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第一章

どこまでも理不尽

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「エルシア、やっっと見つけたぞ!」


 カザルスはマリーの腕を振り払うと、エルシアの方に駆けてくる。

 マリーは鬼の様な顔で睨みながら、それでもカザルスの後ろを離れない。

 その様子にギョッとなりながらもエルシアは拳を握りしめた。


(これくらいで、怯んじゃだめ)


 カザルスとマリーへ視線を向けて二人を見据える。


「わたくしに、何の用?」

「何故、連絡を無視した! お前が居なくなったせいでっ。跡取りどころか、弟が自分が当主になったら僕を勘当するとか言ってるんだぞ」


(なにそれ……)

 謝罪よりも何よりも。
 カザルスは、どこまでも自分本位だ。

ーー自分が何をしたか、忘れちゃったのかしら?

 ふぅ。

 エルシアは呆れ返って溜め息が出た。



「婚約破棄したのは、そちらでしょう? 正直、顔も見たくなかったので面会しませんでしたわ。それと、公爵家のお話は公爵家でなさって下さいませ」

ーーわたくし、無関係の人間ですもの。



 エルシアは冷静に諭し、二人に後を見せる。

 このまま去るつもりだったのだ。


 ガシッ。

 だが、追い詰められているカザルスはエルシアの手首を掴み、振り解こうにも離さない。


「マリーとは別れる! 元々、遊び相手だったんだよ。なぁ、お前だってまだ僕の事が好きなんだろ?」

「捨てるなんて! ひどいぃぃ。エルシア、あんたを許さないからっ」



 エルシアがまだ未練があるだろうと、詰め寄るカザルス。
 そして、その台詞に激昂しエルシアに掴みかかろうとするマリー。
 

(え? なに? この修羅場……)


 エルシアは、スーーーッと気持ちが冷えていくのを感じた。

 とっくにカザルスへの未練などない。

 そして、かろうじて残っていた初恋の淡い思い出もカザルスへの情も、今回の醜態のおかげで全て消え失せたようだ。

 エルシアは、カザルスに掴まれた手とは反対の、左手の薬指に輝く婚約指輪に目を向ける。



(……この指輪を見ていると、何だか気持ちが落ち着くから不思議)


 エルシアは思う。

 何でカザルスの為に、あんなに頑張って働いていたんだろう。

 何でマリーの嫌がらせに、一言も言い返せず逃げ帰ったりしたんだろう。


ーー酷いことをしたのはそっちなんだから、少し怖がらせてやろうかしら。


 クスッ。


「ねぇ、あなた達。未来の王太子妃にこんな乱暴して許されるとでも思っているの?」

 今までとは全く違う、皮肉げに笑うエルシアはまるで悪女の様だとカザルスは思ったのだった。

 
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