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第一章
愚かなマリー
しおりを挟む「出して出して! だしてよぉーー!!」
マリーが自室のドアを力一杯、拳で叩く。
「ダメだ! お前を出したら、身の破滅だ!!」
男爵はマリーがドアを開けられないよう、二重に施錠すると、見張りの兵を置いて去って行く。
その背中は初老の疲れが、垣間見えた。
「お父さまのバカッ」
マリーは淑女にあるまじき角度で、手当たり次第蹴り上げるが何の効果もない。
途端に馬鹿らしくなって、その場に座り込む。
(全部全部、あの女のせいっ)
マリーは思う。
ーーそもそも、エルシアはデビュタントの時から気に入らなかった
年頃の令嬢達が赤やピンクで着飾る中、エルシアは一人、紺色のドレスで現れたのだ。
そんな変わった女なのに、それまでマリーのことを『可愛いね』と言っていた男達がエルシアに見惚れ始めたのだ。
(……マリーのが、美人よ)
もっともっと、新しいドレスや宝石で着飾れば、皆マリーの価値が分かるはず。
子息達と関係を持って、プレゼントされるのは快感だった。
(うふ。エルシアは、こんなの持ってないよね)
それなのにその次は、カザルス公爵子息との婚約だ。
貧乏伯爵家なんて、男爵家と内情はそう変わらないはずなのに。
ーー公爵夫人になんてさせないんだからっ
マリーの父、男爵は元町医者だ。
功績が認められ叙爵されてから産まれたマリーは、遅くに出来た末娘。
マリーに弱い男爵は、言われるがまま公爵家へ行儀見習いに出した。
その後は、簡単過ぎて笑ってしまう。
『愛人でいい』
『結婚しても、カザルス様がだぁいすき♡』
マリーが言えば、大体の男が落ちる台詞でカザルスもあっけなく陥落した。
そして、実家の薬剤をくすねて水差しとワインに混ぜ、ドアを少しだけ開けたままにすれば出来上がり。
「婚約破棄だ!」
ーーこれで、公爵夫人になれるっ
そう思っていたのに、カザルスは勘当されると言うし、そんな男マリーもいらない。
(それに、殿下の方が断然いい男じゃない!)
マリーもあっちがいい!!
ガシガシ
マリーは親指の爪を噛む。
とりあえず、外に出なければ!
エルシアばっかり、ズルいズルいズルい。
「ねぇ、兵士さん。マリーお散歩がしたいのぉ。屋敷の中でいいの!」
「ダメです」
にべもない返答に、マリーは甘ったるく付け足す。
ーーその代わり、マリーのことちょっとだけ好きにしてもいいんだよ?
……ガチャン
少し迷った後で。
扉の開く音がした。
★
「久しぶりの外の空気!」
屋敷の庭の片隅で思いっきり両手を広げる。
(今度こそ殿下を落としてみせるんだからっ)
決意新たに、塀を登りかけたマリー。
そこに見たことのない衣装を着た男が現れた。
「誰? あんた、どうやって家に入ってたの?!」
ふふふ。
気味悪く笑う男は抵抗するマリーの口をハンカチで覆った。
ーー甘ったるい、匂い
これはどこかで嗅いだことがあるような。
(これ、カザルスのワインに入れたやつ……)
「ああ、そうですね。効き目は桁違いですが」
マリーの焦点が定まらない。
理性が吹き飛ぶ。
湧き上がる気持ちは、エルシアが憎い、それだけだ。
「悔しいですよね。エルシアを殺したいほど」
男の言葉に頷くマリー。
そうだ、エルシアがいるから殿下はマリーのことを見ないのだ。
「では、コレをお持ちなさい。貧しい人々に配るのです。貴女がエルシアだと言って」
男は、真っ黒な麦をマリーの手に持たせる。
ーーこれは黒死麦、食べれば半分の確率で死ぬ。
この色を気味悪がって、暮らしに困った者くらしか食べないだろう。
だが、それでいい。
そんな物を次期王太子妃が持ち込んだとしたら?
「エルシアの評判は地に落ちる」
ゾクゾクゾク
男の言葉に飛び上がるほどの歓喜をマリーは覚える。
あんな女、殿下からも婚約破棄されて泣き叫べばいい。
ざまぁみろ。
マリーの耳には、その企みで誰かが死ぬリスクなど風のようにすり抜けていく。
「さぁ、黒のローブで顔を隠して。高貴な方が乗るような馬車も差し上げましょう」
マリーが馬車に乗り込むと、男はニヤリと笑いながら彼女を見送った。
「馬鹿な女だ。大人しく部屋にいればいいものを」
ーーだが、おかげで我らが王女に吉報を持ち帰ることが出来る。
そう言って去って行く男の衣装は、サンマリア国の伝統的な民族衣装によく似ていたのだった。
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