恋をするなら蜜より甘く

冬野まゆ

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1巻

1-3

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 男の人は、うるさく正論をく女性が嫌いだと聞く。
 しかも年下の自分が、偉そうなことを言って呆れられただろうか。焦る美月に優斗が言う。

「確かに美月ちゃんの言うとおりだ。家族に与えてもらうことに慣れて、感謝することを忘れていたかもしれない」

 不快に思っている様子のない声に安堵して視線を向けると、優斗がクシャリと微笑んだ。
 人の良さを感じさせるその微笑みに、美月の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
 ではと、鞄から財布を出そうとする美月を、優斗が制した。

「ありがたく君のアドバイスには従う。でも今日の記念に、プレゼントはそのままにさせてほしい。その代わり、次に会った時にお茶をご馳走してくれる?」
「えっ……とっ」

 それはつまり、また会おうと美月を誘っているのだろうか。
 彼の言葉を理解して赤面する美月に、「約束だ」と軽くウインクして、優斗は車を発進させた。
 普段は電車で移動すると話した優斗だが、その運転は危なげなく、混雑する都心の道をスムーズに進んでいく。
 カーナビを使用することなく車を運転する優斗は、美月の知らない場所で停車した。

「ここは、植物園?」

 広い駐車場の前にウッドデッキがあり、その先に北欧風の建物と、それに寄り添うような温室らしき建物が見える。

「惜しい。園芸ショップだよ」
「なんだかすごくお洒落ですね」

 女子ウケしそうな外観につい目が行ってしまう。
 美月が関心を示すことは織り込み済みといった感じで、優斗が頷く。

「カフェも併設されているから時間潰しにいいと思って。この前、植物に興味がありそうだったから」

 そう言って、優斗はシートベルトを外して車を降りた。
 優斗が言っているのは、街コンが始まる前に、美月が彼とぶつかった時のことだろうか。
 だとしたら優斗は、あんな一瞬のことを覚えていたということになる。
 助手席側に回った優斗は、ドアを開けると美月に手を差し出した。

「その後は、近くの店に予約をしているから、食事に行こう」

 自分は壮大な夢でも見ているのだろうか……
 見目うるわしく紳士的な男性に、お姫様のような扱いを受ける。少女漫画を読みながら、そんなシチュエーションを幾度となく夢見てきた。
 だけど、いざそれが現実に起こると、どう反応していいかわからない。

「残念ながら、明日は仕事で朝早くから現場視察があるんだ。だから食事をしたら、家まで送らせてもらうよ」

 差し出された手をなかなかつかまない美月に、優斗が片眉を上げからかうように言う。

「その先がなくてごめんね」

 まるで、美月がその先を期待しているように言われて、恥ずかしくなる。

「そんなこと、期待してませんっ」
「そう。残念」

 全力で否定する美月をクスリと笑い、優斗は彼女の手首をつかんで引き寄せた。
 手を引かれる形で美月が車を降りると「行こう」と、美月の手を引き、園芸ショップへ向かう。

「榎波さんは、前にもここに来たことがあるんですか?」

 可愛い外観は、あまり男性が一人で来る場所とは思えない。
 自分にそんな権利はないと重々承知しているのに、探るような響きになってしまう。

「実はここ、カンナミグループが企業戦略の一環として協賛している店なんだ」
「え? 大手企業は、家を建てるための木材から育てるんですか?」

 美月の言葉を聞いて、優斗が面白そうに笑う。

「確かに森林資源の保護にも力を入れているが、こういうテナントに求めているのは、利用者の反応だよ」
「……?」

 柱やはりを上手くいかした店内の内装は、白い漆喰しっくい塗りで植物の緑がえる。品良く植物の配置された店内を並んで歩く。

「この店では、定期的に多肉植物の寄せ植えや、ドライフラワーのリース作りといったワークショップを開いている。参加者は女性が多い。企業としては、彼女たちの様々な反応を通して、女性により好まれる住宅デザインの市場調査をしているんだ。家を建てる際、デザインを決めるのは女性というケースは多いからね」
「なるほど……」

 言わんとすることは、なんとなくわかる。
 美月の実家をリフォームした際も、母はあれこれ父に相談をしていたが、結局、床の木材の種類や壁紙の色は母の希望どおりになっていた。

「君と会った街コン会場の商業施設も、カンナミの事業の一環。有名建築家と期間限定でコラボをしていて、色々なイベントを予定しているんだ。先日の街コンもその一つ。そのプロジェクトを一緒に進めている宮島に誘われて、あの日は仕事を兼ねて参加していたんだ」

 高い位置から垂れ下がるつたを指で弾く優斗は、苦い顔をする。
 察するに、仕事を口実に街コンに誘い出されたが、さしたる収穫もなく退屈をしていたのだろう。
 ただ、怒っている感じはないので、タイプは違うが、宮島とは普段から仲良くしているのが察せられた。

「あの商業施設、リニューアルするんですよね」

 舞子からそのような話を聞いた。緑が多く開放的な施設を思い出すと、変えてしまうのは勿体ない気がしてくる。

「ずっと同じなんて、つまらないだろう?」

 強気な口調の優斗には、この先のビジョンが見えているのかもしれない。挑戦的な表情で、なにかを見据えて呟いた。

新陳代謝しんちんたいしゃしていかないと、新参者の座る場所がない」
「……?」

 それはどういう意味だろうかと考えている間に、優斗が話題を変える。

「美月ちゃんは、どんな仕事をしているの?」
「私は小さな印刷デザインの会社で雑用係をしてて……」

 深く考えず、そう口にした美月の手を、優斗が強く引いた。

「それは、美月ちゃんの友達の印象だろ?」
「……?」

 キョトンとする美月に、優斗が困ったようにそっと目尻にしわを寄せた。

「街コンの時に、美月ちゃんの仕事のことを、そう説明していただろ。たぶん彼女は、仕事場での美月ちゃんを知っているわけじゃない。そんな人の言葉じゃなく、美月ちゃんが自分の仕事をどう思っているかが知りたい」

 優斗に言われて、美月は自分の中の言葉を探す。
 確かに「小さな印刷会社の雑用」という表現は、合コンなどの席で舞子が美月を紹介する時に使う言葉だ。それで周囲は納得していたし、それ以上の説明を求められることもなかった。
 けれど優斗は、美月の考えを聞きたいと言ってくれているのだから、ちゃんと考えて返したい。

「私が勤めているのは小さな印刷会社で、いつも人手不足の感はあるんですけど、活気があって色々な仕事に参加させてもらえます」

 小さな会社で毎年求人をしているわけではないため、入社三年目の美月はまだまだ新人扱いだ。現在の所属は営業だが、営業職とは関係のない雑用を頼まれることも多い。
 その分、部署を超えて意見を求められることもあり、少し前にも、商店街のイベントチラシについて意見を求められそのまま採用された。
 そんなことを話しながら、二人並んで色々な鉢植えを観賞していく。
 美月は今まで、誰かに自分の仕事について話したことはなかった。だからつい、饒舌じょうぜつになってしまう。話しすぎているだろうかと不安になって優斗を見ると、優しく見つめ返される。

「楽しんで仕事ができるのは、幸せなことだよ。友達の言葉にとらわれて、自分を卑下ひげする必要なんてない」

 優斗の言葉に、美月の心がほぐれる。
 もともと会社の仕事は好きだった。だが、舞子と話すうちに、薄給で雑用をこなすだけの自分は恥ずかしいのだと思い込んでいた。
 心が解れたことで、自然と表情が明るくなった美月を見て、優斗が言葉を重ねる。

「人によって、ものの価値観が違うことはたくさんある。たとえ友人の言葉でも、鵜呑うのみにしない方がいい」

 人によって違うものの価値観……。舞子と接していると、時々どうしようもなく息苦しさを感じるのは、そういうことなのだろうか。

「……はい」

 美月が頷くと、優斗も軽く頷き彼女の手を引いて店内を散策する。

「美月ちゃんは、植物が好きなの?」
「そうですね。実家が農家なので、植物には親しみがあります」

 同じく農家の娘である舞子がその話を避けるため、自然と口にすることがなくなったが、こうして植物に囲まれていると、自分のバックグラウンドを実感する。
 優斗は美月の話にも、楽しそうに耳を傾けてくれる。
 そんな彼の横顔を見ていると、心がそわそわして落ち着かない。
 そんなくすぐったく騒ぐ自分の気持ちを落ち着かせようと視線をめぐらせ、ふと小さな鉢に寄せ植えされている多肉植物が目に留まった。

「買う?」

 美月の視線を追いかけ、優斗が問いかける。

「そうですね。今日の記念に買おうかな」

 ブリキ缶の鉢に、可愛く数種類の多肉植物が寄せ植えされている。多肉植物はあまり手がかからないと聞くので、部屋に置くのもいいかもしれない。
 鉢を手に取ろうとすると、一足早く優斗がそれを持ち上げた。

「記念にするなら、俺が買うよ」
「でも……」

 それでは申し訳ないと慌てる美月に、優斗は近くにあった鉢をもう一つ持ち上げ彼女の前に差し出す。

「代わりに美月ちゃんは俺にこれを買って。そうしたらお互いの記念になる」

 受け取った鉢は自分が見ていた鉢より一回り小さく、寄せ植えされた植物の数が少なく苗も小さい。一目で、優斗の持つ鉢より値段が安いものだとわかる。
 それでもお互いの記念にと言われると断れず、美月は差し出された鉢を受け取った。
 美月が鉢を受け取ると、優斗は会計を済ませてカフェでお茶を飲もうと提案する。その提案にのり、レジで支払いを済ませると、先に会計を済ませていた優斗が鉢を美月に差し出す。

「はい。今日の記念に」

 そう言って手渡される紙袋の中を覗くと、ご丁寧に簡易的なラッピングまでされている。
 こんなふうに女性扱いされることに慣れていない美月には、優斗の気配りが恥ずかしくてくすぐったい。

「ありがとうございます。……これ。ラッピングしてないんですけど」

 自分の気配りの足りなさを詫びつつ紙袋を差し出すと、優斗がとろけるように微笑む。

「リボンは女の子の特権でしょ」

 だからこのままでいいのだと、優斗は美月の差し出す紙袋を嬉しそうに受け取った。


 カフェがセルフシステムのため、美月を席に座らせると、優斗は二人分の飲み物を買うためにカウンターへと向かう。
 その後ろ姿を見送った美月は、少し気持ちを落ち着かせようと、鞄から取り出したスマホを確認した。

「――えっ?」

 画面を開くと、舞子からおびただしい量のメッセージが届いている。
 その数に驚き内容を確認すると、優斗のことは疑ってかかるべきだといった文言が並んでいた。
 女性の扱いに慣れた様子の優斗は、きっと遊び慣れていて美月の手に負える相手ではない。
 さっき舞子を冷たくあしらったのも、舞子の気を引くためで、遊び慣れた男がよく使う手だとこの間学んだはずだ。
 もしくは、結婚詐欺さぎかもしれない。そうでないと優斗のような男性が、美月に近付くはずがない。
 痛い目に遭う前に、彼と関わるのはやめた方がいい。
 美月が傷付く姿は見たくないから、優斗のことは諦めろ。
 その代わり美月に似合う人を、自分が探してあげる。
 そんなことが延々と書かれていた。

「……」

 心配をよそおったネガティブな言葉の羅列に、一瞬で冷水を浴びせられた気分になってしまう。
 指先が冷たくなるのを感じながらカウンターへ視線を向けると、飲み物が準備されるのを待つ優斗がアイコンタクトを送ってくる。
 その茶目っ気たっぷりな表情は、やっぱり少女漫画の王子様のようだ。
 さっきまで、そんな彼に優しくされて夢心地でいたけれど、舞子のメッセージを見た後だと素直に喜ぶことができなくなる。

「なんか、難しい顔をしてるね」

 自分の前にブラックコーヒー、美月の前にミルクティーを置いた優斗が、テーブルを挟んだ向かいに腰を下ろす。

「……ちょっと、色々考えていました」
「例えば?」

 美月の表情の変化に目ざとく気付いた優斗が、じっと視線を向けてくる。
 なんとなく、適当に言葉をにごすのは不誠実な気がした。それに、舞子の言葉を鵜呑うのみにして、この時間を楽しめなくなるのは勿体ない。

「……あの日、榎波さんは、どうして私の連絡先を聞いたのかなと」
「なんだか唐突だね……」

 困ったように苦笑する優斗に、美月は密かに気になっていた疑問を口にする。

「会場には、私より可愛い人も綺麗な人もたくさんいて、皆、榎波さんと仲良くしたがっていました。その人たちじゃなく、どうして私だったんですか?」

 湧き上がってくる不安を上手く抑えるすべを持たない美月の表情は、よほど切羽詰せっぱつまったものだったのだろう。
 少し面食らった様子でまばたきした優斗は、あごに指を添え、考えをまとめるように虚空こくうを見上げた。
 そして、美月に視線を戻した彼は、どこか困った顔で口を開く。

「美月ちゃんがあの場所にいたのは、自分の意思? あの街コンを楽しみにしていた?」

 美月が首を横に振ると、優斗はすぐに頷いた。
 声の雰囲気からも、最初から美月の答えはわかっていて、確認のために聞いただけといった感じだ。

「やっぱり浮いてましたよね。あの日、急に参加することになって……」

 買い物に行く気でいた美月の服装やメイクは、他の参加者の女性とはかなり異なっていた。街コンの間も、それを話題にして舞子の笑いを誘い、話を盛り上げようとする男性がいたくらいだ。
 そのことを思い出してうつむく。頬に落ちた髪を耳にかけ直していると、コーヒーを飲んだ優斗が言葉を続ける。

「隣にいた君の友達は、準備万端といった感じだったから、その対比が目立ってたよ。それもあって、最初から君の存在は気になっていた」

 コーヒーをもう一口飲んで優斗が少し気まずそうに付け足す。

「こんなことを言うと、気分を悪くするかもしれないが……あの時の君は、完全に友達の引き立て役になっていた」

 言葉を選ぼうとしても、他の言葉が思いつかなかったのだろう。
 優斗が申し訳なさそうに美月を見た。

「……」

 それはいつものことだ。
 学生の頃からキラキラしていた人気者の舞子と違い、地味な自分には彼女のように輝くものがない。だから、一緒にいて比べられるのはしょうがないことだ。
 そんなことを諦め気味に話すと、優斗が緩く首を横に振る。

「誰かを利用しないと輝けない人間は、本当に輝いているとは言わないよ。あの日の君は、君にとって不本意な状況にいながら、場の空気を悪くしないよう律儀に微笑んでいた。そんな君が泣き出しそうな顔で席を離れようとしたから、気の毒になったんだ」

 いたわるような優斗の言葉を聞きながら、美月は自分のマグカップを手にした。薄い磁器を通して、冷たくなっていく指先に飲み物の熱が伝わってくる。

「あそこで榎波さんに声をかけてもらえなかったら、私はすごくみじめな気分のまま帰ったと思います。……今日だって、待ち合わせの場所に榎波さんが来ていなかったら、私は舞子に同情されながら、寂しい一日を過ごしていたでしょう」
「それならよかった」

 街コンで優斗に連絡先を聞かれてから今日まで、少女漫画のヒロインになったような気分だった。
 優しくて、美月への対応は完璧で、女性の扱いに慣れている優斗。
 だからこそ、どうして自分に……という疑問が胸にくすぶっていた。
 ――なるほど、そういうことだったのか……
 きっとあの日、自分は優斗の目に、舞子の引き立て役のみじめなピエロみたいに映っていたのだろう。
 女性の扱いに慣れ、男の色香をただよわせる優斗が、あれだけ華やかで魅力的な女性があふれる会場で美月だけに連絡先を聞いたのは、愛情でもなんでもなく、ただの同情だったのだ……
 仕事の一環で参加していた彼は、あの場で女性を口説くどく気がなかったに違いない。だから、誰の連絡先も聞かなかった。それなのに、みじめな美月を気の毒に思って、わざわざ連絡先を聞き、こうしてデートまでしてくれているのだ。
 彼の目に映っていた自分の姿を想像して、美月は切なく微笑む。

「榎波さんは仕事で来てたのに、気を遣わせちゃいましたね」

 優斗は、こちらが勝手にしたことだから気にする必要はないと優しい笑顔を向けてくる。

「今は仕事が忙しくて特定の恋人を作る気もないし、俺でよかったらこれからも時々デートに誘わせて」

 目の前の理想の王子様は、これからもこうやって美月をデートに誘うと言いながら、恋愛をする気はないと断言してくる。

「榎波さんの優しさは、残酷です」

 思わず漏れてしまった美月の言葉に、優斗が驚いた様子で目を見開く。その表情を見ると、彼に美月を傷付ける意図はなかったとわかる。
 きっと優斗は、可哀想な美月を見るに見かねて優しくしてくれているだけなのだ。
 恋愛経験のない美月が舞い上がっちゃう……街コンの日に、舞子にそんなことを言われたけど、まったくもってそのとおりだ。
 王子様のエスコートに舞い上がり、身の程を忘れてどこか期待していた自分を、恥ずかしく思う。
 それと同時に、思い知らされたことがあった。

「ごめん。君を傷付けるつもりはなかったんだ」

 眉尻を下げ、悲しそうな顔をする優斗に、美月は首を縦に動かした後で横に振る。

「私が傷付いているのは、自分の傲慢さに気付いてしまったからです」
「……?」

 不思議そうに首をかしげる優斗に、美月は強くカップを握りしめて話す。

「私は、榎波さんがどんな人かきちんと考えることなく、ただ貴方の優しい態度に自分の都合のいい理想を重ねていたんです」

 勝手に期待して、勝手に傷付いて、ごめんなさいと、美月は深く頭を下げて続ける。

「舞子の言うとおりです。モテない私は、榎波さんに優しくされて舞い上がっていました。ずっと夢見ていた理想のシチュエーションに期待して、榎波さんが自分の理想どおりじゃなかったからって傷付いて……それって、榎波さんに対してすごく失礼なことでしたね」

 優斗に出会うことなく、少女漫画を読んで夢を見ているだけだったら気付くことのなかった傲慢さだ。
 いつか素敵な恋がしたいと夢見てきたけど、結局それは、自分だけに都合のいい妄想でしかなかったのだろう。
 こんな自分に、優斗は優しくしてくれて、時間までいてくれたのに、なにも返せるものがなくて申し訳なく思う。
 そう伝えると、優斗が困ったように首筋を掻く。

「別に俺は失礼だなんて思わないし、美月ちゃんになにかを返してほしいとも思ってないよ。なんとなく気の毒になって声をかけただけだし」

 たとえ同情でも、こうして時々、優斗とデートができるだけで、美月の自尊心は満たされるかもしれないけど……

「そこまでなにも期待されないのも寂しいですよ。一緒にいるのに、なにも期待してもらえないなんて、優しく拒絶されているようなものですから」
「ごめん。本当にそんなつもりは……」

 謝ろうとする優斗に、美月が首を横に振る。

「悪いのは、なんの期待も抱かせられない私です。なにも返せないくせに、誰かに与えてもらうことばかり考えてました」

 ずっと夢見ていたシンデレラストーリーは、冴えない女の子の本当の魅力に、王子様が気付いてくれるというものだった。
 でも実際にその状況に置かれてみれば、なんの魅力もない自分が恥ずかしくなる。こんなデートを望んでいたわけじゃないと、美月はそっと首を振った。

「きっと、デートや恋は、もっとフェアな関係を築ける人とするものなんです」
「フェア……か、考えたこともなかった」

 美月は、デートやその先にある男女のいとなみは、愛情や信頼のある人と行うものだと思っていた。でも優斗にとっては、誰とでも気軽にできるものなのかもしれない。

「じゃあ、榎波さんに本当に好きな人ができた時に、考えてみてください。せっかく好きで一緒にいるのに、榎波さんからなにも求めてもらえなかったら、その人は寂しい思いをするかもしれません。好きな人が寂しいと、きっと榎波さんも寂しくなると思うから」

 美月は静かに立ち上がり、無言で見つめる優斗にお辞儀をした。

「今日はすごく楽しかったです。私の人生では、二度とないようなお姫様気分を味わわせてもらいました。榎波さんのおかげで気付けたことがいっぱいあったし、感謝しています」

 それだけ言うと、美月はそのまま優斗に背を向けて歩き出した。
 一瞬出遅れた優斗が追いかけてきて送ると申し出てくれたが、美月はそれを丁重に断り、一人で帰った。
 駅まで歩き電車に乗ってから、着替えた服を彼の車に載せたままだったことを思い出す。けれど、もう会うこともないだろうと諦める。
 そしてバッグと一緒に持ってきてしまった紙袋の中を確かめた。
 自分が恥ずかしくて、随分早足で歩いてしまったが、紙袋の中の鉢植えは無事だった。
 鉢植えやら服やら、今日一日で彼に随分お金を使わせてしまった。
 お詫びというわけではないけど、この鉢植えはきちんと育てようと心に誓う。それと共に、もしこの先恋をするなら、ちゃんと相手とフェアな関係を築ける自分になってからにしようと思った。
 どうしてこんな自分を……と、卑下ひげすることのない自分になりたい。
 そのために自分はなにをすればいいのだろうか。
 考えをめぐらせながら、美月はまぶたを閉じて電車に揺られるのだった。


     ◇ ◇ ◇


 美月と別れ自宅へ戻った優斗は、近付いてくる足音を耳にしながら玄関で靴を脱いだ。

「優斗様、お早いお帰りでしたね。夕食を召し上がってから帰ると、伺っておりましたが」
「少し予定が変わった。悪いけど、夕飯を用意してもらえないか?」

 子供の頃から長年通いの家政婦として勤めてくれている鹿島かしまが、それを断らないことは承知している。

「急いで用意いたしますね」

 嬉しそうに返した鹿島は、当然のように優斗の荷物を受け取ろうとする。だが、それを断り、優斗はそのままリビングへ向かった。
 国内有数の建築会社の代表の住まいとして恥ずかしくないようにと建てられた我が家は、外観は純和風の造りをしているが、中は板張りの洋間が大半を占めている。


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