとにどの月が大小か変化する大小暦の特徴故であった。
「まさか本当に……」
「それに、芦名の国は家のお取り潰しでなくなっていましてよ。元禄の時代に!」
 加えてカリンは芦名の国についても調べていた。状況証拠は揃ったと言っていい。
「馬鹿な! 芦名のお家は絶対安泰! そんな馬鹿なことが!」
「帝さえ京都から江戸へ邸宅を移すのですわ。あなたの様な泡沫の家など、風が吹けば飛ぶのが道理」
 信じがたい事実を聞かされ、侍は動揺する。時間は稼げているが、これ以上刺激するとカリンが危ないと感じたひなかはターゲットの切り替えを試みる。
「名乗らないのならこちらから名乗らせてもらう! 私は望月家、次期当主、望月ひなか! 鼓の、今の主だ!」
「芦名が消えた上に女が当主を名乗るだと……狂っているのか、この国は! それに鼓はあんなのでも、父上の忍なのだぞ! それをまぁよくもぬけぬけと!」
 侍の刀を握る手が震える。だが、この侍の異常性は時代の違いでは片付かないのか、彼女達にとって予想外の行動に出る。
「ならば貴様ら全員を無礼討ちにしてくれる! どこの国か知らんが、道理を失った国に価値はない!」
 刀を振り上げ、カリンを斬ろうとしたのだ。おそらく脳の容量が追い付かなかったのもあるのだろう。無茶苦茶な行動に出始めた。
「しまった! カリン!」
 カリンを刀が襲おうとしたその時、風を切る音と共に何かが飛んで来る。それはマフラーをたなびかせた鼓であった。マフラーがまるで翼の様に広がり、文字通り飛行している。
「ぶほぁ!」
 侍の顔面に膝を入れると、鼓は着地して解放されたカリンを抱き留める。
「大丈夫ですか? ご友人殿」
「え、ええ……」
 そして倒した侍には目もくれず、ひなかに駆け寄る。
「ご無事でしたか、主殿ー!」
「鼓! 来てくれたんだ!」
「テレビ、というものでこの学校の文字が出たので、急いで駆け付けたのです」
 鼓はニュース速報のテロップを見て、とりあえずやってきたらあの状況に出くわしたという感じであった。
「鼓……今その女を主と……」
「あ、あなたは……」
 侍は鼻血を吹き出しながら立ち上がる。彼もこの侍を知っているのか、動揺を見せた。
「我が父の最後の命令にも背き、主を乗り換えるなど忍として恥ずかしくないのか!」
「そ、その……」
 この侍の言うことが本当なら、鼓がひなかの先祖に仕えていたから山を下りて彼女の元に来たというのは嘘になる。ひなかにとってはそんな嘘を鼓が付けること自体驚きであったが。
「最後の命令?」
 それよりも彼女は背いたという命令の内容が気がかりであった。あの真面目な鼓が従わなかったというのなら、その内容はそれなりのものということだ。
「父は我が家門の秘密をその出来損ないの忍に伝えていた……。故に父の死に殉じ、その秘密を墓に持っていくのが役目。だが、そいつはそれをしなかった! 我が家門の秘密を握りながら生きるなど、言語道断、切り捨てる!」
 その命令とは、簡単に言えば主の後を追って死ねということだ。そんなもの、従えるわけがない。例えその時代では当たり前だとしてもだ。
「当然じゃない! 死ねなんて言われて死ねるわけないでしょ!」
 ひなかは鼓がちゃんと聞いていい命令とそうでないものを判別できると分かって少し安心した。命令と言えばある程度制御できることが分かっていたが、危うさも感じなくはなかったのだ。
「拙は……死のうとはしたのです……。でもお腹に少し脇差を刺すだけでも痛くて……怖くて……」
 鼓は申し訳なさそうに俯く。一応、実行はしたようだが途中で断念してしまった。切腹は立派な死、と言われているが、その実態は地獄そのもの。首を落として介錯してもらう必要がある程度には苦しい。
「そんな話が通じるか! 死ねないのならお前を殺す! そしてこのわけのわからない場所にいる破廉恥な女共も!」
 侍の矛先はなぜか、鼓だけでなくこの学校の生徒にも向いていた。間違いなく明治維新の流れで死ぬタイプだな、とひなかは思ったが相手は仮にも凶器を持った成人男性。不良にも勝てない鼓が丸腰でどうにかなる相手ではない。が、彼の纏う空気も変わっていた。
「拙一人の命で済むのなら、そうした……。だがひなか殿とそのご友人の命が危ういのならば、貴様を殺す」
「やってみろ、落ちこぼれ!」
 ひなか達に刃が向く、そう知った鼓は決心を固めていた。ここでこの侍を討つと。マフラーを外すと、それに何かの力を流して剣の様に硬直させる。先ほども翼の様に使っていたので、これが彼の『忍術』なのだろう。

 今、時空を超えた決戦が始まろうとしていた。
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