謎は一生、謎のままで。

空々ロク。

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謎は一生、謎のままで。

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眠い。身体がだるい。
無理やり瞼を開ける。
頭が痛い。割れそうになるぐらい痛い。
(一体何なんだ……?)
訳も分からず起き上がる。
こじ開けた目と無理矢理動かした身体。
そこは部屋のベッドの上だった。
(えっと……ここは……)
部屋に置かれたインテリアを見る。
小さなくまのぬいぐるみ。猫の置物。
可愛いうさぎのキャラクターが描かれたポスター。
何ひとつピンと来なかった。
ただ、自分の部屋ではないと思った。
(それなら俺は……)
自分のことを考えて──ハッとした。
何も思い出せない。名前も年齢も容姿も何もかも。
物の名前は分かる。動き方も分かる。
きっと道具の名称や使い方も分かるはずだ。
自分にないのはただひとつ「自分の記憶」だ。
「嘘だろ」
口から出た声ですら自分の物だと思えない。
全てが他人事のように思えるのだ。
途端に怖くなり洗面所に向かった。
鏡に映る自分を見れば何か思い出せるかもしれない。
結論から言えば何も思い出せなかった。
ただ情報として自分は身長が高めの男で髪は短めの金髪、左耳にフープのピアスがひとつ付けられているということだけが分かった。
「どういうことだ……?」
鏡に向かって問い掛ける。
当然返事など返って来るはずもない。
自分の顔をまじまじと見つめてみると、少しやつれているのが分かった。
目元には隈がにじんでいるし、泣き腫らした後なのか目の周りが若干腫れている。
その理由は全く思い出せないが「何か」があったことは明白だった。
「分からない……何も」
先程の部屋に戻ると机の上にスマホが置かれているのが見えた。
これなら自分のことが分かるかもしれない。
ロック画面の暗証番号は分からないが幸い今は指紋認証が主流だ。
ボタンに指を置くとパッと画面が写った。
スマホを片っ端から調べていく。
写真、SNS、メール、ゲーム──様々な情報を得れば何か思い出せるかもしれない。
数分後、1人の名前が気になった。
「……凛?」
SNSで頻繁にやり取りをしている名前が凛だった。
毎日のようにメッセージを送り合っているようで親しさも伺える。
この人に賭けてみようと思った。
幸いスマホの扱い方は分かる。
『あのさ、俺のこと──知ってる?』
凛という人物はどういう反応をするだろう。
突然こんなことを言われたら冗談だと思うかもしれない。
けれど他に何を言ったらいいか分からず、それだけを送ってみた。
すると5分後、返事が来た。
『まさかマジで記憶喪失したとか?』
どうやら凛という人物は事情を知っているらしい。
運良く当たったようだ。
『そうなんだ。何も思い出せなくて。助けて欲しい』
素直にそう送ると凛はすぐに返信をくれた。
『分かった。今からお前の家に行く』
『ありがとう。ここが俺の家か分からないけど』
『くまとかうさぎとか置いてあったらお前の家だよ』
『置いてあった。じゃあ俺の家みたい』
『すぐ行くから待ってろ』
改めて部屋を見直す。
やけに可愛いアイテムが並んでいるこの部屋。
全く見た目に似つかわしくないけれど、どうやらちゃんと自分の家らしい。

30分後、凛が現れた。
思っていたより大柄の男で自分よりも更に背が高かった。黒髪ツーブロックの吊り目で怖そうな見た目だがすごく心配そうに駆け込んできてくれた。
「大丈夫か!?」
「えっと……うん。何も思い出せないこと以外は大丈夫。自分のこと分からないからキャラ違ったらごめん」
「いいよ、気にすんな。とりあえず家上がるぜ」
「どうぞ」
未だに自分の家という感覚はないが、片手を広げて招き入れる。
凛は何度か来たことがあるのだろう。
勝手知ったるというように部屋に入っていき、ソファに座った。
凛の対面で立っていると「座りな」と隣を叩いた。
「ありがとう」
「おまえの家なのにな。変な感じだ」
「そうだね。俺のこと知ってるんだよね?教えて貰える?」
「勿論。お前の名前は夢。大学2年生で一人暮らし。大学生になったと同時に一人暮らしを始めたからこの部屋に住んで2年経つ。俺と出会ったのも2年前。大学で知り合った」
「……」
流れるように言われた凛の言葉は意外とすんなり自分の中に入ってきた。
心地良い声のお陰かもしれない。
「夢はもっと俺に近い喋り方だったな。ぶっきらぼうっていうかさ。俺と似てるから」
「そうなんだ。じゃあ今結構違和感ある?」
「いや、案外ないな。むしろ今の喋り方は夢に合ってる感じがする」
じっと見つめられ怯みそうになる。
何となく凛には威圧感があるような気がしてビクッとしてしまう。
「そんな怖がるなよ。見た目程怖くねぇからさ。ってか言い忘れてたけど俺、お前の恋人だし」
「……え?恋人?」
「そう、恋人」
聞き間違いかと思ったが合っていたらしい。
てっきり友人だと思っていたから衝撃的だった。
「俺……恋人のことも忘れてるんだ……」
「記憶喪失は近しい人ほど忘れやすいって言うから気にすんな」
「あ、そう言えばさっき俺が記憶喪失した理由知ってそうだったよね?」
最初にメッセージを送った時に『まさかマジで記憶喪失したとか?』と返ってきたことを思い出す。
恋人ならば原因や理由、詳細を知っていてもおかしくはない。
「あー、まぁな。記憶喪失したいって言ってたんだよ、夢が」
「俺が?ってことは自分で記憶喪失させたってこと?」
「そうなるな。どうやってやったのかは知らねぇけど」
記憶喪失など故意的に出来るものではないだろう。
まして自分の記憶部分だけを消すなど怪しい薬でもない限り不可能だ。
けれど実際消えてしまった。
一体どうやって消したと言うのだろう。
「不思議だな。俺って何か特殊能力でもあるのかなぁ」
「俺が知ってる限りはなかったな」
「凛はあまり驚いてないね」
「そう見えるだけで内心結構驚いてるぜ。こんなことならさっき引き止めておけば良かったとか後悔もしてる。夢は3時間ぐらい前まで俺の家にいたから」
「でも凛が悪いわけじゃないし!気にしないで」
慌ててそう言うと凛は「本当にそう思うか?」と影を含んだような笑みで言った。
「3時間前まで一緒にいて記憶喪失したいって話もして──その原因が俺じゃないと思えるか?」
「!?」
そう言われれば確かに疑いたくなる。
恋人であり、こうして親切にしてくれているから信じてしまっていたが凛が良い人だとは限らない。
記憶喪失したい原因が凛にあったのかもしれないし、本当は凛が記憶喪失させたのかもしれない。
考えられることは沢山ある。マイナスの意味でも、沢山。
「……けど今の俺は凛を信じるしかないから……」
俯いてそう呟くだけで精一杯だった。
何も分からない自分には今目の前にあるものを信じることしか出来ない。
「そうだよな。悪い。不安にさせちまったな」
凛はぎこちない笑顔を浮かべて手を伸ばしてくる。
何もせずに待っていると頬に触れられた。
「お前、すごく悩んでたからな」
「悩んでたから俺は記憶喪失したいって言ったんだ。凛は詳しく聞いてる?」
「少しだけしか知らない。でもこれは言うべきじゃないと思う。ただでさえ記憶が曖昧な夢に刺激与えたらマズイだろうから」
「あ、そうか。ありがとう。凛は優しいんだね」
ピクッと凛の手が一瞬震える。だが何事もなかったかのように頬から手が離れていった。
「優しくはねぇけど。さて、これからどうする?」
「これから、か」
ぼんやりと思考を巡らせる。
自分について分かっていることと言えば名前と住んでいる場所、大学2年生であること、そして凛と付き合っているということぐらいだ。
たったこれだけの記憶しかない自分はどうやって生きていったら良いのだろう。
良案が浮かばず泣きそうな顔で凛を見つめた。
「俺、どうしたらいいんだろ」
「記憶喪失なんて初めてだから俺も分からねぇけど……こういうのって思い出す努力するより進んでいく方に力入れた方がいいのかもな」
「そうだね。記憶を消したいと思うぐらい辛いことがあったんだから思い出さない方がいい気がするよ。ただそれで普通に生きていけるかな?」
「勿論不便はあると思う。でも俺がついてるから。大学は学科も同じだからずっと一緒にいられるし、夢が不安なら泊まりにきてもいい」
「凛……」
もしかしたら凛は責任を感じているのかもしれない。
引き止めておけば良かったと言っていたぐらいだ。
申し訳なくなってぺこりと頭を下げた。
「ごめん。俺の所為で凛も辛い思いする羽目になったよね」 
「いや、全然。夢の為に何か出来るなんてすげぇ嬉しい。俺は夢のこと大好きだから」
そう言って凛は今までで1番幸せそうな笑みを見せた。
「だから何でも言ってくれ。頼ってくれた方が嬉しいからさ」
「凛……ありがとう」
凛の優しさに泣きたくなる。
あまりにも温かい気持ちが嬉しくて──心から凛が恋人でいてくれて良かったと思った。
きっと1人だったら耐えられなかっただろう。
不安と心細さでボロボロになっていたかもしれない。
けれど自分にはこんなにも思ってくれる恋人がいるのだ。
当然記憶がないという不安は残るが、それ以上に安心感があった。
「凛がいてくれて良かった」
泣き笑いのような顔を見せると凛は優しく抱き締めてくれた。
「大丈夫。何があっても俺が守るから」
そして唇に唇が重ねられ──意識を失った。
きっと安心したからだろう。
薄れゆく意識の中、そう思った。




「……あーあ。俺って本当、嫌な奴」

眠りに落ちた夢の隣でククッと笑みを零す。
夢が記憶喪失したいと言ったのは俺の所為。
何故なら俺は夢を沢山傷付けたから。
言葉で、態度で──何度も。
「凛がそんなこと言った記憶もなくしてぇし、凛と付き合ってた事実すらなくしてぇわ」
それが最後に言われた言葉。
言われて当然だ。俺は夢に対して悪いことしかしていなかったのだから。
けれど、嫌だった。
俺は夢のことが好きで大好きで絶対に別れたくないと思っていたから。
このままでは本気で別れることになってしまう。
夢の気持ちが俺から離れていってしまう。
そう思った俺は望み通り夢の記憶を消した。
俺にそんな能力があることなど夢は知らなかっただろう。
記憶喪失の件だって例えばの話だったはずだ。
だが俺は本当に記憶を消す能力を持っていた。
特殊能力を持っていたのは夢ではなく俺の方。
実を言えばこれまでの人生もそれを使って上手く生きてきたのだ。
都合良く相手の記憶を捻じ曲げて、捏造に捏造を重ねて。
夢の記憶を消すことなど容易で、尚且つ俺にとって都合が良かった。
夢の中から記憶がなくなればもう一度好きになってもらえる──否、俺のことをもう一度好きにさせる。
記憶を消して家に寝かせておけば自ずとこういう流れになると思っていた。
「俺は夢の願い叶えてあげただけだし。ある意味良い奴なのかもな」
ククッと自嘲気味に笑って夢の頭を撫でる。
可愛い恋人は俺の悪意など知らずに眠っている。
──本当は俺が眠らせたのだけれど。
「俺しか頼れないようにしてあげる。俺なしじゃ生きられないようにしてあげる。だって俺は夢が大好きだから」
夢の記憶は戻らない、戻らせない。
そして俺は夢に全てを語るつもりなど一切ない。
謎は一生、謎のままで──。

「だからずっと一緒にいような、夢」

何度でも俺のことを好きにさせてやるから、絶対。
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