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第一章
カザルス視点
しおりを挟む「こっのぉっ馬鹿息子! お前は何て事をしてくれたんだっ」
カザルスがマリー男爵令嬢との浮気現場を見られ、エルシアと婚約破棄をしたことを遅まきながら耳にした公爵は怒りに震えていた。
「ち、父上? そんなに怒らなくても。エルシアなんて居なくても問題ありませんよ」
久々に見る父の激怒に腰が引けるカザルス。
「ほぉ? ではエルシアの代わりが、あの尻軽男爵令嬢に務まるとでも言うのかね、カザルス」
公爵が此処まで怒るのは、エルシアを見込んでいたからである。
ハッキリ言って息子は次期公爵の器ではない。
だが、カザルスは無能でもなかった。
つまり長子相続が一般的な貴族社会で、敢えてカザルスよりも優秀な弟を跡取りに指定し、あれこれ詮索されるよりも。
カザルスと優秀なエルシアとの婚姻がベストだと考えたのである。
「マ、マリー男爵令嬢ですよ、父上。彼女はそれ程賢くはありませんが僕を癒やすと言う妻に一番必要な務めを果たしていまーー」
ドンッ
カザルスが最後まで言い終わらない内に、公爵の拳が机に落ちた。
(こっっっわっ)
鋭い眼差しで射殺すようにカザルスを睨みながら、公爵は言う。
「そんな事はどうでもいいっ。尻軽男爵令嬢が出来ないなら、お前は一人で次期公爵の仕事をこなせる自信があるんだな?」
「は、はい」
(仕事ったって。面倒だから全部エルシアに押し付けていたが、以前は僕一人でやっていたんだし)
だが、そんなカザルスの心中を読み取ったかのように公爵は溜め息をつく。
「ふぅ。お前は今の仕事を見てもいないのか。どうせ前は自分でやっていたとでも考えているのだろう」
(……うっ)
エルシアに仕事を手伝わせていたのではなく、ほぼ全てを押し付けていた事がバレて冷や汗が止まらないカザルス。
「ならば今日一日、次期公爵の仕事を一人でやってみるといい」
そう言って公爵は、書類の束を取り出す。
(なんだ、大した量はないじゃないか)
確かに以前自分でやっていた、公爵家の息子の一人としての書類よりは次期公爵の物は確かに多い。
(それでも、倍もないじゃないか。父上も大袈裟な)
カザルスは無能ではない。
だが、やはり有能でもなかった。
ーー同じ書類仕事でも質が変われば、かかる時間も格段に変わるのである。
★
その日の夜。
(こんなの……とても無理だ)
父に報告に行かなければならない時間は、刻一刻と迫っているのに、捌けた書類はおよそ3分の1。
(エルシアは、コレを毎日一人でやっていたのか……)
カザルスが昔やっていた仕事は、主に公爵家の内部の話しだった。
だが、今渡された仕事は、領地経営や外部に関わる重要な物。
カザルスの知識量ではとても簡単に決裁出来る物ではなかった。
ちなみに、マリーにも手助けを頼んだが秒で断られた。
『えぇ~~。マリー、難しいこととか分かんないんだもん』
ただ、判子を押すだけの流れ作業さえ断られた瞬間には殺意が湧いたものである。
(誰のせいでっ。こんな事になってると思ってるんだっ)
カザルスは元々、エルシアと別れる気などなかったのである。
エルシアは面白味に欠ける女だが、顔とスタイルも良かったし、有能でよく働く。
ーー妻として、ちょうどいい。
反対にマリーは愛人でも良い、と最初から言っていたし何より魅力的な女だ。
(結婚してからも上手くやるつもりだったのに)
エルシアに浮気現場が見つかったあの日。
カザルスはマリーからプレゼントされたワインを口にしてから、妙に気が大きくなっていたのだ。
エルシアへの劣等感と、薬入りのワインが作り出した昂揚感。
ーー浮気ぐらいで騒ぎ立てて面倒くせぇ女だ。
そんな気持ちだけで後先考えず、カザルスは婚約破棄をしてしまったのであった。
こうして彼は、アッサリと白旗を上げざるを得なかった。
そんな彼に公爵は言う。
「エルシアなら例え、間に合わなかったとしても期限の延長を頼みに来る。やはりお前では公爵家当主は務まらん」
「父上……それだけはっ!」
カザルスは縋り付くが、公爵の眼光に威圧される。
「公爵家の恥を晒して、跡取りの変更を発表する。王家に謁見も申し込まなければ」
「お、お待ち下さいっ。エルシアとよりを戻します!」
公爵は哀れみの目で息子を見る。
ーーエルシアがどれ程、カザルスに尽くしてくれていたのか。
そのありがたみに気付かないから、こんな事になるのだ。
彼は王太子とエルシアの婚約については知らなかった。
だが、あのエルシアがカザルスと別れたとなれば周りの子息達が放っておく訳がない、と分かっていたのだ。
「よりを戻せるなら、やってみるといい。ただし、期限付きだ」
公爵は開催される来月の王太子の婚約者お披露目パーティーを期限に決める。
カザルスはそれから毎日のように伯爵家にエルシアとの面会を申し込むが一向に取り合っては貰えなかった。
何故なら、エルシアは既に王太子と偽装婚約の契約を結んでいたのだから。
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